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少年と剣  作者: 編理大河
序章
1/109

プロローグ


 冒険者。

 それはこの世界で人が文明を営んできたときから、共にあった職業であるらしい。ある時は、人に仇為す魔物を狩り、時にはまだ誰も足を踏み入れたことのない秘境を探索し、時には迷宮とよばれる魔物渦巻くダンジョンへ富を求めて赴く。

 アルクはまだ物心つく前に両親を亡くしてから、祖母に引き取られた。祖母は若き頃に幼馴染の祖父と共に冒険者として世界を巡っていたらしい。残念ながら祖父は、アルクの父がまだ祖母のお腹の中にいるときに亡くなってしまったという。家の中の暖炉の前で、椅子に座って祖母はその頃の冒険譚をよく語ってくれていた。砂漠に囲まれた熱砂の国で行商たちが開く盛大なバザールのことや、氷に閉ざされた極北の国にて太陽の沈まない白夜を見たこと、人が立ち入れぬ大森林でエルフだけの王国へと赴いたこと。

 まだ村を出たことすらないアルクは、祖母の話を聞いた夜はベッドの中で、自分もまた同じように今はまだ出会わぬと友と世界を巡る夢を見るのが常だった。

 そんなアルクは七つの誕生日の日に、祖母に連れられて村の外へと出たことがある。


「アルク、今日はお前に見せたいものがあるの」


 そういって祖母は、家の中から一振りの剣だけを持ち、村人すら起きていない早朝にアルクを連れて村を出たのだ。アルクの住むユーリカ村は人も百を越えない小さな村であり、祖母はなにも言わなかったが、その行為は狭い田舎故に村人に見つからぬように人を避けてのことだった。

 鬱蒼とした森をただ歩いた。途中、大きな熊らしき魔獣に襲われたときは怖すぎて腰を抜かしてしまったが、祖母が腰の剣を引き抜き、そのまま容易く魔物を両断してしまった。驚くアルクに、「内緒よ」と微笑んだ祖母に連れられて行ったのは、森の中に隠れるようにして存在する洞穴であった。

 そこに足を踏み入れ、奥へと進むとソレはあった。闇に煌く美しい白銀の剣。それが無造作に地面へと突き刺さっていた。何もないユーリカ村で初めて美術的な美しい意匠を施された剣を見たアルクは、一瞬にして心を奪われてしまった。

 これは祖母のものなのだろうか。そう思いその顔を見る。祖母は白銀の剣とまるで会話を交わすようにその柄に触れ、うんうんと頷いていた。その後、祖母はアルクに向かい、「触ってごらん」と促す。アルクはおそるおそる剣に触れた。触れると消えてしまいそうなほどに美しく、儚げに見えた剣。しかしその刀身に触れると、それは確かに手の平に触れ、心地よくひんやりとした感触を伝える。祖母はしばらくじっとアルクを見て、何かが聞こえないかと尋ねた。意味は解らなかったが、耳を澄ませるも風の音しか聞こえないアルクは、何も、と祖母に伝える。祖母は黙って頷くと、帰ろうとアルクを促し洞穴を出た。その時、


『――』


 呼び止められたような気がして、アルクは振り向いた。そこには白銀の剣が何も言わずにたたずんでいた。祖母はそんなアルクを何も言わずに唯目を細めて見ていたが、幼いアルクにはそこに込められた祖母の感情を読み解くことは出来なかった。。

 家に帰ってからアルクはあの剣のことを尋ねてみた。聞くと、それは祖父の剣であったそうだ。祖父はあの剣を持ち、世界を旅したらしい。何故今はあんなところにあるのか聞くと、祖母は悲しそうな瞳をし、「色々あってね」とアルクの頭を撫でるだけであった。

 その半年後、祖母は両親が罹ったのと同じ病にかかり、亡くなってしまった。村人たちと一緒に祖母の遺体を弔うとき、そのときの祖母の悲し気な顔が何故だか脳裏に浮かんで消えなかった。




 鳥の囀りによってアルクは目を覚ました。重い瞼を必死にこすり、目を覚ます。今朝見た夢のせいかとても懐かしい気持ちとなっていた。寝藁から体を起こすと外へと出る。外はまだ薄暗く肌寒かったが、それでもようやく冬が終わったとばかりに、風が若芽の香しい匂いを運んでくる。


「さあ、今日も一日頑張るか」


 アルクはそうして一つ伸びをする。寝床である納屋を出ると、井戸にて水を汲み喉をうるおす。そして朝食は取らずに、納屋の近くに取っておいた振りやすい木の棒を持ち素振りを始めた。特に誰に教えてもらったわけでもなく、ただ我流のままだがそれを愚直に繰り返す。これが最近のアルクの日課だった。

 とはいえ、朝の仕事もあるので、ずっとこうしているわけにはいかなかった。木の棒を元の場所に隠すと、家畜の世話と畑の仕事が早朝の仕事だ。畑の雑草を抜き、作物に異常がないかを確認しつつ、水やりをする。今年はいつもよりも厳冬だったためか、冬にも耐えるはずの野菜の発育が目に見えて悪かった。この分だと、もうすぐ訪れる春の収穫もあまり期待できそうにはなかった。

それを終えると数頭のヤギと鶏に餌を与える。苦労して集めた枯れていない数種の雑草を混ぜたものを与えると、嬉しそうに近寄ってくる。


「よし、たんとお食べ」


 ヤギの頭を撫でながら、そのうちの若い雌の挙動がせわしいことから、もしかしたら赤ちゃんがいるのかも、とアルクは思った。そうであればもうすぐ初春の出産の季節である。叔父に今のうちに言っておくべきだろう。

 そうして餌やりを終えると大分日が昇ってきた。そろそろ叔父夫婦の家に行って、今日の仕事を仰せつからなければならない。近くの叔父夫婦の家に行くと、果たして叔母であるマルゴが玄関の前で籠を手に四方を睨みつけていた。それを見て、アルクは叔母が自分に山に入らせ、今の季節は乏しい山菜などを探させてくるつもりだと察した。


「おはよう、マルゴ叔母さん。今日はいい天気だね」

「ああ、お前みたいな穀潰しがいなければ、心もきっと晴れていただろうね」


 出来るだけ機嫌を損ねないように、機先を制し明るく挨拶したおかげで、マルゴの小言は最小限に済んだ。機嫌が悪い時などはどれほど手を尽くそうが、十分近く叔母はアルクの存在意義のなさと自分たち家族の慈悲の深さを延々と出会いがしらに説法してくるのだ。


「今日は山菜取りだね。マルゴ叔母さん」

「ああ。愚鈍なお前にしてはいい判断だね。察しのいい子は嫌いじゃないよ。お前のために籠まで持ってきたのだから感謝してほしいわね。さあ、行ってらっしゃい」


 言葉も短めにマルゴはアルクに籠を押し付け、家へと帰っていく。しかし、やはりこれは機嫌が悪くないということであり、ここ数日は理不尽に癇癪をぶつけられることもないため、逆に不気味に感じるアルクであった。

 祖母の死後、父の実弟である叔父のカール夫妻に引き取られたアルクを待っていたのは、まるで下男のような生活であった。従弟のピギーが珠のように大事に育てられている横で、アルクは教育すら授けられずにひたすらに労働に従事していた。一日くたくたになりながら働かされて、一日に与えられる食事はピギーよりも少ないのである。そんな日々が三年以上も続いている。

 マルゴはとにかくアルクに自由を与えたくないらしく、仕事が無い日は大抵山に食糧を取りに行かされた。他にも家の修繕や、掃除、小麦挽きなども押し付けられ、同年代の子供たちが遊んでいる間も、アルクは雑務に忙殺されてしまっていた。故に、アルクはこの村に友達と呼べるものがおらず、懐いてくれるのは家畜たちだけである有様だ。

 逆らえば余計に仕事が増えるだけなので、仕方なくアルクは山に行くことにした。山は魔物が出て危険なため、他の家の子供は親に絶対に行かせてもらえないし、行ったらボコボコにされてしまうだろう。アルクも実際にゴブリンと何度も遭遇している。最初の方は一度、運悪く遭遇したゴブリンに追いかけられたことがあった。命からがら逃げだしたが、あの時のゴブリンの息遣いを思い出すと今でも背筋が凍る思いがした。

 それ以降は以前祖母から教えてもらった足跡や糞のある場所には立ち寄らない、といったフィールドでの戦闘を回避する方法を愚直に守り始めたためか、なんとか襲撃されるのはそれ一度きりで済んでいた。


「さて、行こうかな」


 籠を背負い村を出て山へと入る。流石に奥まで行くと迷ってしまう可能性もあるし、魔物を多いので麓あたりで食糧採取に励む。しばらく山を散策し、木苺やタケノコ、食べられる木の芽などを採取する。キノコなどは美味しいので採取したいが、毒キノコと見分ける技術のないアルクは、キノコは採取しない。また、マルゴもキノコだけは毒を恐れて、取ってきても捨てると公言していた。毒を盛られるとでも思っているのだろうか。

 木苺は貴重な食糧源とし、欠食気味な体に栄養補給とばかりにつまみ食いを少々する。その他にも、噛むとすっぱい植物の茎をむしり、おやつがわりにしゃぶりながら、山をさすらう。山は緊張を強いられるが、それでも食べ物もあり、アルクにとって楽しい冒険となっていた。


「ああ、ここか」


 いつの間にかアルクは、祖母といっしょにあの剣を見に行った洞穴の側まで来ていた。祖母の死後、なんどかあそこには足を踏み入れた。そしてあの剣を抜いてみようと試したが、剣は大地に刺さったままピクリとも動かなかった。最近は忙しく、また今年の冬は厳冬で雪なども降ったため、だいぶ長い間訪れていなかった。アルクは、今日はどうしようか少し悩んだが、時間も微妙になっていたため山を下りることにした。

 来た道をまっすぐ引き返す。最初の頃は、何度も迷いそうになりながら探索した山の麓も今では庭のようなもので、同じような景色でも違いを見分けることが出来た。山を下りきろうとしたとき、そこに人影を見つける。


「あれは、ピギーか」


 同い年である従弟のピギーが、村の子分たちを連れてチャンバラごっこに勤しんでいた。見つかると絡まれて面倒くさいため、身を屈め視界に入らないようにする。ピギーは肥満体であるが、腕力も強く身体が大きいため、子供たちに対して暴力的であり、アルクもよく一方的に殴られていた。


「やっぱピギーさんは強えや」

「うん、もう降参だよ」


 媚びへつらった子分たちが、身体に青あざを作りながら、両手を上げて降参する。ああいった光景を見ると、子分への同情心とともに、仕事が忙しくとも、一人でいる方が気楽でいいのでは、と考えてしまう。


「なんだ、つまんねえな。もっと骨のあるやつはいねえのかよ」


 年齢よりも大きく見える巨体を揺らし、ピギーが吠える。そのチャンバラを見ていたアルクの目には、子分による接待的なものもあり、ピギー自体はそれほどの強さを感じなかったが、当の本人はそうは感じていないらしい。木刀を頭上で振りかざしていきっている。

 

「そんなこと言っても……」

「そうだ、ピギーさんとこの穀潰しに今度根性いれてやりましょうよ」

「そ、そうだな。最近あいつ俺らに挨拶してこねえし」


(あっ、酷いな)


 何の脈絡もなくアルクを蔑み始め、ピギーの暴力の鉾先を自分に向けようとしはじめた子分たちにアルクの同情心は霧散した。しかし、それを聞いたピギーは普段なら乗ってくるはずなのだが、腕を組んで神妙な顔をする。


「あー、あいつなあ。まあ、それでもいいんだけどよお。これからのアイツの境遇を思うと流石に俺様も厳しくは当たれねえのよ」

(ん?)


 ピギーの言葉に、アルクは耳を澄ませる。あの粗暴を絵に描いたかのようなピギーが、このような発言をするなど思えなかった。悪い夢でも見ているのではないか。


「あいつ、どうしたんすか」

「あー、まあ言いか。言っちまっても。あいつさあ、売られるんだわ。奴隷商に」

「えっ、マジっすか」

「ああ、うちも結構厳しくてさ、飼える余裕はないって母ちゃんが。だから、あんまり殴ったりしたら駄目だって言われちまってよ」

「うは、奴隷っすか。……で、奴隷にされたらどうなっちまうんですか」

「まあ炭坑用って言ってたし、死ぬまでそこで働かされるんじゃないか」


 死という言葉に少年たちが悲鳴らしい声を上げる。アルクも一瞬喉の奥から声が出かかるが、何とか飲み込むとその場を静かに後にする。今見つかるととても面倒くさい事態になってしまうだろう。

 そっとその場を離れ村へと帰る。ピギーの言葉を反芻しながら、今後自分はどうするべきか少しばかり考える。それが真実でなく、ピギーの思い込みや勘違いの可能性もゼロではない。もし、逃亡するならば、外の世界で一人自分は生きていけるのだろうか。そんな思案を巡らせながら、叔父の家に着き、マルゴに収穫を渡す。


「ああ、、今日はまあまあだね。ほら、お前さんの夕食分のパンだよ」

「ありがとう、叔母さん」


 いつもよりも多くのパンを受け取り、マルゴの目を見て礼を言う。


「それじゃあ、明日もちゃんと働くんだよ」


 マルゴは目を背けるようにそう言うと、家へと入っていってしまった。それを見て、ピギーの言葉は正しかったのではとの思いをアルクは抱いた。そのまま納屋へと帰ると、ちょうど日が暮れる頃だった。アルクは貰ったパンを半分だけ食べ、水を飲んだ後で寝藁に横になって天井を眺める。そして、野垂れ死にの可能性はあるが自由を求めて村を出るか、奴隷として買われる道を選ぶかどちらがいいかを延々と考えた。この村を出たとして、自分は一体どこに行き、何をすればいいのか。長い間考え、目を閉じるとアルクはいつの間にか眠ってしまっていた。




 昔の夢を見ていた。暖炉に火が灯る中、椅子に腰かける祖母の足に背を預け、ひたすら冒険譚に耳を傾けていたあの日々のことを。幼きアルクは、祖母に振り返り、言った。


(ねえ、お祖母ちゃん。僕お祖父ちゃんみたいに強い冒険者になるよ)


 ふと思い出した自分の言葉が脳裏に響き、アルクは目覚めた。納屋は真っ暗であり、今が夜中ということをアルクに伝えていた。目が暗闇に慣れると何気なく外へ出る。


「うわあ、満月だ」


 外は満月の光で照らされており、うっすらとだが村の家々の形も確認できる。空を見上げると満開の星々が煌いている。思わず空に手を伸ばしてみる。


「よしっ、決めた。この村を出るっ」


 先ほど見た夢の余韻がまだ残っている。不思議と覚悟は定まっていた。空を眺めながら考えるのは、もう明日やらねばならない雑務や苦役ではなかった。今の自分の目はやがて行くべき遠い地を見ているのだ、とアルクは自分の胸に言い聞かせる。


「ああ、でもヤギのことは言っておこうかな」


 あの可愛い家畜たちのことは、最後まで気にかけてやりたい。何といっても、今の村ではアルクに親しくしてくれていたのはあの子たちだけだったのだ。昼間はピギーの話で頭がいっぱいで言いそびれてしまった。

 叔父の家に灯りがまだついているのを見て、転ばぬようにゆっくりと歩いていく。家の側まできたとき、マルゴの甲高い声がアルクの耳に飛び込んでくる。


「それじゃあ、奴隷商は明日来るんだね」

「ああ、昼頃には着くだろうよ」


 続いて聞こえてきた声は叔父のカールのものだ。アルクは気配を消すと、忍び足で窓際まで移動する。


「しかし、あんたが隣の村で酔って、賭け事で借金なんか背負うからとんでもないことになっちまったじゃないか。これから雑務なんかは全部私たちがやらなくちゃならないんだろう」

「あれは仕方なかったんだ。酒場で酔って、気がついたら巻き上げられてたんだよ。俺は嵌められたんだ」

「はあ、まあ今更何を言ったって仕方がないね。あたしたちに出来るのは、せいぜいあの子を高値で売り付けることだ。最近は食べ物も増やしたし、ピギーにも殴らないように言ってあるから、多少見れる見てくれにはなっているだろう」

「いや、俺には対して変わらな、そ、そうだな、見違えた。アレなら高く売れるさ。賢い女房をもって俺は幸せだ」


 その後も、夫妻はアルクを高く売るにはどうするかを話し合っていた。アルクはそっとその場を後にすると納屋へ戻る。自分が売られる理由が叔父の賭け事の借金というのには呆れたが、しかしおかげで気兼ねなく旅立つことが出来そうだ。しかも、奴隷商が来るというのは明日の昼ということが分かった。時間がない。アルクは明日の早朝村を出ることを決意した。そして、明日に備え身体を休めるために寝藁の中へと体を滑り込ませた。



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