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 のんびりと歩くいつもの帰り道が、夕日に焼けて赤く染まる。

 あぁ、今日も何事もなく一日が終わる。という安堵。

 あぁ、今日も貴重な青春を無駄にした。という焦燥。

 なんとも例えようのない息苦しさにもがきながら、それでもやっぱり、ただただ繰り返される日々に流されるばかりで。時々、自分一人だけが世界から取り残されているような、そんな錯覚にさえ陥ってしまう。

 俺は一体なんのために生まれて、なんのために生きているんだろう。

 そう、俺は一体、なんのために…………。

 なーんつって、心にもないことをつらつらと思ってみる日暮れ時。 そろそろ我が家も間近というところで、公園に人影を見た。

 夕日に照らされる小さな公園の小さなベンチ。そこに座る一人の少女。物憂げに煙草をくゆらせるその姿は、退廃的な美とともに、一種の神々しささえかもし出していた。

 俺は帰路につく足を止めて、ただ無言でその幻想じみた風景に見入る。

 ……なーんつって、どっからどう見てもお向かいに住む音成おとなりさんところの娘さんであるところの都子みやこさんだわ。

 そんなことより、今時の中学生のくせに詩的な一文を即興で思いつく俺って何気に凄くね? しかし「何気に」って表現は実は間違いだから良い子の皆は気をつけた方がいいんだぜ。

 というわけで公園に足を踏み入れるポエマー俺。

「こらっ、何をやっとるか!」

 あからさまにビビッた顔で都子がこっち見た。と思ったら、俺の顔を見た瞬間にそっぽ向いた。

 目の前まで近付いてもわざとらしく無視しやがるので、煙草をひったくって口に咥えて吸って地面に叩きつけて足で踏み潰す。

 流れるようなその一連の動きはさながらオリンピック代表選手を思わせるしなやかさであったのだけども、そんなことより思った以上に煙草がマズくてびっくりした。よくこんなの吸えんなこのアマ。 喫煙者の舌ってどうなってんだ。世界七大ミステリーの一つだわ。後の六つは知らねえけども。

「――ッにすんだよ、アンタあたしの親父かよ」

「アホか。年上の娘なんかいらねえわ。つーか、んなとこで堂々と吸ってんなボケ。俺がオマワリさんだったら今頃お前ひでー目に遭ってんぞ? たとえば……あー、まあいいや」

 まあいいや。

「あたしの勝手だし。いいからガキんちょは帰れよ」

 あたしの勝手っつうその言い分こそがまさにガキんちょだということに今気付いてほしい。

 だから帰れと言われても帰らない。それどころかごくごくナチュラルに隣に座る。ざまあみろ。

「なんでそんな荒れてんのよ。なんかあった?」

 って訊いたら「アンタに関係ない」とかぶっきらぼうに言い放ちつつナチュラルに煙草の箱を取り出したのでやっぱりひったくった。

 舌打ちされた。

 なんだかなぁ。ちょっと前までは舌打ちなんてはしたないことするイケない子じゃなかったのになぁ。煙草の扱いがプロ並だし。

 音成都子。向かいの家に住む一つ年上の女子高生。子供の頃は長い黒髪が印象的で、性格も比較的大人しいそれなりに可愛い女の子だった。それでもってなにを隠そう、俺の初恋の相手だったりするのだが。

 ところが、この音成都子。中学に入って早々に彼氏が出来て、そっからどんどん急激に凄まじく激しく恐ろしく変わっていった。友達の影響なのか彼氏の影響なのか、髪は染めるわスカートはやたら短くなるわ。言葉遣いも下品になって、夜遊びも当たり前。気付けばいつの間にやら喫煙まで始めてやがった。

 世に言う淫行少女……じゃなかった非行少女である。

 俺が都子のことを一番知ってる、なんて言うつもりはないけれども。俺の知らないところで変わっていく都子を見て、なんだか無性に悲しくなったりもしたもんだ。

 でも、なんだかんだでまだ好きなんだよな、コイツのこと。だって可愛いんだもん。言わせんな恥ずかしい。

「……もしかしてフラれた?」

「……もしかしなくてもフラれたよ。うるせえな文句あんのかよ」

「いえいえ滅相もない。で、なんで?」

「知らね。他に好きな女が出来たとか言ってたけど、どうせ嘘だろ」

 坂口憲二君。都子の中一からの彼氏。俺が一方的にライバル視してた恋敵でもある。向こうからすりゃ、彼女んちの向かいに住んでる一つ下のガキっつう印象しかなかったろうが。某俳優と同姓同名のこの坂口君は某俳優とは違うタイプのイケメンで、そこはかとなくワルっぽいオーラをにじみ出してることもあって、そういうのに憧れを抱く年頃の娘子達はそりゃ夢中になったそうな。

 その坂口君がなんで都子と付き合いだしたのか、馴れ初めについては訊いたことないから知らんけど、まあ中一から今まで付き合ってきたんだから決して遊びではなかったんだろう……多分、きっと、おそらく。

「なんで嘘だとお思いで?」

「別に。なんとなく。女の勘。あれ、あたしと別れる前から女いたよ、絶対」

 ふーん。ウチのおかんの勘はまともに当たったことがないんだが、信用できるのか、女の勘。

 とはいえ、相手は彼女持ちでもモテまくる男。他に女がいてもおかしくはないわけで。ずっと付き合ってきた都子だから分かる、ちょっとした違和感とかなんとか、そんなのがあったのかもしれない。

「あーあ……割とマジで本気だったんだけどなぁ」

 と、天を仰いで溜め息を吐く都子。その横顔に昔の面影が感じられて、少し胸が痛む。

 割と、マジで、本気……今突っ込むのはさすがに野暮だよな。

「将来のこととかマジで考えてたりね。あー超ハズい。マジキメぇわあたし」

 将来――結婚、だよな。

 中一ん時から数えて三年超、か。交際期間がそんだけあれば、高校生でもそういうこと考えるんだろうか。それとも思春期特有の根拠のない未来像という奴か。実際、ウチのクラスにもいるからなぁ。「あたしダーリンと一生ラブラブなんだー」とか言ってた痛い奴……その一ヶ月後ぐらいに浮気して即バレして別れたらしいけど。

「どっかいねーかなぁ。見た目も中身も最高であたしだけを一生愛してくれる男」

「ん? 呼んだ?」

「馬鹿じゃねえの死ねよ童貞」

 童貞は関係ねーだろ。いや、ないことはないか。

「割とマジで本気なんだけど、俺」

 割と、マジで、本気。渾身の真顔。

「……割とマジで本気とか日本語おかしいし。ちゃんと勉強してんのか中坊」

 いやいやいやいやいや。

 なんつーか俺に八つ当たりする気満々か、こいつ。まあいいけど。

 好きな女のためにあえてこの身を犠牲にする男、か。ふふ、かっこいいじゃねえか。

 つーか実際問題、俺はなんでまだこいつのこと好きなんだろう。 

 普通に考えりゃ、彼氏が出来た時点で諦めるもんだろ。でも、諦めるとか諦めないとかじゃなくて、ただなんでか好きなんだよなぁ。

 これはもしや恋愛感情ではないのではないか、なんて軽~く悩んだこともあったな。でもやっぱり、いくら考えても「俺は都子が好きだ!」って結論しか出てこないわけで。だから俺は都子にポッポちゃんなのだと認めざるを得ないわけで。

 言い方は悪いけど、そこまでいい女ってわけでもないんだけどなぁ。なんでかなぁ。

「もう帰るわ。さみぃし」

 とおもむろに都子が立ち上がった。

「お、おぉ……あー、煙草は?」

「いらね。アンタにやるよ――ほんじゃ」

 ばいなら、とだらしないというかやる気がないというか、そんな足取りで帰っていった。

 いやいやいや、俺も超いらねーし。

 なんか拍子抜けだな。身も心もボロクソにされる覚悟を今決めようと思ってたところだったのに。

 まあいいや。いつの間にやら空もすっかり暗くなってるし。そんなに長い時間いたつもりもないのに、日が落ちるのがすっかり早くなっちまったな。

 俺も帰ろう。

 ぐしゃっと煙草を箱ごと捻り潰し、ぽぽいっと左手は添えるだけでくずカゴに投げ入れ、独り寂しく帰路に着く俺であった。


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