第36話 圧倒的な絶望
ーーースルト視点ーーー
どうして、こうなってしまった
俺は何を間違えたんだ?
「ぐはっ!」
「ガルネク!!」
倒れるガルネク……その目には光がない
「ここ、までか……がはっ!」
「おっさん!!」
おっさんも倒れる……自慢の筋肉も萎んで見える
「スルト……」
「ルーク」
「ごめん……僕は、弱いんだ……」
「何言ってるんだ!お前は強いだろうが!」
「強くないよ……今も怖くて震えてる……」
「ルーク……」
「でも、覚悟は……決めたよ……」
ルークはいつもの可愛いらしい顔からは想像できないくらい男らしい表情をする
少なくとも俺にはそう見えた
「じゃあねスルト……君だけは……逃げて」
「ルーク!よせ!ルーク!!」
「う、うわぁぁぁぁぁ!!…………うぐっ!」
「ルークゥゥゥゥゥゥ!!」
ルークも倒れた……あと残ってる奴は?
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
エルフィは頭を抱えて謝り続けている
「だから……止めたんだにゃ……」
ミストが身体を痙攣させながら言う
くそ!残ってるのは俺だけか!!
誰か……助けてくれ……この絶望から!!
その時、扉が開く音がした……
「えっ?これどうなってるの?」
「皆どうしたんだ!?」
扉には……マーティとレイスが居た
良かった……助けが来たんだ!!
助けが……
・・・・・・
ーーーマーティ視点ーーー
昼食をとろうとレイスと食堂に来たら地獄絵図だった
「本当にどうしたのこれ?」
僕は食堂を見渡す
倒れてるガルネクやラルスさん
ルークは完全に白眼を向いている
ミストが身体を痙攣させながらこっちを見てる
エルフィはなんか震えてるし
「スルト、どうなっているんだい?」
レイスがスルトに近寄る
「レイス、マーティ……ここには絶望が待っているんだ!!俺達を連れ出してくれ!!奴が!奴が来る前に!!」
スルトがレイスにしがみつく
「ちょ!離れなって!」
レイスがスルトを引き剥がす
「絶望?」
僕は首を傾げる
そこに……
「あ、マーティちゃんとレイスちゃんも来たんだぁ」
サハルがエプロン姿で奥から出てきた
「ひぃ!?」
スルトが後退る
「ちょうどよかった♪昼はおばちゃん達が出掛けてるから、私が作ったんだよ!食べていって♪」
サハルが笑顔で言う
好意からの笑顔で断るのが悪いとすら思えてくる
「へぇ……サハルが料理できるなんて知らなかったなぁ」
レイスが椅子に座る
僕も隣に座る
「後悔するぞ」
ボソッとスルトが呟いた
『?』
僕とレイスは首を傾げる
目の前にお皿が置かれる
「はい召し上がれ♪」
そう言って出されたのはスープだ
………………ピンク色の
「サハル……これは?」
「クリームシチュー!」
そっか……クリームシチューか
普通クリームシチューって白だよね?
焦げたとしても茶色とかだよね?
……これピンクだよね?
「い、イチゴでも入れたのかな?」
レイスが声を震えさせて言う
「クリームシチューにイチゴなんて入れないよ?変なレイスちゃん!」
そっか……イチゴ入ってないんだ
当たり前の事なのに、僕はその言葉で疑問を更に深めた
……じゃあなんでピンクなの!?
「な、何か隠し味でも?」
僕はサハルを見て言う
「それは食べてからのお楽しみ♪」
そっか……怖いなぁ
多分、これを食べたらヤバイんだろうなぁ
ガルネクやラルスさんやルークが倒れてるし……
「だから止めとけって言ったろ?」
スルトが僕達の前に座る
「スルトは平気だったの?」
「俺はまだ食ってねえよ?」
「はいスルトちゃんの♪」
「そして今、死刑宣告されたよ……」
僕とレイスとスルトの前にクリームシチュー(ピンク)が置かれている
「………」
僕はスプーンでピンクを掬う
「……ふんふん」
匂いは……しない
待って、僕は農家の人間だよ?
野菜の匂いとかある程度はわかるんだよ?
しかもこれはクリームシチューだよ?
クリームの匂いとか、お肉の匂いとか、じゃがいもの匂いとかあるはずなのに……これ完全に無臭なんだけど
「…………」
た、食べないと何もわからない
そうわかってるのに身体が動かない……
僕の身体がこれを食べるのを拒否している!?
「マーティちゃんどうしたの?はい、あーん♪」
サハルが僕からスプーンを取って、僕に食べさせた
………………………
甘い、辛い、苦い、辛い、苦しい
待って、後半は食べ物を食べて出る感想じゃない!
てか何このぐにゅぐにゅしたの?
あと何かドロッとした感じもするし
時々サクッって感じもくるし
これ、クリームシチューを食べた時に出る言葉じゃないよね?
あれ?そもそもクリームシチューってなんだっけ?
クリームシチューってさ
ポカポカしてて
甘くて
時々ピリッとスパイスの味がきて
じゃがいもがホクホクで
ニンジンの甘味があって
お肉がギューときて
食べていたらホッとする料理だよね?
母さんが作ってくれたクリームシチューはそうだったよ?
ネルやカーツと遊んで、泥だらけになった僕が帰ったら
『もうすぐ出きるからね?お風呂に入って綺麗になってくるのよ?』
ってお鍋をお玉でかき混ぜながら言っててさ
お風呂に入ってから行くと、お皿に美味しそうなクリームシチューが入ってて
皆でいただきますって言ってから一口食べて
パンをかじりながらまた食べて
たまにパンにシチューを浸してパクリと食べて
皆で笑いながら食べていたんだ……
クリームシチューは笑顔にしてくれる食べ物なんだ
そうだよね?
そうじゃなかったら僕が今まで食べていたクリームシチューってなんなの?ってなるし
うん……母さんのクリームシチューが食べたくなってきた……
あっ、そろそろ終わりかな……今ハッキリと見えていた家族団らんの映像は走馬灯なんだよね?
だってドンドン周りが暗くなってきてるもん……僕、今呼吸してる?
はは、こんなことで死ぬなんて…………酷いなぁ
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少年はただ幸せになりたい
三回目の人生 完
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「……ティ!マーティ君!!」
「ぶはっ!?」
「良かった!目が覚めましたか!」
「あ……エル、フィ?」
い、生きてる?
「はぁ……良かった……マーティ君、今まで息してなかったんですよ?心臓の鼓動も弱くなってて……」
「し、死にかけてた?」
「はい……」
な、なんで?
「あのさ、エルフィ……聞いていい?」
「なんですか?」
「僕は食堂でクリームシチューを食べたんだよね?」
「はい……クリームシチューを食べてました」
「……それで僕は死にかけてたの?」
「はい」
「そっか……皆は?」
僕は周りを見渡す……ここは食堂だ
「ガルネク君とラルスさんは医務室に運ばれました、ルーク君はスルト君に部屋まで運ばれました」
スルトは無事だったのか
「レイス君もさっきまで倒れていましたが……今は部屋で休んでるはずです」
レイスも……逝ったんだね
「ミストさんは復活してサハルさんを連れていきました……」
「そっか……ねぇ、エルフィ」
「どうしました?」
僕は決意したことをエルフィに伝える
「サハルに料理はさせないようにしよう」
「そうですね……」
こうして……クリームシチュー事件は終わった
いや、僕はあれをクリームシチューだなんて認めない
断じて認めない!!




