一章九話 軍師、都市計画を立てる
「……というのが、今後のアルシュタートの方針だ」
アキトは、アルシュタート大公の小さな屋敷の一室で、自分の師駒達を前にそう言った。
アルス島への移住。それがアキトの南魔王軍への対策であった。
「敵に背を向けて逃げろと申されるのですか! 某、もっと合戦がしたいでござる!」
「姉様! 姉様はそうでも、普通は皆、戦が嫌いなのです。それに姉様みたいに強くないですから」
「むむ…… 失礼いたした。主君に尽くすのが、某の務め」
シスイはアカネの言葉で、アキトに謝罪する。
「シスイ。手柄を立てたいのは分かる。だが、敵を殺すことだけが手柄ではない。昨日、君達が傭兵を殺さずこの街を救ったのだって、大手柄だ。この街の人達の喜ぶ顔を見たろ?」
「アキト殿…… 拙者とんでもない勘違いをしていたようでござる。人へ侍り、尽くすのが侍…… 己の功だけを焦りすぎていたようだ」
「分かってくれるか…… 前も言ったが、必ずまた戦いはやってくる。今は、その戦支度のようなものだと思ってくれ」
「承知!」
シスイはそう言って、アキトに応えた。
次にセプティムスが、アキトにこう質問する。
「アキト殿、計画の方針はよく分かりました。ですが、南魔王軍は海軍を持っているのでは?」
「いや、その可能性は低いと思う。北もそうだが、南魔王軍は海軍はおろか、船を作る技術も持ち合わせてない。もちろん、今後海軍や造船所を用意する可能性もある。だが、数か月でそれを用意するのは不可能だろう」
アキトはセプティムスの問にそう答えた。
海軍を所有するのは帝国や、人間の国家だけだった。
というのは北と南の魔王軍にとって海は、何も得る物がない存在だった。
せいぜい海辺や海中に住む魔物が、魚を獲る場所。そんな認識だ。
人間の様に遠くへ貿易に出かけようとか、土地を開拓しようなどとは思わなかったのである。
その証拠に、アルシュタットをはじめ沿岸の街が、海から魔物に急襲されたことはない。
昔は海賊もいたが、沿岸が戦乱で廃れてくると、海賊も獲物がなくなり姿を消す。
しかし、アルフレッドという吸血鬼の王子。
彼ならば、人間の様に今後海軍を作る可能性もあると、アキトは睨んでいた。
だが、造船所の建設、水夫の訓練等、一朝一夕で出来るものではない。
せいぜい、急ごしらえの箱のような船で上陸を試みるぐらいか。
つまりは南魔王軍に対して、海はこの上ない城壁となる。アキトはそう考えていた。
「なるほど。仮に小舟を用意しても、上陸側が圧倒的に不利…… ですが、もう一つ不安が」
「衣食住のことかな?」
セプティムスの言葉に、アキトはそう返した。
アルスは人が踏み入れてはいけない島。現段階で、人が住めるような状況ではない。
アキトに頷き、セプティムスは口を開く。
「はい。それをどう対処なさるのかと」
「まず、水は大量に湧いて出てくるから、心配いらない。だが、食料はリボット家の倉庫から押収した物を含めて、この街には三か月分の貯えしかない」
「それが尽きる前までに、何か作物が作れますかな?」
「野菜ならいくらか。だけど主食の穀物となると、少し間に合わない」
「野菜ですか…… 魚も獲れるでしょうが、育ち盛りの子供に食わせるにはちと物足りない」
「それに関しては、ハナの能力でいくらか収穫を早めてもらうつもりだ。ハナは植物の成長を早める能力があるからな」
アキトの言葉に皆、ハナへ視線を向ける。ハナは恥ずかしがって、リーンの後ろへと隠れてしまった。
ハナは何やらごにょごにょと、リーンへ鳴き声を鳴らしている。
リーンはそれを聞いて、こう口を開いた。
「このように内気で申し訳ありません。ですがコツコツ仕事をするのは大好きです。きっとお役に立てるでしょう、とハナは言っています!」
リーンはハナのため、魔族の言葉を通訳してくれたようだ。
「そうか。食料問題は一番重要といっても過言じゃないからな」
「左様、腹が減っては戦は出来ぬ、と申しますからな」
シスイはアキトの言葉に、そう続けた。
アカネがそのシスイに、呆れたようにこう言った。
「姉様、また戦の事ばかり……」
「まあまあ。実際、本当にそうだからな。頼んだぞ、ハナ!」
アキトがそう言うと、ハナは頭の花と葉を振って応えた。
米や麦は収穫まで、半年以上期間を要する。
それがハナの力でどれぐらい早くなるかは、アキトには分からない。
だが、一日でも早くなればそれに越したことはなかった。
「植物の成長を早める…… 木材や薬草の生産にも効果が有りますな。では後は、衣類と住居。だが衣類は、優先度としてはそう高くない。一年程は新しい服を我慢させればいいでしょう」
「ある程度は家畜も連れていくから、年単位で見れば多少の供給は出来ると思う。だから衣服はあまり考えていない。そこまで寒くなる地域でもないからね」
セプティムスはアキトの言葉に、うんと頷いた。そして続ける。
「では住居はいかがされます?」
「これはもう、ベンケーの独擅場だ。重い岩を運べるし、自由に加工することも出来る。それに、大工を連れてけば、その腕力を向上させることも出来る」
「ほう、ベンケー殿にそのような特技が。それならば、住居をより早く建てられますますな」
「最初は簡易的な住居で、とりあえず数を確保する。見た目も地味になるだろう。でも、そこらへんは地道に作り上げていくしかない」
質より数。最初は武骨な岩の街になるだろうと、アキトは新たな都市の景観を思い浮かべる。
「仰る通りだ。アキト殿、いくらか私からも提案してよろしいですか?」
「もちろん! 提案はいつでも歓迎だ」
「ありがとうございます、アキト殿。私の提案は、この際、道路と上下水道も一緒に造ってしまおうということです」
「ほう。確かに最初に造った方が、その後の街の発展につながるだろう。だが、道はともかく、上下水道何て作れる技術者は……」
「これは能力でもなんでもなく、ただの私の知識ですが、上下水道並びに道路の土木建築に携わったことがあります。野営地の設営の際、学んだものです」
セプティムスを始め、第十七軍団は古代の兵士。
古代帝国の兵士は、敵地への行軍の際、道を整備していたという。アキト達がアルシュタートに来るまで通った街道も、一部は侵略のため、兵士が作ったものだった。
アキトはセプティムスにこう訊ねる。
「では、セプティムス。君はそれが出来ると?」
「はい、いくらかの軍団兵がいれば。彼らは、実際に何度も現場では働いています」
「そうか、わかった。セプティムス、君の案を採用しよう。細かいことは、後でまとめたのを聞かせてくれ」
「はっ!」
セプティムスは、そうアキトに応えた。
アキトは、リーンに続き、セプティムスが提案をしてくれたことを嬉しく感じていた。
もっと色々な提案が飛び交って、それを議論していく。
アキトはそれが出来なかった軍師学校での日々を思い出した。
そんな中でも、議論を交わしたリヒトとアリティア。二人は今、一体どうしているのだろうとも。
「よし、これであらかた皆の疑問は解消したかな」
アキトのその言葉に、皆頷く。
「ならばさっそく行動に移るとしよう!」
「「おう!」」
こうしてアキト達の作戦会議は終わった。
アキトは早速、皆に指令を出した。
まずシスイとアカネに、契約を更新した傭兵の訓練を。
セプティムスに、第十七軍団に新兵を募集させよと。
そしてアキト自身が赴くアルス島への視察。ハナとベンケーはそれに付いていくこと。
リーンは、俺についてこい。アキトはそう言った。
かくして、アキト達は、アルス島への入植に向けて動き出すのであった。




