隠し古城での戦い6
ヨルカが戦線離脱し、ハルの最大の権能オーバーブレイクもいつもより早く切れる。その事実に少しばかり尻込みしたアルク。目の前の敵もそれを見抜いたのか、その威勢をかなり増しながら、こちらを威嚇してくる。そんな中アルクの身を案じ、パナシェが前線へと飛び出してきた。
「アルクッ、大丈夫? オイラも今加勢するからっ」
スコップを構え、前線へと駆け寄ってくる少女。ランドドラゴンは突然の闖入者から片付けようと思ったのか、標的をパナシェに定めて巨大な尾を振う。
「パナシェッ‼」
いくら怪力のパナシェであっても捌ききれないのではという思いから、アルクはたまらずその名前を呼ぶ。だが、当の本人は焦ることなく、チラリと後ろに視線を向ける。
「ロゼさんッ‼」
「お任せをっ」
すぐそばを並走していたロゼが前面へと飛び出し、盾を大きく宙へと掲げる。
「理よッ‼」
不可視の盾に、ランドドラゴンの一撃が激しくぶつかる。その衝撃は轟音と共に暴風となって周囲へと吹き荒れ、砂塵を巻き上げる。二人の姿もそれに紛れ、見えなくなってしまうが、マップでの反応は微動だにせず、パナシェの反応が更に前へと駆けてくるのが見えた。
「アルクっ、挟撃するよ」
「わかった」
姿は見えなくとも響くパナシェの声に頷くと、アルクは牽制のためサンダーボルトを放つ。雷撃がランドドラゴンの後頭部へと放たれ、その意識は再びアルクへと向けられる。その敵意の他に、そこに更にハルの無慈悲なアナウンスが告げられることとなった。
『アルク、もうそろそろオーバーブレイクの効果が切れる。その前に決着をつけなければ』
「わかってる」
だが、焦りはあまりなかった。パナシェとロゼの連携の取れた動きや、戦線から離れたヨルカのことを考え、何かそこに思惑があるのに気付いたからだ。前線で戦い続けたアルクは知らないが、何か示し合わせた狙いがあるのだろう。
「来いよっ、トカゲ野郎っ!」
アルクの言葉の意味が分かったのか、ランドドラゴンは怒りの咆哮を上げ、アルクに突進しようとする構えを見せる。だが、その足元にパナシェが駆け寄り、愛用のスコップをおもいっきり振りかぶる姿があった。
「やあああああああああああ」
裂帛の気合とともに、全力の一撃がその後肢へと叩きこまれる。その華奢な外見から繰り出されたとは思えぬ鈍い炸裂音の後、メキリと骨のきしむ音がアルクの耳にも聞こえた。
「GYAAAAAAAAAAAAA」
想定外の威力だったのだろう。ビクンとのけ反り、ランドドラゴンはその巨体を震わせる。悲鳴と共にのたうちまわり、滅多やたらに尾や四肢を暴れさせる。そのうちの一つがパナシェを襲おうとするが――
「させはしないっ」
再び前へと躍り出たロゼが、再度不可視の盾を展開してその攻撃を受け止める。先ほどまでの威力はなかったのか、尾は盾にぶつかりその勢いを止めてしまった。
「凄いなあ、あの加護」
『だが、加護の使用にも限度がある。おそらく彼女も限界が近いだろう』
その前にけりをつけないといけない。そう考え、少なからぬダメージを与えたこの瞬間にこそ必殺に頼ろうとマナを練り上げ始めたとき、ヒュッっと風を切る音が聞こえた。
「GURUAAAAAAAAAAAAA」
ランドドラゴンが再び激しくのたうち回る。だが、既にパナシェはロゼと一緒に戦線を離脱しているので問題はない。アルクが目を凝らすと、ランドドラゴンの左目に深々と矢が突き刺さっているのがみえた。
『ヨルカか』
「これを狙っていたんだね」
あの訓練された獣は、ヨルカの射線を読み甲冑で防ぐという芸当をやって見せていた。それに対応するためにヨルカが選んだのが長距離狙撃なのだろう。マップにはかなり遠方まで移動したヨルカの反応があった。そこから敵の目を正確に射抜くなど正に神業である。
「ハルっ、ここで決める」
『ああ。絶好の勝機だ』
SPDを上昇させ、死角となった左側へと一瞬で回り込む。滅茶苦茶に振り回された尾がアルクに迫ってくるが、AGIを上昇させ跳躍しそれを躱す。そして、尻尾の根元へと再度跳躍して飛び乗ると、その背伝いに首目掛けて駆け抜けていく。
「あああああああああああっ」
竜の背は常に激しく動き、普段ならすぐ振り落とされてしまうだろうが、今のアルクの足裏は張り付いたかのようにその鱗を踏みしめ、バランスを崩すことはなかった。
何とか、アルクを振り払おうと首をうねり始めるランドドラゴン。首を極端に曲げてアルクをかみ砕かんとする。アルクはここが決め時とばかりに首の半ばから天高く跳躍し、その一撃を交わした。
「いくぞぉ‼」
自身の最大の攻撃である雷鳴剣。完成させた後、実戦で使うのはこれが初めてとなる。そして今はオーバーブレイクという最大の権能を行使している。
(STR……。こいつに全振りだ)
途端に四肢には力が漲り始める。最初に使用した際に覚えたあの全能感が体を突き動かしてくれる。虚空から雷鳴を呼び出し、銀の刀身へと纏っていく。あれから更に鍛錬を積んだのだ。今の自分ならば――
「50パーセントォ」
溢れ出そうになるマナを強化した腕力で束ね、落下の勢いに任せて首筋へと全力で剣を振り下ろす。
「雷鳴剣ッ」
「――――――――――URUAAッ」
その瞬間、一閃の雷撃が天地を繋いだ。轟音と共にランドドラゴンの首は半ばまで離れ、耳をつんざく絶叫と共にその巨体をのけ反らせる。その足元でアルクは権能の切れた重い体を必死の思いで起こした。
『やったか』
「……」
メレンでの時のこともある。最後まで油断をするつもりはなかった。事実、目の前でランドドラゴンはその姿勢を立て直し、残った片目で憎き敵であるアルクを殺意ある目で捉えていた。もはや余力は殆どないが、それでも敵を迎え撃とうと剣を構えた瞬間、目の前の竜は悲しげに一声哭くとズシンと地面へと倒れ伏した。マップの反応もその瞬間に消失したのも確認した。
「やった……」
『ああ、素晴らしかったぞアルク』
最後まで闘志を捨てなかった竜に敬意を覚えながらも、それを打ち倒したことに深い達成感を覚えた。そんなアルクの下へ仲間たちも駆け寄ってくる。
「やったね、アルク」
「うんっ、パナシェ達のお陰だよ。最後のあれは皆で示し合わせて?」
「うん、ちょっと決定打を与えられないから、ちょっと時間を稼いでほしいって」
「パナシェ殿がご自身で行くと仰られたので、私が盾を申し出ました」
すぐ後ろからロゼが疲労困憊な様子で出てくる。やはりあの加護は何度も使えるものではないのだろう。
「でも、凄かったです、ロゼさんの加護。あの攻撃を難なく止めるなんて」
「いえ、アルク殿の魔法剣の方が遥かに凄い。まさか、このレベルの竜を仕留めるとは」
目を大きく見開いて、純粋に感嘆の眼差しで見つめてくるロゼにアルクは気恥ずかしさを覚える。
「まあ、ハルの権能があったから。それとあの技はお祖父ちゃんから教わった一子相伝の技で……」
実質、それがなければ立ち向かおうとすら思わなかっただろう。しかし、謙遜したアルクは、次のロゼの言葉に耳を疑った。
「え、あの魔法剣がですか? 確かに魔法剣は資質がなければ使えませんが、一子相伝では……」
「えっ?」
『アルク、その話は』
「おーい、あんたたち大丈夫?」
「いやあ、とんでもなくタフな相手だったにゃ」
ハルが何かを話そうとした時、ライムとカシスも皆の下へと合流してきた。
「アルクっ、やったじゃない。大手柄ね。はあ、それに比べてあたしは今回全然役に立てなかったわね」
ライムはなにやら落ち込んでいる様子だ。確かに今回の戦いではライムはダメージを通すことが出来ていなかった。だから、それが悔しいのだろう。
「気にすることないにゃん。カシスだってあまり上手く攻撃できなかったにゃん。なんとか魔法は食らわせたけど、もうマナがすっからかんにゃん。でも皆協力してなんとか撃退できたにゃん。おじちゃんの試練の成果にゃんね」
カシスも軽い口調ではあるが、その顔には強い疲労が見える。アルクが前線から離脱した際、敵の足を止めるために何度も広範囲魔法を連発してくれていたためだろう。それがなければアルクももっと苦戦を強いられていたに違いない。
『まあ、なんにせよ強敵は撃退できた。おそらく敵の切り札なのだろう。ラカン抜きで倒せたのは大金星だ。ほらっ、ゼリカの冒険者たちも大興奮だ』
「本当だ」
怪我や疲労のため、後方から見守っていたゼリカの冒険者たちが雄たけびを上げながら、こちらへ向かってブンブンと手を振ってきている。
『砦から聞こえる音もいつのまにか収まっている。そろそろラカン達も帰ってくるだろう。だが……』
そこでハルは少しばかり言葉を詰まらせる。その様子に少しばかり不安を覚えたアルクは、ハルに尋ねることにした。
「どうしたの?」
『ほら、あのランドドラゴンには名前があっただろう。その意味に少しばかり』
「確かに。でもあまり聞きなれない名前だったよ。何て名前だったかなあ」
「確かドライじゃなかったかしら」
先ほど敵が叫んだその名前を思い出そうとしたとき、凛とした声が響き渡った。振り向くと気絶しているらしい先ほどの男の襟首を持ち引きずったままこちらへと歩いてくる女性の姿があった。仲間たちもその姿を見かけて、親し気に名前を呼ぶ。アルクも今や戦友となった女性の名前を、親愛を込めて呼んだ。
「ヨルカさんっ」
「お手柄だったわね、アルク君。特に最後のは凄かったわよ」
「いえ、ヨルカさんの援護があったからです」
「ふふ、本当は私が殺ろうと思ってたんだけど、まさかの必殺技があるなんてね。ラカンに見せてあげたら喜ぶわよ」
あの黒衣の剣士なら雷鳴剣を見て、どう評価するだろうか。ただ、今の自分の腕前で披露するのは少しばかり恥ずかしい気もする。そんなことを考えていると、ヨルカが先ほどのことをハルに尋ねた。
「それでドライという名前の何が気にかかるの?」
『ああ、とある国の言葉で数字を意味するのだが、ドライというの3なんだ』
「へえ、そんな数字の読み方聞いたこともないけれど、ハルさんが言うならそうなのね。でも、そうすると」
ヨルカの表情が少しばかり険しくなる。アルクもハルが何を言わんとするのか察し、息を呑んだ。仲間たちも不安げに顔を見合わせる。
『ま、まあ杞憂である可能性も』
しかし、ハルが明るく皆を元気づけようとした瞬間、ズシンと地面が揺れた。
「わあっ、地震?」
パナシェが驚きの声をあげる。だが、それは地震にしては短く間断的に襲ってくる。それに音は確実にこちらへと向かってきている。
「アルクッ、敵なの?」
ライムが切羽詰まった声で尋ねる。こちらは激戦を切り抜けたばかりなのだ。次の戦いを行える余力はない。アルクの中の危機感もどんどんと大きくなっていく。
「マップにまだ反応はない。けど……」
その瞬間、少しばかり離れた場所で轟音が鳴り響き、木々の倒れる音がした。即座にマップにも反応が現れる。だが、マップを確かめる必要はなかった。
「はぁ~、でっかいにゃあ」
出現したのは先ほどと同じランドドラゴンだった。しかし、その高さは木々よりも高く、体の体積は先ほどのドラゴンの倍はあるだろうことが、遠方より見てもわかる。
「どうやら連戦みたいね。私が相手を引き付けるわ。だから皆は隠れてて」
普段温厚なヨルカが、感情を込めない厳しい口調でそう言い放つ。しかし、そんなヨルカの態度もアルク達にとってはとても頼もしかった。