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ラジル馬

 鱗を見終わった一行は市場へ出てラセルの家に向かっていた。ラセルの家はシンゾの村にある。10日のロスは一行には痛いが、カインはこれから大商人の家で10日も過ごせると思うとうれしくて、つい笑みがこぼれた。エンユウの言うようにたとえ今日ご飯をごちそうにならなくても10日もなんてことはないだろう、そう考えていた。そのたびにエンユウから「何を笑っておる」と怒られるのだった。


 「いやあ、市場ってのはおもしれえもんだな」バラキが言った。初めて見た市場に満足の様子だ。

 「ラビスの市場の十倍はあるな。あとでもう一度ゆっくりと見て回らねば」クリスがバラキに答えた。新しい羽飾りつきの帽子を買ったクリスだが、まだまだ足りないようだ。

 「規模でいえば、世界一でしょうな」少し誇らしげにラセルが言った。

 「料理もおいしかったし…」思わずカインが口を滑らした。ゴシマがあきれた顔でカインを見た。あれだけ叱られたのに、またその話をぶり返すとは。カインの言葉を聞いたエンユウは意地の悪い笑みを浮かべている。

 「あれだけ食べたんじゃ。今度こそしっかりと働くんじゃぞ」笑みを浮かべたままエンユウが言った。カインは消え入りそうな声で「ハイ」と返事をした。


 「しかし、ジンガはどういうつもりなんじゃろうな」エンユウが言った。


 「これだけ禍々しい気があふれているのです、無理もありません。ちょっとした気の高ぶりがすぐに戦につながります。だからこそ戦をしてはいけないと話しに行かなければ。多くの者に言って聞かせてお互いに牽制をさせることが大切です。戦がどのような結果を齎すか、かんで含めるように話さなければ」

 「いずれにしてもジンガにも注意しなければならぬな」クシマが話し始めたときだった。喧騒に混じって馬がいななく声が背後から聞こえた。


 「馬が通るぞ、道をあけよう」端に寄りながら、エンユウが振り返って声を上げた。エンユウの声を合図に一行は同じように端に寄って振り返った。ラセルもゴシマと話しながら脇に寄った。そして、同じように馬のいななく方を見た。人波の向こう側に馬の影が見えた。手前の人々の流れが気にならないほど馬は大きく見えた。


 「随分と立派な馬ですな。あんな大きな馬は見たことがありません」ゴシマがラセルに言った。その途端、それまで鷹揚な笑みを浮かべていたラセルの顔から笑みが消えていた。

 「ま、まさか…」ラセルは振り返ったまま、固まっている。視線の先には普通の馬よりも二回りほど大きな馬が数頭いた。先頭で馬を引いているのはゴシマたちが連れてきたナーガだ。ハリマたちに気付くとナーガは小走りで追いかけてきた。手綱を持たれているのは先頭の馬だけだったが、巨大な馬たちは当たり前のようにおとなしく付いてきている。


 「はあはあっ、ひどいでさ。置いて行くなんて」ナーガは肩で息をしながら、額から流れ落ちる汗をぬぐっている。

 「すみません。責められても仕方がありません…」ハリマは素直に謝った。その後ろでラセルは茫然と馬を見上げている。


 「ま、まだ、時間前ですな。はあはあっ」ナーガの横で馬たちはおとなしく立っている。茶色の肌がつやつやと光っている。ひと目見ただけでどれも最高の馬だとわかる。


 「お主、どうやって…ラジル馬が…」ラセルはまだ頭の中が整理できていない。さっきまで汗ひとつかいていなかったラセルの額からはボタボタと汗がしたたり落ちている。

 バラキたちは目の前の大きな馬を見て驚いて動きが止まっている。初めて見るラジル馬は馬とは思えないほど大きかった。一度だけ乗ったことがあるクリスが早速馬の元へやってきた。


 「そうそう、コイツ、この馬がすごい」馬の背に手を乗せながらびっくりしているバラキに言った。

 「こりゃ、たまげたな。こんな馬見たことねえ」

 「こ、これはラセルのダンナ、はっはあっ」

 「こ、このラジル馬はどうしたのだ」

 「ど、どうしたって、仕入れてきたんでさ。とりあえず8頭ほど」

 「どこで?このあたりでは仕入れることはできないはずだ」

 「ど、どこでってラジルからに決まってまさ」

 「そんなばかな。お主今朝までシュノンにいたではないか」

 「そういえば、朝お会いしましたな」ナーガの顔にはどこか勝ち誇ったようなところがあった。


 「そ、そんなに早く行って帰って来られるはずがないではないか。ラジルに着くまでだって、どうしたって4、5日はかかるはずだ」

 「そのあたりは商売上の秘密でして…」ニヤリと口角を上げてナーガは続けた。「商人たるもの、いつでもお客様の要望には応えられるようでありたいもの。たしかこれはラセル様の口癖でしたな」


 「クッ」ラセルは悔しそうに唇をかんだ。その様子をさも楽しそうにナーガは眺めている。

 「これでご一緒できますな」改めてナーガはエンユウに言った。

 「それは…」エンユウは言葉に詰まって、ポリポリと左頬の傷を掻いた。みんながエンユウに注目している。が、みんなの前であれだけはっきりと言ったのだから、認めないわけにはいかなかった。「も、もちろんじゃ」

 「あなたたちについては何から何までこのエンユウが責任を負ってくださるそうです。困ったときにはなんでもこのエンユウに相談してください」チラリとエンユウを見てハリマが言った。エンユウは顔を引きつらせながら無理に笑顔を作っている。


 「ハリマ、申し訳ございません。私の力不足でございます」ラセルはくやしそうに唇をかんだ。普段インチキ武具屋とバカにしていただけに余計に悔しかったのだろう。ナーガはチラチラとラセルの様子を伺っては、どこか優越感に浸っている。

 「ラセルよ、そう気にしないでください。これまでもあなたたちには、何代にもわたって散々世話になってきたのですから。たまにはこんなこともあります。こんなことであなたへの信頼が揺らぐことなどありえません」ハリマが言ったが、ラセルの悔しそうな表情が和らぐことはなかった。


 「お主、金はどうした、ラジル馬8頭ともなれば、相当な額だろうに」クシマが言った。ただでさえ高価なラジル馬なのに、8頭分の金額ともなると大変な額になる。ラセルのような大商人ならともかくナーガにそんな余裕があるとは思えない。

 「いや、いろいろと貸しがあったもんでね。つけにしてもらいました。御代をいただければ、すぐに届けて来まさ」

 「もちろんじゃ。これで足りるかな」クシマは懐から100ヒコサ金貨を数枚取り出すと、ナーガに渡した。

 「こ、これは100ヒコサ金貨、初めて見ました。さすがは大クシマ」ナーガは大きな金貨を受け取るとさも珍しい物を見るように裏に表にとひっくり返してみた。そして額に推し頂くようにしてから、懐の巾着袋にしまった。そして服の上からそのあたりをポンポンと叩くとラーガを残し市場の方へ小走りで行った。途中、思い出したように振り返ると「今夜はラセルのダンナのところにお泊りですか」と言った。


 「これから出かけるわけにもいきません。予定通り今夜は泊めさせてくれませんか」ハリマがラセルに言った。

 「お安い御用でございます」大きな馬をチラリと見てラセルが元気なく答えた。

 「じゃあ、オイラたちもご厄介になります。一度ダンナの豪邸に泊まってみたいと思ってたとこなんで。お前は先に行ってろ、いいな、ラーガ」ナーガは言ったが、ラーガは様子を伺うようにラセルを見た。

 「いいよ、ラーガ。うちにお泊り」ラセルは言いながらラーガの頭をなでた。ナーガはそれを見ると安心したように、また市場に向かって歩いて行った。


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