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少年と剣  作者: 編理大河
冒険者たち
101/109

アンサングヒーロー


「えぇ、最高の冒険者って」

『ううむ、意外な男が出てきたなあ。お調子者であったし、そこまでの人物とは思えなかったが』


 ましてや、今へべれけに酔いつぶれ正体を失ってしまっている姿はその賛辞からはかけ離れている。アランはそんなアルクとハルに黙って微笑みかけると、ドブロへと歩み寄り、話しかける。


「ドブロさん、起きてください。クエストをもってきましたよ」


 泥酔し、熟睡しているように見えたドブロだが、静かに語り掛けるその言葉にピクリと瞼を動かした。やがて眼を開き、その上体をわずかに持ち上げる。


「ふがっ、く、クエスト?」

「ええ、それもこの街始まって以来のとびっきりの案件です。ですからゼリカのエースであるドブロさんに伝えないとって思って」


 にこやかにそう告げるアランをドブロは目を擦り、ぼうっと眺める。そして目の前の人物が誰なのか解ったのか、またパタリと地面に頭部を下し、手足を大の字へと伸ばした。


「それなら別を当たりな。俺はもう冒険者はやめたんだ」

「いえ、ドブロさんはまだれっきとしたゼリカのB級冒険者ですよ。辞めるというのであれば、正式に書類をギルドまで提出していただかないと」

「めんどくせえ。お前がやっといてくれ。ともかく、もう俺は冒険者はしねえ。どうせ紛い物だしな」


 駄々っ子のように、そう吐き捨てるドブロを、アランは困ったようにみた後、近くの酔客に硬貨を何枚も取り出し、何事かを小声で頼んだ。男は硬貨を見ると目を輝かせ、ふらつく足取りながら店の外へと出て行く。


「不正を黙認したことを悔いているんですね。ですが、直接的には関わらなかったのでしょう。なので、降格も僕が止めておきました。他にもビスキーさんと関わって、軽微な不正に手を貸しながら黙っている人たちも黙認することにしています。トップランカーが抜けたらギルドの運営に支障が出てしまいますからね。ドブロさんも不正をしていなければ黙っていればよかったんですよ。お人よしに洗いざらい喋っちゃうから。本当に仕方ない人だなあ」


 アランはそう言って苦笑いを浮かべる。しかし、その言葉には親愛の情がはっきりと込められていることに、アルクも子供ながら気付いた。それは、かつて祖母がアルクの悪戯を笑いながら窘めているのに似ていたからだ。


「……そんな奴らより、本当の冒険者がこの街にいるだろ。そいつに頼めよ」

「ええ、当然依頼をしています。ですが、彼らだけではこの規模の盗賊団は難儀してしまうでしょう。ましてや、救助すべき方々もいます。だから一人でも多く優秀な冒険者が欲しいんです」

「俺は優秀じゃなねえから、関係ねえな」

「またそんなことを。何年ここのギルド職員をやっていると思っているんです。あなたが優秀でなければ、他の人たちも到底優秀ではなくなってしまいますよ。……ドブロさん、ここで逃げてしまったらもう二度と戻れなくなりますよ」

「……構わねえ」


 取り付く島もないドブロに、アランは大きく溜息をこぼす。ドブロはお構いなしとばかりにわざとらしい鼾を立て始めた。そんなとき、先ほどの男が桶を抱えて戻ってきた。桶からはちゃぷちゃぷと水が音を立てている。


「こ、これでいいのか」

「ええ、ありがとうございます」


 男は桶を渡すと、もはや関係ないとばかりにカウンターに詰め寄り、「いい酒をたのむ」と店主の前に硬貨を全て突き出した。店主も心得たもので、何も言わずに硬貨を受け取ると、黙って酒瓶を男の前にそっと置いた。

 それを横目に見つつ、アランが何をしようとしているのかを理解し、アルクはおもわず声をかける。


「アランさん、それって」

「ええ、アルクさんのご想像どおりです。せーのっ!


 アランは桶を精一杯掲げると、その中身を盛大にドブロにぶちまけた。


「うわあ」

『中々の荒療治だな』


 温厚なアランの予想外の行動に、アルクは思わず声をあげる。ドブロも水をぶちまけられ、

むくっと上体を起こしながら、一瞬何をされたのかと呆けた表情でアランも見る。しかし、水を掛けられたと理解すると、猛然と立ち上がってアランに詰め寄り、その胸倉をつかみ上げた。


「テメエっ! なにしやがるっ」

「アランさんっ」


 アルクはドブロが今にもアランを殴るのではないかと思い、すぐさま臨戦態勢となる。しかし、アランは大丈夫とばかりに手を挙げてアルクを制止し、ドブロへと穏やかに語り掛ける。


「いや、すこしばかり悪酔いされていたので、目を覚まさせてあげようかと」

「お前、こんなことするタマじゃないだろ。なんで俺に構いやがる」

「それはドブロさんがゼリカで最高の冒険者だと、僕がそう評価してるからです」


 その言葉にドブロは虚を突かれたように目を見開く。しかし、次には歯を食いしばりアランを睨みつけた。アルクは大丈夫と止められたものの、いつでも飛び出せるように身構える。相手は仮にもB級冒険者で、アランは成人男性としては細身すぎる体躯をしている。本気で殴られたら怪我ではすまないだろう。


「……からかってんのか?」

「いえ、僕自身は正当な評価だと思ってますよ。ドブロさんは覚えてますか。僕が新人としてギルドのカウンターに立ったときのことを。そのとき、ドブロさんはガチガチに緊張していた僕に豪快に笑いかけて、何かあったらこの街のエースの自分を頼れっていってくれましたよね」

「……」

「それから僕はギルド職員として、この街の冒険者をずっと見てきました。このゼリカはアデルハイドからの出戻り組は多く、質は高いですが、お世辞にも定着率はいいとは言えません。再起をはかるパーティーや、利益率のいい他の街へいくパーティーも多い。新人は目先にある豊かなアデルハイドに行ってしまう。冒険者の需要と供給が中々かみ合わないため、街の小さなクエストは宙に浮いて片付けられないことも多かった。でも、そんなクエストも率先してやってくれたのがドブロさんでした」


 それを聞き、ドブロの胸倉を掴む手がすこしばかり緩んだ。


『意外だな。人は見かけによらないとよく言ったものだ』

「確かに」


 アルクもドブロがそのような人物だとは、想像していなかった。無論悪人ではないとは思っていたが。


「覚えてますか。いじめられて、家から出なくなったサム君を近くの森に連れてってあげたことを。身寄りがなく、偏屈なカーラ婆さんの家まで行って草むしりや家の修繕をしてあげたときのことを。他にも困っているけど、手を差し伸べるほどではないと思われた小さなクエストも率先してドブロさんはこなしてくれていました。冒険というと大きな武勲に目を奪われがちですが、その地に根付き生活をする人々を助けるというのもまた冒険者の本質の筈です。今回のことでは皆さん、ドブロさんのことを心配して、ギルドに尋ねに来てくださっていましたよ」


 ドブロはそれを聞き、アランの胸倉から手を放す。そして、何かを言おうと口ごもり、それを何度か繰り返す。アランはその間何も言わずに、ドブロの言葉を待っていた。周囲はそんな二人を面白い肴とばかりに濁った眼で眺めながら、酒を飲んでいる。


「別に本心でやったことじゃねえ」

「どういうことでしょうか」

「アデルハイドではこの女々しい性格でパーティーメンバーと上手くいかなかった。だから、生まれ育ったこの街に帰ってきたのさ。その途上、たまたま読んだアドベンチャーイラストレイテッドの特集に【銀騎士】グレイのインタビューがあったんだ。そこにはランクに分け隔てなく小さなクエストも疎かにしないのが成功の秘訣だって書いてあった。だから、この街に戻った後それを実行しようと思ったのさ」


 ドブロが口にした名前はアルクにとっても聞き覚えがあった。確かアデルハイドで行われた天下一武道会とやらで、ラカンに勝ったというS級冒険者のことだ。話を聞く限り、中々に立派な人物らしい。


「うぜえガキやババアの相手をして、最初はぶちぎれそうになったが、S級冒険者様になったつもりでなんとか耐えて、こなしたんだ。あいつら単純だからすぐに馬鹿みたいに懐いてきて笑っちまったぜ。それも存外悪くないとは思えたが、今回の件で化けの皮が剥がれちまった。ええかっこしいという意味じゃ、俺もビスキーと変わらねえんだよ」


 最後は消え入りそうな声となり、ドブロは俯いた。


「確かにそういった意味では同類なのかもしれませんね」

「……」


 アランにそう言われて、ドブロは無言ながら体を少しばかり震わせる。心なしかすこしばかり泣きそうな表情だとアルクは、その厳つい無表情な顔を見ながら思った。アランはそんなドブロを真剣な眼差しで見つめている。そこにはもはや柔和な雰囲気は微塵も感じられない。そして、しばしの沈黙の後、アランは厳かに口を開いた。


「ですが、ドブロさんは結果として多くの人を助けてきました。たとえ、その動機が利己的な動機からだろうと。他の誰もが認めなくとも、僕だけはドブロさんを認めます。ギルド職員としてドブロさんにクエストを斡旋したこと僕が。このゼリカにおいては、かの【銀騎士】より、ドブロさんの方が英雄なのだと」

「だけどよぉ」

「もし、ドブロさんが己を本物と認められないのなら」


 そこで一度言葉を止め、アランはドブロに手を差し出す。


「本物にしませんか。僕とドブロさん、二人で」


 ドブロはハッとしたように顔を上げ、そしてくしゃりと表情を歪ませる。しかし、いくら待ってもドブロがその手を取ることはなかった。アランはゆっくりとその差し出した手をひっこめる。


「二日後、今作戦の参加者を集め、ギルドでミーティングを行います」

「俺は」

「もし、あなたがまだ冒険を愛しているのなら、ここがあなたの胸突き八丁です。……よく考えて結論を出してください。お待ちしております」


 アランは踵を返すと、再びいつものような優しい表情を浮かべ、少し離れて見ていたアルクへと笑いかける。


「お待たせしました。それでは行きましょうか」

「……いいんですか」


 ドブロは石のように動かなくなっている。もし、アランがドブロに冒険者を辞めてほしくなければ、もう少し説得する必要があるのではと思った。


「いいんです。もう、伝えるべきことは全て言いました。あとは、ドブロさん自身の選択です。独立不羈の冒険者たるもの、最後の判断を下すのは常に己ですから。あ、店主さん、店を水浸しにして申し訳ない。この店の清掃の代金はギルドに請求してください」


 アランはそれだけ言うと店を出る。アルクも後を追い、再び来た道を二人並んで歩く。途中まで無言だったが、やがてアランから口を開いた。


「アルクさん。僕は昔冒険者になりたかったんです」

「ギルドの職員でなく?」

「はい。小さいころは本で英雄の冒険譚ばかり読んでいました。ですが体が弱く、子供のころはすぐ高熱で寝込んでしまい、両親もそんな自分を心配し必死で止められて諦めるしかありませんでした。でも、せめて大好きな冒険に近づきたくてギルド職員となったんです。最初は雑務ばかりの仕事や、英雄譚とは程遠い所帯じみた冒険者たちに内心辟易してたのですが、そんなときにドブロさんに出会ったんです」


 アランは足を止め、先ほどの店の方へと視線を向ける。


「ある意味、一番ドブロさんに救われたのは僕自身だったのかもしれませんね。それが虚栄心や承認欲求から出たものであっても。謳われることのない小さな冒険。その素晴らしを僕は教えてもらったんです」


 その言葉に、アルクは今まで行ってきたクエストを思い出す。自分も英雄の冒険譚に憧れ、自分もいずれはと思っているが、それらはそれに引けをとらないぐらいに素晴らしい思い出となっている。


「ラカンさんなんかは、英雄として世に謳われる冒険者に届きうる人物でしょうね。アルクさんもそれに劣らぬ有望株だとギブソンさんが言ってましたよ」

「そんな⁉ そういわれると、少し恥ずかしいかも」

『恥じることはない。私の自慢の所有者なのだからな。まあ、あれはちょっと行き過ぎたバトルジャンキーだと思うが。私としてはもっと王道にして中庸な感じでアルクにはいってほしいな』

「はは、確かにそうですね。別に強い魔物を倒すだけが冒険ではありませんから。それ以外にも素晴らしい冒険は多くあります」


 それは承知しているため、黙って頷いて見せる。見知らぬ土地や場所へ赴いたり、新たな知己や友人を得たりなど、これまでに多くの感動を得てきたアルクである。ただやはり強さというものにも憧れがあった。ラカンという存在はまさにその理想そのものといっていいだろう。


「ですが、冒険者に憧れ、それすらなれなかった自分としては、謳われることがなくとも精一杯頑張っているこの街の皆がヒーローなんです。だからこそ少しでもその力になりたい」

『うん、立派な志だ。アランはギルド職員の鑑だな。いや、今はギルド長代理か』

「ドブロさん、来てくれるといいですね」


 これほどまでにゼリカの冒険者に愛情を持ち、職務に励むアランのためにも、アルクはドブロが来てくれるよう祈るような気持ちとなった。


「アルクさん。冒険には絶対はないというのが大原則です。ですが、僕はドブロさんが絶対に来ると信じてます」


 アランの力強い笑みは、既にその未来を確信しているようだった。




 果たして、二日後のミーティングの場に、照れ臭そうな表情の禿頭の男の姿があった。 


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