帰還
アルク達はまっすぐゼリカへと帰還した。相手にアデルハイド侵攻という目的があり、時間に余裕もないため行軍を急ぎ、行きより二日ばかり早く街へと着く。そしてすぐさまギルドへと向かい、そのドアを開いたのであった
「成る程、敵は軍人崩れですか。アイアコッカという名前に聞き覚えはありません。しかし、玉砕覚悟の暴走とは質が悪い」
アランに出迎えられ、アルク達はギルド長室にいた。説明を聞いたアランが深刻そうに眉間に皺を寄せる。相変わらず忙しいのか、その姿は街を出る前より一層痩せこけて見えた。
「それに護衛についていた人物。名前通りだとすると、もしかしたら【狂剣】トキリかもしれません」
『知っているのかアラン⁉』
何故かハルが驚愕した様子で、アランへと問いかける。
「ええ、アデルハイドにて十代でB級まで上り詰め、スーラ出身なのでこの国の冒険者ギルドでも大変期待されていた人物です。しかし、何故か突然消息を絶ってしまい、どこかで亡くなってしまったのではないかと落胆していたのですが、数年前から再び目撃情報が出たのです。それも犯罪者集団の中に必ず現れ、名うての冒険者たちを切り殺しているという形で……」
「なんで、そんなことっ⁉」
パナシェがその話に驚きと憤りを見せる。
「剣士の中には命のやり取りがなによりの鍛錬と信じている者もいるからね。その二つ名からして、きっとそのトキリという人物もそんなタイプなんだろう。まあ、我々も似たような人物を一人知っているけどね」
ギブソンがニヤリとラカンへ視線を向ける。しかし、ヨルカがずいっとその前に立ちふさがり、ギブソンを睨みつけた。
「確かにコイツは剣のことしか頭にない脳筋だけど、無用に人を斬ったりはしませんっ‼」
「おっと、こいつは失礼。確かに失言だった。すまないね、ラカン君」
「いや、別にいいが」
ヨルカに怒られ、ギブソンはラカンにそう言い両手を合わせるが、ラカンは別にこれといった様子もなく、平然とそれを受け流す。そんなとき、ドタドタと足音が近づき、ギルド長室のドアがけたたましく開かれる。
「アランさんっ! アルクさんたちが返ってきたって本当ですかっ!」
ドアを開けたのはラムであった。アルク達が街を出た後は、安全のためにこのギルドの一室へと泊まり込んでいた。話を聞きつけ、急いできたのだろう。大きく肩を動かし呼吸をしている。アルクはそんな少女に姉の安否を告げる。
「ラム、君のお姉さんを見つけたよ。今のところ特になにもされてないみたいだった」
「本当っ⁉ よかった、アグリ姉さん……」
感極まったのか、ラムは両手で口元を抑える。
「うん、確かに元気そうだったよ」
「というか、なんか別のドラマが始まっちゃいそうな雰囲気すら醸し出してたわね」
「そうにゃんねえ、他にも綺麗な女性はいたのに、あの二人めっちゃ距離近かったにゃん」
「確かに。ザックという男でしたか。まるで幼いころに父上に取り上げられた小説のシーンのようでした」
パナシェ達の言葉に、ラムは「えっ⁉ それって?」と目を丸くした。
「まあ、何はともあれ敵さんのアジトは解ったんだ。お前の方はどうなんだ」
詳しい話を伝えられ盛り上がる少女たちを横目に、ラカンはアランにそう問う。それに対しアランは、満面の笑みを浮かべ力強く頷いた
「ええ、こっちも盗賊団の掃討クエストの準備を済ませています。人材もこの街で指折りの人物を揃えています。多少数の面で不安はありますが、ラカンさんやギブソンさんが加わってくれるのなら問題はないと考えます」
「では、騎士団には頼らず冒険者だけで対処するということだね。相手は曲がりなりにも軍属だった者たちだ。汚名を挽回することを優先するのかい」
「確かにギブソンさんの言うことも一理あります。ですが、相手が元軍属だからこそ、騎士団にそれを伝えたら何らかのつてで奇襲の情報が洩れ、失敗するかもしれません。それにこの国の騎士団は腰が少々重いので、間に合わず相手にアデルハイドへの侵攻を許してしまうリスクもある。ギブソンさんたちが正確な相手の規模など調べてくれたおかげで、うちの冒険者だけでのクエストも決して無謀ではなく、むしろベターな選択であると僕は考えます」
「成る程。確かに筋は通っているね」
アランの理路整然として説明に、ギブソンは感心したように頷いて見せる。
「では、三日後に盗賊団掃討および人質救出のクエストを開始としたいと思います。皆さんもそれでよろしいですか」
「ああ、それで別に構わないぜ」
「では、それまで皆さんは体を休めてください。長旅と野営でお疲れになっていることでしょう。この街一番のホテルを用意しています。前日に作戦ミーティングを行いますので、格パーティーのリーダーはここまでお願いします。アルクさんも参加されますよね」
アランにそう問われたアルクは、一度仲間たちの顔を見、そしてラムの顔を見た後、ラカン達を見る。それぞれの表情にアルクの意思はおのずと固まる。
「ハル」
『敵は想像以上の難敵かもしれないが、今回はラカン達もいるからな。それに乗りかかった舟でもある。引いてしまっては冒険者の名が廃ってしまうな。行こう、アルク』
「そうだねっ。アランさん、僕たちも当然参加です」
迷いなくそう告げるアルクに、アランはただ微笑んで頷く。
「では、その通り手配いたしましょう。僕は最後に一つ仕事が残っているんで、それを済ませてしまいますね。皆さんはゆっくり休んでください」
「ゆっくり休んでって言われたけど、ゆっくり休んでたのよねえ、今まで」
「ええ、柔らかいベッドに美味しい食事に、快適な風呂。この街の一流ホテルでも叶うかどうか」
ギルドを出た矢先に、ヨルカとロゼがそう言い合いながら共に苦笑する。その話でアルクは、バトラーが欲しい調味料があると訴えていたことを思い出した。買いに行こうと仲間たちをみるも、皆はラムと姉のアグリとザックの話で盛り上がってしまっている。仕方なく、自分だけで買いに行くことに決め、それを伝え先にホテルへと行ってもらうことにする。
そうして必需品を購入して雑貨屋を出ると、ちょうどばったりとアランと出会った。
「あれ、アルクさん。まだこんなところにいらっしゃったのですか」
「はい、少しばかり買い物を。アランさんは?」
「実はいまから最後の一仕事をしようと思いまして。そうだ、よかったらアルクさんも一緒に来ませんか」
にこやかにアルクを誘うアラン。自分を連れていく意図が分からず、思わず首を傾げてしまう。ハルのなんらかの権能が必要なのだろうか?
「別段、アルクさんに何かをしてもらおうと思っているわけではありません。ただ、まだ冒険者という職業、その業界に染まっていないアルクさんにこれからのことを見てもらいたいと思ったんです」
「?」
『危険なことではないのなら、別に構わないのではないか。それはアルクのためにもなると考えてくれているのではないか』
ハルの言葉に、アランは苦笑しながら照れ臭そうに頬をかく。
「ええ、まあ老婆心……というほどには老成しているつもりはないんですけど。ああ、でもここ最近は少しばかり歳をとってしまったような気もするなあ。……空が青いなあ」
ぼやきながらアランは遠い目で空を見つめる。その瞳に色はなく、本当に空に心を奪われているようだった。どうやら疲弊は相当なものらしい。
『まっ、まあこのクエストが終わったら存分に休むといい。それでアルクはどうするつもりだ?』
「まあ、アランさんがそういうなら着いてこうかな」
そこまで言われると、アランが何をするのか気になってしまう。
「それで、アランさんの最後の仕事って?」
「ええ、この街一番の冒険者に今回のクエストへの参加を要請することです」
「この街一番のっ⁉ その人って凄いの?」
『確かに今までそんな人物の話は聞いたことがなかった。いままでクエストか何かでどこかに行ってたのか?』
ゼリカはアデルハイドからの帰国組が多く住み、レベルはかなり高いと以前ギブソンから聞いたことがある。そのゼリカで一番というなら相当な人物に違いない。
「ええ、僕の知りうる最高の冒険者ですよ。……まあ、会えばわかるとは思いますが」
最後の方のセリフは小さくて聞き取ることができなかった。アランの後についていき、たどり着いたのは郊外にある一軒のボロイ酒場だった。窓ガラスなどは割れたままとなっており、まさに場末といった感じだ。
「では、行きましょう」
中に入ると、昼間というのに濃縮されたような据えたようなアルコール臭が痛いほどに鼻を突いた。何人かの目の胡乱な常連らしき客が力なくこちらを見つめ、すぐさま手元の杯に視線を戻す。マップの反応は一切敵意というもののない緑であり、それを確認するまでもなく、相手には覇気というものが欠如しているのが見て取れた。アランはそれらを気にすることなく、店の奥へと足を踏み入れる。そして、酒場の奥に寝そべっている人物へと目を向けた。
「あっ」
アルクは思わず声を上げる。何故なら見知った人物であったからだ。特徴のある浅黒い禿頭の大男。この街に来る途中にアルク達が出会った、行商の護衛をしていた冒険者。それはドブロであった。