一章四話 軍師、駒を引く
「ありがとうございます! 私達を守ってくださって」
「ありがとう、お兄ちゃん!!」
傭兵に絡まれていた親子はそう言って、去っていくアキトに何度も頭を下げる。
「よくやってくれた!!」
「あいつらのあの顔、見たか?!」
そう声を上げるのは、広場の人々。
アキトは傭兵を追い払った後、再びスーレとマヌエル大司教の元へ戻ろうとしていた。
そのアキトに惜しげもなく、喝采が浴びせられる。
人々は皆、リボット家を恨んでいたようだ。
スーレの前で立ち止まるアキト。
「戻ったよ、スーレ」
「すごい…… あんなにたくさんの兵隊さんを。アキト、とっても強いんだね」
スーレは驚いたように、アキトにそう言った。
「一人じゃさすがにきついよ。リーンとベンケーのおかげだな」
アキトはそう言ってスライムのリーンを、抱き上げた。
リーンは嬉しそうにアキトの胸の中で身をくねくねとよじらせる。
「おいおい、そんなはしゃぐなって」
「ねえ、アキト。スーレにも抱っこさせて!」
「おう、いいぞ。リーン、スーレに挨拶だ」
そう言うと、リーンはスーレの胸元に飛び移った。
「わあ! ぷにぷにして気持ちいい!」
「喜んで頂けたようで何よりです、スーレ様!」
スーレはリーンと頬を擦り寄らせ、そのひんやりとした感触を楽しんでいる。
一方のベンケーの方は子供を頭にのせたり、腕で持ち上げたりしてで大忙しのようだ。
このアルシュタットの街で、早くもアキト達は人気者となった。
その中で、一人だけ複雑な表情を見せるマヌエル大司教。
だが、マヌエル大司教もアキトを褒めたたえる。
「……よくやってくださいましたアキト殿。今までは誰も、彼らリボット家に逆らえませんでした。皆も気が晴れたことでしょう」
「いえいえ、当たり前のことをしたまでです。彼らは法にも神にも背いている。そんなことより、大司教も気になされていることに対処しましょう」
アキトはマヌエル大司教にそう答えた。
マヌエル大司教がすっきりとしない顔なのは、アキトには良くわかったのだ。
「ははは、私の考えていることが分かりますかな、アキト殿?」
「年を取られた方ほど、計算高くなると信じておりますゆえ」
マヌエル大司教は、リボット家の報復を恐れていた。
それはマヌエル大司教が、リボット家を良く知ってたからだ。
「お恥ずかしい話だが、ワシは年を取らないし、賢くもないのです。何より、計算高ければワシもリベルトも、リボット家をこの街には入れなかったのですから……」
マヌエル大司教はそう悔やんだ。
「過ぎたことを悔いても仕方ありません。マヌエル大司教、今はリボット家の報復を阻止しなければいけません」
「仰る通りだ、アキト殿」
マヌエル大司教は、リボット家の頭目ジョルスという男の事をアキトに包み隠さず話した。
ジョルス・リボット。大陸西岸、その北部の島ルディタニア出身の貿易商。
……と言うのは建前で、魔物、人間、亜人を幅広く取り扱う奴隷商人だ。
帝都の裏社会にもその顔は知られているという。
帝国領内では魔物以外の奴隷取引は禁止であったし、たとえ魔物を売買するとしても皇帝の勅許状が必要だった。
ジョルスは一年前、守備兵もいない、金もない…… 戦乱で喘ぐこの街にやってきた。
そこでジョルスは傭兵を雇って街の防衛戦力にすると言った。
その見返りはもはや使われていない街の倉庫の使用権だった。
スーレの後見人、マヌエル大司教とリベルトはまたとない申し出とジョルスの案に飛びつく。
だがジョルスは勅許状もない奴隷商人だった。帝国軍の目が届かず、商売がやりやすい場所。それがこのアルシュタットという街だったのだ。
街の人に気前よく金を貸しては、後で法外な利息を要求する。
払えなければ、奴隷として連れ去っていった。
肝心の傭兵は、大半が昼から酒を飲んでいる。酷い者は、街の女性に乱暴を加えたり、略奪を行っているという。治安維持をするどころか、治安をさらに悪化させる要因となったのだ。
マヌエル大司教とリベルトは、ジョルスにすぐにここから出て行ってくれと言った。しかしジョルスは、全く聞く耳を持たなかった。
ジョルスは数百の傭兵を雇っているという。それに対して、兵を持たぬアルシュタット。
「そこで帝国軍の派遣と軍師を、都に要請していたのです」
マヌエル大司教は真剣な面持ちでそう言った。まるで罪を告白するかのように。
「そうでしたか。しかし誰も来ずと……」
「ええ、軍隊の方はそうでしょう。しかし、アキト殿。あなたが来てくださいました」
「私などお役に立てるか…… いえ、最善を尽くします。マヌエル大司教、傭兵は数百ということですね?」
「はい。およそ六百から七百といったところです。それと気を付けなければいけないのは、奴は師駒を使うということです」
「ほう? ランク、いやせめてクラスは分かりますか?」
「ランクは申し訳ない、知る由もなく。クラスは見た目からして、恐らくナイトでしょう」
「分かりました。何にしろこの戦力差では、ちと厳しい」
アキトはマヌエルにそう言うと、先程リベルトからもらった石の入った袋を取り出す。
恐らくは師駒石。師杖が使える者が来るまで取っておいたのだろうと、アキトは袋から石を取り出す。
「うん? 大分あるぞ……」
「リベルトから預かった物ですね、少しお待ちを」
マヌエル大司教はそう断って、神殿の中に行く。
すると、小さな木の机を持って出てきた。
「アキト殿、この上で広げるとよいでしょう」
「ありがとうございます、マヌエル大司教!」
マヌエル大司教にそう頭を下げて、アキトは袋から石を机に広げた。
「おお! ……お?」
机の上に広がる石。しかし……
「首飾りが二つと、大きな石?」
アキトは首をかしげてそう言った。
二つの首飾りの内一つが、小さな白い師駒石を百個以上組み合わせた物。
もうひとつの首飾りは、二つの赤い師駒石が繋がれている。
そして、真っ黒の大きな師駒石が。
「マヌエル大司教、これは?」
「先代のアルシュタート大公の師駒であった者達の遺品です。すべて師駒石ですよ」
「やはりそうでしたか」
しかし、何故首飾りにしているのか。いや、ただバラけないように、一つにまとめているだけかもしれないと、アキトは疑問を抑えた。
「これは有難い。先代とその師駒に感謝して、使わせてもらうとしよう」
「この日のため、取って置いた師駒石。これを残した皆も、喜ぶことでしょう」
マヌエル大司教はにっこりとアキトに微笑む。
「マヌエル大司教、ありがとうございます。 ……では、行きます」
アキトはまず、赤い師駒石の首飾りの上に刀の柄を持ってきた。
そして、その一つを柄でポンと叩く。
まばゆい光を放つ二つの赤い師駒石。
「うん?」
一つだけを叩いたはずなのに、二つ同時に赤い師駒石が光っている。
アキトが首をかしげているうちに、辺りを包んだ光は収まった。
「二人……」
アキトは、隣に立っていた者達を見て驚いた。
「見たこともない鎧ですな」
マヌエル大司教は、二人を見てそう呟く。
帝国では見られない風変わりで派手な鎧。
だが、アキトには見覚えのある鎧だった。
「……大鎧か」
アキトは、二人の鎧を見てそう言った。
アキトの故郷、ヤシマの鎧。今では廃れた古い様式の鎧だ。しかし何かめでたい日には、ヤシマの上流階級が今でもこれを身に着ける。その重厚な見た目にもよらず、騎射のしやすい構造となっている。
「ほう、某の鎧が分かりますか」
紫色の大鎧を着た者がそう言った。高く澄んだ声。
「あなたがわたくしと姉様の、主人ってことですね」
隣の赤い大鎧の者も、アキトに声を掛けた。
「いかにも。俺はアキトだ」
アキトの言葉に、兜を背中に降ろす紫色の大鎧の女性。
首の長さまで短く切りそろえられた黒髪と、紫色の宝石のような目。
その白い肌は、ヤシマに伝わるヤシマ人形を思わせる。
「某は、タカマノシスイと申す」
「わたくしはタカマノアカネと申します」
シスイに続けて頭を下げるのは、アカネと名乗る女性だ。
アカネも兜を降ろしている。顔はシスイと瓜二つ。しかし瞳の色は、赤いルビーと見紛う色だ。
その艶やかな黒い髪も、シスイと違い腰まで伸ばしている。
「しかし、まだ随分とお若い主人ですのね」
アカネは頭を上げるなり、アキトをまじまじと見つめそう呟いた。
「見た目であれば、君らもそんな変わらないだろう?」
「青二才と侮ったわけではないのですよ。ただ、色々と楽しめそうと思いまして……」
「うん、楽しめる? それよりも、なかなか立派な大鎧。思わず、見とれてしまったよ」
アキトはアカネにそう言った。
だが、それに答えるのはシスイだった。
「さすがは我が主人! お目が高い!! アキト殿、この鎧はな!」
突如として、興奮するシスイ。どうやら鎧を自慢したいらしい。
「はいはい、お姉さま。今は静かにいたしましょう。 ……申し訳ございません。姉はいつもこんな感じなので」
「い、いや、気にするな。すぐにまた声を掛ける。戦う準備をしといてくれるか?」
「はは、かしこまりました。旦那様」
アカネは深々と頭を下げて、シスイの手を引いていく。
アキトはアカネの言葉に汗をかく。
「だ、旦那様だって?」
「かくも重装のおなご達。アキト殿、中々の手練れを呼び寄せたのでは?」
マヌエル大司教は、その長いひげを触りながらそう言った。
「はい。恐らくはナイトかと」
アキトはそう言って、取り出した紙に師杖で触れる。
マヌエル大司教も興味津々のようで、その紙を覗き込む。
「なんと、ランクはAですと! 素晴らしい。クラスは…… 読めませぬ。東の大陸の文字ですかな」
マヌエル大司教は紙を見てそう言った。ランクと基本能力は帝国文字で記載されているが、クラスと特殊能力が帝国文字ではなく、読めなかった。
「ええ、これは東大陸の文字。それを少し変えた我が故郷ヤシマの文字です。クラスは、シスイが”金将”、アカネが”銀将”のようです」
「”将”? 将軍ということですかな?」
「ええ、そういう意味になります。ヤシマの師駒管理局が定めたクラスですね。帝国で言えば、キングとナイトの中間にあたるでしょうか」
「ほう、素晴らしい」
「はい、まさかA級の師駒を呼び寄せられるなんて……」
アキトは特殊能力にも目を通す。シスイもアカネも共に、剣術弓術体術に秀でている。そればかりか、周囲の味方の戦闘能力を上げたり、訓練することで他者の能力を大幅に向上させることも出来るようだ。
「隊長を任せられる人材だな……」
「遠かりし者、耳に聞け! 某の鎧は、ミカドより」
スーレを始め、広場の群衆にそう語りかけるシスイ。
よっぽど鎧を自慢したいらしい。
赤面したアカネが必死に腕を引くが、シスイは聞く耳を持たない。
「変わった姉妹だ。 ……では次を引いてみます」
「白い師駒石ですね。かつて、大公を護衛した親衛隊たちの遺品です。百五十個ほどございましたかな」
「百五十…… それだけあればリボット家に対抗できる戦力が揃うかもしれない」
アキトはそう言って、白い師駒石の首飾りを叩こうとする。
「そう言えば、一つ叩いても全ての師駒石が反応してしまうのでしょうか?」
「あのお二人はそうだったようですね。ですが、この師駒石を残した親衛隊が魔物との戦いに、敗れた時このままの形で残ったので」
「そうですか…… 師駒にも絆が有るのかもしれませんね」
それを聞いたマヌエル大司教は、喜んだようにこう言った。
「絆…… 有りますとも。人と師駒、師駒同士にも」
「俺も皆との絆を大事にしていきたい…… ですから、この師駒石はこのまま使うとします」
「ぜひそうされると良い。きっと神や、これを残した師駒達が良い出会いをもたらすでしょうから」
「仰る通りだ。それではいきますよ」
アキトは、マヌエル大司教に深く頷いて答えた。
そして、自身の師杖である刀の柄で首飾りを叩く。
次々と光りだす首飾りの師駒石。
その光は広場全体を覆うほどに広がった。
「終わったか?」
光が収まると、アキトはそう言って辺りを見渡す。
「見当たらない?」
「そのようですね。空中を飛ぶ有翼人でもないようだ」
マヌエル大司教も一緒に探してくれるが、どこにもいない。
まさか、自分が軍師学校に入った時と同じく、壊れた師駒石だったのかとアキトは肩を落とす。
だが少しすると、ブォーという非常に低い管楽器の音が聞こえてきた。
広場の外からのようだ。管楽器の音に加え、鎧がすれる音、無数の地を蹴る音が聞こえてくる。
街の誰もが、その音の方に視線を移した。
広場に入ってくるのは、歩兵の集団だった。
古代の鎧に、体を覆うような大きな赤い盾。少し短めの腰の剣と、手にある先が細い変わった形状の槍。肩から垂らした短い赤のマントが、パタパタと翻る。
管楽器を吹く者、死神と鎌の紋章の垂れ幕を付けた棒と、死神の像を先端に取り付けた棒を持つ者達。
恐らくは軍楽隊と旗手であろう彼らを先頭に、一糸乱れぬ行進をしている。
兵士の最前列には盾を持たない、立派な飾りを付けた兜の戦士が。鎧も一際豪華だ。
「り、リボット家にこんな軍隊がいたとは!」
誰かがそう叫ぶと、皆もわあわあと叫ぶ。
広場の人間はこの兵士達の進路から離れていった。
さすがに早すぎる。アキトはそう思った。それに、傭兵があんな綺麗な行進ができるだろうか。
彼らは神殿の前で脚を止めると、一人の立派な飾りを付けた鎧の大男がこう叫んだ。
「右向け、右!!」
大男の声に、一斉に神殿のアキトのほうへ振り向く兵隊たち。
大男はそのまま赤いマントを翻して、アキトの前へと歩いてくる。
そしてアキトに跪いて、こう言った。
「第十七軍団! その百人隊長、セプティムス! お呼びにより、参上いたしました!」
第十七軍団…… はるか昔、マリティア朝帝国初代皇帝、マリティア一世が創立した軍団。
マリティア一世の大陸統一を支え、三千世界を共に旅したと言われる軍団だ。
精強を誇り、無敗。
現在、帝国軍に第十七軍団はない。
マリティアと第十七軍団に敬意を表し、代々皇帝が”第十七軍団”を新たに創設してはいけないと触れを出しているからだ。
「顔を上げてくれ。俺はアキト。アキト・ヤシマだ」
「アキト…… それが我々の忠誠を捧げる者の御名ですね。我ら第十七軍団、これよりアキト殿の手となり足となりましょう」
「セプティヌス、よろしく頼む。後ですぐに作戦会議を開く。君は、兵士に広場の入り口を警備させてくれ」
「はっ! かしこまりました!」
「それと…… あとはそこの鎧を着た二人の女性、ゴーレム、あそこの女の子が抱えるスライムが俺の師駒だ。挨拶を済ませると良い。あ、あとはスライムを抱えた女の子は、スーレと言って俺の主君だ。まだ子供だから、あまり堅苦しい挨拶はしないほうがいいかな」
「委細承知いたしました。それでは失礼いたします!」
そう言って、セプティムスはまずスーレとリーンに軽く挨拶をする。
本格的な挨拶は後でするようで、まずは兵士の元へ戻っていった。
すぐに兵士たちはいくつかに分かれ、広場の出入り口へ向かって行く。
「百五十人…… これでもリボット家の方が数は上ですな」
「しかし、精強な兵士に見えます」
アキトはマヌエル大司教にそう答えて、早速セプティヌス達の能力を見る。
師杖で出てきた師駒の情報。あまりにも多いので、アキトは紙を増やす。
「セプティムスはB級のポーン…… 兵士たちはC級のポーンだと」
アキトは、それを見て驚きの声を上げる。
B級のポーンなど今まで例がないし、C級のポーンは滅多に召喚されないからだ。
帝国の正規兵相手なら、十から二十倍は相手に出来るだろうという戦力。
攻撃能力に優れているし、防御に至っては並みのルークをはるかに凌ぐ。
正直言って、ここの傭兵では全く歯が立たないだろう。
「マヌエル大司教。もはや、リボット家が我々に勝つことは不可能です」
「ほう? それだけ強い駒達だと」
「はい。これだけの強力な駒、負ける采配をするのが難しい。ですが念には念を入れて、この黒い師駒石も使わせていただきます」
「ええ、慢心しては勝てる戦も逃すでしょうしのう」
「正にその通りです。さらに確実な勝利を目指します。では……」
アキトはついに、黒い師駒石へ刀の柄をかざした。
「黒い師駒石か……」
見たことのない、”黒”の師駒石。
一体どんな駒が召喚されるのか……
アキトは神妙な面持ちで、柄を振り上げるのであった。