隠し古城での戦い8
「あああああああああっ」
半狂乱となって長髪を振り乱し、悪鬼のような表情で剣を振う剣士。その斬撃は凄まじく、余波となった衝撃が周囲を穿っている。だが、それがこちらに届くことはない。何故なら、それを相手にする自称記者がなんなくその剣士をいなし、コントロールしているからだ。短刀一つで相手の斬撃を受け流し、戦いが始まってから一歩もその場所を動いていない。必死の形相の剣士はその事実に気付いているのだろうか。
「すげぇな。本当にアイツ何もんなんだ?」
「さあ? でもタダ者ではないのでしょうね」
隣に立って半ば呆れたように呟く魔術師の男。若いレンジャーは、一度チラリと横を見ると、再び戦いに食い入るように見入った。A級相当の冒険者の戦いなど、見ようと思ってもそうそう見ることなどできない。なので、できうる限り何かを盗み取り己の糧にしたかった。
「しかし、相手も相当だぜ」
「ええ、確かに」
ギブソンが中々攻勢に出ないため、勝負は拮抗しているようには見える。心なしかギブソンの表情は驚愕しているようだ。トキリが疲れ果てた様子で、のそりとその体を起こしたとき、先ほどとは比較できない程大きな揺れが起こった。
「な、なんだ、さっきから? ……この砦ちょっとやばくないか」
隣にいる魔術師の男が揺れる周囲を見舞わす。確かに先ほどから建物が大きく揺れている。一度目は一瞬だったが、少し時間があって二度目の揺れが起き、それはまだ止まっていない。そして、それに加えて今度の揺れである。砦全体がきしみ、天井からは埃や小さな石片がパラパラと落ちてきている。
「ギブソンさんっ⁉」
崩落の危機に怯えた若者はギブソンに呼びかける。ギブソンはその呼びかけに微笑んで応えると、ゼエゼエと疲労困憊な様子のトキリに悠然と話しかける。
「この砦もそろそろやばそうだ。まあ、とっくに終わっているはずだったんだけどね」
「あン⁉」
不遜なその言動にトキリは怒りを隠さない。そんなトキリにギブソンは笑いかけながら、己の首筋をトントンと指で示す。
「まさか、首を切断しても落ちないとは驚いたよ?」
「……何言ってっ⁉」
トキリがそう言って、己の首を手で押さえた瞬間、真一文字に赤い線が現れる。己の体に何が起きているのか悟ったのか、瞳を裂けんばかりに恐怖で見開き、ギブソンを凝視する。
「なアっ⁉ おまっ⁉」
「あんまり喋ると、すぐ落ちちゃうよ。ほとんど最初の方に斬ったんだけど、いい具合に入りすぎたかな。野菜とかも一瞬で切り落とすと、すぐくっついちゃうしね」
あくまで笑みを絶やさないギブソン。その間にトキリの首からは血が溢れ出してくる。何が起きたか理解したレンジャーと魔術師もその神業とも思える所業に言葉を失う。トキリは必死に首を両手で押さえている。少しでも動かせばどうなるかは最早明白だ。
「な、なあ。た、頼む」
「んー、君は今まで命乞いした相手を助けたことはあるのかな。さっき、君が斬ったという冒険者。実は僕も面識があってね。気のいいやつらだったよ」
命乞いするトキリをギブソンは冷酷に突き放す。そして、いつの間にか握りしめていた小石を指で挟み、トキリへと向ける。
「や、やめて……」
「僕も昼間からお酒を飲んだりと堕落は大好きだけど、人としてまで落ちようとは思わない。もったいないからね。生まれ変われたら、是非やり直すことをお勧めするよ」
無造作に指から弾かれた小石は涙目なトキリの眉間を打ち抜く。その衝撃で支えていた両手から切断されていた頭部が滑るように抜け落ちる。すこしばかり遅れて切断面から鮮血を吹き上げて胴体がどっと地面へと倒れ伏し、トキリは声すら上げずに絶命する。転がりおちた首はいまだ信じられないといった表情を浮かべていた。
「……」
その凄惨な光景に皆はただ、黙って見入るしかなかった。そんななかギブソンは飄々とした様子で、こちらへと振り返る。
「じゃあ、崩落する前にとっとと退散しようか。なんだか、地上も騒がしいし、もしかすると助力が必要なのかもしれないからね」
「……ええ、そうですね」
その変わらない温厚な笑顔に、レンジャーは唯頷く。その背筋が寒くなるのを感じながら。
「うおっ、まぶしっ」
地上に出たギブソンは。思わず陽の光を手で遮る。先ほどまで光届かぬ場所にいたため、暗闇になれた眼には少しばかり痛かった。薄暗い砦に軟禁されていた女性たちも外に出ると歓声を上げ、思いっきり息を吸い込む。
「さて、と……」
ギブソンは爆音轟く方角へと視線を向ける。そこでは何者かが戦っているらしく、ところどころ砂塵が舞い上がっていた。その上空に一匹の鳥が旋回しているのを、ギブソンは見て取った。ギブソンの使い魔のハヤブサだ。ギブソンの命に従って、周囲一帯を監視しているのだ。主従として繋がっているギブソンは、ハヤブサの視界を共有することが出来る。何かあれば、早急に切り上げて救援へ向かえるようにするためだ。だが、その必要は今のところないようだ。
「ヨルカ君もやるじゃないか。ん、あれは……皆、危ないから伏せて」
見上げた視界に何かがすごい勢いでこちらに複数向かってきているのが映った。その正体に気付いたギブソンは周囲に警戒を促す。すぐさま、その飛んできた物体は周囲へと落ちていく。その中でもギブソン達のすぐ側に落ちたものは木々にぶつかって、何度も跳ねながら目の前へと激突する。
「うわっ⁉ 人かよ、これ?」
魔術師がその正体を見て驚愕する。手足がいびつに折れ曲がり、原型はとどめていないが、確かにそれは人であった。しかも、まだ息があるようだ。ギブソンは呼吸を確かめようとして、その顔に見覚えがあることに気付く。
「おや、これは敵の首領様じゃないか」
「えっ、ホントですか。それがどうしてこんなことに?」
「とっておきの切り札が暴発しちゃったみたいだね。さて、と」
ギブソンは懐にしまい込んでいたアイテム袋からポーションを取り出す。もったいないので、あくまで市販品の中で一番高いものにすることにした。最悪、手足の機能は戻らないかもしれないが、無辜の人々を戦火の犠牲にしようとした男に情けを掛けるつもりはない。しかし、その行為を見てレンジャーの若者が再び疑問の声を上げる。
「助けるのですか?」
「うん、一応ね。中途半端に死なれるのが一番面倒くさいから」
「そうだな。愛国者としてシンボルになられたらたまったもんじゃねえからな」
ギブソンの意図を察した魔術師の男が納得して頷く。
そのとき、遠方から再び轟音が響き渡る。それは先ほどよりも頻繁で、規模も遥かに大きいようだ。ギブソンはアイアコッカの治療を手早く済ませるとスッと立ち上がる。その顔には今までにない緊迫感が漂っていた。
「どうしたんですか」
「ん、ちょっとマズイかな。ここは任せていいかい? 僕は一足先に」
そこで言葉を切ったギブソンは、安堵しながら再びにへらと笑う。
「どうやらその必要はないみたいだ。少しばかり遅刻だが、今回の主役の登場だね」
「?」
ギブソンの言葉に、魔術師の男とレンジャーの若者は意味が解らず、顔を見合わせる。ギブソンは新たな戦いが始まろうとする方角をじっと見つめながら呟いた。
「これからの戦い、こちらも戦力が必要だ。君がどこまで高みに昇っているのか、見させてもらうよ」