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少年と剣  作者: 編理大河
冒険者たち
102/109

隠し古城での戦い


 暗い洞穴の中。

 見張りの男はすこしでも退屈を慰めようと、隣の同僚へと声をかけた。


「あぁ、退屈だなあ。ゼリカでもいいけど、それなりの街に行って、美味い酒や飯を喰って、綺麗な女の子と遊びてえなあ」

「……」

「おいっ、無視はねえだろ」


 しかし、同僚からの返事は帰ってこない。少しばかり勘に触った男は語気を強め、隣人へと視線を向ける。そして、生真面目なはずの隣人が涎を垂らしながら、立ったまま夢の住人になっているのを見て、その異常事態を悟った。


「なっ⁉ おいっ、これはっ⁉ みん……」


 仲間に緊急事態を告げようとした男は、突如として背後から首に巻き付き、加えられた喉の圧迫に言葉を詰まらせる。腕をまわされ首を絞められているのだと理解し、なんとかあがらおうとするも、その意識は一瞬で刈り取られてしまった。




「ふう。これでいいですかね、ギブソンさん」

「ああ、ほぼ満点といったところかな」


 若い冒険者が功を誇るような表情でこちらを見ている。ギブソンはそれに対して、ほぼ満点に近い評価を与えた。今しがた見張りの男を締め落とした若い冒険者はゼリカの街のレンジャーであり、アランがもっとも高い評価を与えている者の一人であった。

 ゼリカの魔術師が魔法により一人を昏睡させ、それに気づいた見張りが慌てふためく間に忍び寄り制圧するというのが段取りであった。襲撃が失敗した場合はギブソンがクナイの投擲により相手の頭部を声を発する前にぶち抜くつもりであったが、その必要はなかったようだ。


「やるじゃないか。アラン君が褒めていただけはある。君も将来はアデルハイドに来るつもりなのかい?」

「いえ、今はそこまでは考えていません。まずは師匠のもとでしっかりとした技術を身に着けることだけ考えています」

「そうかあ。でも、君の腕なら問題ないよ。アデルハイドに来たのなら、王都のギルドで僕の名前を出すといい。色々と便宜を図ってあげられると思うよ。才能を試すのなら若いうちから優れた環境に飛び込むべきだ」

「えっ、本当ですか」


 ギブソンの甘い提案に、若者は身を乗り出して話に聞き入る。その背後から魔術師のローブをまとった壮年の男が慌ててそれを制止する。


「おいおい、あんた何勝手に勧誘してんだ。そういうのはやめろって、アランのボウズに言われただろ」


 四十代の男はゼリカでもベテランの域に入る魔術師で、今も抵抗すら許さず見張りを昏睡せしめたBランク冒険者だ。その経歴は大したもので、この街の冒険者の筆頭格といっていい。


「確かに。だけど了承した覚えはないけどねえ」

「それも含めて見つけたら止めるように言われてんだよ。これから人材が一層必要になるんだからそういうことはやめてくれ」

「そうよ、ギブソンさん。それに今は作戦の真っ最中よ。少しは自重してください」

「確かにお役目は大事です。しかし、我々が今なすべきことは賊を打ち倒し、正義をなすこと以外にありません」


 後ろから歩いてきたヨルカとロゼが、呆れたようにギブソンを諫めてきた。その後ろにはラカンやアルク達だけでなく、今回の作戦遂行のために集められたゼリカの冒険者たちがぞろぞろとついてきている。


「すまないねえ。おじさん、若い才能を見ると、ついおせっかいを焼きたくなっちゃうんだよ。ところでアルク君とハルさん。敵さんの反応はどうだい」


 ギブソンの問いに、まだ幼い風貌の少年は自らの剣に視線を向け、口を開く。


「大丈夫です。まだ気づかれていません」

『敵には我々のことは伝わっていないっぽいな。間諜に気を付けた甲斐があったな』

「そいつは重畳。やっぱりその能力は規格外だねえ」


 遠くからすべてを俯瞰し、把握する。そのアドバンテージは絶対的とまでいえる。今回アルクが参戦するのと、しないのとでは作戦の難易度が大分変ってしまっていただろう。敵の数は人員の配置などからこちらの倍近いと推測したが、おかげで何とかなりそうだ。


「でも、この先にも巡回がいるんだろ。それで強襲なんて出来るのか?」


 大きな戦斧を片手に、ドブロが首を傾げる。この男はなんだかんだ言って人徳があるらしく、今回の作戦でのゼリカのまとめ役のようなポジションに自然につけられていた。


「お前、作戦聞いてなかったのか。それとも頭が悪くて理解できなかったのか」

「いや、聞いてたけどよお。それって本当に出来んのか」


 ラカンの険のある言葉にも、ドブロは少しばかり嫌そうな顔をしただけで、素直に己の疑問を呈する。ギブソンもその疑問は最もだと思っていた。ただし、それは彼女の技量を見ていなければに限ってだが。


「あら、信用されていないのね」


 ヨルカが悪戯っぽく、微笑んだ。それを受けてドブロは顔を真っ赤にしながら慌てて首を横に振る。


「いえっ、決してあなたを信じていないというわけでなく、ただ俺みたいなポンコツ冒険者にはにわかには信じられない話でして」

「ポンコツだろうが見ればわかるだろ。おい、ヨルカ」

「ええ、百聞は一見に如かずってね」


 ヨルカは背の白い大弓を外すと、悠然と先頭をきり、洞穴の外へと出ていく。そして弓を構えると、指の股全てに矢を挟む。そして、視線を前に向けたまま背後のアルクへと語り掛ける。


「アルク君。一応確認しておくわね。相手の人数を教えてもらえるかしら」

「ヨルカさん、敵は巡回しているのが八人。砦の見張り台に四人です」

「そうね。方角は結構よ。風が教えてくれるから」


 矢に弓をつがえると、とたんに周囲の風がざわめきはじめ、渦を巻くようにしてヨルカの周囲へと集っていく。


「凄い。風の精霊が喜んで集まってる」


 精霊術に明るいハーフエルフであるライムが、アルクの隣で目を丸くしている。


「どうみても木に当たっちゃいそうだけど」

「まあ、ヨルカさんが大丈夫っていうんなら、きっと大丈夫だにゃあ」


 スコップを両手に構え、緊張した面持ちのパナシェ。それとは対照的に、深紅のローブにワンドを背負ったカシスはのんびりとした面持ちでヨルカを眺めている。

 皆が見守る中、ヨルカは矢を番え引き絞る。その姿は美しくまるで絵画のようで、皆その姿に見入っているようだ。ヨルカは一の矢を放つ。放たれた矢は木々の隙間をすり抜けるようにして消えていった。ヨルカは迷うそぶりも見せずに、間髪入れずに次々に矢を放つ。持った矢をすべて打ち終えると、息をつかずに矢筒よりまた矢を取り出し、次は別の方向に向けて放ち始めた。そして最後に前方の砦に向けて四つ矢を放つと、ほうと息を一つ吐き、ゆっくりと振り向くとこちらに向かって微笑んで見せる。


「これで十二、ね」

「マップの反応……消失してる。すごい……」

『まさに神業だな』


 アルクの反応をみるに、どうやら十二人全て一射で葬ったようだ。周囲も察したのか、敵地であるというのに、小さいながらどよめきがあがる。ギブソンは諫めようか少し迷ったが、それより先にドブロが皆をよく通る声で制止する。


「凄えって騒ぎてえが、ここから先はスピード勝負だ。この感動は後の祝宴で酒の肴にするぞ。皆、準備はいいか、覚悟を決めろ」


 その言葉にゼリカの冒険者たちは静かに、だが力強く頷く。アランが精査し依頼しただけあって、皆戦意もとても高い。だからこそ一人も欠けることなく、ゼリカへと皆を返してやりたいとギブソンは思った。


「ラカン、ギブソンさん。今回のクエスト、あんたらが切り札だ。俺たちは作戦に従って精一杯汚名を返上するために戦う。だから……頼む」


 ドブロは皆を鼓舞した後、ラカン達の前へ進み出て、そう頭を下げる。ラカンはそれを受け、少しばかりピクリと表情を動かすが、無表情を貫いている。


「別にお前に頼まれようがなかろうが、関係ない。俺は俺の戦いをするだけだ」

「……そうか」


 突き放すような言葉。だが、それを聞いたドブロは少しばかり嬉しそうに笑みを浮かべ頷いた。


「じゃあ、時間もないし始めるとしようか。じゃあ手筈通りに二手に分かれよう。僕は囚われた人達の救出チームを率いる。だから、ラカン君は打ち合わせ通りそっちを頼んだよ。皆を守ってやってくれ」

「ああ、わかってる。……へまはするなよ」

「ふふ、せいぜい気を付けて若人たちの足は引っ張らないようにするよ。じゃあ、行こうか」

「はいっ、ギブソンさん」


 ギブソンは少数精鋭にて結成された救出チームのメンバーを見る。そこには先ほどのレンジャーの若者もいた。皆、斥候としても優秀な技能を持っている。一応、文屋とは名乗っているが、薄々と何かを察しているのか、アランが何か言ったのか、皆ギブソンのことを尊敬に満ちた瞳で見つめていた。少しばかり感じる好意の重圧を振り払い、ギブソンは皆を促して別の道へと進みだした。


 


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