一章十五話 軍師、肩を落とす
リーンの報告を受けたアキト。
少しでも早く多く移住を済ませなければと、先の帆船にはすし詰め状態でアルス島へ出発させた。
非戦闘員である住民は全て避難したものも、いまだ兵士三百人がアルシュタットには残っていた。
最後の避難の船。夜に船は出せないので、アルシュタットに戻ってくるのは、夜明けにアルスを立ったとして朝。
そしてアキトを含め、最後の避難が済むのは丁度昼ぐらいになる算段であった。
南魔王軍到達までにギリギリ間に合うかどうかといった具合。
アキトは出来るだけ時間を稼ぐため、アルシュタットにおける最後の対策を協議していた。
埠頭近くの宿舎、その中にはアキト、リーン、シスイ、アカネ、その他兵士数名がいた。
「まずは城壁に、旗と藁人形を立てる」
「なるほど。兵を多く見せるのですね。よき案かと」
アカネはアキトに対し、そう答えた。
--しかし、相手は好戦的な魔物。恐らくは臆することなく、城壁へ近づくだろう。
相手に用心深い策士がいれば、一度は警戒するかもしれない。その程度でも、アキトは打てる手は打ちたかった。
シスイがアキトへ質問する。
「アキト殿。城壁に守兵は配さないのですか」
「まともに戦うだけ無駄だ。足止めにすらならない」
「ふむ。確かに五万ともなると、波に小石を投げるようなものですな」
納得したようにシスイは答えた。
なるべく戦闘を避け、時間を稼ぐ。
それがアキトの作戦の念頭にあった。そしてこう続ける。
「リーンに放ってもらった流言が生きているなら、敵は神殿を目指す。埠頭へ来るまでの時間も稼げるだろう」
「神殿には何か細工を仕掛けたのですか?」
アカネの問いに、アキトは一瞬言葉を詰まらせた。
「うん。マヌエル大司教の進言でね…… 上手くいけば敵の一部を仕留められるかもしれない」
「なるほど。では、旦那様、私達からも進言してよろしいでしょうか」
「もちろん」
「わたくしと姉様で敵大将の狙撃を行いたいのです」
「それは…… 場合によっては許可するよ。ただ、敵も師駒を抱えているかもしれないし、基本は行わないと心得てくれ」
「はっ、かしこまりました」
アカネはアキトへそう答えた。武器を使うのは最終手段。アキトはそう決めていた。
「また何らかの理由で船が間に合わない可能性もある。その場合は、沿岸を北上し、安全なところで船へ乗船するつもりだ。これは明日の早朝、早めに判断するよ」
アキトはさらにそう続けた。風がやんだり、向かい風が帆船に吹いたり、嵐になることも否定できない。その場合の対策を、アキトはあらかじめセプティムスにも伝え、北へ集合地点を決めていた。
「そんなところかな。最後に皆、良く聞いてくれ。この戦いは俺達が生き残ることが勝利だ。それを肝に銘じて、明日は行動してくれ」
「「おう」」
打てる手はすべて打った。アキトは皆に、良く休むよう伝えるのであった。
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翌日の早朝、海は異常に静かであった。
静かな波、柔らかい風。
だが、アキトはその心地の良いはずの朝に肩を落としていた。
風は弱く、アルシュタットからアルスへ流れている。
つまりは船にとっては向かい風。船の到着は遅くなるだろう、と。
そしてそのアキトへ追い打ちをかけるように、兵士の一人がこう告げた。
「南魔王軍、城壁から視認できます!!」
ついに南魔王軍は、アルシュタットへ到来したのであった。
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アキトが肩を落としていた丁度その時。
一ノ島に新たに建てられた居住区、そのうちの一つの家屋にフィンデリアは寝ていた。
その隣に座り、看病を続けるスーレ。
南魔王軍がすでにそこまで来ていると聞いて、アルシュタットへ残る者達の身を案じていた。
外へ水を汲みに行ったときに、アルシュタットの近くで立ち込める砂塵を目にしたのだから尚更だ。
だが自分はアキト達を信じて待つことしか出来ない。
出来ることと言えば、フィンデリアの看病だけ。
スーレは、フィンデリアに回復魔法をかけたり、時折水を含ませた布を口に当ててあげる。
「早く良くなってね、フィンデリアさん」
フィンデリアが良くなれば、アキトや皆を助けてくれる。
一刻でも早く回復するように、と願うスーレ。
「神様…… 皆を助けてください」
スーレは胸の前で手を組み、そう祈った。
神頼み等に意味がないことはスーレにも分かっていた。だがそれでも、スーレは祈るしかなかった。そうしなければ、気持ちが落ち着かなかったのだ。
だがその祈りが通じたのか、フィンデリアが口を開いた。
「……アキト」
フィンデリアはゆっくりと目を覚す。まるでスーレの呼びかけに応えるように。




