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キエト山のトンネル

 翌朝、ラセルの家の裏庭では朝早くから長旅へ向けての荷造りが始まった。ラセルはせめてものお詫びにと鞍やハミなど、全ての馬具を揃えてくれた。ほかにも、食糧や毛布などを用意してくれた。


 荷造りはゴシマとクリスとトシが中心となって、手際よく進んだ。バラキとカインはあまり役に立たなかったが、それでもあっという間に荷造りは終わり、出発のときを待つばかりとなった。


 前の日の夜、ジロンの村についての話し合いが行われた。話し合いの結果、ジロンへはクシマとバラキとカインが行くことになった。クシマには先の大戦の折、ジロンの村に命を助けてもらったことがあること。バラキは体がなまってしようがないと自分からジロン行きを言い出した。カインは話し合いの際、ジロンに行きたくなくて、大きな体を小さくしようとしていたのがハリマにばれてジロン行きを言い渡された。


 ラジル馬は大人でも2~3人はらくらく乗せていくことができる。馬8頭に12人が乗る。クシマたちと別れるまでは、小柄な賢者たちがほかの者と2人で乗り、ナーガたち兄弟も同じ馬に乗った。クシマたちは途中から徒歩でジロンに向かうことになった。


 一行はなるだけ迷惑をかけないように、こっそりと出て行くつもりだったが、律儀なラセルはどうしてもと言って聞かず、きちっと見送った。せめて朝食だけでもというラセルを説き伏せ、逃げるようにシンゾの村を後にした。


 当初、ハリマたちはラバス街道を行く予定だったが、街道から程近いジロンの村で人外が出たかもしれないという情報を聞いたため、街道をを通らず山道を行くことになった。


 夏の早朝の旅路は快適だった。前日までとは打って変わって抜けるような青空だった。路傍の丈高い草には朝露がキラキラ光っている。どこからともなく鳥の鳴き声が聞こえる。時折吹く風は心地よい涼しさで行く者の顔をなでた。


 「何にしてもよかったです、ラジル馬が手に入って」ハリマがすぐ後ろでバラキの馬に乗っているクシマに声をかけた。バラキは朝早いこともあって、あくびばかりしている。

 「そうじゃな、10日間待たされるのは、いかにももったいない」

 「おかげでおかしな連中を仲間に加えることになりましたが」ずっと後ろからついてきている兄弟を見ながら言った。「弟の方はともかく、あの兄はどこか信用なりません。約束は約束ですから仕方ありませんが」

 「いや、わしはあの兄弟にはついてきてもらって良かったと思っとるんじゃ」

 「しかし、あれではラセルが気の毒です。あの男は終始いやらしい笑みを浮かべて…」ハリマはにらみつけるようにナーガを見た。ナーガは朝早い時間にも関わらず、エレナたちに次から次へと話しかけている。その得意げな顔を見るにつけハリマはブルッと体を震わせた。


 「ラセルに対する態度はともかく、あの兄弟のおかげで時間を無駄にすることがなくなったのじゃからな。他にももう少し話を聞いておきたいこともあるし…」

 「やはりあのウゴ族の話が気になっているのですか」

 「それもある。それにラセルにも手に入れることができないラジル馬をなぜナーガが手に入れられたのかも気になる」

 「たしかに…、この辺りでラセル以上の馬商人はいませんから」

 「それにナーガはラジルから仕入れたと言っておった」

 「しかし、ラセルの言うとおりここからラジルまではどう早く行っても4~5日はかかります。私はあれを聞いて、ラセルの言うことはもっともだと納得しました。どこか近くから仕入れたくせに、あのようなでたらめを言って…」


 「でたらめでないとしたら?」クシマはいたずらっぽい目をハリマに投げた。

 「ラジルまであんな短時間で行くのは無理です」

 「そこじゃ。そもそもシュノンからラジルまでは大きくキエト山を迂回していかなくてはならん。ラセルが言った西のルートも迂回する距離を縮めたものに過ぎん。迂回路にしても、全くの平地というわけではない。だからラジルにつくまで何日もかかるのじゃが、空から見ると、シュノンとラジルはほんの目と鼻の先じゃ。ただキエト山が大きく邪魔をしているだけだ」

 「と言うと?」

 「直線距離で考えれば、ナーガが数時間で往復したのも納得がいく」

 「しかし、いくらなんでもあの峻険なキエト山がそびえている限り、馬を連れて行くことは無理でしょう」


 「だが、もしキエト山にトンネルがあったとしたら?」

 「トンネル?それは無理です。キエトの山は硬い硬い玄青岩からできています。たしかにトンネルがあれば、どれほど便利になるか計り知れません。しかし、これまで多くの者がトンネル掘りに挑戦したが誰にもできなかったそうです。掘るのは無理です」

 「だが、もしトンネルを掘ることができる者がいるとしたら?」

 「掘ることができる者?」ハリマはクシマが何を言いたいのかすぐには分からなかった。しかし、時間をかけておぼろげにクシマの言わんとしていることがわかりかけてきた。「もしや…ウゴ族?」

 「あくまでも可能性の話じゃ。ウゴ族手組であれば、あの硬い玄青岩を掘削する器具を作ることができるかもしれん。わしはナーガがウゴ族は生きていると言った話とラジル馬をこれほど短時間に調達してきたことが無関係とは思えんのじゃ」


 「なるほど、そこまでお考えだったとは」

 「それにしても…」クシマが後ろを振り返りながら言った。「エレナ殿たちの乗馬の腕はなかなかのものじゃな」振り返った先にはエレナとエイレンが轡を並べて歩いていた。背筋をピンと張り、ゆったりと手綱を握る姿にぎこちなさはみじんも感じられなかった。

 「本当にどこで覚えたものやら…、なんにせよ嬉しい誤算です」ハリマは、2人を頼もしげに眺めながら微笑んだ。


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