一章二話 軍師、真に仕えるべき君主と会う
「見えてきたな」
「はい、アキト様。とても美しい景色ですね」
アキトの言葉にリーンはそう漏らした。
アキトとリーン、そしてゴーレムは街道を超えアルシュタートを見渡せる丘へと来ていた。
北と南に延々と続く白い砂浜。そして美しいマリンブルーの海とサンゴ礁。
まさに絶景と言うべき景色が、アキト達の目の前に広がっていた。
だが少し視線を落とすと、そこには廃墟や荒された田畑が。
戦争で傷ついた人里が、アキトの眼下に広がっていた。
「アルシュタートの首都、アルシュタットは…… あそこだな」
アキトが視線を向けた場所。完全に崩壊した城壁。それに囲まれたオレンジ色の屋根の家々。
その沿岸から少し離れたところに、大き目の島が。その大きな島の周りには、いくつかの小島が囲んでいる。
この大きな島はアルス島と呼ばれ、帝国の建国神話で出てくる場所でもある。
最初に水がわきだした場所とも言われ、その水は体を癒す力が有るらしい。
怖いのは実際にこの島の中央には小高い丘が有って、そこから綺麗な水が湧き出る湖があるということだ。
そこから流れる水は、川となって海に注がれている。
また島と沿岸の間は、潟湖になっているようだ。
「リーン、ベンケーあの街が見えるか?」
アキトはそう言ってアルシュタットを指さす。
「あの家が密集しているとこですね」
リーンは言葉でそう返したが、ベンケーと呼ばれたゴーレムは腕で胸を叩いて答えた。
先程ゴブリンを倒して得た師駒石。それで召喚したゴーレムを、アキトはベンケーと名付けた。
ベンケーと言うのは、アキトの出身地ヤシマに伝わる神話上の偉人。ヤシマでは、大柄な男に育つよう願ってよく付けられる名だ。
「よしよし、じゃあ出発しようか」
「はい!」
アキトの声に、リーンとベンケーは元気よく応じた。
アキト達はアルシュタットまで街道を下っていく。
ゴブリンの襲撃があってから、幸運にもアキト達は何ごともなくここまで来れた。
流石に都市の近くになったので、野草や木の実を運んでいる者が街道に現れる。
だがアキトの顔は複雑だ。
皆農具もなければ馬も手押し車も持っていない。
とても農業のできる環境ではないのだろう、とアキトは道行く人達を見て思った。
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アキト達はついにアルシュタットの城門に着く。
といっても城門に扉などなく、城壁は穴だらけでその本来の役割を全く果たしていない。
白い漆喰が塗られた城壁が、もう長い事修復されていないらしい。
漆喰が剥がれたところから、レンガや石材がところどころ顔を出している。
アキト達が城門をくぐると、中はさらに悲惨だった。道端で眠る人、商売をする者。付近の町や村から逃れてきた人達だろうか。
小道を見れば、いくつかの建物は廃墟と化している。
相当にひどい状況だと、アキトは嘆いた。
アキト達は、ボロボロの大公旗が翻っている場所を目指す。
その下に大公のいる屋敷があるはずだからだ。
もう一つアキトが気になったのは、町を守る兵士である。
兵士は帝国軍の兵ではない。
皆、自前で調達したような鎧と武器で、冒険者や山賊とそう変わらない装備である。
昼間から酒を飲んでいるのか、兵士達からはやる気とか義務感というものが感じられない
彼らは傭兵だ、アキトはすぐに理解した。
帝国軍が駐屯できない以上、自分の領地で兵を用意しなければならない。
そこで傭兵と言う選択肢を採るのは、何も珍しい事ではなかった。
「皆さん、何か疲れているようですね」
「ああ、ここは帝都と違って何年も戦争に悩まされているからな」
アキトはリーンにそう答えた。
とはいえディオス大公が南部の山道を閉じた今、ここはもっと悲惨な目に遭うだろう、とアキトは顔をしかめる。
そうしているうちに、アキトはアルシュタート大公の屋敷に着いた。
「……これが屋敷?」
アキトは思わずそう言った。大公旗の下には、庶民の家と言って差し支えない住居が。
これは間違えたかもしれない。だが大公旗の下でないなら、屋敷はどこだろうか、とアキトは頭を悩ませる。
アキトはとにかく、この住居の人間に屋敷の場所を訊ねることにした。
ごんごんと住居のドアを叩くアキト。
しばらくしても反応がない。
だが、もう一度叩こうかとアキトが思った瞬間、ドアがギイっという音を立てて開く。
「すいません、道を訊ねたいのですが…… っ! 大丈夫ですか?!」
アキトがそう言った瞬間、ドアを開けていた老齢の男性がばたりと倒れる。
すぐにアキトはその白髪の男性を受け止めようとするが……
その前にリーンが男性を、布団のように受け止める。
「リーン、悪いな」
「いえいえ、こんなことでしかリーンはお役に立てませんから」
男性が倒れる先でリーンは体を広げていた。そのおかげで男性は、地面に体をぶつけないで済んだ。
「どなたかいらっしゃいませんか?!」
アキトは、家の中へそう声を掛けた。だが一向に返事がない。
「アキト様、とりあえずこの男性をベッドへ運びますね」
「ああ、頼むよリーン。ベンケー、しばらく外で見張りを頼むぞ」
アキトは「失礼します」と言って、家の中へ入った。
家には質素な家具が置かれている。やはり、大公の屋敷とは思えない。
「アキト様、どうやらあちらが寝室のようです」
「お、そうか。すぐ寝かせてあげてくれ。回復魔法をかけてみる」
アキトの言葉に「はい」と答えると、リーンはベッドの前で止まった。そしてその体をぐっと伸ばして男性をベッドへ寝かせる。
「完了しました、アキト様」
「ありがとう、リーン。早速、魔法を…… 治ればいいんだが」
アキトは男性に手をかざして、回復魔法をかけた。アキトの手の光が男性に移る。
「……うっ」
「大丈夫ですか?!」
アキトは意識を取り戻した男性に、更に回復魔法をかける。
「……だいぶ楽になりました。ありがとう。ところであなたは?」
「自分はアキト・ヤシマ。アリティア皇女から手紙を預かっております」
アキトはそう言って、上半身を起き上がらせた男性に手紙を渡す。
男性は、頭を下げてそれを読み始めた。
「……なるほど。確かに軍師の依頼はしておりました。ですが、まさか本当にこのような土地に来られる方がいるとは」
男性はそう言って手紙を閉じる。そしてアキトの目を見て口を開いた。
「申し遅れました。私アルシュタート大公の執事、リベルトと申します。このような場所までお越しいただき、感謝申し上げます」
「いえいえ。しかし、自分のような者に軍師は務まりましょうか?」
「あなたはまだお若い…… 失礼ながら、通常であればもっと他の人材も見て判断したでしょう。しかし、このアルシュタートの民は困窮しきっている。ですから人を選んでいる時間はないのです。 ……私に残された時間も、そう多くはない」
「リベルトさん。俺で良ければ、何でもお手伝いします」
「本当ですか? 有難い、実に……」
リベルトはそう言って再びせき込んだ。手で押さえているが、血を吐いているようだ。
「リベルトさん?!」
「お気になさらずアキト殿。あなたに渡さなければいけない物を渡す時間は、まだ残っておりますゆえ」
リベルトはそう言って、ベッドの横にある棚から袋を取り出した。
「ご自身の給料は、大公閣下と直接相談してお決めください。そして、軍師になられる方にはこれをお渡しする予定でした」
アキトはリベルトから、袋を受け取る。中身はジャラジャラと石が入っているようだ。
「……アキト殿。私は目先の安泰のために、この街に悪魔を呼んでしまった。どうか、スーレ様をお守りくだされ」
「……悪魔ですか」
アキトはそう言うが、リベルトはもはや独り言をぶつぶつと言うだけだ。
「あのような者をこの街へ呼んでしまうとは…… エリオ様、申し訳ございません。私が愚かなばかりに!」
「リベルトさん。少しお休みになってください。まだ完全には治りきってないようだ」
アキトはそう言って、リベルトに布団をかける。すると、リベルトはゆっくりと頭を枕に乗せ、眠りについた。
「そうとう衰弱してるな。あまり長い時間話すのは良くないだろう」
アキトは再び、リベルトに回復魔法をかける。
すると、リーンがアキトにこう言った。
「そうですね。ところで、悪魔と言うのはなんなんでしょう? スーレ様というのは恐らくはアルシュタート大公の事でしょうが」
「そうだな…… 大公に会うのもそうだが、少し街を調べる必要がありそうだ」
「では、また外へ出ましょうか?」
「ああ、そうしよう」
アキトはそう言って、家の外へ出ようとする。
だがその時だった、ドアがバタンと開く。
ドアから入ってきたのは、小さい銀髪の女の子だった。
少女はその長い白銀の髪を、後ろに一つにまとめている。
目はそれに応えるかのような、白銀の目。
着ているのは、町民の着る安いドレスのようだ。
その銀髪の女の子は、何やら赤い髪の女の子を背負っているようで、息を切らしている。
銀髪の女の子とアキトの目が合った。
女の子は、アキトにこう話しかける。
「はあ、はあ、お兄さん……」
「ご、ごめん、俺は決して怪しい者じゃないんだ! これには訳が」
「お兄さん! この子を助けるの手伝って!!」
これがアキトと、そのアキトが仕えることになるスーレ・アルシュタートとの出会いであった。