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オオカミ、村を襲う?

 ルカから南へ数百キロ下ったストラの北西にあるコロナ村では、家畜の羊が連日何者かに襲われていた。襲われた家の家畜小屋には、夜も明けきってないというのに、村中の男が顔をそろえていた。


 「どういうことだ、これまでこんなことはなかったぞ」

 「これで4日連続だぞ」

 「なんだってこうオオカミが増えちまったんだ」

 壁や地面に残されたおびただしい血痕が、前日の惨劇を生々しく物語っていた。引きずり出されて食べられたものか、小屋の中には骨すら残っていない。古びたランプの弱い光に照らされて、難を逃れた羊たちがぼうっと浮かび上がっている。よほど怖い思いをしたのか、小屋の隅に体を寄せ合うように集まっていた。時折、思い出したかのように心細げな鳴き声を上げている。


 「うちはこれで2回目だ」襲われた家の息子が地面を蹴飛ばしてくやしがった。黄色い頭を両手で押さえながら、そのまま膝をついた。後ろから父親が肩をたたいて慰めている。

 「一体どうしたことじゃ」村の長老も突然増えだしたオオカミの被害に頭を悩ませていた。だれもが、経験したことのない出来事に首をひねるばかりで、原因は何一つわからなかった。集まった村の男たちも、次は自分のところかもしれないと言いようのない不安にかられていた。

 「本当にオオカミですか」小屋の入口でしゃがんでいる男が声を上げた。長老はジロリと男の顔を見ただけで返事をしなかった。「オオカミにこんなことができるでしょうか」男は構わず続けた。

 「なんじゃアル、こんなこととは」長老が目も向けずに言った。

 「いや、扉のカギが壊されているんです」

 「もともと壊れてたんじゃろう」なんだ、そんなことかとばかりに興味がなさそうに長老が言った。


 「どうだったかな、コナー」襲われた家の父親が息子に言った。「壊れちゃないさ。まだ新しいんだから」行き場のない怒りに顔をゆがませながらコナーが言った。

 「カギがどうしたというのじゃ。オオカミの仕業に決まっとる」

 「どうですかね」アルと呼ばれた男は落ちていたカギを拾うとそれを長老の目の前でつまんで見せた。「新しいカギをこんなふうに壊すことがオオカミにできますかね」カギは強い力で引きちぎられたように金属の棒の部分がグニャリと曲がっている。

 「ばかばかしい。オオカミでなければなんだと言うのだ」長老は目の前にぶら下がったカギをさもうっとおしそうに押しのけた。長老にはアルが何を言いたいのかまるでわからなかった。この村の一大事に、いたずらに話を混乱させているとしか思えなかった。しかし、長老の思惑とは裏腹にカギの周りには男たちが集まってきた。そして一人ずつ手にとってカギを見て行った。時間をかけて見ていくうちに男たちの中で徐々に不安が広がって行った。オオカミじゃないかもしれない…。


 小屋の中は何とも言えない雰囲気に包まれた。薄闇の中の饐えた臭い、じめっとした空気の中で、得体の知れない何かが、村人たちに重くのしかかっていた。皆、お互いをけん制するように顔を見合わせた。重たい沈黙が続いた。その時、小屋の裏手から大きな叫び声が聞こえてきた。


 「なんだよ、脅かすな」突然の叫び声に数人の男たちが体をビクつかせた。

 「どうした、そんなにあわてて」長老を先頭に男たちが後に続いた。まだ外はかなり暗い。月は雲の向こうに隠れて足元も覚束ない。小屋の裏に回ると声を出した男が腰を抜かしたかのように尻餅をついていた。

 「ちょ、長老。あれを見てください」男は震える右手を上げて、数メートル前を指さして言った。


 「あれとはなんじゃ」長老は男の指さす方に視線を投げた。でも、夜明け前のかすかな光ではよくは見えない。目を凝らしてみるが、はっきりとはわからない。しかし、丈の短い草に紛れて黒っぽいものが転がっているのはわかった。


 「…なんだ、そりゃ」男たちはおっかなびっくり転がっている物に顔を近づけていった。「う、うわっ」一人の男がすぐさま後ろに飛びのいた。

 「なんだよ、びっくりするじゃねえか」後ろの男が言った。

 「よ、よく見てみろ」飛びのいた男が言った。声が震えている。

 「なんだってんだ」文句を言いながら、顔を近づけてよく見ると、それは血まみれの羊の頭部だった。眼窩からは目玉が飛び出し、鼻から先の部分が骨ごと食いちぎられてなくなっている。

 「これは一体…」見るも無残な死体に長老も思わず眉をひそめた。生暖かい風が生臭い血の臭いを運んできた。

 「それだけじゃねえ」初めに叫んだ男はのどに何かが詰まったような声で後ろを振り返ると、青白い顔をしゃくって何かを指した。その先には同じような黒い物体が点々と転がっていた。バラバラにされた羊の躯だった。ほとんどの部分が食べられることなく転がっている。あまりのむごたらしさに男たちの多くが目をそむけた。そんな中一人アルは羊の頭部のすぐそばに腰を下ろして言った。


 「オオカミがこんな襲い方をするものでしょうか」念を押すようにアルが言った。

 「オオカミじゃなければなんなのだ」鼻を押えて長老が同じ言葉を繰り返した。

 「しかし、コイツなんか足を途中から力ずくで引きちぎったような」アルは少し後ろに下がって、転がっている大きな塊に手を乗せて言った。手をどかすのを待って今度はコナーが同じ塊を手にして、顔を近づけて調べ始めた。部分的に食べられたような形跡はある。しかし、そのほとんどが小屋の外に置き去りにされたままだ。徐々に明るさを増してくるにつれ、はっきりとその惨劇が浮かび上がってきた。バラバラになった肉の塊は襲った者の残忍さを物語っていた。背筋に悪寒が走った。


 「なんか、食うために殺すのではなくて、ただ、殺すのが目的で…、というより、ただ楽しむために殺しているような…」

 「馬鹿なことを言うな。そんなオオカミがどこにいるのだ」長老が言葉をさえぎった。

 「だから違うよ、長老」コナーが言った。「コイツはオオカミの仕業なんかじゃねえよ…」

 「オオカミじゃない…じゃと?」散らばっている羊の死体に目を向けながら、長老がつぶやいた。「ならば…一体何が襲ったと言うのじゃ」

 「もしかすると、コイツは…」重苦しい空気が漂う中、アルがつぶやいた。


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