ナーガ兄弟の秘密
それから二週間は気温があまり高くならず、穏やかな日が続いた。一行は距離を稼ぐために時間を決めて急ぎ、短時間を休憩にあてるという行程を繰り返した。ゴシマとゾラ、トシとハリマ、クリスとクシマ、バラキとエイレン、ナーガとラーガが同じ馬に乗った。エレナとカインだけが単独で馬にまたがった。カインの体の大きさといざと言うときに一番早く逃げられるよう、エレナが一人で乗ることになった。
一行は再びラバス街道を南に進んでいた。西には大国ラジルの東端に位置するリリス山脈のなだらかな山並みが見える。リリスの山並みは麓ほど白くかすんで稜線を青く浮かばせ、幻想的な光景を映している。それらを飲み込むように、はるか後方には母なるユングが聳えている。
適当な休憩場所を探しながら馬を進めていると街道沿いに小さな村が見えてきた。三角屋根の小さな家々が所狭しと密集している。オレンジ色のスレート葺きの屋根から伸びた煙突からはゆらゆらと煙が立ち上っている。生活のさまざまな音に混じって子供たちのはしゃぎまわる声が聞こえている。
「外で遊ぶ子供の声を聞くなど久しぶりだな」クリスが感慨深げに言った。
「子供の声を聞くとほっとします」エレナがそれに答えた。「思えばハラドではよく子供の声を聞いたものです」
「ほう、ハラドの王宮ではよく子供の声が聞かれたのですか」
「ええ、まあ」少し間をおいてエレナが言った。
子供の声と聞いてエイレンはハラドのことを思った。ハラドでは、子供の声がよく聞かれた。親に怒られて泣きじゃくる声、友達同士ではしゃぎまわる声、朝、子供の声に起こされたことも一度や二度ではない。クリスが言うとおり、エイレンたちにとっても子供の遊ぶ声を聞くのはハラドを出てから初めてだった。まだほんの数カ月だと言うのに、もう何年もたっている気がする。
思えばいろいろな目にあった。ハラドを出た日にいきなり巨大なグリフォンに乗せられた。グリフォンを初めて目にしたとき、あまりの大きさに震えが止まらなかった。
岩をも砕くようなくちばし、大地すら引き裂くようなあの強靭な爪、にらまれただけで動けなくなってしまうようなあの眼、すべてが恐ろしかった。この怪物に乗れと言われて、これからの生活の有り様を思い、涙が出た。初日からこれまでの暮らしでは考えられない経験をした。と同時にこれからの生活を暗示するような出来事だった。そして賢者や剣士たちと出会った。それからジュレスを目指す旅に出ることになった。
ゴブリンに襲われ、ゴドラに襲われた。中でもゴドラに襲われたことはエレナの心に暗い影を落とした。ゴドラに襲われて以来、ちょっとしたことでエレナはひどく怯えるようになった。
エレナは表に現れないように気をつけているようだが、幼い頃から一緒にいるエイレンには手に取るようにわかった。今でもエレナの不安げな表情を見るにつけ、ゴドラのことを思い出しているのだと感じる。そのたびエイレンは胸が締めつけられるような感じがした。
そして、トロール。この怪物は剣や槍では倒せないと言う。この怪物が集団で襲ってきた。数匹のトロールに追われ、賢者たちは窮地に立たされていた。エイレンは改めて自分たちの置かれている立場の危うさを感じた。賢者たちに守られていても、安心はできない。賢者たちは成功を確信できないまま、魔法をかけるべく、怪物に向かって行った。
しかし、トロールの襲撃は予想もしない結果となった。あの巨大な怪物が木の実がぶつかっただけで全滅したのだ。こんなこともあるのだとエイレンは一縷の希望を見つけた気がした。
エイレンが物思いにふけっていると、不意にクリスの声が聞こえてきた。「こら、坊主、危ないぞ」
一行はちょうど村の前を通り過ぎるところだった。数人の子供たちが遊びに夢中になって一行の前に飛び出してきたのだ。注意された子供はまだ10歳にも満たない様子で、ボロボロのシャツを着て、裸足で走っていた。ほっぺたや目の周りに青いいたずら書きをしている。まったく気づかなかったものか、ラジル馬の大きさに驚きながらクリスの顔をじっと見ている。ほかの子供たちは少し離れたところからその様子を不安げに眺めている。
「それは、フント草だな」クリスが聞くと子供がコクリと頷いた。
「早く落とさないと、母さんに叱られるぞ」クリスが笑いながら言うと、子供は再び頷き、村の方へ走って行った。クリスは一人馬上でクックと笑っている。
「なんだクリス、あれが何で書かれているのか知ってるのか」ゴシマが言った。
「知ってるも何も、ラビスじゃどこだって取れる草さ。よくあれで悪戯して母上に叱られたもんだ」
「たしかにあの顔じゃ怒られるだろうな」笑いながらゴシマが言った。
「それだけじゃないんだ。あれは時間が経つにつれて落ちなくなってくるんだ。一時間もするともう水でゴシゴシやったぐらいじゃ全然落ちない。気付いた時にはもう手遅れってわけだ。あの坊主、間に合えばいいが」
「ずっとあのままか」
「ずっとってわけじゃないが、とにかく落とすのにとても時間がかかる。早く落とすためには今度は別の草をすりつぶしたものを塗らなきゃならない」
「フント草とは初めて聞くな」
「ラビスじゃ珍しくもない。ハラドでもあるでしょう」クリスが振り向いてエレナに聞いた。
「えっ」エレナが言った。そして短く考えた後、「さあ、よくは存じませんが」と言った。
「そうですか、お隣の国ならあるかと思ったのですが」クリスの答えにエレナとエイレンはお互いに目をあわせ少し困ったような顔をしている。
「エレナ殿たちは女性だぞ。そんなことをして遊んでいたわけがあるまい」ゴシマが言うとクリスは「あまりに馬の扱い方が上手でらっしゃるので、つい…。大変失礼いたしました」と恭しく頭を下げた。
街道は小さな林の中に入って行った。緑の柔らかな匂いが鼻を掠めた。一行はここで小さな休憩を兼ねて食事をした後、再び馬に乗った。
暑さは大分落ち着いて来た。木漏れ日を受けながら一行はゆっくりと林を進んでいた。木々はまばらに生え、通るにはなんの支障もなかったが、思い出したように張り出した枝が時折一行の行く手をふさいだ。
「アーガは随分と遅いですね」クシマの後ろでハリマが言った。
「そうじゃな、もうそろそろ追いついてもいい頃だと思うが」クリスの懐のクシマが言った。
「無事にゴゾの実を手に入れられたことやら」
「意外にたくさんもらってくるかもしれんぞ」
「逆に全くもらえないかもしれません」ため息混じりにハリマが言った。「またおばば殿を怒らせていなければいいのですが」
「まあ、それもありうる」
「ありうるどころか、そんな予感がしてなりません」目の前に張り出した枝を手でよけながらハリマが言った。「しかし、うっとおしいですね、さっきから。この調子じゃ誰か怪我しますよ」
「痛っ」言ったそばからバラキがよそ見をしていて頭を枝にぶつけた。派手にぶつけたためか、こめかみから血がひとすじ流れている。
「大丈夫ですか」懐のエイレンが言った。そして「お使いになります?」と言うと花の刺繍を施した綺麗なハンカチを差し出した。
「おっ、悪いな」と言うとバラキは躊躇せずにそのハンカチで血を拭いた。それをエイレンに返そうとするとエイレンは「宜しければそのままお使いになりますか」と言った。
「え、いいの」バラキは言うとすぐにハンカチを懐にしまった。
「またユング山ですか。お前も飽きませんね」ハリマが言った。「しかし、エイレン殿を懐に乗せているのですから、気をつけねば」
「というか、このところあの山は変なんだ」頭をさすりながらバラキが言った。ハリマの注意はまったく聞いていない。
「今の私の話を聞いてましたか」ハリマがチクリと言った。
「なんだっけ」バラキはまったく悪びれた様子もない。
「もう、結構」ハリマは小さなため息をついて続けた。「それで、何が変なのです」
「いつもならあの肩の一部だけが濃く見えるのに、何か全体的に濃くなったような」バラキの言うようにユングの山はこれまでになく色濃く見えた。ただでさえ桁はずれに大きな山並みがいつも以上に大きく見えるのだった。
「お前もだてにユング山ばかり見ていませんね」ハリマが言った。
「何のことだ」
「それは豊穣の年に入ったからじゃ」クシマが言った。
「豊穣の年?」
「母なるユングは百年に1度豊穣の年を迎える。豊穣期のユングはありとあらゆる命を育み、ユングから流れる滋養にあふれた水はイルグやセリスなどの大河を通して世界中に広がっていっていく。それゆえ、生きとし生ける者はその豊かさを共有できるのじゃ」
「…ふうん」バラキはクシマの言ったことを頭の中で繰り返した。しかし、今一つピンときていないようだ。
「どうした」
「いや、よくはわからないが、たいしたもんだな、ユングって山は」
そのときバラキのすぐ後ろで聞いていたナーガが口を挟んだ。
「残念だ、ダンナ。ユングは山じゃない、ああ見えて木なんだ」
ナーガの言葉に賢者たちは皆馬を停めた。にわかに張りつめたような空気が漂う。賢者たちは困惑の表情を浮かべながら、お互いの顔を見合わせた。刺すような沈黙の後「お主、どうしてそのようなことを言う」クシマが言った。いつになく真剣な表情だ。
「どうしてって、親父が聞かせてくれたからでさ」
「あのでかいのが木だってのか、馬鹿いうな」バラキは笑ったが、誰も笑わない。張りつめた空気が笑うことを許さなかった。トシやエイレンなど、一部の者はこの雰囲気で何が真実かを悟った。トシは驚きの表情を浮かべて、母なるユングを見つめた。頂を天に隠したユングは相変わらずこの世のすべての物を睥睨するように聳えている。
「お父上は大工と言いましたね。そのほかには何かやっていらっしゃったのですか」改まってハリマが聞いた。
「いや、そんな話聞いたことないでさ」
「親父殿はウゴ族のことにしても、あの実にしても、ユング山のことにしても、なぜそういろいろなことをお前たちに話してくれたのでしょうね」探るような目でハリマはナーガを見た。
「なぜって言われても…なあ」ナーガはチラリとラーガを見た。
「なにか読んでたときもあったよね」ラーガがナーガを見上げるようにして言った。
「どんな物だ」これまでゴシマの懐で馬に揺られながら、ずっと黙っていたゾラが言った。いつにも増して目が怖い。ナーガとラーガが責められているようにも見える。「あんまり覚えていないけど…」
「かなり厚かったであろうが…」
「いや、よくは覚えてないでさ…」ナーガが言った。
「ところで、お主たち出身はジンガだったか」矢継ぎ早にゾラが聞いた。話し終わるとゴシマに向かって、もっとナーガたちの方に馬を近づけるよう、目で合図を送った。
「いえ、オイラたちはサモの出身でさ」近づいてくるゾラに圧迫感を感じたのか、身を反らしてナーガが答えた。
「なんだ、ジンガではないのか…」ゾラは傍から見てもわかるほど、がっくりと肩を落とした。
「でも、親父はジンガの出身でさ…」
「何?ジ、ジンガのどこだ」ゾラはこれまでになく興奮している。
「どうかしましたか」ハリマがゾラに言った。
「どこだ、ジンガのどこだ」ゾラはハリマに構わず聞いた。その顔は興奮して真っ赤になっている。ナーガとの距離はだんだんと近くなって、今や兄弟の馬に乗り込んで来るかのような勢いだった。ナーガもラーガもかなり気圧されている。
「たしか…オウミ村でさ」
「オ、オウミ村?」
「はい」
「間違いないか」
「…たしか」責めるような感じのゾラにナーガが目をそむけながら答えた。クシマも何か思い当たることがあるのか、ゾラと目を合わせて大きくうなずいた。
「なるほど、そういうことか」ゾラはニンマリと見たこともないような笑顔を浮かべた。いつもしかめっ面しか見せないゾラの笑顔に皆驚いている。
「どうしたんだ、ありゃ」バラキがクシマに言った。
「ゾラにとってはこの上ないうれしいことがわかったんじゃ。ゾラだけじゃない、ワシにとってもとてもうれしいことじゃ」クシマもさもうれしそうに銀の眉と髭の中で満面の笑みを浮かべている。
「だめだ、さっぱりわかんねえ」バラキは助けを求めるようにゴシマたちを見た。でも皆ちんぷんかんぷんという顔をしている。こういうときに頼りになるトシですら、口をすぼめて首をひねっている。
「で、もちろん親父殿はお主たちに何か残してくれていたのであろうな」気を取り直してゾラがナーガたちに聞いた。いつものような顔にしようとしても、なぜか頬が緩むゾラだった。
「いえ、何も…」
「何?」ゾラは落胆の表情を浮かべた。しかし、すぐに思い返したように質問を始めた。「何かあるだろう、例えば先ほどラーガが言っておった読んで聞かせてくれた本であるとか」
「いや、見たことないでさ」
「本の形でなくても、ほんの数ページ分だとか」
「いや、見たことないでさ」ナーガはまた同じ答えを繰り返した。
「なんでもいい。親父殿が読んでくれた物のことで思い当たることはないか」とげとげしい口調でゾラが言った。機嫌が良かったゾラの顔はだんだん元の顔に戻っていった。
「ジンガに何があるというのですか」ハリマにもゾラががどうしてこうまで興奮しているのかわからなかった。
「巻の二じゃよ」クシマが言った。「巻の二があったのかもしれん。ナーガの親父殿はそれを読んでいたに違いない」
「巻の二?円卓史のですか」
「オウミ村と言えばジンガの西。その昔、クリフ様が赤龍に襲われた場所。巻の二は赤龍の腹の中とばかり思っていたが、そうではなかったのかもしれん」ゾラが付け加えた。
「ナーガの親父殿がウカルを知っていたことも、不思議な木の実を知っていたこともそれなら説明がつく」クシマが言った。
「巻の二がどこかに落ちていたと?」ハリマが言った。「そうなんですか、ナーガ」
「そんなこと言われても…」ナーガは返事に困っている。
「ほかにどんなことを話してくれたのだ」ゾラが言った。
「そんなこと言われても…なあ、ラーガ」
「は、は~ん」ハリマが言った「ラジル馬をあれだけ早く手に入れられたことも、何か秘密があるのですね」
「へっ」ナーガが素っ頓狂な声を上げた。「な、何のことでしょう」完全に目が泳いでいる。
「キエトの山に手組の抜け道があったのですね」ハリマの問いにナーガは視線をあさってのほうに向けて聞こえないふりをしている。
「お主、正直に言わぬと許さんぞ」ゾラは馬を降り、ナーガに詰め寄った。仕方なくナーガも馬を降りた。ないとあきらめていた巻の二があるかもしれないとわかったのだ。ゾラも真剣だ。
「まあ、そんな感じで」ナーガは笑ってごまかした。その様子を見てクシマがクスリと笑った。
「どうかしたのですか」ハリマが言った。
「いや、手組というとちょっと大昔のことを思い出してな」と言うとクシマは手組の思い出を語りだした。
もう、何年になろうか。我らは人外に追われておった。必死に洞窟の中を走っておった。追手には三魔人のジーもいる。トロールやゴブリン、アーグも、うじゃうじゃいた。悪いことに前方からもトロールの胴間声が聞こえてきた。声の感じからして、まだ少し距離はあるようだったが、そんなに離れていない。まさに袋の鼠じゃった。
「まずい、挟まれた。近いぞ」
「どうする?戻るか」
「いや、後ろにはジーがいる。進むしかあるまい」
「しかしあの声の感じだと前からもかなりの数が来るぞ」まさに絶体絶命じゃった。
「大丈夫じゃ。わしに任せろ」エンユウはなぜか落ち着いておった。そして付いて来いと言うと、構わず前に進んで行った。そしてすぐ右手に現れた道に飛び込んだ。そしてしばらくまっすぐ進むと少しずつ洞窟の中が明るくなってきた。
「エ、エンユウ」みんなは慌てた。それもそのはずじゃ。なぜならその先は断崖絶壁じゃったから。下が霞んで見えないほどの高さがあった。もう逃げ場はどこにもない。「エ、エンユウどういうつもりだ。こんなところに連れてきて」終わりだとみんなが思った。
ところが…「ここまでくれば大丈夫じゃ」エンユウはわけのわからないことを言った。加えてエンユウはなぜか少し自慢げだった。追手は迫っていて、外は断崖絶壁。何が大丈夫なのか誰にも分からなかった。
「ちょっと待ってくれ」余裕の表情を浮かべ、エンユウは出口に向って右側の壁を調べ始めた。杖を左手に持ちながら右手を盛んに動かして何かを探るように壁をなでまわした。それから手を壁に当ててグッと力を込めた。「あれ?」エンユウは頓狂は声を上げた。
一体何事が起こるのか。絶体絶命の中、エンユウだけが頼りじゃった。我らは祈るような気持ちでエンユウを見ておった。何度か同じことを繰り返すが、何も起こる気配はない。
「変だな…」さっきまでの余裕はどこへやら、エンユウはたちまちあわて始めた。そしてもう一度壁を調べ始めた。そうこうするうちにも人外の足音は少しずつ大きさを増してくる。エンユウはキョロキョロと落ち着きのない視線を投げて、辺り構わず押し始めた。でも何も起こらない。「たしか、この辺りだったはず…」
「何を探しておる、もう来るぞ」聞いてもエンユウは壁調べに夢中で答えてくれんかった。
「お、おかしいな…」壁をさわっては、両手で押すのを繰り返すが、何にも起こらない。ほかの者は気が気じゃない。「まったく、精巧すぎるというのも困ったもんじゃ。まったく見分けがつかん」とうとうエンユウは愚痴をこぼしだした。
わしはその様子を見てピンと来た。そこで一緒にいたウゴ族目組の若者に言った。「悪いが、ちょっと助けてやってくれんか」
ひょろりとした若者ははエンユウの元へ行って遠慮がちに言った。「あの…私の勘違いであれば申し訳ないんですが、もしかして、手組の隠れ家の入り口を探していらっしゃいますか?」
「おお、お主、この隠れ家を知っているのか」
「いえ、でも多分、ここではないかと…」そう言うと、目組の者は探している場所から少し離れた場所を両手で押した。するとその部分の壁がへこみ、するっと横にずれた。
中から奥へ続く細い洞くつが現われた。すぐに我らはその中へ入った。人外はすぐにやってきた。しかし、我らがいないことがわかると、逃げるのをあきらめて断崖へ飛び降りたと決め付けて、高笑いを放って帰って行った。数時間後、我らは悠々と洞窟へと戻っていくことができたのじゃ。
手組の者が作った隠し扉は普通の人間にはまったく見分けがつかん。それができるのは手組の者の作品を評価しておった目組の者だけじゃ。その場に目組の者がおったからよかったものの、そうでなかったら今頃わしらはここにおられなかったかもしれん。
いつの間にか、クシマの周りには皆が集まっていた。
「すごいな。そのウゴ族ってやつは」クリスが言った。
「さよう。ウゴ族は力を持った民じゃった。でも、ナーガが言っておった通り、ウゴ族が生きているとするとまた希望も湧いて来ようというものじゃ」
「私もあってみたいものです。光の民に」ハリマが言った。
「ウゴ族は光の民ではない」ゾラが言った。ほぼ同時に「ウゴ族と光の民は違いまさ」とナーガが言った。
「では、光の民とは何なのです」ハリマが言った。
「よくはわからないけど、光の民はもっとずっと前に滅びたはずでさ」
「滅びた?人外にやられたのですか」
「確か、人間にやられたはずでさ」
「人間に?」賢者たちが同時に言った。すかさず、ゾラは羊皮紙を取り出しメモを始めた。
「それはいつごろの話だ」ゾラが言った。
「さあ」ナーガが言った。
「滅ぼしたのは、どこの国の者だ」ゾラが言った。
「さあ」ナーガが言った。
「どうして滅ぼされたのだ」ゾラが言った。
「さあ」ナーガが言った。
「お主、ふざけておるのか」ゾラは血管をこめかみに浮かび上がらせ、全身をプルプル震わせている。
「そんなこと言ったってしようがないでさ。親父の話にはそんなことなかったはずでさ」
「いずれにしてもあなたたちにはいろいろと協力していただかなくてはなりません」ハリマが言った。
「もし、隠し立てをしようものなら、大ネズミに変えてくれるぞ」ゾラがジロリとナーガをにらんで言った。
「…大ネズミ」ナーガは言葉を失っている。その後ろでエレナとエイレン、クリスたちは笑いをこらえている。