一章七話 軍師、仲間を得る
「皆、良くやってくれた!!」
アキトはそう言って、神殿前に集まる自らの師駒の元へと歩く。
アカネは、そのアキトにシスイの裾を掴んで答える。
「あれぐらい、わたくし達からすれば赤子の手をひねる様なもの。ですよね、姉様?」
「うむ。我ら姉妹、もっと剛の者との手合わせを所望いたす」
シスイは、物足りないと言った顔でこう言った。
ヤシマの戦士は、戦に生き戦に死すことを求める。
この姉妹もその例に漏れないようだ、とアキトは感心した。
「そうだな。だが皆が、命がけの戦を望むわけじゃない。俺は出来る限り戦闘を避けていくつもりだ。まあそんな焦らなくても、すぐにその腕を振るう大戦がやってくるだろう」
「ほう! では矢合わせの際は、是非このシスイに!!」
「姉様…… 旦那様の言葉を聞いておりましたか?!」
「うん? 合戦が近々あると、アキト殿は申したのだろう?」
「はあ…… 申し訳ございません、旦那様。姉様は戦以外、あまり興味がなくて」
「いや、このご時世。心強い限りだ。これからも俺を助けてほしい」
アキトのその言葉に、シスイとアカネは「「ははあ!」」と言って頭を下げる。
「それと…… ベンケー、流石だ! シスイとアカネに全く敵を近づけなかったな」
「そうそう、ベンケー殿。某とアカネを守ってくださったこと、かたじけない」
シスイはそう言って、アカネと共にベンケーにお辞儀をした。
ベンケーは両腕を上げて喜びの表情を表した。
「アキト殿、軍団兵に諸々の指示してまいりました」
「ありがとう、セプティムス。俺の言葉は皆に伝えてくれたか」
アキトは鐘楼を降りる際、セプティムスを通じて第十七軍団に色々と指示を出した。
傭兵達の武装解除、額に墨がついた者を一か所に集めること。それと港にあるリボット家の倉庫から奴隷を解放すること、城壁の見張りの要員を交代すること。傭兵の名簿の作成など……諸々。
それと軍団兵の皆に、華のない役割を押し付けたことを申し訳なく思う、と伝えてくれと。
「ええ、皆、特に何も気にしておりませんでしたよ。アキト殿、我々は個人の名誉を求めません。軍団の名と仕える対象の名誉を、至上としております」
「そうか…… それに見合うだけの対象にならないとな。俺はまだまだだ」
第十七軍団。この軍団が本当にあの初代皇帝マリティア一世に仕えた第十七軍団ならそもそも、彼らはこれ以上名誉を必要としないだろう。
セプティムスはこう続けた。
「いや、戦いのその後を見据えた作戦。ただ殺戮を目的としたものよりも、何倍も実りのある選択だったと思います。感服いたしました」
「そう言ってくれると嬉しいよ。だが、俺はまだ若い。セプティムス、それに皆、これからもよろしくお願いします」
アキトはそう皆に頭を下げた。
「お任せあれ、アキト殿。このシスイ、この身が亡びるまでお仕えいたす!」
「旦那様、わたくし達の忠義は絶対です。どうかこれからも、なんなりとお申し付けください!」
「我が第十七軍団は、アキト殿とあります!」
三人はそう言って跪く。
ベンケーも胸を何回も両腕で叩き、アキトに応える。
そんな中、マヌエル大司教が神殿から出てきた。
「アキト殿、傭兵の負傷者、皆軽傷ばかり。すぐに回復するでしょう」
「ありがとうございます、マヌエル大司教」
アキトはマヌエル大司教に向かって頭を下げた。
「いやいや、礼を言うのはこちらの方。悪人と言えど、人の死を喜ぶのはいかん。しかし、ジョルスからこの街を救って下さった。それに、流れる血も限りなく少なかった」
「彼の死は俺の失態。 ……苦しんだ者達のためにも、しっかりと法の下で、裁きを下すべきでした」
「すべてをうまく運ばせるのは難しい。アキト殿は良くやってくださった。そんなことができるのは全知全能たる神だけです」
「神だけ…… 確かにそうかもしれません。そうだ! 神といえば、フィンデリアの様子は」
アキトはそう言って神殿に目をやった。すると、入口からスーレが。
「アキト、フィンデリアさん熱はまだあるけど、すやすやと寝ているよ」
「そうか、看病ありがとうな、スーレ」
「フィンデリアさんは、皆を治してくれたんだもん。これぐらい当たり前だよ!」
スーレは、アキトにそう答えた。
「……アキト、本当にありがとう。昨日までは、皆、もうずっとこのままだと思っていたんだ」
「お礼なんかいらないよ。言ったろ、俺は君の何でも屋さんだって。もっとスーレや皆を幸せにするよ」
「アキトや皆も一緒にね!」
「ああ、もちろんだ!!」
アキトがスーレにそう答えると、師駒の皆もうんと頷く。
マヌエル大司教もそれを見て、にっこりと笑った。
「私も非力ながら、皆さまの幸せのため精一杯努めます!」
そう言ったのは、先程最初に降伏すると言った傭兵の一人だ。
師駒達は皆、何だこいつはという顔をする。
改心するにも早すぎるし、今までブイブイ言わせてきたのなら面の皮が厚すぎるのではと。
「今回の作戦の”影の功労者”が帰って来たようだな。 ……その姿じゃわからないぞ、リーン」
アキトのその言葉に、皆驚く。
「おっと、これは失礼しました。えいっ!」
傭兵はそう言って、姿を崩し始める。そして透明な液体となり、どろどろと地面に落ちると、青く色づいた。
皆、リーンと名前を聞いた時以上に驚いた顔をした。
「「リーン殿?!」」
「リーン?!」
師駒達とスーレは声を揃えてそう言った。
「はい、リーンは私でございます!」
「だが、すごいな。俺も能力として聞いただけだから、変身した姿に驚いたよ」
「ふふふ、体の隅々まで真似ることができますから!」
スライムのリーンが、アルシュタットまでの道中の強化で得た能力。
アキトは紙に情報を写す。しかし、魔物の文字で読めなかった二つの能力。
その内の一つは人間の言語能力だった。それはすぐアキトも理解できた。
そして残されたもう一つは、変身能力だったのだ。
「すごいっ!! ねえ、スーレにも変身できるの!」
「もちろん可能ですよ!」
「じゃあ、やってみせて!」
「かしこまりました、スーレ様! では!!」
そう言ってリーンは、スーレの背丈ぐらいまで体を伸ばす。
それは次第に人の形になると、服や肌の部分に色が付いていった。
「「おお!」」
スーレだけでなく、師駒達も思わずそう漏らした。
スーレとうり二つになったリーン。髪や服も本物と変わらず、風に揺られる。
「わあ! 私がもう一人いるみたい!!」
スーレはそう言ってリーンに手を振ってみた。リーンもそれに応えて、手を振る。
スーレが脚を動かすと、リーンも脚を動かす。スーレが手を上げれば、リーンも。
スーレはそれが楽しくなったのか、変なポーズを繰り返す。そしてだんだんと素早く体を動かしていった。
リーンもそれを必死に真似るが、ところどころスーレと違うポーズをとってしまう。
「負けませんよ、スーレ様!」
「私だって負けないよ、リーン!!」
何を勝負しているのか分からない。だがその微笑ましい光景に皆、顔を和ませた。
アキトはあることに気付く、姿だけでなく声まで真似できることに。
アキトもリーンの提案を受けた時は、ここまで精密に変身できるとは思わなかったようだ。
リーンは、今回の作戦でほぼすべての傭兵を広場に集めるという提案をした。
アキトはジョルスを人質に、順繰りに傭兵隊を掌握しようと考えていたが、リーンはその手間を省いたのであった。
また最後の降伏宣言。最初の一人、というのは中々勇気のいることだ。だから、誰も言いたがらない。
そのなかでリーンは傭兵として、その最初の一人となり降伏を叫んだ。一人叫べば、俺もと傭兵達は堰を切ったように皆続いた。
リーンはアキトの作戦遂行を更に円滑にさせたのだ。
「嫁要らずですね、旦那様?」
「え?」
アキトが頭の中で色々と考えていると、アカネが耳打ちするようにそう言った。
「リーン殿がいれば、どんな美しい女子とも寝れるのですから」
「は、はあっ?!」
「私の姿なら、どうぞ好きになさっていいですからね、旦那様」
アカネのその言葉と共に、アキトの耳をくすぐる吐息。アキトは顔を真っ赤にさせた。
「どうしたら、あの能力を見て、そんな不純な事を考えることができるんだ?!」
「あら。むしろそういうことを考える殿方の方が多いと思いますよ」
アカネは、さも当然といった顔でそう言った。
確かに師駒をそういう対象で見る者は、多少なりとも存在するだろう。
だが、アキトは師駒を仲間と尊重していた。己の欲望のためだけに師駒を使役したくなかった。
君主のため、天下の太平のため、人々のため…… 軍師は師駒と助け合い、共にそれに尽くす。
アキトは心にそう誓っていた。
「俺は、そういうのは結婚してからと決めている」
「お堅い方ですのね…… ふふ、ますます火が付きましたわ」
アカネはアキトにそう答えた。
「ねえ、リーン! 今度はアキトに変身してよ!!」
「はい! お任せを!!」
しばらくリーンは、スーレの要望通り変身を繰り返すのであった。
「アキト殿!!」
「うん? どうした?」
声を掛けてきたのは軍団兵の一人だった。右手で胸を叩いて敬礼する。壁画で見られるような古代の敬礼だ。
「ジョルス・リボットの遺体を片付けていましたら、このような物が」
軍団兵はそう言って、アキトに赤い石を渡した。
「師駒石か。あのジョルスの師駒、サイクロプスの遺品だろう。ありがとう、これをどうするか少し考えてみる」
「はっ! それでは私は通常の業務に戻ります!」
「ああ、頼んだよ」
胸を叩いて再び敬礼する兵士に、アキトはそう頭を下げた。
「赤の魔物の師駒石ですか」
マヌエル大司教はそれを見て、そう言った。
「いや…… 赤い師駒石は黄色の師駒石よりも高級。恐らくは、血が付いただけだと」
「ほう。では、今水をお持ちします」
アキトにそう答えて、マヌエル大司教は神殿の柱の下から、水の入ったバケツを持ってきてくれた。
「これはすいません。若い俺が、自分で持ってくるべきだったのに」
「そんな事お気になさらず。このような見た目だが、体力は並みの者より多いですから」
そう言ってマヌエル大司教は、腕をまくって見せた。
確かにその長いひげからは想像もつかない腕の筋肉。
病人やけが人を癒す毎日、体は鍛えられる一方だったのだろうと、アキトは感心した。
「本当にありがとうございます。では、洗ってみますね」
アキトはバケツの中で師駒石を洗ってみた。
「なかなか、落ちないな……」
強くこすっても落ちない師駒石。
「では、やはり赤の師駒石ですかな」
「そうかもしれません。申し訳ない、余計な手間をおかけしました」
「ワシのことは気になさるな。で、早速使われるので?」
「そうですね。アカネかシスイの能力強化に使うか、新たに師駒を呼ぶか……」
アキトは少し悩んでどうするかを考える。
--正直言ってアカネとシスイは、すでに戦闘力では一人で人間の正規兵数十人を相手できる強さ。
訓練する能力もあり、訓練の教官としてもやっていける。
強さも、担える役割も十分だ。強化でどれだけ強くなれるかも分からない。
その一方でと、アキトは新たな師駒を召喚することを考える。
上手くいけば、もっと別の分野に貢献できる師駒を召喚できるかもしれない。
もちろん、シスイとアカネと同じような能力の持つ師駒が召喚された場合。
戦力は確かに上がるが、担える役割は増えない。
だがどちらにしろ戦力は増える…… ならば--
「マヌエル大司教、新たな師駒を召喚しようと思います」
「おお、左様ですか。仲間は多いほうが良いですからね」
「はい。戦闘だけでなく、内政を任せられるような仲間も欲しいのです」
アキトはそう言って、師駒石の前に師杖である刀の柄を持ってきた。
「それでは……」
アキトは刀の柄で、赤い師駒石を召還した。
辺りを包み込む光。
光が収まるとそこには……
頭に緑の葉っぱと赤い花を生やしたマンドレイクがいた。
マンドレイクはアキト達を見るなり、地面を掘ろうとする。
だが広場は石畳。マンドレイクは仕方なく、水の入ったバケツに入った。
「マンドレイク…… 西部ではよく見る魔物と言いますが」
早速アキトは師杖でマンドレイクの情報を見た。
「ええ、確かにマンドレイクのようです。D級の魔物のポーン」
アキトは、更に基本能力に目を通す。
魔力はそれなり、他の能力は通常のF級のポーンやリーンよりもさらに低い値だった。
だが目を下に移すと、一つの特殊能力にアキトの視線が釘付けになる。
「植物の成長促進がA級並みだ」
「ほう、素晴らしい。そのような能力、魔物ならではですな」
「ええ、魔物は俺達とは違う強みを持っている」
植物の成長促進に特化したポーン、それが目の前のマンドレイクだった。
アキトは素直に喜ぶ。これであれば穀物や薬草、木々の成長を早めることができるからだ。
また強い仲間を得られたと。
「あっ! アキト、また友達を召還したの?」
「友達…… ああ、そうだよ。マンドレイク、名前は……」
アキトはマンドレイクの名前に悩む。
「名前がないの?」
「ああ、そうなんだ。何かいい名前はないかな?」
「そしたら、ハナって名前はどう?」
「また単純な…… いや、でもいい名前だな。ハナ。可愛いし、綺麗な頭の花が特徴的だし。よし、これからはハナと呼ぶことにしよう」
「うん! ハナ、出ておいで!」
スーレがそう言うと、マンドレイクのハナは少し顔を出して、様子を見た。
そしてスーレとアキトが笑うのを見ると、バケツから飛び出してきた。
「よし、ハナ。俺はアキトだ、よろしくな!」
「わたしはスーレ! 仲良くしてね!」
ハナは必死に、頭の葉と花を振ってそれに応えるのであった。
こうしてマンドレイクのハナはアキトの仲間に加わった。
いずれ来る南魔王軍。その時、アルシュタットの民をどう守るか。
アキトは新たな仲間たちを見て、策を巡らすのであった……




