隠し古城での戦い3
「どうやら始まったみたいですね」
レンジャーの若者が、上を見上げながらギブソンにそう告げる。頑健な天井に阻まれ、戦いの音に他の冒険者たちは気付いていないにも関わらず、この若者は気付いたようだ。耳も相当いいらしい。
「うん、そうだね。彼らがド派手に暴れてくれている間に、さっさと囚われている人たちを助けちゃおう」
「ええ。でも、敵も練度が高い。大丈夫かな」
ハルから手に入れたマップデータを確認し、地下通路へと入ったギブソンたちだが、ここに来るまでに何度か敵とも遭遇している。だが、だからこそギブソンはその心配は杞憂だと確信していた。
「大丈夫だよ。なんたってラカン君がいるからね」
「【黒】のラカンさんですか。本当に凄いんですね」
「まあね。僕が見た中でも才能だけならダントツだね。あのレベルのものは敵の中にはおそらくいないだろう。戦いの基本は数だけど、それを凌駕する例外もまたこの世には存在している」
実際問題として、数だけで言うなら今回の作戦は無謀ともいえた。しかし、それでもアランが実行に移したのは、ラカンとヨルカ、そして自分がいたからだろう。そして、その目論見は間違えていないとギブソンは彼の観察眼に感心したものだ。できればこの戦いの後、アデルハイドにヘッドハンティングしたい程だ。
「おい、そろそろ着くぞ」
魔術師の男が、ギブソンのよからぬ考えを見抜いたかのように険しい顔でこちらを見ていた。どうやらお目付け役を任じているらしい。その様子からゼリカに深い愛着と忠誠を持っていたことを窺わせた。
「どうやらあまり見張りはいないみたいですね。3名だけです」
レンジャーの若者がこっそりと影から中を覗き見る。
「よし、とっとと眠らせるぞ。スリープ」
魔術師の男が睡眠の魔法を見張りの男たちへと放つ。フラフラと体を揺らすと三人の見張りは崩れるように地面へと倒れる。それを見た牢内の女性からは悲鳴があがった。
「流石です」
魔術師の男へ賛辞を向けるとレンジャーの若者は駆け足に牢へと向かっていく。牢の鍵を取ろうと屈んだとき、その背後の兵士がむくりと立ち上がる。
「おいっ、後ろだっ!」
「えっ」
魔術師が慌てて叫ぶが、振り向いたときには既に剣が頭めがけて振り下ろされるところであった。しかし、そこからピタリと動きをとめる男。目を見開いた若者の眼前で刃はぷるぷると震えている。
「やあ、危ないところだったね」
「ギブソンさんが助けてくれたんですか」
ゆったりと歩み寄ってくるギブソンに、若者はすこしばかり顔を蒼褪めながら礼を述べてくる。小走りに走り寄った魔術師が男の影に突き刺さるクナイを見て驚愕の表情を浮かべた。
「おいおい、影縫いかよ。いつ投げたんだよ。全然見えなかったぞ」
「うん、芸は多いに越したことはないからね」
微笑むギブソンに、未だ動きを封じられている兵士の男が睨みつけてくる。その男は以前ミカヅキを通してみたザックという男であった。
「お前ら、スーラの騎士団じゃないな。冒険者か」
「うん、捕らえられたお嬢さんたちは返してもらうよ」
「……そうか。なら、構わない。俺のポケットに牢の鍵がある。連れて行ってくれ」
その言葉を聞いた若者がポケットより鍵を取り出し、牢の鍵を開けた。捕らえられていた女性たちは牢からおそるおそる出てくるとギブソンたちに話しかけてくる。
「あなたたちは?」
「僕たちはゼリカの冒険者です。あなたたちを助けに来ました」
「本当っ! よかった、帰れるのね」
手を取り合って喜ぶ女性たち。そんな中から一人の女性がいまだ呪縛をされているザックへと歩み寄ってきた。それはラムの姉であるアグリであった。
「ザック……」
「お別れのときが来たみたいだ。この人たちと行くといい」
「……あなたも一緒に」
アグリの言葉に悲しそうな表情を浮かべるとザックはゆっくりと首を横に振った。
「残念だけどそれはできないよ。曲りなりにもこんな悪事に加担しておめおめと逃げるつもりはない」
「死ぬ気なんでしょ」
「ああ。隊長の理想に乗っかった時点で覚悟はしていた。最後に君のような人に出会えてよかった。君はどことなく姉さんに似ていたんだ。自慢の妹さんにもよろしく」
その言葉に一瞬アグリは俯くが、覚悟を決めた表情で更にザックへと詰め寄った。
「……私はあなたのお姉さんじゃないわ。だからね、ほら」
そう言ってザックの顔を優しく両の手で挟むと、そっと口づけをした。目を見開くザック。周囲の女性たちからは黄色い歓声があがる。二人の気持ちは周知のことだったのか「ようやくね」と頷く女性までいたのをギブソンはみた。
「おいおい、こんなときにラブラブかよ!」
魔術師が半ば呆れたかのように声を上げる。他の冒険者たちもやっかんだり、囃したりと様々な反応をみせている。ギブソンもこういったものは嫌いではないが、流石に状況が状況であったため先を促すことにする。
「中々いいものがみれたね。でも、確かに時間が惜しいから結論はすぐに出してほしいな」
ザックは呆けたようにギブソンを見た後、再びアグリへと視線を戻す。
「もしあなたがよければだけど、これからは私を守って」
上気した顔でそう訴えるアグリ。ザックはそれに対し無言で首を縦に振った。
「こっちです」
ザックがギブソンたちを先導する。その隣にはアグリがおり、二人は仲良く手をつないでいた。
「いやあ、助かるね」
「来た道が兵士たちにふさがれているときはどうしようかと思いましたね」
「結果としてラブに助けられちまったな」
来た道に大量に兵士がおり引き返せなくなったとき、ザックがあまり使われていない避難路を知っているということで、案内してもらうことしたのだ。こちらは非戦闘員がいる以上できうる限り戦闘は避けたかった。
「ここを曲がったらすぐ外に出られます。そうしたら」
「うん。でもそう簡単にはいかないみたいだ」
ギブソンは前へ進むザックとアグリの襟をつかむと後方へと引き寄せた。次の瞬間、二人がいた場所を風が吹き抜け、壁に大きく亀裂が走る。もしギブソンが引き寄せなかったら二人共無残なことになっていただろう。
「外しちまったか」
飄々とした声が通路へと響く。悠々と歩いてくる長髪の男。それはあのトキリという男であった。
「あれはもしかして【狂剣】ッ⁉ A級冒険者も何人も殺してるっていう」
「なんだ、今のは⁉」
魔術師とレンジャーの若者がゴクリと唾を飲み込む。ピリピリと焼けつくような感覚。それはまさしく殺意であった。それを目の前の男は爽やかともいえる笑顔で向けてくる。
「何となく気になって来てみたが、中々の獲物がかかったみたいだな。お前、相当やるだろう」
トキリはギブソンに視線を向けて、嘗め回す様に頭からつま先まで物色する。それ以外の者にも一瞬だけ視線を向けたが、興味を抱かなかったようだ。
「ご婦人ならともかく、同性にそんな熱っぽく視線を向けられても困るのだけど。こう見えて妻子持ちだし」
「ふっ、気を悪くするな。ここ最近斬った奴らはどうにも惰弱な木偶共でな。そんな中、お前のような男に出会ったらいきり立つなという方が無理な話だ。久しぶりに極上の肉を斬れる」
舌なめずりをするとトキリは誰もいない虚空に再び斬撃を繰り出す。そこから発せられた衝撃波は地面を抉り、壁を大きく抉った。連れていた女性たちは一斉に悲鳴を上げる。
「ギブソンさん。どうしますか」
「相手は一人だ。皆で一斉に」
「いや、ここは僕が一人でやるよ。多分大丈夫だけど、なんかの間違いがあったら困るし、そっちの方が安全だからね。君たちは離れて見てて」
共に戦おうとしてくれる気持ちは嬉しいが、あまりにも離れた実力差はかえってやり難くなる。一人前に出るギブソンを、トキリが破顔しながら出迎える。
「ほお、これをみて一人で立ち向かってくるか」
「斬撃を飛ばせるんだねえ。凄い凄い」
茶化す様なギブソンの態度に、しかしトキリは怒ることもなく、純粋にその瞳を輝かせた。
「だろう。血の滲むような執念で編み出した技だ。俺は以前アデルハイドで挫折した。届きえぬA級の壁。悩みぬいた俺は一つの真実に目覚めた。それは冒険者の階級などまやかしに過ぎず、真に強いということを証明するためには相手の命を奪うだけでよいということだ」
「へえ」
ギブソンは既に目の前の相手に興味を無くしていた。目の前の男は唯の狂気に取りつかれた殺人鬼にしかすぎない。だが、その様子に気付くことなくトキリは己の想いを吐き出していく。
「だから、俺は冒険者を辞め、こうして非合法な集団の中を渡り歩いた。そうすれば闘争には困らないからな。そうして命を奪うたび、俺は自分が強くなるのを実感した。この国のA級冒険者だって【金剛斧】のドーガ、【無影槍】のスピアといった名立たる武芸者をこの手で殺せたんだ」
余程感慨深いのか、ぶるぶると震える手で己の顔を撫で恍惚の表情となるトキリ。絶頂に達したのかのようにブルリとその総身を震わせる。そして落ち着きを取り戻したトキリは、少しばかりつまらなそうな顔となる。
「だが、俺もこっちで強くなり過ぎた。最近ではこの国で相手になりそうなのはサイレントキリングか、野獣騎士団のゴンザレスぐらいか。お前を斬って、あの【黒】のラカンも殺ったら再び狩場をアデルハイドの戻してもいいかもしれんな。【白の剣聖】マテウス、【爆炎】のヴァン、【太陽王】は無理だろうが【絶影】のジン、それに冒険者の頂点である【銀騎士】。今の俺なら奴らだって斬り殺せる」
自負に満ち溢れた表情のトキリ。だが、ギブソンが次に放った言葉に目を見開かせる。
「うーん、無理だね」
「何っ⁉」
「君の実力は甘めに査定してもA級中位には届かない。知ってるかい? 冒険者のランクで一番幅が大きいのはF級ではなくA級なんだよ。S級は所謂名誉階級だから除外するとしてね。君はラカン君にも敵わないよ。彼は既に上位に手を掛けているからね。瞬殺じゃないのかな~」
トキリはその挑発に答えることはなかった。直ちに剣を抜き放ち衝撃波をギブソンへと向かって放つ。
「ギブソンさんっ」
「えいっ」
悲鳴をあげるレンジャーの若者。だが、ギブソンはただ拍手をするかの如く、両手を体の前でパンと合わせる。それだけで衝撃波は霧散し、ギブソンを傷つけることはなかった。
「なん、だと……。貴様っ、何をしたっ」
「ふふっ、さしずめ真空白羽取りってところかな。確かに衝撃波を飛ばせるってのは凄いよー。大した曲芸だ。サーカスにでも行った方がいいぐらいだ」
「きっさまああああああああああああ」
激高したトキリは衝撃波を幾重にも重ねて放ってくる。
「よっ、はっ、とうっ」
ギブソンは見えざる衝撃波に掌底を合わせ、ことごとく相殺して見せる。それを見て愕然とした表情を浮かべるトキリ。その全身は既に滝のような汗で濡れていた。対してギブソンは汗一つかくことなく涼しげな表情を崩さない。
「そんな、馬鹿な……貴様は一体」
「僕の名前はギブソン。アドベンチャーイラストレイテッド誌のしがない記者だよ」
そこまで言ったとき、ズシンと砦全体が揺れるのをギブソンは感じた。そして、けたたましい何かの咆哮がギブソンの耳に届いた。
「これは……」
「ククク、あれを解き放ったのか。あれはどうかな。お前の一押しのラカンとやらも、あれには敵うかどうか」
再び元気を取り戻したトキリが、ギブソンにむかってそう挑発する。先ほどまで青い顔をしていたのに現金なものだと思いつつ、それが何か尋ねてみる。
「君たちの切り札とやらか。出来れば何かを教えてもらえると嬉しいな」
「ぬかせっ、お前はここで俺に斬られるんだ。俺を衝撃波だけの男と思うなっ」
トキリは近接戦を挑まんとギブソンに向かってくる。それを迎え撃ちながらも、ギブソンは楽観を崩すことはなかった。ラカンもヨルカもいるし、何不測の何かがあっても対応できる実力はあるだろう。それに、とまだあどけない少年少女たちの姿が何故かふと思い浮かび、思わずギブソンは微笑を浮かべた。