トロールの襲撃
光は森の終わりを表していた。馬を進め、いくらもしないうちに頭上を覆っていた枝は目に見えるように少なくなっていった。大きく張り出していた根も少しずつなくなって、でこぼことした道も平坦になった。目の前には再び白い道が表れている。一行はほっとした表情で光を顔で受けるようにしながら進んだ。
数分後、一行はようやく木々に覆われた細い道を抜け、開かれた場所に出た。すぐに容赦のない夏の日差しが一行を襲った。しかし、皆うれしそうに空を仰いだ。足りなかった光を全身で浴びるかのように思いきり両腕を伸ばした。そして新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「森の外がこんなに晴れていたとはな」ゴシマがまぶしそうに空を見上げながら言った。
「あの暗い森からは想像もつかないな」クリスが馬を寄せて言った。そしてゆっくりと後ろを振り向くと嫌悪感をあらわにして「あんな気味の悪い森は初めてだ」と言った。
「そう言えばどこか気味の悪い森だったな」
「そう言えば?」
「まあ、涼しかったけどな」ゴシマは鷹揚に笑った。
「お前、あの森で誰かに見られているような感じはしなかったのか」ゴシマの言いように、クリスは驚いて言った。
「えっ、何の話だ」
「森の中で誰かに絶えず見られていたような感じがしたろう」
「えっ、誰かいたのか」ゴシマにはクリスが何の話をしているのかわかっていない。
「じゃあ、あのゴドラのことが頭に浮かぶことは」
「なんだ、突然。あの谷から落ちた奴のことか」ゴシマが言うとクリスはコクリと頷いた。
「そりゃ覚えているよ。びっくりしたな」ゴシマの答えを聞いてクリスはさらに驚いている。
「それだけか」
「それだけとは?」
「あの顔を覚えていないのか」
「無理言うな、あのとき見たきりだぞ」ゴシマが言った。クリスはヒューと口笛を吹いた。「すごいな、ゴシマ」
「何がだ」ゴシマには何に対してクリスがこんなに驚いているのか想像もつかない。
「あの化け物のことを覚えていないとは」
「バカにするな。誰も覚えていないとは言ってない。あまり覚えていないだけだ」ゴシマの答えを聞いて、クリスはクックと笑った。
「クリス、お前何かバカにしているな」赤い顔をしてゴシマが言った。
「その逆さ。大いに感心している。お前のような奴がいなけりゃ、エレナ殿は守れんよ」
「どういう意味だ」
「そういう意味さ」
「何だそれは」
「お前が仲間にいてくれてよかったよ」クリスが言った。ゴシマは何でクリスが感心しているかがわからず、妙ちきりんな顔をしている。
緩やかな風が吹いた。甘い香りが鼻をついた。さわやかな香りは夏の風に乗って一行の鼻腔に漂った。誰ともなく鼻をクンクンさせて匂いの正体を探ろうとしたが、どこからくるのかわからない。
「甘い香りがしますね」ハリマが言った。
「ふむ、これはいい香りじゃな」エンユウが答えた。馬上からくるりと首を巡らしたが、それらしいものは見つからない。不気味な森の独特な匂いの中を抜けた開放感もあってか、皆ワイワイと香りの元を探している。
「たぶん、あそこでさ」すぐ後ろに付けていたナーガが前方を指さした。目を向けると、開けた場所を囲むようにして木々が茂っている。
「どこじゃ、実などなっておらんではないか」エンユウが馬上で首を伸ばしながら言った。
「なってまさ」
「だからどこじゃと聞いておる」
「だからあそこでさ」ナーガは同じように指差して言った。
「エンユウ様、実の色が木の色と同じなんだよ」ラーガが口を挟んだ。目立たないがよく見るとこぶし大の実がたわわに実っている。
「人がわからんと言っているものに対して同じ説明でわかるわけがあるまい。のう、ラーガ、お主は賢いな」エンユウが言った。ナーガはブツブツと不平を言っている。
「あの森にいたからかもしれませんが、本当にいい香りです」ハリマは小さな体を精一杯伸ばして大きく息を吸った。
「あれはなんという実かのう」エンユウが言うとナーガが急にウズウズしだした。「何じゃ、お主、知っておるのか」冷ややかな目でエンユウが言った。
「あれはタイの実と言いまさ」
「ほう、聞いたことがないのう」さもつまらなそうにエンユウが言った。
「タイの実と言うのですね。いい香り」後ろから2人の会話を聞いていたエレナが言った。その顔はやつれてはいるが、森を抜けたせいか、どこか生き生きとしている。
「本当に…」エイレンは目を閉じてすうっと息を吸っている。さっきまで泣いていたとは思えないほど自然な仕草だ。エレナたちがいるとは思っていなかったものか、エンユウは驚いて振り向いた。
「それにしてもよくお主はそんなことまで知っておったのう」ゴドラに怯えているエレナやエイレンの気持ちを和ませようと、エンユウは手のひらを返したように愛想よく言った。
「いや、それほどでもないですが、親父が話してくれたんで。ほかにもこの実には面白い話があるんでさ」
「ほう、どんな話だ」にこやかな表情を浮かべてエンユウが言った。
「今からもう、何年も前のことです。ある賢者さまがレイト山を通っていました」
「レイト山とはこの山ではないか」エンユウは少しオーバーに驚いてみせた。
「そうでさ、まさにこの山のことでさ。季節はちょうど今頃のこと。まだラバス街道が通る前の話でさ。とある賢者様がシュノンから数日かけて、レイト山にたどり着き、それこそちょうどオイラたちのように山越えをしているときのことでさ」
「それはまた偶然じゃな」エンユウはエレナたちを意識して、声を張り上げて答えた。
「それから?それからどうなのだ」せかすようにエンユウが言った。
「順調に山を登っている途中のこと。それまで山から吹き降ろしていた風向きが変わって麓から生暖かい風が吹いたそうでさ。その際賢者様の鼻を妙な匂いがかすめたそうでさ」
「ふむ、妙な匂いじゃと?これは面白くなってきおった。なるほど、それからどうした」
「その匂いの臭いのなんの。賢者様たちは思わず顔を歪めたそうでさ」
「臭い?何の匂いじゃ」
「その匂いの犯人と言うのがトロールだったんでさ。それも巨大なのが、なんと7匹も」
「ありがとう、もう結構じゃ」話がトロールに及ぶと、エンユウはすかさず言った。
「いや賢者様はあわてなさった。1匹でも厄介なのがなんと7匹も。いくら賢者様とはいえ、トロール7匹は厳しい」興奮したナーガは馬の上から身振り手振りで説明している。その動作は話が進むにつれて、ますます大きくなっていった。懐のラーガはナーガの手の動きを見て、ぶつからないよう器用によけた。
「ナーガ」エンユウが呼びかけたが、ナーガ興奮して話を続けている。「もう結構じゃと言うに」
「これからがいいところなんで、で、その賢者スザク様がこのレイト山でトロールに…」
「ナーガ!」語調を強めて言った。「もう結構じゃ」作り笑顔を浮かべているが、目が全然笑っていない。様子を察したラーガがナーガのひじを引っ張って、やめたほうがいいと合図をした。
これから取って置きの話をしようと思っていたナーガは少し物足りなさそうに「これからが面白いんですがね…」と言った。
「ありがとうございます、私は大丈夫です」エンユウに向かってエレナが笑った。
「まあ、あまり気にしないことです。なかなか難しいことですが…」エンユウが言うとエレナは黙って頷いた。
「それにしても…」ギロリとナーガをにらんでから気を取り直してエンユウが続けた。「タイの実とは聞いたことがない名前だが、なかなかいい香りじゃ、どうです、エレナ殿」
「本当に…」小さな鼻をすぼめて言った。そして、何かを吹っ切るように馬上で思いきり伸びをした。
「この実がうまいらしいんでさ」懲りもせずナーガが口を挟んできた。
「らしいとはお主は食べたことがないのか」苦々しい顔でエンユウが言った。
「オイラは食べたことがないんで」
「ならなぜうまいとわかる」
「親父が言ってたんで」
「ウカルのことにしても、この実のことにしても、親父殿は物知りじゃな」皮肉をこめてエンユウが言った。
「本当にいろんな話を聞かせてくれたんでさ。なつかしいなあ」ナーガが言った。皮肉はまったくナーガには通じていない。
程なく上り坂になった。うねった道が山の上まで続いている。かなり角度がある。エンユウはまばらに生えている木々を縫うようにして伸びている山道を見上げて、小さなため息をついた。
「ふう、ここを登らんといかんのか」そう言うと、上り坂を登り始めた。急な坂でも馬は平気で登っているが乗っている人間は体勢をまっすぐに保つのが大変だった。
「やれやれ、山越えも楽ではないわい」エンユウがぼやいた。同じようにすぐ後ろでは早速、ナーガがぼやいていた。ラーガが倒れたことなどもうすっかり忘れているようだ。斜面を吹き降ろすように生暖かい風が吹いている。時折、首筋にまとわりつくようにして流れる熱い風は皆のイライラを募らせた。
しんがりを務めているトシは、森の中のハリマとゴシマのやり取りを思い浮かべていた。ハリマは言った。トロールに剣や槍は通用しないと。ならば、どうする。ハリマたちには何かいい案があるのか。
ゴシマたちの言うとおりビュリン製の武器をためそうと言うのか。でも、シトンはそれを決して国外には出さないという。それに、ビュリンが使えてもやつらを倒せるとは限らない。そうだった場合、何かほかに方法があるのか。クシマが探しているウゴ族の武器もひと振りの剣すら見つかっていないし、ウゴ族は五百年も前に滅びたという。考えれば考えるほど、暗雲が立ち込めてくるような感じがした。
そのとき、風の音に混じって左横からかすかな音がトシの耳をかすめた。一本の矢が谷側からトシのこめかみに向かって飛んでくる。トシはとっさに頭をのけぞらせた。矢は右横の木に突き刺さった。その勢いのまま上下に激しく揺れている。トシは視線の端に下から馬で登ってくるアーグを捉えた。「人外だ」
「エレナ殿を先に行かせなさい」ハリマが言った。同時に耳をふさぎたくなるような胴間声が聞こえてきた。トシやゴシマたちにとって聞いたことのない声だった。低くてひび割れて暗い感じのするいかにも怪物の声と言うにふさわしい禍々しさに満ちている。
「…あの声は」ハリマが言った。エンユウとゾラも動きを止めて、お互いに目配せをしている。
エレナ、エイレンの馬を先頭に、ゴシマとゾラ、クリスがすぐ後に続いた。坂は急だし、おまけにあちらこちらに岩がむき出しになって、決していい足場とは言えなかった。それでも、ラジル馬はグングンと力強く上って行った。
しんがりのトシは一行を先に走らせると、視線を谷側に向けて、全体を見渡した。一人のアーグが馬に乗って全力で追って来るのが見えた。トシは矢を番えようと矢筒に手を伸ばした。そしてあることに気付き、ふと手を止めた。
アーグは1人ではなかった。ワラワラと湧いて出るように次々と現れた。馬に乗っている者、歩いて追ってくる者、潅木に身を伏せている者など十人以上のアーグに気づいた。山道だけではなく、道を外れて斜面を登ってくる者もいる。トシはすばやく矢を番えると、とりあえず馬上のアーグを倒した。そして斜面をさっと見渡すと、近い者から順に狙っていった。ゴシマに次ぐ腕前を持っているトシの矢は正確にアーグたちを捉えた。
トシはエレナたち一行の後を追うべく、弓を矢筒に戻すと馬を翻した。すると山に再び、あの胴間声が響いた。声は山に染み入るように長い余韻を残しながら消えて行った。後方の鬱蒼とした木々が突然大きく揺れ始めた。揺れは少しずつ斜面を登って近づいてきている。
トシは馬を停め、再び矢を番えた。木々は波のようにしなりながら、20メートル手前で止まった。
トシはゴクリと唾を飲み干した。目の前の木々の背後に怪物が潜んでいるのは間違いない。そのとき、大きな悲鳴のような音を立てて、目の前の老木が傾いてきた。断末魔のような軋り音の後、地響きを伴って木が倒れた。後ろから大きな影が現れた。それは怪物と言うより巨大な岩そのものだった。
「トロールだ」トシは先を進んでいるハリマたちに伝えるべく精一杯の声を張り上げた。
怪物は重そうな体を揺らしながら、気だるそうに動いている。その大きさはこれまで戦った人外とは桁違いだ。ふと手にした矢が頼りなく思えてきた。とても目の前の怪物を貫けるとは思えなかった。
トロールはトシを認めると、威嚇するように雄たけびを上げた。空気を震わせてはらわたに響くような鳴き声に、一瞬動けなくなった。怪物は手にした棍棒で木々をなぎ倒しながらいかにも大儀そうに進んで来る。クリスと2人でどうにか運んだ棍棒をまるでオモチャのように振り回している。
トシはキリリと弓を引いた。そのとき、馬に乗ったアーグがトロールの前を横切るように走ってくるのが視界の端に映った。トシに向かって弓を引こうとしている。そのままトロールの前を通り過ぎようとした瞬間、トロールはさもうるさそうにそのアーグを鷲づかみにした。主を失った馬はバランスを崩し、前のめりになって倒れた。アーグは巨大な手の中でぐったりとしている。
トロールはいきなりアーグをトシに向かって投げつけた。そしてそのままトシに向かってドスンドスンと走ってきた。意識を失ったアーグは巨大な人形のようにゆっくりと宙を回転しながら、トシ目がけて飛んできた。
トシはさらりとよけるとトロールにむかって矢を放った。矢は唸りを上げて飛んで行った。そして巨大な体を不恰好に揺らしながら走ってくるトロールの頭部に見事命中した。しかし、その矢はそよ風になびく麦わらのように、ハラハラと虚しく地面に落ちた。
トシはその様子を見届けると素早く斜面を見下ろし、後からついて来るアーグたちに数本の矢を放ち、けん制した後、トロールに再び目を向けた。そしてトロールの姿を目に焼き付けると、馬を翻して一行の後を追った。後ろから追いかけてくる雄たけびを聞きながら。
ラジル馬は飛ぶように走った。元々歩くような速さのトロールとの差はみるみる広がった。あっという間に坂を上り終えるとすぐに下り道になった。追ってくる怪物たちはもうどこにも見えない。しかし、頭の中はトロールのことでいっぱいだった。実際に目にしてみると、剣や槍など通じないことが良くわかった。跳ね返した矢も当たったことすら気づいていない様子だった。あんな怪物とどうやって闘えばいい?いつまで考えても答えは浮かばない。
まもなくトシはほかの連中と合流した。一行はそのまましばらく走った後、頃合を見計らっていったん馬を降りた。
「とりあえずは、大丈夫です」ハリマが叫んだ。
「トロールが現れたのじゃな」エンユウがトシに聞いた。
「多分、アーグも30ほど」
「トロールを見ましたか」ハリマが言った。
「指は4本でしたが…」
「まちがいあるまい」エンユウが言った。
「大きさは」ゴシマが言った。
「5メートルぐらいです」
「本当に岩のような体なのか」ハリマに倒すことはできないと言われただけにゴシマにはトロールの様子が気になって仕方がない。トシはゴシマのほうを見てコクリと頷いた。
「なんと、ジロンだけではなくこちらにも。人外だらけではないか」エンユウが眉をひそめた。「トロールは何匹いたのじゃ」
「一匹でした」
「一匹であれば何とでもなるが」エンユウが探るような目でハリマを見た。
「ですが、まずは逃げるしかないでしょう。こちらにはエレナ殿もいますし、クシマたちもいないのですから。アーグだけならともかく、トロールもいるとなると、安全策をとるべきでしょう」ハリマが言った。
「しかし、であるからこそ、トロールと対峙する必要があるのではないか。我らにとっても数百年ぶりじゃ。うまく術がかかるか試す必要もあろう」
「エレナ殿がいるときに試すこともあるまい」ゾラが目を剥いた。
「そのとおり、危険すぎます」ハリマはゾラの意見に賛成した。
「しかし、この先我らがエレナ殿と離れてトロールと対峙することがあろうか」
「その辺りは何とも言えませんが」ハリマが言った。
「いきなり大勢のトロールに囲まれてはどうにもならん。今回のように一匹や二匹のときに術を試さねば、大変なことになるぞ」
「それはわかりますが、エレナ殿を取られてはどうしようもないでしょう」間を空けてハリマが言った。ハリマも迷っている。
「せめて、ビュリンを事前に試すことができればいいんじゃが…」
「今そんなことを言ってもしょうがありません」
そんな賢者たちのやり取りをラーガはすぐ後ろでじっと聞いている。賢者たちはあれやこれやと意見を戦わせている。トロールの追跡を受けて、どうするべきか悩んでいる。しかし、なぜかラーガの目はキラキラと輝いていた。そしてナーガに何やら耳打ちを始めた。ナーガはふんふんとうなずくと、手の平を拳でポンと叩き、満足そうにラーガの頭をワシャワシャとなでた。そして馬を降りると、満面の笑みを浮かべてハリマたちの元へとやってきた。
「ハリマ様、ちょっと話したいことが…」
「後にしてください。今大事なことを話しています」ハリマがすげなく言った。
「いや、正直言ってその大事なことに関係したことなんで」
「お主の大事なことは後回しにせい」エンユウがさもうるさそうに言った。
「いいんですかい」ナーガは何か含みを持たせた言い方をした。
「なにがです」
「大事なことってのはトロールのことなんですがね」嫌みな笑みを浮かべてナーガが続けた。「まあ、いいんならいいんですがね」
「なら早く話せ」エンユウがイライラをぶつけるように言った。
「まあ、そこまで言うんなら話さないでもないんですがね、へっへっへ」
「早くせんか」エンユウが急かすとナーガは大きな咳払いを一つして、おもむろに話を始めた。
「いや、なに、さっきのあのタイの実なんですがね、あれをぶつけてみちゃあどうでしょう」
「何?」
「だから、あの実をぶつけるんでさ」ナーガは前方にたわわに実っている木の実を指さした。大振りの木はゆっくりと風に揺れてしなっている。
「お主何を言っとる」エンユウが冷めた目で言った。そしてはき捨てるように続けた。「まったく何を言うかと思ったら…」
「えっ、何って」
「バカも休み休み言わんか」
「バカってのはあんまりでさ」
「お主は知らんだろうが、トロールはそれはそれは堅い皮膚を持っている。アンルーガス(貫くことができない者)と言う者もいるぐらいだ。木の実ぐらいでどうこうなるなら苦労はせん」エンユウがあきれ顔で言った。
「そんなこと知ってますが、幼いころ、よく親父があの実の話を聞かせてくれたんでさ。たしかこうでさ」そう言うと再び咳払いをし、居住まいを正して話を始めた。「レイト山にいた賢者スザクたち一行はトロールに追われ、絶体絶命の…」
「ナーガ、いい加減にしてくれませんか」ハリマが珍しく声を荒げた。「今はそんなことを聞いている時間はないのです」
「いや、でも…」なお食い下がろうとするナーガをエンユウがジロリとにらんだ。「これ以上言うなら、われらと共に旅を続けることはまかりならんぞ」選択の余地のない厳しい口調だ。
「わかりましたよ…でも正直言って後悔しますよ…」
「何か言ったか」さらに強い口調でエンユウが言った。
「いえ、別に…」口の中でモゴモゴと不平を言いながら、ナーガはラーガのもとへ戻っていった。
「…くだらん」ゾラは氷のような視線をナーガに浴びせた。
「時間を無駄にした。まずは先を急ごう。話は進みながらじゃ」気を取り直してエンユウが言った。
「そうですね。トロールは馬に乗れませんから、とりあえず気になるのはアーグだけですが、やつらの馬ではついてこれないでしょう」ハリマもエンユウの意見に同意した。「ゴドラも気になります。今度奴らが現れれば、エレナ殿の心が心配です」声を潜めてハリマが言った。
「一応、『水』はゾラが汲んで来てくれたがな」エンユウが言った。
「しかし、『水』を完全に使いこなせるのはゾラとクシマだけ。万が一ゾラがいないときにゴドラにあったら」
「なるべくそばにいよう」ゾラが言った。
「そうですね、お願いします」




