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一章八話 軍師、新天地を求む

 アキトがアルシュタットへ着いた翌日の夜明け前。

 

 アルシュタート大公の狭い屋敷の一室で、アキトは一人、ベッドの上で思案に余っていた。


 リーン、ハナ、そしてシスイとアカネは、この屋敷で寝泊まりしていた。

 セプティムスは、傭兵の兵舎を軍団の宿舎とし、そこで軍団の指揮を執っている。

 ベンケーは睡眠が必要ないようで、この屋敷の入り口の警備を務めていた。


 ハナとスーレはリーンと同じベッドで、アカネとシスイも同じ部屋。皆、まだ寝ているようだった。

 

 アキトは男一人で別室。ぐっすりと…… は寝れなかった。


 それは常に頭を悩ませていたからだ。


 懸案事項はずばり、今後のアルシュタートの方針である。

 

 アキトが見て、このアルシュタート大公領には問題が山積していた。


 一つ、アルシュタット以外の農村と街には人が住んでいないこと。


 北南の魔王軍が前線に位置するこのアルシュタート大公領は、田畑は荒れ、城壁の持たない町は廃墟となっている。

 結果、家のない難民がアルシュタート大公領の首都、このアルシュタットになだれ込んできた。

 食料も漁業と採集から得られる物に限られ、供給に安定性がない。


 二つは、防衛戦力の不足。


 南魔王軍は、数万の魔物を動員できる。以前のアンサルスの戦いも、帝国の急な侵攻に五万もの戦力を緊急招集できたのだ。対して、今アルシュタットにいる防衛戦力は、傭兵が七百と、アキトの師駒達だけ。

 

 傭兵達は現段階では、全くと言って良いほど戦力にならない。戦列を組むことすら難しいだろう。

 

 では、頼りの師駒はどうか。いかに多人数とも戦える師駒と言えど、万軍に勝つことはできない。

 防御力に優れる第十七軍団の兵士を出したとしても、多数の飛び道具で圧倒されるだろう。

 シスイとアカネが二本の矢を放てば、数千本と矢が返ってくるはずだ。


 会戦は不可能。奇襲や夜襲も、この広い平野が広がるアルシュタート大公領では難しい。

 では籠城戦をするか。防壁はすでに半壊していて、実際にはただの櫓の集合体になっている。

 

 これらの問題を、アキトは師駒の特性を踏まえて対処を考える。


--食料については、マンドラゴラのハナを中心に耕作を始めよう。

 傭兵達を、アカネとシスイに訓練させて……

 防壁はゴーレムの特性で、修復を……


 誰でも考え付くこと。例えこれらを実行しても、南魔王軍には勝てないと、アキトは首を振る。


 アキトは、隣部屋のベッドで寝ているフィンデリアに目を移した。

 空いたドアの向こうのフィンデリア、あれから一夜が明けても、まだ深い眠りについているようだ。


--フィンデリアの能力が分かれば、取れる選択肢は広がる。

 だがフィンデリアはとてもじゃないが、立って何かをできる状況じゃないな。


 体力も魔力も全くと言って良いほど戻らない。ずっとこのままなのではという不安が、アキトの頭によぎる。


 仮にフィンデリアが起きたとしても、魔王軍数万を相手にするのは、難しいことだった。

 

 南魔王軍も師駒を多数有している。またアンサルスでは、帝国軍も結構な数の師駒を失った。

 その師駒が残した師駒石は、当然勝者である南魔王軍の手に……

 敵が新たな師駒を召還するのは確実。A級が複数いることは、当然警戒するべきことだ。

 


 だがもしフィンデリアが、一発で数万の敵を吹き飛ばす魔法を覚えていたら。

 アキトが昨日の神殿の魔法を見るに、それは少し考えづらいことだった。

 良いところで数百人への一斉攻撃。


 もちろん十分すぎるほど、強力で凶悪。体力が完全に回復するなら、フィンデリアを殺せる者はいないかもしれない。

 

--だから、ただ戦って暴れるだけなら何も考える必要はない。

 だが、万が一戦って勝てたとしても、何も得るものがない……

つまりは、戦うだけ無駄…… 


 ならばと、アキトは結論を出す。


 ここから逃げよう!


 アキトは原点に立ち返って、尻をまくることにしたのだ。


 もちろん、自分と師駒だけで逃げるのではない。アルシュタートの民と共にだ。


 だが帝国領内では、都市の市民以外が居住する地域を勝手に変えてはいけなかった。

 もちろん難民対策のためだ。


 つまりはアルシュタットの民衆全員を、帝国の安全な地域へ逃がすことは不可能。

 また、アルシュタットの市民は貧しく、転居する余裕もない。


--自分たちの領内で、安全な場所を探すしかない…… そんな場所は、このアルシュタ-トのどこに?


 アキトはそう自分に問いながら、ある光景に気付いた。


 夜が明け、朝焼けの光が窓から差し込む。


 窓の向こうの赤く照らされる島々。アキト達がアルシュタートに来て、最初に目に入った光景でもあるその島々。中央のアルス島からは綺麗な水が湧き出ていて、大陸側には潟湖も存在している。


--ここだ。


 アキトは早速行動に移った。


 アキトは自分のいた部屋を出ると廊下を歩く。

 そしてアルシュタート大公の執事であるリベルトの寝室へと向かった。

 

 そこには、ベッドで上半身を起こすリベルトとマヌエル大司教がいた。


 マヌエル大司教はにっこりと微笑むと、アキトにこう挨拶をする。


「おお、おはようございます、アキト殿」

「おはようございます、マヌエル大司教、それとリベルトさん」


 アキトもそう挨拶をして、二人に頭を下げた。


 リベルトはそれを見て、こう言った。


「アキト殿、リボット家の件、良くやってくださった。感謝申し上げる」


 深々と綺麗なお辞儀をするリベルト。

 リベルトは昨日の、混乱していた様子から回復したようだ。


「リベルトさん、あなたが私に託してくれた師駒石、そこから会えた師駒達のおかげです」

「アキト殿、それは違う。私は、あくまで出会いのきっかけを作ったまで。あなたと師駒達のおかげだ」


 リベルトはさらに続けた。


「元はと言えば、私とマヌエルが招いた災厄。本来自分たちで解決しなければいけないことを、アキト殿は助けてくださった」


 マヌエル大司教は、リベルトのその言葉にうんうんと頷いた。


 アキトはこう答える。


「ああいう輩は、人を騙すことに長けています。お二人とも、藁にもすがる思いだったのでしょう…… ところでリベルトさんは何故、師駒石を使われなかったのです?」

「私は師杖を持ち合わせておりません。また先代エリオ様の師杖は、その主人と共に海の底。ですからそれを引き継ぐべきスーレ様も、師杖を持ち合わせていなかったのです」


 リベルトのその言葉に、マヌエル大司教がこう続けた。


「今思えば、その師駒石をジョルスに渡さなくて正解だったな? リベルトよ」

「うむ…… 流石に先代の師駒石。元々すぐに渡すつもりはなかったが」


 リベルトがそう言い終わるのを聞いて、アキトはさらに質問した。


「先代のエリオ様も、何故師駒石を使わなかったのでしょうか?」

「この師駒石を残して亡くなった師駒達。彼ら亡き後も、暫くは帝国軍がこのアルシュタートに駐留していた。軍事力的にはまだ少し余裕が有ったので、すぐにはつかわなかったのだろう。スーレ様に出会いを残したかったのもあるようです」

「なるほど…… そんな貴重なものを俺に」


 アキトのその言葉に、リベルトがこう返す。


「結果としてスーレ様、そしてアルシュタートに住まう人々のためになったのです。エリオ様も喜ばれていることでしょう」

「うむ。アキト殿のような者ならば、納得されるだろう。 ……ところでアキト殿、何か御用があったのでは?」


 マヌエル大司教はアキトにそう訊ねた。


「ええ、実は二人に許可を頂きたいことがあったのです」

「ほう、それはなんですかな?」

「アルス島…… そこに街をつくらせてもらいたい」


 アキトの言葉に、マヌエル大司教とリベルトは少し複雑な顔をした。


 リベルトはこう続ける。


「アキト殿…… 帝都の人は知らぬかもしれないが、アルスは我々の聖地。年に一回、神官が祭祀のため上陸するだけなのだ」

「アルス島が神聖な地であることは、俺も知ってます。ですが、南魔王軍から逃げるには」


 それを聞いたマヌエル大司教が、こう訊ねた。


「ここから逃げて、このアルシュタットを捨てよと…… そう申されるのですな?」

「ここを守るため亡くなられた方もいるでしょう。本意ではありません。しかし……」


 リベルトはアキトの言葉に、口をつぐんでしまった。


 マヌエルはそれを見て、リベルトへ諭すような口調でこう言った。


「リベルトよ…… エリオ様が変わられたように、ワシらも変わらなければいけないのでは。アキト殿、実はエリオ様はアルス島へすでに渡られていたのだ。だがそこから帰るとき、船が転覆して亡くなられた。ご老体に、足のケガ。そのままあの海から戻ってこぬ……」

「そうでしたか…… ではエリオ様もアルス島に目を付けられていたと」

「皆反対しました。かくいうワシも。ですが、三つの勢力の前線となった今。もはや、なりふり構っておれませぬ」


 マヌエル大司教はアキトに賛成のようだ。しかしリベルトは違う。


「私は反対だ。信仰が問題なんじゃない。ここにはスフィア様とアーノルド様…… 数多くの者達がその命を引き換えに守った場所だ」


 リベルトはそう言った。

 顔を下げ、沈黙するリベルト。

 だが少しして、その言葉を続ける。


「……そうだ、反対だ。しかし、アキト殿。アルシュタートのこれからは、あなたやスーレ様、アルシュタートの子供達にかかっている」

「リベルト……」


 マヌエル大司教はリベルトにそう言って、肩を叩いた。


 リベルトは再びアキトへ顔を上げる。


 そしてこう言い放った。


「アキト殿、行きなさい。スーレ様とアルシュタートと共に」

 

 朝焼けが青空に変わったように、アルシュタートも新たな歴史を歩もうとしていた。


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