隠し古城での戦い4
砦から金属のぶつかり合う音や怒号が聞こえるのを、アルクはじっと眺めていた。
『今回は少々退屈なクエストになったな。まあ、君たちはまだ子供だからな。余計なリスクなど犯す必要はない』
「そうよ。特に今回は人間が相手ですからね。アルク君たちはまだ無理しなくていいのよ」
つまらなそうに砦を眺めるアルクを、ハルとヨルカが慰める。
「ええ、そうですね」
体は少しばかり鈍るけど、とアルクは頷きながらも内心で付け加える。チラリと後方に目をやると、そこではパナシェが怪我のため撤退してきていた冒険者を加護で癒している。
「はい、もう大丈夫ですよ」
「ありがとう、パナシェちゃん」
癒しを受けた冒険者は感謝の念をその目にたたえながら、頭を深く下げる。それを羨ましそうな様子で見ていた若い冒険者が自分もとばかりにパナシェに近づいた。まだ幼さは残るがその容姿はとびぬけて魅力的であり、ゼリカの街でも声をかけてくる若手冒険者は多かった。
「パナシェちゃん、俺も腕を切りつけられちゃってさ。頼めるかな」
「そうですか。なら……」
パナシェが加護を使おうと男の腕に手を伸ばすが、ロゼがその間にずいッと入り込み阻止をする。
「その程度のかすり傷に加護は不要だ。唾でもつけとけ」
「えっ、でも」
「加護とて体力やマナを著しく消耗するのだ。軟弱さでパナシェ殿に無暗な乱用を強いるのはよしてもらおうか」
睨みつけるロゼのその剣幕に、男はがっくりと肩を落としながらすごすごと引き下がる。
「い、いいよロゼさん。オイラなら大丈夫だよ」
「なりません。ご自分では気づいておられないが、少しばかり疲弊が見て取れます。必要な時にその力を振うためにも腰を下ろして休まれては。護りはこのロゼが行いますから」
ロゼが強引にパナシェを座らせる。誰に対しても礼儀正しいロゼだが、ことパナシェに対しては少しばかり度が過ぎているように思える。パナシェなどはタジタジとなっているのだが、ロゼ本人は全くそれに気づくことなく、奉仕ともいえるべき態度を取っている。
「しっかし、やることがなくて眠くなってくるわね」
「確かに。今日は晴天だし、絶好のピクニック日和にゃんね」
近くではライムとカシスが同様に地べたに座りながら、仲良く欠伸をしていた。その様子に緊張感など微塵もない。アルクも気を抜かぬために剣でも振っていたいところだが、万が一のためにも体力は温存しておいた方が賢明だとハルに諭されて自重している。
「あら?」
そんなとき、ヨルカが何かに気付いたかのように、その形の整った耳に手をあてる。
『アルク』
「うん、敵だね。なんか急に湧いてきた」
確かにマップには、突如として赤い点がぞろぞろと現れてきていた。
『この古城は地上に通じる隠し通路なんかもあるからな。そこを通って出てきたんだろう』
「だからマップに映らなかったのか」
多面的にフロアを映すことのできないマップの盲点であった。敵はまっすぐここを目指している。入り口を塞ぎ、前後からの挟撃を目論んでいるのだろう。アルクは周囲に敵の襲来を告げる。敵の来る方角を向き、全員で待ち構えたところに武装した兵士の一団が現れた。敵はアルク達の姿を見つけすぐさま身構えるが、子供だったためなのか侮るようにその緊張を解く。
「ここにいるのは女子供と怪我人だけだ、憶するなっ。我らの聖戦を邪魔した不心得者だ。遠慮なくころ」
「物騒なことを子供の前で叫んだら駄目よ」
最後まで言い切ることなく、男の眉間を一本の矢が貫く。どうっと、後ろに倒れ伏したままあっさりと絶命した仲間を見て、兵士たちは再び緊張を漲らせた。
「はやいなあ」
『風を操っているのだろう。凄まじい速度だな』
ヨルカの放った矢は、その軌跡すら視認できぬほどに速く正確であった。敵もその脅威を悟ったのか「距離を詰めろッ!」と叫びながら突撃をしてくる。
「うわあ」
しかし、指にありったけの矢を挟み込み、速射するヨルカの矢はすべて眉間や心臓を射抜き、あっというまに敵の数を減らしていく。相手が気の毒に思え、アルクは思わず声をあげる。
「まだだっ」
だが、その凄惨さに怯みながらも決して突撃はやめない兵士にアルクは感心した。討ち漏らした敵が何人か到達するかもと一歩前に出て、迎撃の準備をしたところに二つの影が割り込んできた。
「アルク。あんた、最近イキッてんだから、今回はあたしたちにやらせなさい」
「この距離はカシスやライムの方が得意にゃん」
ニヤリとアルクに笑いかけると、二人は敵に向かって魔法の行使を行う。
「お願いね」
ライムが地面に手を当て、そう囁くと突如として駆けてきた兵士たちが転倒する。
「うわっ」
「脚に蔦がっ⁉ 敵に精霊使いがいるぞっ」
難を逃れた者や、つんのめりながらも蔦の呪縛から逃れた者が必死の形相でこっちに向かってくる。だが、カシスがそれに向かって杖を掲げ、魔法を解き放つ。
「サンダーストーム」
広範囲に放たれた雷撃が敵をなぎ倒す。ブスブスと音を立て、衣服などは黒く焦げているが、呻きながら地面に悶えている。どうやら殺してはいないらしい。二人は顔を見合わせると、軽やかにハイタッチを交わす。
「やったわね、二人共。助かったわ」
ヨルカがそんな二人へと礼を述べる。別段討ち漏らしたわけでもなく、また近接戦闘でも後れは取らないだろうが、この二人へと華を持たせてくれたのだろう。二人もそれを理解しているのか、照れ臭そうな様子を見せている。
「まあ、ただ暇だったからはっちゃけちゃったんだけど。ヨルカ姉の邪魔にならなかった?」
「そんなことないわよ。やっぱり後ろから支えてもらえるって、とっても安心感があるわ。いっつもアイツは何も言わないから最近自分の存在意義に悩んでたけど、やっぱ後衛職あっての前衛ね」
「そういってもらえるとこっちも助かるにゃあ」
三人は和気あいあいと手を取り合って、キャッキャとはしゃいでいる。それを見ていた蔦に捕縛されている男の一人が、突如として激高し叫び始めた。
「ふざけるなァ‼ 何も知らない愚かなガキどもッ!我らの聖戦はこんなところで終わらんッ‼」
「負け犬の遠吠えにゃん」
「そうね、見苦しい。何が聖戦よ。資金集めのためでも人さらいをしていた事実は変わらないわよ。そんな屑に大義なんてあるわけないでしょ」
カシスとライムがそんな相手を侮蔑の目で見つめる。しかし、男は怯むことなく憎悪を瞳に宿しながら、哄笑する。
「馬鹿めっ。我々には後援者より授かった切り札がある。いくらA級相当の戦士がいようと相手にならん。お前らは皆ここで死、ぐうっ」
蔦に頸動脈を締められ、男は気絶する。ライムが精霊にそう指示を与えたのだろう。しかし、カシスはそれを少しばかり浮かない様子で窘める。
「一応最後まで語らせた方がよかったにゃんよ」
「ごめんごめん。あんまうっさいから、つい。いまから叩き起こせばいいじゃない。まあ、どうせ戯言でしょうし」
「まあ、やってしまったものは仕方ないものね」
苦笑しながらも、ヨルカが男を叩き起こそうと歩き出した、その時――
「GRUAAAA――――」
大地を揺るがす程の咆哮の後、地面が大きく揺れ出した。そして、少し離れた場所より、轟音と共に敵の反応が突如として現れる。その方角を見たアルクは思わず息を呑んだ。砂埃が高く舞い上がる中で、遠い木々の合間より鱗に包まれた巨大な頭部がチラリチラリと見え隠れしていた。それはドシンと足音を立てながら、こちらへと近づいてくる。
「アルクッ⁉ あれって⁉」
パナシェの切迫した声が遠くから聞こえるようだ。それは小さい頃より絵本で呼んだ、馴染みの魔物。英雄譚に現れる強大なる敵。アルクは意識することなく、小さくその名を呟いた。
「……ドラゴン」