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三国志1  作者: 黒い花火
1/4

袁紹の逆襲

「おのれ…このような屈辱を味わうことになるとは」

一人の男が馬上で叫ぶ。

「…様!ご指示を」

隣を走っていた男が尋ねてきた。

「黙れ!今、考えておる!余計な事を言う暇があったら、敵兵の一人でも斬ってこい」

男は、部下を叱りつける。

「も、申し訳ありません」

(何故だ…我が軍の勝利は決まっていたはずだ。何故、あの男が…劉備がいるんだ)


時は建安五年(西暦200年)の10月の夜更けである。

帝を保護し台頭した曹操と、名門袁紹の二人の英雄の激突。

三国時代を代表する戦いの1つである、官渡の戦いである。

数年前より始まった曹操と袁紹の確執は、ついに武力衝突に発展した。

序盤戦は曹操軍の有利に進み、顔良・文醜の二枚看板を討ち取り、奇策を持ってして袁紹軍を翻弄した。

しかし、袁紹軍の本隊が進軍を始めると、その圧倒的な兵力の前に後退を余儀なくされてしまい、ついに官渡城塞まで後退をした。

戦いは暫く膠着状態になったが、袁紹軍の軍師・許攸が袁紹に重要視されないことに腹をたて寝返ってきた。

許攸は袁紹軍最大の食糧基地・烏巣の場所を曹操軍に教えた。

曹操は、この情報・寝返りを好機と考え、烏巣の奇策を行った。


「燃やせ!殺せ!何一つ残すな!」

曹操は、自ら奇策部隊を率いて烏巣を襲撃した。

烏巣の守備隊は、突然の奇策に浮き足立ってしまい、次々と討たれていった。

「曹操様!敵将の淳于瓊を撃ち取りました」

「良し!他の将を皆殺しだ!」

「はっ!」

許攸からの情報通り、烏巣は手薄であった。

曹操は上機嫌で指示をだし続けた。

(勝った。これで、袁紹は兵糧不足になり退却するであろう)

お互いに兵糧の問題を抱えていただけに、袁紹軍最大の兵糧基地を焼き付くしたのは大きかった。

勝利を確信した曹操の頭の中では、退却する袁紹軍に対する追撃方法を考えていた。


その頃袁紹軍では、

「許攸め!今までの恩を忘れ、曹操なんぞに寝返りをしよって」

許攸の寝返りの報告を受けた袁紹は激怒した。

「袁紹様!許攸が寝返ったと言うことは、我が軍の食糧基地が烏巣に有ることを、曹操も知っているはずです。早急に、烏巣に増援を送りましょう」

袁紹軍の将軍・張コウが進言した。

「うむ。確かにその可能性はあるが、烏巣にも十分な兵力は置いてある。今すぐに援軍を送る必要は無いだろう」

袁紹は、張コウの意見を取り上げなかった。

そんな時である、

「報告!報告!烏巣が、曹操軍の奇襲を受け、次々と我が陣が陥落しております」

張コウの心配は的中した。

「袁紹様!増援を!」

張コウは、再び袁紹に願い出た。

そこに、袁紹軍の軍師・郭図がやって来た。

「袁紹様!曹操軍を壊滅させる好機です。直ちに、曹操軍の本陣…官渡城塞を攻撃しましょう」

郭図は、烏巣を捨てて曹操軍の本陣襲撃を提案した。

これには、後から遣ってきた、沮受や審配などの軍師達が賛成した。

「何を馬鹿な!烏巣の兵糧を失えば、我が軍は戦線を維持するどころか、明日からの食糧すら無くなるのだぞ!そうなれば、兵の士気は下がります」

張コウは諦めなかった。

「私も張コウ将軍に賛成です。烏巣には、曹操か居るとのこと。曹操の首を取れば、我が軍の勝ちです。わざわざ城塞襲撃をする必要なんてありません」

袁紹軍の武将・高覧が反論した。

「お二方の考えも分かりますが、城塞襲撃の知らせを聞けば、曹操とて烏巣を諦めて、城塞の救援に向かうはず。そこで、襲撃部隊と烏巣の部隊で挟撃し曹操を叩けば良い」

郭図が自信満々にのべた。

「しかし…」

「もう良い。張コウ・高覧は官渡城塞奇襲を!沮受は烏巣の救援に行け」

袁紹は、両方の意見を採用した。

しかも、張コウ・高覧には本人達が反対した官渡城塞奇襲を命じたのである。

「全軍出陣だ」

袁紹は、意気揚々とその場を後にした。


「曹洪将軍!袁紹軍が、この城塞に攻めてきました」

「曹操様の言うとおり、袁紹軍が来たか」

曹操は、予め袁紹軍の襲撃を予測していた。

その為、烏巣の襲撃には主だった武将は連れていかず、城塞の守りに置いていた。

「張遼・徐晃隊は騎兵隊と共に待機。その他の隊は城壁にて敵を迎え撃つ」

曹洪は、曹操の指示通りに武将達に指示を与えていく。


「張コウ将軍…このような作戦が上手く行くと思いますか?」

心配そうに高覧が聞いてきた。

「命令とあらばやるしかあるまい。しかし、やるならどちらかに兵力を集中させるべきなのだが…」

明らかに二人とも命令に不満を持っていた。

奇襲部隊も増援部隊も十分な兵力は持っていた。

しかし、張コウは嫌な予感しかしなかった。

「張コウ将軍、官渡城塞が見えてきました」

下級指揮官が報告をしてきた。

「うむ。敵は我々の奇襲を予測していないはずだ!一気に城門を打ち破り、城塞内部に雪崩れ込むぞ!」

兵士達に弱気が伝わらないよう、あえて強めに指示を出した。

「突撃だー!」

高覧が張コウに続いて叫んだ。

その声を聞いた兵士達は一気に官渡城塞に突撃していく。

「おおー!」

「おおー!」

最初の突撃部隊の数千もの兵士が雄叫びを挙げて突撃する。

「弩兵は、城壁の敵を狙え!」

「歩兵は梯子をかけ、城壁を登っていけ!」

下級指揮官達が次々と指示を出していく。

その様子を、張コウ達は後方で見守っていた。


一方烏巣では、淳于瓊の死亡をまだ知らない袁紹軍の増援が到着していた。

「曹操様!敵の援軍です」

「たいした数では無いな。あれを、蹴散らして袁紹軍の本陣に攻め込むぞ!」

曹操は兵士達に迎撃を指示した。

「おおー!」

曹操のやる気に答えるように兵士達は、袁紹軍に殺到した。

烏巣が陥落していないと思っていた沮受は、予想以上の曹操軍の猛攻に焦っていた。

「そ、沮受様!」

「何だ!」

「烏巣守備隊の者が落ち延びて来ました」

「何だと!まさか…烏巣は既に陥落しているのか?」

前方で行われている戦闘を見ながら、沮受は最悪の状況であると悟った。

「はっ!烏巣守備隊は壊滅。淳于瓊将軍を始め、各陣の将軍は全員討ち取られてしまいました」

沮受の予感が的中した。

「いかん!この程度の兵力では勝てん!引け!」

沮受はすぐさま退却を指示した。

実は兵力的には、袁紹軍は曹操軍より上だった。

しかし、主だった武将を連れていきていなかった事が、沮受に撤退を決めさせた。

「だ、駄目です。間に合いません」

下級指揮官の叫び声と共に、曹操軍の騎兵が姿を見せた。


「張コウ様!高覧様!一大事でこざいます」

烏巣陥落と増援部隊の敗北の知らせを持って、伝令が走ってきた。

「負けたな」

張コウが呟いた。

官渡城塞の攻防は一進一退だった。

張コウ・高覧のやる気の無さが兵士達に伝わってしまったのか、最初の勢いは無くなっていた。

「曹操軍は、沮受様の援軍を撃破し、我が軍の本陣に向かって行きました」

「張コウ将軍、我々も本陣の救援に戻りましょう。このまま攻めても意味がありません」

高覧が退却を提案する。

「このまま帰還し本陣を救ったとしても、郭図や審配などの軍師達から作戦の失敗を押し付けられるに決まっている」

「まさか!我々が官渡城塞を落とせなかったから、曹操が我が軍の本陣を襲撃したと?そのようや言い逃れ…」

「奴等は口が上手い。きっと、袁紹様は信じるだろ。そうなれば、我々は責任を取らされる事になる。そもそも、こんな無茶苦茶な作戦を指示する袁紹にはついていけぬ」

高覧の言葉を遮り、張コウは曹操軍に降る覚悟を決めた。

「どのみち烏巣が陥落し兵糧も尽きた。この官渡での戦いは、曹操軍の勝利だ。ここは勢いのある曹操に降伏し、生きようではないか」

「……分かりました。将軍に従います」

ついに高覧も降伏を決意した。



「曹洪様!曹洪様!」

「どうした」

「袁紹軍が攻撃を中止し、さらに使者が参っております」

「さては降伏勧告でもしに来たか。そのような使者に会う必要は無い。さっさと首を斬ってしまえ」

曹洪は勿論、曹操軍の誰もが降伏する気が無いので、曹洪の言葉に反対する者は居なかった。

「いえ、それが、その…使者と言うのが-」

兵士は、何故かかなり動揺しており、はっきりと言葉を出せないでいた。

「ええい!はっきりと言わぬか!」

曹洪が怒鳴った。

「はっ、はい!使者と言うのが、敵将である張コウ・高覧でございます」

「……」

誰もが言葉を失った。

敵の将軍が使者に来る。

しかも、この激戦の最中である。

「罠か?」

「いやいや、やはり降伏勧告では?」

「この際だ、二人を拘束してしまえば良いではないか」

様々な意見が飛び交うなか、張コウ・高覧がやって来た。

「曹洪だ。張コウ将軍に高覧将軍は何をしに来たのだ?」

曹洪が質問をした。

「我々二人の降伏を認めていただきたい」

張コウの言葉に、その場の全員が言葉を失った。

「降伏?この戦況で信じられる訳なかろう」

「そうだ!罠に違いない」

二人の降伏を信じるものは居なかった。

しかし、

「私は信じます。袁紹は傲慢で人の意見を聞かない。あのような者の下では、天下は取れぬ」

先に寝返っていた許攸だった。

「許攸殿の言われる通りです。自分の策を用いられず、自滅ともとれる策を採用され、烏巣は陥落。袁紹本陣も危機に陥っている。今さら袁紹軍に戻ったとしても、責任を押し付けられて処刑されるだけだ。それならば、曹操軍に降り、1からやり直したいと思いまして」

「なんと!烏巣が陥落したのか?」

「はい。先ほど伝令がありました」

その話を聞いた曹操軍は慌ただしくなった。

「二人の降伏については、曹操様が戻られるまで保留とする。別室にてお待ち下さい」

「分かりました」

二人は兵士に連れられて部屋を出た。

「さすが曹操様だ。我等も遅れを取ってはいかん。張遼・徐晃隊は直ちに出陣を!」

「はっ!」

「その他の将兵も、袁紹本陣に向かって進撃だ!」

ついに、袁紹軍に対して反撃に出るときがきた。

烏巣の陥落に敵将の降伏・本陣襲撃と、戦局は逆転した。



一方、勝利を確信していた袁紹は、食事を食べている最中だった。

「官渡城塞を攻略したら、いよいよ曹操の本拠地か…あやつは生かして、私の元で働かせたいな」

そんな事を考えていた。

「え、袁紹様!一大事でこざいます」

伝令兵が部屋に駆け込んできた。

「何事だ」

「はっ!烏巣救援部隊・曹操軍本陣奇襲部隊、共に敗れました!」

袁紹は言葉を失った。

「沮受様は曹操軍の捕虜になり、張コウ・高覧将軍は降伏したとの事です。さらに、ここに曹操軍が攻め寄せてきました!」

報告を受けた袁紹だが、まったく状況が理解出来ないでいた。

「郭図・審配を呼べ…いや、全兵力で迎撃だ!全ての兵士を集めるのだ!」

もはや数に頼るしか無かった。


「そ、曹操軍だ!」

「烏巣も奇襲部隊も負けたんだろ」

「速く逃げようぜ」

兵士達に士気は無かった。

最初から戦う気のある者は居なかった。

そんな中に、曹操軍は突撃していく。

勝敗は一瞬で決まった。

袁紹軍の兵士・指揮官はことごとく討ち取られて、曹操軍の突撃を停める手段は残されていなかった。

曹操は勝利を確信し、袁紹は敗北を覚悟した。

その時だった。

「袁紹軍を助けるぞ!私に続け!」

「おおー!」

突然、数千の部隊が現れ、曹操軍を後ろから襲った。

「袁紹様!味方の救援部隊が現れ、曹操軍の後方より攻撃を開始しました。今こそ総攻撃を!」

前線に来ていた袁紹に郭図が指示を求めた。

「うむ。誰かは分からんが助かったな。曹操を撃ち取るのは今だ!かかれ!」

袁紹の号令を聞いた指揮官達が、一斉に突撃を指示した。

まさかの奇襲に、曹操軍は混乱した。

最初、部隊が姿を見せた時、官渡城塞からの増援が来たと思っていたのだ。

しかし、増援と思っていま部隊に襲われた曹操軍は、一気に崩れた。

「官渡からの増援はまだか!これでは、こちらが挟撃されて壊滅させられてしまう」

曹操は決断を迫られた。

官渡からの部隊を頼みに踏みとどまるか、退却か。

考えている時間はなかった。

次々と倒れていく兵士達を見て、曹操は決断した。

「退却だ!官渡城塞まで退くぞ」

曹操は退却を決断した。

烏巣を失った袁紹軍に兵糧は無く、このまま官渡に居座るのは不可能と考えた。

袁紹を撃ち取れなかったのは悔しいが、袁紹の進行を阻止した事実を天下に知らしめる事が出来れば、曹操軍に歯向かう勢力も減ると考えた。

「曹操様!敵の招待が分かりました」

「誰じゃ!袁紹の息子か?」

「劉備です!」

曹操は言葉を失った。

劉備と言えば、汝南にて挙兵した元黄巾族の生き残りである劉辟と共に、曹仁に討伐され南に逃走したと聞いていた。

その劉備が、袁紹を助けるために官渡に戻ってくるなど、曹操は予想していなかった。

「おのれ…やはり、殺しておくべきであったか」

曹操は劉備に対して悪態をつきながら退却をしていった。

途中、官渡城塞からの増援部隊とも合流したが、改めて袁紹軍を攻撃することなく官渡城塞へ戻り、程なくして許昌に退却をしていった。


曹操による奇襲を何とか耐え抜いた袁紹軍では、劉備に対する感謝の言葉で溢れていた。

「この度は劉備殿の活躍により窮地を凌ぐ事が出来た。感謝するぞ。何か褒美を取らせねばな」

「袁紹殿、褒美の変わりにお願いがございます」

「何じゃ?」

「はい。我が義弟・関羽の罪をお許しください」

「関羽の罪をだと?」

官渡の戦いの序盤、劉備と生き別れていた関羽は曹操の元にいた。

そして、袁紹軍が誇る顔良・文酬の二人を斬っていた。

「袁紹様!ここはお許しになるのが良いかと」

郭図が進言した。

「そうだな。この度の褒美として関羽の罪を許し、我が軍に加えるとしよう」

「ありがとうございます。後程、関羽に挨拶に参らせますので」

劉備が深々と頭を下げた。

「さて。これからの事だが…儂は河北に戻ろうと思っておる。」

袁紹も曹操同様、引き上げる気でいた。

「確かに。この度の戦いで多くの将兵を失いました。顔料・文酬将軍に沮受殿、裏切った張コウ・高覧、烏巣を守っていた淳于瓊将軍と多くの兵糧。とてもではありませんが、戦争の継続は困難と思われます」

審配も袁紹の意見に賛成した。

これを聞いた他の武将や軍師達も河北に戻ることを指示した。

しかし、

「父上、私は反対です!今ここで引くことは、天下に袁紹軍の敗北を知らせるだけです。あえて、官渡に留まり曹操軍を攻撃するべきです!」

袁紹の息子で長男の袁譚だった。

「何を馬鹿な事を申しておる。兵糧も無く、兵は疲弊し、将軍も少なくなった今、どうやって戦争を続けていくつもりだ!」

時分の意見に反対され、袁紹は声を荒げる。

「父上が居られれば何も問題はありません。軍を指揮するのであれば、我々兄弟が前線にて指揮をとります。兵糧も、先ほど送るよう手配をしてまいりました」

「私も兄上と同じ気持ちです。父上は何も負けておりません」

「そうです。今こそ、袁家の名を天下に示す時です」

次男の袁熙・三男袁尚が続いた。

「お前たち…分かった。このまま踏みとどまろう。しかし、そこまで言ったからには前線にて指揮をしてもらう。覚悟を決めよ」

「はっ!」


こうして、袁紹は官渡の地に留まる事を決めた。

甚大な被害を被って手に入れたのは、小さな官渡城塞だけであった。




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