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 さて、都子がフラれたあの日から三日が経った。

 俺はあれ以来都子とは顔を合わせていないのだが、都子母によると体調を崩して寝込んでいるらしい。

 あの音成都子がそこまで落ち込んでるのか!? と驚いたもんだが、ただ絶妙なタイミングで体調を崩しただけかもしれんし、同じ学校に通う元カレと顔を合わせたくないからサボタージュってるだけかもしれん。

 ま、十中八九サボりだろう、と俺も気にしないことにしていたわけですが。

 よっこら今日もクソ楽しい学校だよっと家から出たら、ちょうど同じタイミングで都子も出てきた。同じ電車に乗って通学してるからこうやって一緒になることはよくある。だからまあそれは別にいいんだけど。

 なんともかんとも、覇気のねぇツラしてやがる。やっぱりまだ落ち込んでるのか。元カレに会うのが怖いんだな。本当は逃げ出したいけど、強がってるんだな。などとその心情を推し量ろうと試みたが、よく見たらいつも通りの顔だった。

 「おす」と挨拶すると「めす」と返ってきた…………嘘だけど。

「もうええの? 体調」

「あ? あー、まぁ、一応」

 ふん、やっぱりサボタージュか。俺はコーンポタージュは好きだが、サボタージュは嫌いだな。サウダージはよく歌う。

 ……あれ? 心なしかコイツ、いつもよりちょっとメイクが薄い気がする。うーん、コイツなりの気持ちの切り替えという奴なんだろうか。それとも男がいなくなったからメイクに気合が入らなくなっただけか。

 いずれにしても、俺はこっちのが好きだな、うん。

「キモい。じろじろ見んな」

「じろじろ見てない。じーっと見てただけです」

 死ね、と足を蹴られた。なかなかいい蹴りしてんじゃねえか。どうだい、俺と組んでキックボクシングを以下略。

 ふいっと歩き始めた都子に合わせて俺も歩く。

 だらしないというかやる気がないというか、そんなのったりした歩調に合わせるのは割と大変だけど、そんな「同じ道を二人で歩く幸福」感にそこはかとなくうっとりしてみた……誰だキモいっつった奴は。

「なあなあ、もう坂口君のこたぁいいのか?」

 睨まれた。

 でもその目はなんていうか、うん。いつもの都子だ。

 つまりそれは、今の都子は心身ともに完全フリーってことで。坂口君を完全に吹っ切ったのかどうかは分かんねぇけど、もう未練はないってことだろう。

 さあそれでは、明日のためにその一。恋の突破口を開くため、打つべし打つべし。

「あのさ、都子。こないだ言ったこと、俺ガチだかんな」

「……あ? なにがよ」

「いや、だからその、アレだ」

 あ、やべえ。なんか速攻で緊張してきちゃったんですけど。だってこういうの慣れてないし。ぶっちゃけ初めてだしっ。

 でも打つしっ。

「俺で良ければちゅきあっ…………て」

「…………」

「……………………あぅ」

 噛んだっ。大事なとこで俺、噛んだッ。 

 何度もシミュレーションしたのに。さりげなくかっこよく、なんでもない感じでさらりと言ってのけるイケメンな俺を何度も何度も何度も何度もイメージしてきたのにっ。そんな俺の涙ぐましい努力が一瞬……で。

 うぐ、すっげえ呆れた感じの都子の視線が痛い。さっきのローキックより痛い。

 しかし信じられん。幼稚園、小学校、中学校。真っ当な生活を送ってきた人間なら誰もが経験するであろう数々の「山場」を平気の平左で踏み越えてきたはずのこの俺が、まさかこんなところでポロリとつまずいてしまうとは。実は俺、意外と本番に弱いタイプなのか。

 とにかく、無言が重たいこの空気をなんとか取り繕わねば。

「あの、都子さん。その、えと」

「ぶふっ」

 おぇ? ぶ……え?

「ぶはははははははっ。噛んだ! だっせぇ、超だっせぇ。噛んだよコイツっ、告りで噛んだっ。ぶはははははッ」

「ちょ、おまっ。笑うかッ? ちょっとお茶目な失敗をお前、そんな笑うかッ?」

「ぅひっ、腹痛ぇっ。朝っぱらから、ひははっ、あたしを、こ、殺す気かアンタ、あっは、はははははっ」

「つ、つ、付き合ってもいいっつっただけで、別に告ったわけじゃねーんだからなっ。か、勘違いすんなよなッ」

 笑いすぎだろいくらなんでも!

 てめぇ、膝まで笑ってんじゃねえか!

「はぁ……、あーあ。マジ腹筋よじれるかと思った」

 あー、と間の抜けた声を出しながら腹をさする都子。

 こんなに笑った都子は久しぶりに見たな。いや、もしかしたら初めてかもしれん。だって昔はこんな下品な笑い方しなかったし。

「っだよ、クソ。こっちゃマジで言ってんだっつの」

 立ち止まったまま思い出し笑いをしている都子を放って、俺は先に行くことにした。何故ならいつまでも突っ立っていると電車に遅れてしまうからだ。俺はそこの笑う犬と違って真面目人間なのだ。理由もなく遅刻はしたくないのである。だから俺は歩くのだ。

 決していたたまらないからではないのだ。

 恥ずかしいからさっさと逃げようとか決してそういうことではないのだ。

 が、少し進んで振り返る。

 真後ろにぴったりと都子がいた。ドビックリマーリモ。

「なんだよ」

 訊いても都子は答えず、なにかを考えるように唇を尖らせながら、俺の目を覗き込んでくる。

「近ぇよ。なんだっつってんだよ」

 なんだかんだでかわいいのがムカつくじゃねえかちくしょう。ぱっちりお目目が素敵ですねーだちくしょう。

 ほんの少しだけ気圧されつつ、負けじと見つめ返していると、都子がにやりと笑った。

「いいのかぁ? あたし中古だよ? 他の男のお古だよ? アンタにゃちっと荷が重いんじゃねぇの?」

「はぁ?」

 中古って、てめえで言うかよ。どんだけ自虐ってんだよ。

 でも俺は見逃さなかった。口元に不敵な笑みを浮かべながら、その瞳が小さく揺れていること。

 その動揺の意味まではさすがに読み取れなかったけど、自分がどういう態度を見せればいいのかは、分かった。

「へっ。俺なしじゃ一生生きていけない体にしてやるよ」

「キモ。死ね今死ね早く死ねすぐ死ねとにかく死ねさっさと死ねっ」

 反射的に「僕は死にましぇん!」って言いそうになったけど、また死ねって言われたら辛すぎて本当に死にそうなので喉の辺りまで来たところでなんとか止めました。

 ちぇっ。俺なりに和ましてやろうと思って言ったのによ。真顔で死ねはねえだろうよ。つーか言いすぎだろうがよ。一息で六回も言いやがって。

 まあいいや。それで都子の気が晴れんなら、罵詈雑言雨あられの中にでも素知らぬ顔で飛び込んでみせるぜ(決してマゾではないんだぜ)。

 そんな風に考えることにして、また歩き出す。

「あぁ、そうだ。俺、お前と同じ高校行くから」

「あっそ」

「別にお前がいるからとかそういう理由じゃねえんだからな。勘違いすんなよな」

「家から近ぇからだろ。あたしもそうだっつの」

「そしたら毎日一緒に行こうな。お手々つないで」

「すげえな。アンタは起きてる時でも寝言が言えんのか」

「なあ都子」

「なんだよクソ童貞」

「俺、お前のこと幸せにする自信、あるよ」

 ただし、自信はあっても根拠はない。

「………………はぁ」

 都子のその溜め息はなんというか、嫌気にも似た脱力感のような、そんな雰囲気があって。あーヤバいタイミングを間違えたかそれともちょっとしつこかったかなどという後悔と反省が脳内をぐるぐると駆け巡り始めたその時。

「高校受かったら考えてやるよ」

 と、思いもかけぬ返事が。

 ボロクソに言われることを期待――もとい予想していたのに。

 つーかマジすか!

「マジすか! マジっすか!」

「うるせぇ。ウゼぇからやっぱなし」

「聞こえねぇ。よぉし、俺様やる気が出てきたぞ。絶対受かるからな。覚悟しとけよ、ひゃっほーい」

 うるせぇボケ、と言いつつも、都子が微かに笑みを浮かべたような気がした。

 しかしそんなことはもはや頭には入らず、体が勝手にスキップし出しそうなくらいのルンルン気分で駅に向かう俺であった。


          … …


 数ヵ月後、無事に俺は志望校への入学を果たした。

 でも、そこにはもう――音成都子の姿はなかった。


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