一章十話 軍師、アルス島に上陸する
アルス島への移住が決まった日の翌日。
アキトを乗せた漁船は、アルス島に接岸しようとしていた。
「わーい!! スーレが一番乗り!!」
スーレはそう言って、アルス島の白い砂浜に漁船から着地した。抱いていたリーンを高く掲げて、はしゃいでいる。
アキトも漁船からアルス島に早速上陸する。そして、スーレにこう言った。
「スーレはアルス島は初めてってことだよな」
「うん! どういうところか、すっごく興味が有ったんだ! 近くで見ても綺麗なところだね!」
「ああ。とっても綺麗だ…… 天国のような場所だな」
アキトはあたりを見渡してそう言った。
アルス島には中央に小高い丘があって、そこから緩やかな傾斜が沿岸に向かって続いている。
一面に続く草花の生えた草原。丘から流れる清流。
美しい以上に、神聖さを感じたアキト。人の手が入っていない原始的な風景がそこにはあった。
アルシュタットからここアルス島には、漁船に乗って片道三時間ちょっとの船旅であった。
その三時間も、船が風に乗るまでの時間が大半。だから、アルシュタットとはそれなりに近く、広場の神殿の屋根ぐらいであれば、十分に肉眼で視認できる距離であった。
だからと言って、アルシュタットから弓や魔法、投石を放っても遠く届かない距離。
住民全員の避難先としては、近くて敵をやり過ごすのに持って来いの場所だった。
「セプティムス達も上陸の用意をしているみたいだな」
アキトは、アルス島すぐ近くに浮かぶ小島、その隣の大型帆船を見てそう言った。
あの大型帆船は、リボットが奴隷運搬に使っていた外洋船。
この帆船を使って、南部の河川都市、遠くは西海岸まで奴隷を取引していたようだ。
それ故、やたらと船倉は広く、詰めれば人が五百人近くは乗れる船だった。
大型帆船から小舟に降ろされる物資や木材。
アルス島で居住地を作るための資源だ。
その帆船の隣から大きな水しぶきが上がる。
どうやらベンケーが、海に飛び込んだようだ。一気に重さがなくなった帆船はゆらゆらと揺れた。
ベンケーには水中から上陸してもらうよう、アキトは伝えた。
その際、水深が深いところを確認するようにとも。
後々、港をつくるための下準備だった。
「アキト、早く丘まで登ろうよ!!」
「ああ!」
「頂上まで競争だよ!」
そう言ってスーレは、頂上に向かってリーンを抱きながら走っていった。
待ってくれと、アキトも駆け足になるが追いつかない。
丘まで登るには理由があった。アルス島全体の把握。その周りに浮かぶ小島の状態。
どこに何を作るかを決めるためである。
すでに最初の居住区を作るのは、アルシュタットから一番近い小島にしていた。
ここには昔漁村があったことも確認されていて、人が住むのに適していた場所と分かっていたからだ。
湧き水も出て、地盤も固すぎず柔らかすぎない。そう言った地理的要因が一つ。
そして、ここが最初の居住地となるもう一つの理由。それはアルシュタット全ての住民が、アキトが立つこのアルス本島に、移住したがらないだろうということだ。特に高齢者は、そういった宗教的伝統的戒律を気にする。であれば、人が昔住んでいたことも確認される場所を選ぶのは自然な選択だった。
セプティムス達は早速、あの小島に第一の居住区を建てるらしい。島名は仮称だが、一ノ島とアキトは名付けてた。
居住区を作る場所は決まっている。あとは各種必要資源の生産を行う島。
アキトは必死にスーレの後を追った。
時々、スーレが後ろを振り返り、アキトに「早く早く!」と叫ぶ。
アキトは、「待ってくれ」というが、スーレはどんどん遠くなっていく。
スーレは貴族だし、まだ十歳という年齢だが、よく同じぐらいの傷病人を背中に担ぐなどして重労働をこなしていた。
起伏のあるアルシュタットの街をそれで駆けていたからか、上り坂には滅法強かった。
そんなこんなで三十分以上、走るアキトとスーレ。
「はあ、はあ…… ようやく頂上か」
アキトはそう言って、頂上で顔を上げた。
目の前には、大きな湖、その中心には白い柱が。
湖の沿岸は砂浜となっており、まるで海がもう一つ中にあるような光景だった。
すでにスーレはリーンと共に、湖で水浴びをしているらしい。
水をかけるスーレと、体をうねらせ水を返すリーン。
スーレはアキトを見ると、手を止めてこう言った。
「あ! アキトだ! 遅いよ!」
「はあ、はあ。スーレが早すぎるんだよ」
「またスーレの勝ちだね!」
「勝てる日が来るとは思えないな…… 俺はしばらく周りを見てる。リーン、スーレを頼むぞ」
「はい、アキト様! お任せください!」
そう言ったリーンとスーレがまた水浴びに戻ったのをアキトは確認する。
そして海側に目を向け、湖の周囲を時計回り、北側に向かって歩き始めた。
居住区を建てる予定の次に見えてきた島。それなりに大きく、平たい。
草原と木々。ここは農地にしようとアキトは、この島を二ノ島と名付けた。
次に見えてくる島は、その二ノ島よりも少し小さいが全く同じような草原と木々が広がる。
農地は多い方が良い。休耕地を設けることも出来る。アキトはここも農地と定め、三ノ島と名付けた。
潟湖を形成するサンゴの堤が見えてくる。そこから外の沖にすぐに見える島は、木々が生い茂る島。
ここはアルス島の次に大きい島だった。柑橘類等の果物も自生しているようだ。
さすがに船を造る大量の木材は足りないので、ここは少量の木材、野草や木の実、薬草などを取る島とアキトは決める。ここは四ノ島と名付ける。
アルス島の沖側、一番東側にやってきたアキト。そこから見える水平線。そこには島はおろか陸地は見当たらない。あの向こうに、東の大陸、更にその向こうにアキトの故郷がある。
アキトはそこから更に時計回り、南側に向かうことにした。
すぐに見えてきた島。ここは小さく、ヤシの木が数本生い茂るだけの小島だ。
せいぜい家が十数軒建てれる広さ。ここは五ノ島と名付けた。
そこから歩いて、今度はアルス島の真南に島が見える。ここも広く、アルス島、二ノ島に次ぐ広さだ。
特徴的なのは、島の中央にそびえたつ山。小島に似合わないその山の頂点は、ここアルス島の頂上より少し高い。沿岸にはわずかの陸地。何かしらの鉱物が取れなくもないかもしれない。アキトはこの島を六ノ島と名付ける。
最後に見えてきた島は、再び潟湖に浮かぶ島だった。
一ノ島と同じぐらいの広さ。草原と木々が広がる。ここも居住区を建てるのに適していた。
アキトはこの島を七ノ島と名付ける。
アキトは、頭の中で島の名とその特徴を整理する。
一ノ島と五ノ島、七ノ島は居住地向き。
二ノ島、三ノ島は農業や畜産業に適している。
四ノ島は、森林。
六ノ島は、鉱物が取れる可能性があるかもしれない。
予想以上に、ほとんどの資源が自給自足できそうな場所だと、アキトは喜ぶ。
早速アルシュタットに帰って、計画を早めようとアキトが思っていた時。
スーレが後ろからアキトに話しかける。
「アキト!! ちょっとこっち来て!」
「うん、どうしたスーレ?」
スーレの突然の呼びかけに、アキトはそう答えた。
アキトは、スーレの「こっちこっち!」という声に付いていく。
「ここ見て!」
スーレがアキトを連れてきた場所は、地下に続く白い石造りの階段だった。
「何だここ? 神殿か何かかな」
「ねえねえ、中、何があるのかな?」
「分からない。気にはなるが、危険は冒せないな」
スーレにそう答えるアキト。
すると、リーンがこう言った。
「アキト様、私が中を偵察して参りましょうか?」
「いや危険だ。今度時間があるときにしよう。マヌエル大司教に聞けば何かわかるかもしれないし、ただの神殿かもしれない」
アキトはそうリーンに答えた。いろいろ気になることもある。だが、中に何がいるかも分からない。
今は必要な事のため一刻を争う。アキトは、この地下の探索を後回しにすることにした。
「スーレ、また今度来よう。松明やランプも持ってきていない。俺は光明の魔法を覚えていないしな」
「わかった! また、今度にする!」
「いい子だ、スーレ。じゃあ、早速アルシュタットに帰ろう」
アキトはそう言って、アルシュタット側へ丘を降りようとした。
「待ってください、アキト様!」
「まだ何か気になることでもあるのか? リーン」
「いえ、帰るならこうしようと思って…… えい!」
リーンはそう言って体の形を変えた。
スーレはそれを見て驚きの声を上げる。
「わあ、リーンが船になっちゃったよ!」
「これであの小川を下りましょう。流れも緩やかですので、大丈夫です!」
リーンはそう言って、小川まで船のまま地べたを這いずる。
「リーン、助かるよ」
「私に出来ることはこんなことぐらいですから……」
リーンは少し寂しそうな声でそう言った。だが、すぐに元気な口調に戻りこう続ける。
「……さ、お二人とも! アルス島清流下り、出発いたします。お早く乗船の程を!」
「わーい!!」
スーレはそう言って、リーンに乗った。
「ありがとう、リーン。リーン、お前は本当によくやっている。リーンが思う以上にな」
「アキト様…… ありがとうございます」
「さ、リーン。俺達を海まで頼んだ。安全運転で頼むぞ!」
「はい!」
アキトもスーレに続いてリーンに乗る。
「では、お二人とも。しっかり掴まっていてください! 出発します!」
リーンは小川に漕ぎだすと、アキト達を乗せて、一気に小川を下っていく。
「ま、待った!! もっとゆっくり!!」
アキトはあまりの速度に、そう叫んだ。
だがスーレの方は上機嫌だ。手を上げてこう叫ぶ。
「わああ!! 気持ちいい!!」
アキト達が漁船に戻るまで十分もかからなかった。




