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少年と剣  作者: 編理大河
冒険者たち
103/109

隠し古城での戦い2


「おっ、猫ちゃんだ」


 見張りの男は木々の間をすり抜ける小さな黒い影を見つけ、隣の相棒にそう話しかけた。


「おいおい、呑気なこと言ってんじゃねえぞ。今は仕事中ってことを忘れるな。大体、こんなところで猫なんて見たことねえぞ」

「いや、見間違いねえ。俺、実家では猫6匹飼ってるからよ。お袋が面倒みてくれてんだ。世界で一番かわいい動物だぜ。懐いてすり寄ってくる姿なんて、もう天使だ」


 そう断言し、影の去った方へと行こうとする同僚の肩を、男は慌てて掴み制止する。


「仕事中だっていってるだろ。さぼってるのが見つかったら、あの人斬りに試し斬りにされちまうぞ。大方、小型の魔獣かなんかだろ」

「そ、そうだな。悪かった……」


 なおも名残惜しそうに森の中をじっと見つめるも、観念し男は再び仕事へと戻った。人斬りの話は噂話にすぎないが、一度あの剣士を見たとき、自分たちをまるで玩具のようにニヤニヤと眺める姿にゾッとしたのを思い出したのだ。

 そそくさと仕事に戻った男たちが巡回を開始した後、森の中から再びヌッと黒い姿が現れた。


「やれやれ、ようやくいったか。危うく時間をオーバーするとこだったよ」


 それは忍猫であるミカヅキであった。主人のギブソンの命を受け、単身反対方向へと回り込むように潜入したのだ。


「始めるとしようかな」


 己の影から多くの配線のある小さな小包を取り出すミカヅキ。その包みの中心には、赤い火の魔石が設置されている。城壁の綻んだ隙間へと影を伸ばし包みを押し込み、火の魔石に魔力を込めると、素早くその場を後にして森の中へと入り込む。


「それじゃあ、派手にいこうか」


 その呟きの直後、凄まじい爆発音が鳴り響いた。




「きたか」


 ラカンは遠くから爆音が響くと、背中に負った漆黒の大剣を手に取り立ち上がる。命を取り合う戦いの予感に、血が沸き立つ感触を覚えたそのとき――


「うおおおお、いくぜぇ野郎ども。俺たちの誇りを取り戻すんだ」

「「「おおっっっ!」」」


 ドブロを筆頭にしたゼリカの冒険者たちが、雄たけびを上げながら鬼気迫る形相で一斉に飛び出した。その気迫に一瞬動きを止めてしまったラカンは出遅れてしまい、思わず舌打ちをしてしまう。


「どうしたの? 行かないの?」


そんなラカンが珍しかったのか、近づいてきたヨルカがラカンに対して煽るかのように笑いかける。その後ろからはアルク達が遅れてついてきていた。


「別に急ぐような相手でもないからな」

「その割には今、小さな舌打ちが聞こえたような」

「……そんなことより、後詰めを頼んだぞ」


 ラカンのそのヨルカにだけ聞こえる頼み事に、ヨルカは微笑みながら頷く。


「ええ、任せておいて。きっちり護るわ。でも、あなたがそんなこというなんてよっぽど気に入ったのね」

「見どころはある」


 ラカンはそれだけ言うと、振り向くことなく乗り遅れた戦場へと駆け出した。既に建物の中からは甲高い金属音や人の罵声が響いている。急襲の甲斐もあってか、ラカンが駆け付けた時には既に勝敗は決まっていたらしく、臨戦態勢をとることが出来なかった敵はゼリカの冒険者たちの前にあっというまに打ちのめされていた。どうやら第一陣はこちらの完勝らしい。すこしばかり感心したラカンの耳に金属鎧の擦れる音が多数聞こえてきた。


「敵襲だッ! 応戦しろっ!」


 よく通る低めの声で大音声をあげながら、敵の隊長らしき男が部下へと指示を送る。部下たちもちゃんとした訓練を受けているらしく、しっかりと隊列を組みながら突撃してきた。


「この勢いのままいくぞっ!」


 先陣を掛けたドブロは雄たけびを上げながら、その獲物である大きな戦斧を力の限りに振う。その巨躯に相応しい威力を伴った一撃は、先頭の三人の敵を同時に宙へと吹き飛ばした。


「ほお」


 一目見て、それは流派などない我流の戦い方だとラカンは見て取る。力任せのその戦い方は隙も大きい。一定以上のレベルの相手には通用しない致命的な欠陥だ。しかし、それも熟知しているのか、相手との位置取りや仰々しい身振りでの威圧などを駆使し、隙をつかせないように工夫している。我流故に欠点を修正できないながらも、必死に考えた苦肉の策なのだろう。ラカンはドブロを唯の虚勢を張る禿げの木偶の坊としか見ていなかったが、その戦い方を見て、ほんの少しばかりその評価を上げてやることにした。


「だが、もう厳しいか」


 最初の勢いのまま、再び相手を圧倒しようかと思われた戦況は、しかし徐々に翻されていっている。相手は怯むことなく隊列を動かし、常に数的優位を保ちながらゼリカの冒険者を追い詰め始めていく。決死のテロを画策しているだけあって、その練度はかなりのものといえた。そんな中、一人の冒険者が敵数人に切りつけられ悲鳴を上げて倒れ伏す。それを見たラカンは大剣を頭上高く抱えながら、後方より弾けるように飛び出した。


「ひぃ」

「とどめだっ!」


 命を絶とうと剣を突き出そうとした男は、ふと顔を上げる。すぐ目の前に現れたラカンの姿を目に入れ、驚愕に目を見開く。次の瞬間――


「あ」


 何か声を上げようとした男の眉間を、漆黒の刀身が通り抜け、その冷たい質量は一瞬で股まですり抜ける。二つに分かたれる視界が途切れ、男は絶命する。


「あっ、あ、あんた……」

「行け」


 鮮血が吹き上げる中、呆けたような冒険者に後ろに下がるように促すと、ラカンはすぐさま次の行動に移る。近くの兵に斬りかかろうとするが、すぐさま我に返ったらしい兵は目を見開きながら剣を掲げ、防御態勢を取る。


「ぶべっ」


 しかし、ラカンの振う大剣の威力を削ぐことは出来ず、自身の刀身ごと頭部が爆ぜ地面へと倒れ伏す。それを見た敵兵の中から悲鳴らしきものがあがる。


「ええいっ、手練れはそいつ一人だ。まともに取り合わず、守りに徹しろ。まだ、増援は来る。陣形を崩さず、冷静に対応しろ」


 想像以上の相手がいたことに少しばかり驚いたようだが、隊長の号令のもと一歩引いた位置でガチガチに陣形を固め始める。前方には大楯を持った全身鎧のラカンにも劣らぬ巨漢の重戦士が数名進み出る。


「おいっ、ラカン。いくら何でもこれは一人じゃ無理だ。協力して」

「いらん。下手に近づくなよ。間違えて斬っちまうかもしれねえぞ」


 大楯を前方に出し、ジリジリと距離を慎重に詰める敵を前に、ラカンは一つ大きく息を吸う。集中力を高める際に、ふと自分に剣を教えた師の言葉が脳裏によぎった。


――いいか、ラカン。物事には何事も理がある。天には天の、地に地の、人には人の。そして、剣には剣の、な。剣は人が振いしもの。だが、それと同時に剣もまた己を人へと振るわせているのだ。それを理解し、人と剣、双方の理を知り実践すれば古に伝えられる英雄や達人の荒唐無稽にも思える技もまた再現できる。何故なら一見天衣無縫とも思えるその中にも、理は確実に存在しているのだから。


 ふっ、と短く息を吐き出し飛び出したラカンは、中央に位置する一番大きな重戦士の大楯目掛け剣を振りかぶる。ドン、と踏み込んだ足はまさに正しく地面を踏みしめ、その威力は石造りの床を割った。そして、全身の骨格を同時に連動させ、加速した斬撃は余すことなくそのエネルギーを相手へと叩きつける。

耳をつんざく轟音と共に、腰を低く落としてどっしりと構えたその重戦士の体は、後続を巻き込み勢いよく後方へと吹き飛び、最後方の隊長の横をすり抜けて地面を転がり落ちた。大楯は折れた腕に絡みつくようにくの字に曲がり、へし曲がった甲冑の隙間からは赤い液体が流れだしている。ピクピクと痙攣はするものの、起き上がる様子は微塵もない。


「馬鹿なッ! 化け物かッ」


 隊長が驚愕のあまりそう叫ぶのを尻目に、ラカンは綻んだその空間へと歩くように悠然と踏み込んでいく。相手の戦意はまだ完全には削がれておらず、なんとか連携を保とうと動き始めていた。

 なら、とラカンは思う。一つ一つ連携を為す理ごと手足をもぐように潰していけばよい。ラカンは再び剣を振う。その度に悲鳴があがるが、意に介することはない。一見無造作に見える斬撃は、一つ振うたびに命を奪い、高い練度と結束を持っていた敵の隊はまたたくまに蹴散らされていく。あっという間に烏合の衆となってしまった敵を、ただラカンは淡々と葬り去る。こうした相手に剣を振うたびに、理を極めるということは少しばかり退屈でもあると思いながら。




「すげえ」


 あっという間に全滅した敵の隊に、ドブロはあんぐりと口を開け、その目を驚愕で見開いた。幸先良い初陣での快勝で手ごたえを感じた矢先に、敵の第二陣に追い詰められ焦燥した最中、ラカンがたった一人でそれを殲滅してしまったのだ。自分もA級冒険者の戦いを見たことはある。それも遥か高みにあるものだと思っていたが、その思いはあっけなく霧散してしまう。


「おい」


 振り向いたラカンに声を掛けられ、ハッと我に気付く。気付けば遠くからは敵が近づいてくる音が聞こえていた。


「何呆けている。次がくるぞ。治せなさそうな怪我人は撤退させろ。ヨルカ達の元に避難だ」

「あ、ああ。わかった」


 目の前の男が、決して自分には届かぬ領域にいる人物だと再認識し、気後れしながら答える。だが、次の言葉にドブロは思わず顔を上げる。


「俺一人でも問題ないが、討ち漏らしたやつは頼むぞ、ドブロ。後ろを気にして戦うのは面倒くさいからな」


 ラカンは既に前を向いており、どんな顔をしているのかは分からなかった。だが、これ程の男に頼み事をされたということが、再びドブロに自信を取り戻させた。


「あ、ああっ。任せておけっ! いくぞ、皆っ」


 ドブロの言葉に、仲間たちも気合の声を上げラカンの背中を追う。もはや負けるかもなどとは、微塵も思うことはなくなっていた。

 

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