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一章十三話 軍師、敵に備える

 帝国軍がメルティッヒの戦いで南魔王軍を破る、数日前の事。

 アルシュタットの埠頭では慌ただしく物資が帆船に積まれ、アルス島への移住者が集まりつつあった。


 アキトは忙しく、一ノ島へ送る積み荷を決めていた。帆船への積み込みの指示である。

 食料や薬、建設用具、布、農具はすでに送っている。次は雑貨や諸々の道具かと。


 アキトがアルス島を視察して、五日が立った今日。

 アルス島の隣の一ノ島には、ベンケーとセプティムスの指揮により最初の居住区の建設が急ピッチで進められていた。


 すでに一ノ島には、簡素な石の小屋が百戸以上と、水道や下水道。対岸であるアルシュタットにいるアキトの目からもそれは確認できた。


 普通の人間の大工集団であれば、一か月以上はかかる作業。それをベンケーが持つ周りの腕力を上げる能力、石工術でここまで建設が進んだ。ベンケー自身が睡眠要らずで、四六時中動いていることも、思った以上に計画が進んでいる要因だ。

 

 もう住める環境になったそこへ、大工や農民を中心に、すでに移住が始まっている。


 リボット家が所有していたこの大型の帆船は積載量に優れ、人間だけの短距離輸送ならば一度に五百人は送れる。すでにアルシュタットの三分の一、三千人程が一ノ島へと到着していた。

 

 この調子であれば。一週間でアルシュタット住民全員の移住は終わりそうだ……

 そうアキトは少し安堵していた。


 そのアキトの後ろから、老年の男性の声が。

 声の主はアルシュタット大公の執事、リベルトであった。


「アキト殿。計画の方は順調のようですな」

「リベルトさん! お体の方は大丈夫なのですか?!」  

「アキト殿、心配ご無用。フィンデリア殿と申しましたかな。彼女のおかげか、すこぶる体が良いのです。ほら」


 リベルトはそう言って手を上げるが、その手ですぐに腰を労わった。

 

「だ、大丈夫ですか…… 言わんこっちゃない」

「……はっはは! これはお恥ずかしい。年には勝てませぬな。 ……時にアキト殿、何か私にもお手伝いできることはございませんか?」

「そんな、リベルトさんはどうか休んでいてください。一ノ島に渡る際には、お伝えしますから」

「そう仰らずに」


 リベルトの言葉に、返答に詰まるアキト。申し出は非常にありがたい。だが体のことが気掛かりだし、とても今求められている力仕事が出来るようには思えないと、頭を悩ます。


 だがアキトは、リベルトにうってつけの仕事を考えた。


「ではリベルトさん。大事なお仕事をお願いしてもよろしいでしょうか? 皆の命に関わることなのです」

「ほう。私で出来ることであれば、何でもお申し付けくだされ」

「実は、アルシュタットの老人方を説得していただきたいのです」

「説得? ああ、なるほど。 ……アルスへの移住を、ということですね」

「はい。俺からも、住民へアルス島への移住決定を伝えたのですが……」

「中には、かたくなに拒む者もいると。それが皆、私のような頑固な老人…… ははは! 確かに皆、揃いも揃って石頭だ。若い方の言うことは、中々聞いてくれないでしょうな。よろしい、その役、私が引き受けましょうぞ」

「本当ですか?! 実を言えば、今一番解決したい問題だったので。ありがとうございます!」

「お任せあれ、アキト殿! なーに。こう見えても、昔からこの町に住んでいる老人の顔は、全て把握しております。必ずや皆にアルスまで行くよう、説得いたします」

「はい! よろしくお願いいたします、リベルトさん!」


 アキトはそう言って、リベルトへ頭を下げる。リベルトは早速、老人達への説得へ向かうのであった。


 この依頼は、元々マヌエル大司教に頼むつもりであったアキト。


 後でマヌエル大司教にも伝えよう、とアキトは積み荷の監督に戻る。


 そして一度船を見送ると、次の積み荷を予め用意して…… 単純な作業をこなしていく。


 ある程度仕事が落ち着くと、アキトは次に傭兵と新兵の様子を見に行くことにした。

 傭兵が使っていた宿舎、今は第十七軍団が本部を置いているその宿舎へアキトは向う。

 

 宿舎の隣の練兵場では、シスイが弓兵の訓練、アカネが槍兵の訓練をしていた。


 槍を突き出す兵士達。そしてそれを後ろから見守るアカネ。

 アキトはまず、そのアカネに話しかけた。


「アカネ、頑張ってくれてるみたいだな。兵士たちの様子はどうだ」

「あ、旦那様! ええ、それはもう順調です。第十七軍団の方から聞いたところによると、正規兵には及ばないものも、戦えるようにはなっているそうです」

「うん。初日と比べれば、大分様になってきている。ん? そういや、初日はシスイが槍の訓練してたよな? アカネの方が槍が上手いから変わったのか?」

「いえいえ、わたくしたち姉妹。弓術以外、あまり腕に差異は有りません。弓は姉様の方が少しばかり、わたくしよりも優れておりますが」

「そっか、じゃあシスイが適任ってことだな」

「ええ、まあそれもあるのですが…… あれをご覧ください」


 アカネが指すほうへ、アキトは視線を向ける。


 そこにはずたずたにされた藁人形が。


「ず、随分と訓練したんだな」

「いいえ。あれは姉様が手本のために槍で突いた藁人形。すぐにああやって訓練の的を壊してしまうので……」

「力の加減ができないってことか……」

「はい…… ですから弓のほうをお願いしたのです」

「なるほど。それでも、だいぶ弓の的もズタボロみたいだ」


 シスイが「はっ」と言って、矢を射る。

 その矢は的のど真ん中に当たると、そのまま奥の石壁へと突き刺さった。


 シスイの周りの弓兵はなかば引いたような顔で、的を見ている。


「手本は、ほどほどにさせた方が良い……」

「は、はい。そうさせます……」


 アカネはたじろぐアキトへ、そう答えるのだった。


 だが他の弓兵の的への命中率も、初日と比べ大幅に上昇していた。

 わずかに的の中心を逸れるかどうか。十分に実戦に参加できる練度。

 シスイの訓練もそうだが、傭兵から少しでも弓術に秀でた者を選抜したおかげもあったようだ。

 

「ん? これはアキト殿!! いらっしゃっていましたか」


 そう言ってシスイは、アキトの元へ足早に向かってくる。

 そして深々と頭を下げた。


「よくやってくれてるみたいだね、シスイ」

「アキト殿の言葉とあれば、兵の鍛錬にも熱が入りまする」

「うん。確かに熱は入ってるみたいだ」


 アキトは今一度貫かれた的を見て、シスイにそう答えた。


「ところで、アキト殿。某と手合わせ願えぬか?」

「俺と? 鍛錬するならアカネとやった方が良いんじゃないか?」

「いえ、アキト殿。某はアキト殿と手合わせを所望いたす」

「別にかまわんが…… 本当に俺なんかで良いのか、俺じゃシスイの相手には」

「何事も戦ってみなければ分かりませぬ」

「そこまで言うなら…… じゃあ、お手合わせ願おうか」


 アキトはシスイの申し出を疑問に思いながらも、仕合を受けることにした。


「皆、二人の仕合をよく御覧なさい!」

「「はい」」


 アカネの呼びかけに、兵士たちが続々と集まってくる。


「おいおい、アカネ…… 恥ずかしいって」


 アキトはそう呟くが、アカネはニコニコと笑うだけだ。


 だがこれは好機。シスイの実力がどんなものか身をもって体験するのもいいだろうと、アキトは木の棒を握る。


 シスイもまた、木の棒に持ち替えた。


「では」


 そう言ってシスイはアキトに頭を下げた。アキトもすぐに頭を下げる。


 アカネは二人が礼をしたのを確認すると、こう叫んだ。


「始め!!」


 先にアキトへ接近したのはシスイだ。すぐに目の前に木の棒が迫る。


 間に合わない。アキトはそう思いつつも、木の棒で攻撃を弾こうとする。


「え?」


 アキトは思わずそう言った。シスイの木の棒は、見事に弾かれる。

 

 手加減しているのか。アキトはシスイをそう疑った。しかし、その力、棒を振る速さ。

 いずれも手加減しているようには、到底思えないと頭を捻る。


「来られよ!」

「おう!」


 シスイの誘いに、アキトは棒を振りかざす。その棒はシスイの腕を掠めた。

 すぐにシスイは反撃を繰り出す。しかし、アキトは軽い身のこなしでそれを避けた。

 

 睨み合うアキトとシスイ。兵士たちは時折、「おお」と声を出しながら見守っていた。

 皆、人間離れした二人の動きに驚きを隠せないようだ。


 アキトは、自分の動きに違和感を感じる。確かに剣術や武術は軍師学校でも優秀だった。

 だが、師駒。それもA級の師駒にただの人間が勝てるはずがない。

 

「では今度は、こちらから参る!!」


 シスイはそう言って、アキトへ突っ込む。

 

 アキトはシスイの喉に木の棒を向けた。


 シスイはアキトにもう一歩で喉が突かれる、というところで止まった。

 アキトの頭の上にも、シスイの木の棒が、あと少しで触れるというとこまで来ていた。


「引き分け! お二人とも、素晴らしい仕合でした!!」


 アカネはそう言って、二人を称えた。

 兵士達も、皆拍手を送る。


 だが、アキトの顔は晴れない。


「さ、皆様! お二人に負けないよう、訓練に励みましょう!!」

「「はい!」」


 アカネの言葉に、兵士たちは皆訓練へと戻っていった。


 アキトは棒を下げると、シスイへ向かってこう言った。


「どういうつもりだ、シスイ。それにアカネ」

「某は、手加減なしでやらせていただいたでござる」

「それはそうだろう。アカネ、俺の能力を向上させたな?」


 アキトはそう言うが、シスイではなく、アカネの方が答えた。


「はい。わたくしの能力で、アキト様を動きを改善したのです」

「すごい能力だ…… いつもよりも何倍も速く動けた。だが、アカネ。どうしてこんなことを?」

「兵士たちは、わたくしと姉様には従順になりました。しかしまだ、旦那様への陰口を叩く者がいましたので」

「俺の強さを見せつけて、黙らせたかった」

「はい。兵を率いる将に、威厳は必要ですから」


 シスイとアカネは、アキトの威厳のためにこのような計画を実行した。

 確かに、兵士を従わせるには威厳も必要。それを手っ取り早く、アキトに得らせるための計画だった。


 出来れば自分の功績でそれが得たかった。そうアキトは思うものも、今は少しでも早くアルシュタットの兵を組織化する必要がある。二人の自発的な発案は、それを助けるものだった。


 アキトは二人にこう言った。


「二人ともありがとう。他の事も、こうやって機転を利かせてくれてるんだろうな」

「礼には及びませぬ、アキト殿。我ら師駒が、主君に尽くすのは当然のこと」

「そうです、旦那様。わたくし達、旦那様のためならば何でも致します。これからもどうぞ何なりとお申しつけください」

「ああ、もちろん頼りにしている。二人とも、本当にありがとう」


 そう言ってアキトは、練兵場を後にする。

 それに向かって深く頭をかしずく二人。


 アキトは、そのままマヌエル大司教のいる神殿へと向かう。


 アキトは、アルシュタットからの移住が順調な一方で、私的な事を悩んでいた。


 師駒達の働きに、どう報いるかである。

 

 軍師学校では如何に師駒を訓練し、活用するかばかりが教えられ、師駒との接し方など教わりはしなかったアキト。周りの軍師学校の生徒達は、師駒をただの駒として扱う者ばかり。

 

 加えて、アキトは長らく師駒を有していなかった。だから師駒の感情、というものをアキトが察する機会もなかった。

 リヒトやアリティアが、ときには友人のように師駒へ接する姿を見て、羨ましくも思っていたものだ。


--リヒトやアリティアは、一体どうやって彼らに報いていたのだろうか……

 マヌエル大司教が言った、師駒との絆という言葉。それを自分が師駒と深めていくにはどうすればいい。


 アキトは師駒への接し方に悩む。

 リーンがアルス島視察の時、少し寂しそうな声だったのも気になった。


 だがそれを解決するには交流を重ねていくしかない、とアキト。

 皆ともっと話そう。アキトはそう決心した。

 

 だがアルシュタットには、地を覆う影が刻々と迫るのであった。

 


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