第19話 遠足の護衛・後編
幼い頃
母が寝付けない自分に本を読み聞かせてくれた
騎士が勇敢に戦い、お姫様を助け出す物語や
悪を挫き正義を貫く物語
姉はお姫様に憧れていた
自分は騎士に憧れた
自分も勇敢な騎士になりたい
ーーーレイス視点ーーー
何が起きたのか理解するのに遅れた
いや、理解するのを頭が拒否していた
足下に転がる死体
2年の先輩の死体
さっきまで話をしていた人の死体
前を見ると先輩達がトロールと戦っている
マーティが僕に話し掛ける
「レイス!しっかりしろ!」
身体が震える
いつかこんな風に強いモンスターに遭遇することは覚悟していた
目の前で人が死ぬのも覚悟していた
僕が今からやることは先輩達と一緒にトロールと戦う
もしくはエルフィ達と一緒に子供達を逃がす
そのどっちかだ………そう理解しているはずなのに
「あ……あ……」
僕の口からは情けない声が出る
身体が動かない
怖い
「レイス!!」
「はぁ、はぁ」
呼吸が上手くできない……
前を見たらトロールが立っている
「ひぃ!?」
これは僕の声?
はは……情けない
「ウォォォォ!!」
身体が動かない……僕は……死ぬのかな?
「くそっ!」
バッ!
マーティ?えっ?なんで?
ズン!
トロールの棍棒が地面を抉った
「…………」
ドシン!ドシン!
トロールが去っていく
「行かせちゃだめだ!」
マーティが剣を抜く…
「行くよレイス!」
「………」
何故マーティは平気そうなんだ?
僕は周りを見る……先輩達の死体
マーティが助けてくれなかったら僕も……
「レイス!」
「マーティ…君は、怖くないのかい?」
あれ?なんで僕はこんなことを?
「怖いよ!でも怖いからってなにもしない訳にはいかないんだよ!」
なにもしない訳にはいかない
そうだね……わかってる
だけど
「僕は、僕は……」
身体が動かない
「しっかりしろレイス!強い騎士になるんじゃないのか!」
バチン!とマーティが僕の両頬を叩く
痛い、熱い
「…………なんでマーティは動けるんだい?」
「動かないと失うからだよ!」
失う………動かないと失う
「僕は失いたくないから騎士になるんだ!騎士になったら僕達はずっと誰かを守らなきゃいけないんだ!後ろの人を守らないといけないんだよ!!」
後ろの人を
僕達の後ろには子供達がいた
先輩達が動かなかったら……マーティ達が動かなかったら……
「レイス……君は僕の後ろにいるの?それとも僕の隣にいるの?」
「………僕は」
「うぁぁぁぁ!!」
マーティが走っていく
マーティの後ろに?
それはつまり守られる側って事だ……
あんなに小さいマーティに?僕はあの少年の後ろに?
…………いやだ
僕は……なりたいんだ……
守られる人間じゃなくて
守る人間に!
勇敢な騎士に!!
「っく!!」
バチン!
僕はマーティに叩かれた両頬を自分で叩く
「はぁ………うっ!くっ!」
震える足で立ち上がる
「うぁぁぁぁぁぁぁ!!」
僕は走った、戦うために
いつの間にか身体の震えは止まっていた
・・・・・・・・
ーーーマーティ視点ーーー
「この!」
ザシュ!
僕はトロールの足を剣で斬りつける
剣の先端で傷をつけるように斬っていく
僕の力じゃ切り落とせないし
剣が抜けなくなったら終わりだからね
「ウォォォォ!」
トロールが棍棒を振る
「あぶな!」
僕が小さいからかトロールの棍棒は当たらない
小さい………いや今回はよかったから!
「ウォォォォ!」
「!!」
トロールが跳び
木の枝の上に乗った
そして音を出さずに僕の周りの木に次々と跳び移る
「さっきもこうやって近付いてたのか!」
身体がデカいのになんて身軽なんだよ!
「ウォォォォ!」
トロールが木から木の実をもぎ取り
投げてきた
ヒュッ!
「危な!?」
ザシュ!
木の実が地面を抉った
「あれに当たったらヤバイ……」
どうする?
ヒュッ!!ヒュッ!
僕が考えてる間もトロールは木の実を投げてくる
「あそこから落とさないと……」
「僕に任せて……刃よ……"スラッシュ"!」
「レイス!」
レイスが追い付いてすぐにトロールに風の下級魔法を放つ………正確にはトロールの立っている木の枝に放った
ザシュ!
「ウォ!?」
ドシン!
トロールが地面に落ちた
「レイス!」
「マーティ……さっきの質問だけど」
「なに?」
「僕は君の隣に立つ!立たせてくれ」
「……うん!!」
レイスが細い剣を抜く
僕も剣を構える
「ウォォォォ!」
トロールが僕達に突っ込んでくる
「マーティ!」
「うん!」
僕とレイスは左右に別れた
「ウォォォォ!!」
トロールが僕に棍棒を振る
さっきよりも速い
「この!」
僕は棍棒を避ける
「はぁ!」
レイスがトロールの後ろから剣を突く
ドスッ!
レイスの剣がトロールの右肩を貫いた
「ウォォォォ!!」
トロールがレイスの方を見る
「それ!」
ザシュ!
僕に背を向けたトロールの背中を僕は斬りつける
「ウォォォォ!!」
トロールが棍棒を振り回す
僕とレイスに挟み撃ちにされて苛ついてるみたいだ
「レイス!」
「ああ!」
僕とレイスは同時にトロールに向かう
「!?」
トロールは同時に迫る僕とレイスを見て驚く
どっちを先に狙うのかを考えてるのかな?
「ウォォォォ!!」
そして狙いを決めた
僕だ
「ウォォォォ!」
トロールが棍棒を横に振る
「ふっ!」
僕は屈んで棍棒を避ける
「ウォォォォォォォォ!!」
トロールが棍棒を縦に振る
「よっ!」
僕は横に跳んで避ける
「ウォォォォ!!」
トロールが僕と向かい合う
完全に僕しか見てないね
だから………
ドスッ!
「これで、どうだ!」
レイスの剣が後ろからトロールの頭を貫いた
「!?……ウォォォォ!!」
「っく!」
トロールは貫かれた瞬間に眼を見開いたがすぐにレイスに向かって棍棒を振った
レイスは後ろに跳んで避ける
「でりゃあ!!」
僕に背を向けたトロール
僕はジャンプしてトロールの首を狙って斬りかかる
ザシュ!
剣がトロールの首に入る
しかし斬れない、少し食い込んで止まった
力が足りない
「ウォォォォ!」
「しまっ!ぐぁ!!」
剣が抜けなくてすぐに動けなかった僕に
トロールの棍棒が当たった
バキィ!
ドガァ!
ガサッ!
飛ばされた僕は近くの草むらに突っ込んだ
草むらがクッションになったけど、身体中が痛い
「…………」
ドシン!ドシン!とトロールが近付いてくる
僕は動けない
「く……そ……」
ここで死ぬの?
僕は……
そして僕は意識を失った
ーーーレイス視点ーーー
マーティがトロールの一撃で草むらに飛ばされた
だけど死んでないのはわかる
カラン
僕の目の前にマーティの剣が落ちる
トロールの首から抜けたみたいだ
………妙に静かだ
トロールがマーティに近付く
足音が聞こえない
それどころか自分が今、マーティの剣を拾う…その音も聞こえない
耳がイカれた?いや違うね
僕は集中してるんだ……深く深く
僕は走る
身体を回転させながら跳ぶ
ただ剣を振るだけじゃトロールの首は斬れない
だけど回転の遠心力が加われば?
そしてさっきマーティが傷付けた所と全く同じ所を狙えば?
ザシュ!
ボト!
ブシュゥゥゥ!!
音が聞こえるようになった
マーティの足下にトロールの首が落ちる
トロールの身体から血が吹き出る
ドスン!
トロールの身体が倒れる………トロールが死んだのが理解できた
「マーティ!!」
僕はマーティに駆け寄る
「…………」
「マーティ……」
呼吸はしてる
けど出血も酷いし多分骨も何本か折れてる
このままだと……死ぬ
「死なせない……勇敢な君を……恩人である君を……死なせてたまるか!」
僕はマーティを抱える
マーティの身体があまり動かないように慎重にそれでも出来るだけ急いで僕は移動する
・・・・・・・・
ーーーマーティ視点ーーー
目が覚めたら知らない天井だった
「あれ?ここは?」
「拠点の医務室だ」
僕は身体を起こして前を見る
ゴルバ教官が立っていた
「えっと………あ!そうだ!トロールが現れて!」
僕は気絶する直前を思い出す
「トロールなら死んでるのを確認した」
「そ、そうなんですか?」
トロールは倒されたか、よかった
僕は周りを見る
「レイスは?皆はいませんか?」
「ここに居るのはお前だけだ」
「えっ、それって……」
死
その単語が僕の頭に浮かぶ
ガラッ!
「レイス・カールル!血を洗い落として来ました!」
「うむ!なら入ってよし!」
「……………」
頭から少し湯気を上げているレイスが入ってきた
・・・・・
レイスが言うには僕が気絶したあとレイスがトロールの首を切り落としたそうだ
「凄いねレイス!」
「先輩達がある程度傷つけてたのとマーティが首をある程度斬っていたから出来たんだ、僕1人の手柄じゃないよ」
その後、レイスは僕を運んで森を出た
そこにちょうどゴルバ教官と複数の下級騎士を連れてきたエルフィと合流し
エルフィが僕に治癒魔法をかけながら医務室までレイスが運んだそうだ
「君を診ときたいって言ったけど血まみれだったからね、僕は追い返されたよ」
エルフィは魔力を使いきったらしくて部屋で休んでいる
レイスは部屋のシャワーで身体を洗ってからここに戻ってきたと
「森の中を確認したが3年と2年の訓練生達は死亡が確認された」
ゴルバ教官が言う
「先輩………」
「………」
僕とレイスの表情が暗くなる
少ししか話してないけど…トロールが来たときにすぐに動いた先輩達
「お前らはどうする?騎士になればこんな事はよくあることだ………それでも騎士になりたいか?」
ゴルバ教官が言う
……………僕の答えは決まってる
『騎士になります』
僕とレイスが同時に答えた
「そうか!ならこれからも励めよ!」
そう言ってゴルバ教官は医務室から出ていった
レイスが椅子に座る
「マーティ、エルフィとも相談したんだけど今回のクエストの報酬は先輩達の遺族に送ってもらうことにした」
「うん、そうだね」
先輩達のおかげで戦えたんだから、僕も受けとる気は無かったし
つまりポイントだけだね
「マーティ……その」
「どうしたの?」
レイスは頬をかく
「今日は色々と助かったよ……ありがとう」
「僕も助けられてるからお互い様だよ」
「そ、そうか………あ、いくら治癒魔法で治したからといっても油断は出来ないから今日は医務室で過ごせってさ」
レイスは椅子から立ち上がる
「じゃ、じゃあ僕は部屋に戻るから!」
照れくさいのか顔を真っ赤にしながらレイスは医務室を出ていった
「………ふぅ」
僕は倒れこむ
「………もっと強くならないと」
体力だけじゃ駄目だね
力も足りないし技術も足りない
トロールに1体に苦戦してたら山賊の集団なんてとても倒せない
僕は強くなることを決意してから眠った……




