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一章十一話 英雄、名乗りを上げる

 アキトが帝都を去って、はや二週間。


 大陸西海岸、メーリヒス伯領南部メルティッヒ近郊にて、帝国軍と南魔王軍は対峙していた。


 南魔王軍は大陸西海岸の南部、ストラーニ伯領を占領、略奪。その後北上し、ここ大陸西海岸中央のメーリヒス伯領へと侵攻した。


 六万の南魔王軍を率いるは、オークの一族長アエシュマ。


 アエシュマは先のアンサルスの戦いで、アルフレッド王子と共に天幕で策を練ったオークの将軍であった。第二次南戦役の初期から、南魔王軍の一兵士として戦った彼は、帝国軍をよく知っている男でもあった。

 四万の歩兵と、二万の騎兵。彼ら南魔王軍の兵士は、アンサルスと変わらず、武具を身に着け、隊列を組んでいた。


 それに対して帝国軍は、三個軍団を中心とした四万人をこの国境線に動員する。

 三万の歩兵と一万の騎兵。


 今回はアンサルスの戦いと違い、帝国側が数では劣勢だった。


 だが帝国はなんとしてもメルティッヒを守らなければならない。

 ここが落ちればメーリヒス伯領はもちろん、西海岸の領地は全て帝都から隔絶されてしまう。


 元老院はこの事態に、帝国軍のプライス将軍を派遣した。

 

 老練かつ慎重なプライス将軍。第二次戦役では、軍師学校のエレンフリート学長の案を受け入れたこともある。


 彼は、三個軍団の軍団長と共に、軍師学校の生徒が論を交わすための幕舎に来ていた。


 中央に腰かけるエレンフリート学長。その隣にはプライス将軍と軍団長達。


 彼らの前、大きな机に広がるのはメルティッヒ近郊の地形図。

 そして、その上に乱雑に置かれたいくつもの駒だ。


 それを取り囲むのは真剣に地図を見つめる生徒達。教員や軍団付きの軍師も参加しての、本格的な作戦会議だった。


 生徒達による活発な議論が聞ける……

 プライス将軍のその予想とは裏腹に、幕舎は静かなものだった。


「先の大戦、アンサルスでは確かに我が帝国軍は敗れました!! それは策がいけなかったのではない! 敵が武具を用意していたからだ!!」


 静寂の中、一人の男がそう叫んだ。リュシマコス大公の長男セケムである。


 セケムはアンサルスの敗戦後も、学長であるエレンフリートをしきりに擁護していた。

 

 否定することは、自分の過去の立案も否定することになる。それに軍師学校と軍師協会での評価も堕ちることになるからだ。

 

 エレンフリートはそれに頷きながらも、晴れない顔をして見ていた。

 

 かつてのアンサルスの時のような笑みはなく、常に眉間にしわを寄せている。

 白髪交じりの髪は、どことなく艶を失っているようだった。


 これではアンサルスの敗戦の釈明。プライス将軍は、思わずため息を吐いた。


 そして、セケムにこう訊ねた。


「では、セケム君。我が帝国軍はあの時と同じく、中央に歩兵、両翼に均等に騎兵を配置。そして、両翼からの包囲戦術を採ればよいのかね?」

「え…… はい! 包囲戦術は我が帝国軍の栄光ですから! あ…… ただ少し兵の配置を…… えっと」


 セケムはそう叫んだあと、駒をああでもない、こうでもないと動かす。


 プライス将軍は相手はまだ子供、と助け船を出すことにした。


「さて、学長閣下はどう思われるかな?」


 そのプライス将軍の言葉に、エレンフリートは一瞬体をビクつかせた。


「ふむ…… 包囲を狙うのは正しいでしょう」


 エレンフリートはただ一言、そう言った。自信なさげな表情、声に張りもない。


 エレンフリートは先の敗戦から、時間が経つにつれ自信を失っていた。

 帝国軍が南魔王軍を圧倒してた時代。ただ騎兵を両翼から走らせて、囲めば勝てた十年前。


 それがアンサルスでは敗れた。


 そしてその無敵の戦術に変わる戦術、というものをエレンフリートは考えられなかったのだ。

 臨機応変に戦術を変える能力が、エレンフリートには不足していた。


 だがそれをわきまえて、黙っているエレンフリートではなかった。


「だが少し布陣を弄る必要がある」


 エレンフリートは独り言のようにそう呟いて、指揮棒で駒を動かしていく。


「中央の歩兵は変えぬ。だが両翼の騎兵の配置を弄った。これならば……」


 自らの布陣を見てエレンフリートは、思わず言葉を詰まらせた。


 エレンフリートの布陣は、かつてアンサルスでアキトが示した布陣と同じだった。


 アキトの顔を思い出し、不快感を抑えられないエレンフリート。

 それを不思議に思いながらも、プライス将軍は卓上の布陣をこう評した。


「少数の騎兵と軽装歩兵で構成される左翼は時間稼ぎ、右翼の騎兵主力で敵左翼の突破、後に包囲か」


 プライス将軍は更にこう続けた。


「敵の頭目アエシュマは、アンサルスの戦いでもアルフレッド王子の指揮を補佐している。敵も包囲を狙ってくるのは確実。騎兵主力の集中は良い案かもしれぬな」


 そのプライス将軍の言葉に、軍団長、軍師、生徒は皆うんうんと頷いた。


 だが頷かない者もいた。一人は少し不満そうな顔を浮かべるエレンフリート。

 自分の布陣が肯定されているにもかかわらず、その布陣が図らずもアキトと同様になってしまったと、素直に喜べないのだ。

 

 そしてもう一人はリヒト…… リーンハルト・フォン・ロードスであった。


「皆、今日は良い案が聞けた」


 プライス将軍はそう言って、頭を下げる。

 

 本心では、これではエレンフリート一人に意見を聞いただけと、肩を落としていた。


「早速皆の策、軍団長共々、検討して」


 そのプライス将軍の言葉を遮る者が。


「お待ちを、プライス将軍」


 プライス将軍をそう呼び止めたのは、リヒトだった。

 

「リヒト! 貴様、軍の全権を預かる将軍に対して失礼だぞ!!」


 セケムはすかさず、そうリヒトを責めた。

 プライス将軍はセケムを一瞥することもなく、リヒトを向いてこう訊ねた。


「ほう、若きロードス選帝侯…… いや、ここではリーンハルト君と言った方が良いかな? 何か意見が有るのかね?」

「はい、良ければ私の策を聞いていただければ、と思いまして」

「よろしい。聞かせていただこうか」


 リヒトにそう答え、プライス将軍は再び席に着く。


「プ、プライス将軍。しかし」


 そう言って、きょろきょろと周りを見るセケム。エレンフリートの顔を見るも、エレンフリートはただ黙っているだけだ。セケムはただおとなしくするしかなかった。 


「ありがとうございます、プライス将軍」


 場が静かになるのを確認すると、リヒトはプライス将軍にそう礼を述べた。

 

「帝国は常に勝利を求めている。勝利のためならば時間は惜しまんよ」

「では、早速我が案を…… だがその前に、一言言わせていただきたい」


 プライス将軍の言葉に、リヒトはそう答える。

 そして幕舎全体へ語り掛けるように、こう言った。


「アンサルスの戦いは、負けようがない戦だった! 数でも質でも、我々は勝っていた。半ば奇襲のような形で宣戦布告したのも我ら帝国。負けるのがおかしい。あれだけの死者を出したのは、愚かな作戦を考えた者、兵を率いた者、そしてそれを止められなかった者のせいに他ならない!」


 その半ばあてつけとも取れる言葉に、セケムとエレンフリートは思わず体を震わせた。

 リヒトはそんな二人を特別、追及しようとしたわけではない。

 アキトのように敗けると知っていたにも関わらず、戒めのための敗北を望み、軍議で止めようとしなかった自分への憤りを強く感じていたのだ。


 しばしの沈黙の後、プライス将軍は口を開く。


「……ほう。ディオス大公も同じことを仰っていたな、全て俺の責任だと」

「ですからプライス将軍にも同じ責任を負っていただく。そしてこれから策を披露する私も、責任を負わねばなりません」

「その覚悟は私も同じだ。戦を終えて、戦死した部下に謝るのを忘れたことはない。では、同じ覚悟を持つ君の策を聞くとしよう」


 プライス将軍のその言葉に深く頷くリヒト。そしてリヒトは卓上の駒を動かしながら、こう言った。


「此度は我が帝国軍が数の上で劣勢。装備の質では、確かに我々がまだ勝っています。しかし、今回の戦では、”アキト”が以前提案したようなこの布陣は通用しない」


 リヒトから発せられたアキトという言葉に、エレンフリートは怒りがこみあげてくる。

 自分がアキトを真似たと、そしてそれが今回の戦いでは悪手だというのだから。


 だが、自分の生徒とは言え、ロードス選帝侯その人。エレンフリートはリヒトを止めることはできなかった。


 リヒトは布陣を変え終えた。それは相変わらず騎兵主力を右翼側、少数の騎兵を左翼に配し、中央に歩兵を置くと言ったものだった。変更点は、軽装歩兵を右翼に付けたことぐらいだ。

 

 だがエレンフリートが示した陣と大きく違うのは、陣形の角度だ。

 敵の平行な布陣に対して、帝国軍は右翼側よりも左翼側を大きく後に配した陣形だった。


 敵の平行に置かれた駒に対して、四十五度の角度を付けた陣形。 


 なんだこれは、と思わず笑いそうになるエレンフリート。


 これでは左翼側が、右翼側よりも接敵が遅くなってしまう。


 だが、本当に笑ってしまう者が一人。

 

 その笑った男セケムは、こう言った。


「馬鹿かお前は?! こんなことに何の意味がある!!」

「セケム君。まずはリヒト君の話を聞こう」


 プライス将軍はそう言って、セケムを諫めた。


 セケムはそれを聞いて逆上する。先ほど、将軍を敬えとリヒトに言っていたのにも関わらずだ。


 セケムは子供の様に、喚きだした。


「な、なんだとぉ! この平民上りの貧乏人が!!! 私を誰だと思っている!!!」

「セケム君!!!」


 エレンフリートはそう怒鳴った。


「まずはリヒト君の話を聞きましょう…… 異論はそれからだ」

「は、はい…… エレンフリート学長」


 エレンフリートの一喝に、セケムはそう言って黙った。

 セケムはいまだかつて、こうやってエレンフリートに叱られたことはなかったのである。


「申し訳ない、プライス将軍」

「気になさるな。平民の元貧乏人出身であるのは確か。 ……だが、帝国を思う気持ちは人一倍だ。目の前のリヒト君と同じようにね」


 プライス将軍は再び、リヒトへ顔を向けた。


 リヒトは頭を下げると、布陣の狙いを述べ始める。


「まず前回と違って、我が帝国軍は敵に包囲されなくとも平押しでは敵に勝てないということです。そこで、我々は何かしらの方法で敵の急所を突かなければいけません」

「ふむ、してその何かしらの方法と、この角度を付けた布陣に何の関係が?」

「敵もまた、騎兵を集中して運用してくるでしょう。それが我が右翼か左翼のどちらかに向けられるかは分かりません。だがどちらにしろ、我が騎兵主力を置いた右翼で勝つためには、手薄な我が左翼が少しでも長く耐えなければいけません」

「ほう?」

「左翼側の接敵を遅くすることによって、右翼が決定的打撃を与えるための時間を稼ぎます。またその打撃力に応えるため、中央の歩兵は右翼側に近くなるほど古参兵を配します」

「ふむ。角度を付けたのは、脆弱な左翼側の戦線を少しでも長く維持するためということか」


 プライス将軍は、リヒトの言葉に納得したように頷いた。


 だが納得がいかないエレンフリートはこう言った。


「どうかな。そもそも敵も我が右翼に騎兵主力を差し向けたら、包囲どころではないではないか。我が右翼が抑えられている内に、脆弱な左翼が食い破られる。かといって敵が我が左翼に騎兵主力を向けた場合、敵も必ず我が右翼を妨害する戦力を左翼に残してくるはずだ」

「はい、ですので我が右翼が接敵する少し前に、更に右側、東側に走らせます」

「敵左翼を迂回するということか? だが、敵騎兵、主にケンタウロスも我らと変わらぬ速度。東の果てまで睨み合って、走ることになるぞ」

「いえ、十分に敵左翼と敵中央の距離が開いた時、接敵します。そして、その接敵の直前に右翼の騎兵を分けるのです」

「無理だ! まず接敵をする機会を見極めるのが難しい。が、今はそれは置いておこう。敵が左翼、我が右翼側に騎兵主力を配していた場合、敵も騎兵を分けるだろう。逆に敵左翼が足止め役だったとしても、軽装歩兵をその左翼後方に配してるはずだ」


 エレンフリートとリヒトの応酬。皆、黙ってそれに耳を傾ける。


「そこで、無理して我が左翼から右翼に捻出した軽装歩兵が生きてきます。敵が騎兵を分けてきた場合も、軽装歩兵を繰り出してきた場合も、我が軽装歩兵がそれに向かいます。足止めは一時的でいい。我が右翼から分けた騎兵が、敵左翼から離れるまでのわずかな時間さえ稼げれば。そこから臨機応変に半包囲なり側面攻撃なりを、分けた騎兵が行います」


 リヒトの回答に静かにだが、頷く者も出てきた。


 セケムはそれを見て、焦ったようにリヒトへこう言った。

 

「ろ、論だけならば何とでも言える。先も言ったが、その右翼の騎兵を接敵直前で分けるなんて、そんな高等なことができるはずがない!」

「できます。私と私の師駒なら」


 リヒトははっきりとそう言った。


「な…… な、なんだと?!」


 エレンフリートは思わず、間の抜けたような声を出してしまう。


 だがリヒトの思わぬ発言に狼狽するのは、エレンフリートだけではなかった。

 幕舎中の人間がざわつき始める。


 だが冷静さを失わないプライス将軍は、リヒトにこう確認する。


「つまりはリヒト君。前線指揮官を買って出ると?」

「はい。右翼の騎兵主力の指揮権を頂きたい。我が策の成就は、我が力無しでは考えられません」


 きっぱりとリヒトは、プライス将軍に答えた。


 それを聞いたエレンフリートは憤慨する。


「ば、馬鹿者!! 貴様のようなひょろひょろの若造が、前線で戦うだとっ?!  ふざけたことを言うな!!! 戦争はなあ、お前みたいなおこちゃまが考えているほど、甘くないんだ!!」

「お、お父様!」


 少し後方で、エレンフリートを諫める声が。軍師学校の生徒でもあるエレンフリートの娘、エルゼだ。

 

 エレンフリートも目を丸くする周りを見て、息を切らしながらやってしまったと後悔する。

 また、如何に生徒とはいえ、選帝侯相手に馬鹿者等と言ってしまったことに。

 しかも、リヒトはすでにアンサルスで多少なりとも戦い、名を上げているのだ。


 これでは、まるで自分が苦しくなって癇癪を起しているようではないか、とエレンフリートは恥ずかしくもなる。


 リヒトは臆せず、エレンフリートに答えた。

 

「確かに、私はまだ若く未熟かもしれない。実際に戦ったのも、小競り合いやアンサルスの撤退戦だけだ。だが我が策を成し遂げるには、どうしても我が力が必要なのです」


 嘘偽りのない目。滲み出る絶対的自信。皇帝と何度も拝謁しているプライス将軍は、リヒトに君主の器を見た。


 一方のエレンフリートは、リヒトの言葉に答えない。

 発言の内容は看過できないが、後悔をしている今、とても口を開けなかった。


 場はすっかり凍り付いてしまった。


 沈黙を破ったのは、またしてもプライス将軍だ。


 プライス将軍は、ぱちぱちと拍手をした。軍団長達も、それを見て拍手をする。

 それはやがて、生徒や教員、軍師達からも拍手を誘った。

 

 プライス将軍は拍手を止めて、周りもそれに倣い静かになると、こう言った。


「素晴らしい、これこそ私が求めていた軍師学校の風景。既存の発想にとらわれず、生徒が自由に策を提案する。教師はその弱みを洗い出す。最後は少し感情的になってしまったようだが…… そうして出来上がった策は、素晴らしいものになるだろう」

「光栄です、プライス将軍」

「リヒト君。君の策はこれから我々だけで、他の策とも比べてみる。もし君の策を採るのであれば、君の指揮官の申し出も検討しよう」

「はっ! ありがとうございます、プライス将軍」


 リヒトは礼を述べて、頭を下げた。


「諸将、そして軍師よ。熱も冷めぬこの場で、我らは作戦会議を続ける。生徒諸君、今日はありがとう。解散を命じる、ここから退出するように」


 プライス将軍は立ち上がってそう言った。


 その声に、リヒトを始めとした生徒と教師たちが「はい」と答え、退出していく。


 エレンフリートもまた、席を立ち上がる。


 だがその肩に手を乗せるプライス将軍。エレンフリートに声を掛ける。


「エレンフリートよ。我らは変わらねばならぬ。今までと同じ戦い方では、我らは滅びる。幅広い案を取り入れねば。お前もここで会議に加われ」

「……」


 そのプライス将軍の言葉に、エレンフリートは何も答えられなかった。


 南部のディオス大公からも自分の策を無視され、今また昔の戦友にも説教をされる。


 それでもエレンフリートは、自分を変えることが出来なかった。

 過去の眩しすぎる栄光は、彼から謙虚さを奪い、傲慢な男へと変える。

 エレンフリート自身も、それを自覚していた。自分が元々大した男ではないことも。


 だがその傲慢さが帝国の利益を損ね、多数の血を流させていることは、彼には自覚できなかったのである。


 エレンフリートはこの後もプライス将軍の横に座り続けるが、ついに会議が終わるまで口を開かなかった。


~~~~


 幕舎を出て、リヒトは南魔王軍の布陣を眺めていた。


 そのリヒトの後ろから女性の声が。


「リヒト……」

「アリティアか、どうした?」


 声の主は、第一皇女アリティアであった。リヒトと同じく、アキトの幼いころからの親友。


「いや、あんたが声を上げるなんて思わなかったの。あれだけコテンパンにされてしまえって言ってたのに」

「ふ…… アキトがいない今、誰が奴らの愚かしさを糾弾するのだ。アキトの策を俺は代弁したにすぎん。君が声を上げてくれるなら、俺は黙っていたが」

「まさか皇女が口を出すわけにもいかないでしょ。言ったら、エレンフリートがにこにこ当たり障りのない言葉で誤魔化すだけよ」

「そんなことを恐れさせてるから、この学校は駄目なのだ。生徒の誰もが、意見を出す。そしてその中から、優秀なものが選ばれる。こんな簡単なことができないとは、言葉を失う。いや、元老院からして同じようなものか」


 リヒトは呆れたようにそう言った。


 アリティアは更にリヒトへこう訊ねる。


「ねえ、騎兵の指揮官の事だけど……」

「ああ、一番重要な役割。帝国軍全体の槍の穂先だ。俺が直接指揮をとらねば、最大の打撃は与えられん」

「本気? 死ぬかもしれないのよ?」

「死ぬかもしれない案、いや確実に誰かは死ぬ案を出すのだ。自分の命を特別扱いにはできん」

「そうね……」


 心底心配そうな顔で、アリティアはリヒトに答える。


「そんな顔をするな、アリティアよ。俺は絶対死なん。君とアキトと、共に志を成し遂げるまでは」

「いっつもそんなこと言って…… どこからそんな自信湧いてくるのよ」

「湧くものではなく、事実を言ってるだけだ」

「はあ…… 本当、この変な自信だけはアキトも私も分からないわ」


 いつものリヒトの調子に、アリティアは半ば呆れたようにそう言った。 


「だが俺が死なず、作戦を成功させるためには。アリティア、君の力が必要だ」

「どういうこと?」


 アリティアは真剣な顔に戻って、リヒトにこう訊ねた。


「君の師駒の力を、再び俺に貸してもらいたい」

「それはもちろん。私は前線に出れないけど、師駒達には今回戦いに参加してもらうつもりだったわ。侍人棟から、ルークを三人連れてきてる。皆A級よ」

「そうか、ならば存分に腕を振るってもらおう」


 リヒトはそう言って、再び南魔王軍の布陣を見つめる。

 彼の目には、すでに勝利が見えていた。


 アンサルスと西海岸での度重なる勝利に沸く南魔王軍と、旧態依然とした帝国軍。


 その幕が切って落とされようとしていた。

 

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