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食堂で

 食堂は多くの人でにぎわっていた。だだっ広い店内は丸や四角の粗末な木製のテーブルといすが無造作に並べられ、男たちが談笑していた。店員がテーブルのわずかな合間を縫って忙しく料理を運んでいる。テーブルにはさまざまな国の料理が並べられ、男たちは思い思いに舌鼓を打っていた。特にシュノンがあるラクトの南部は黒ビールの有数の生産地としても知られ、多くの客が黒ビールを楽しんでいた。


 ちょうどハリマとクシマが帰ってきて、先に食事をしていたエンユウたちと合流したところだった。エンユウたちは店の入口にほど近い細長い四角のテーブルで食事をしていた。カインとバラキを除く5人はほぼ食事を済ませ、エンユウ、ゾラ、クリスの3人は黒ビールを楽しんでいた。


 「早速やっとるな」クシマがエンユウたちに声をかけた。エンユウは「シュノンに来て、これを飲まんわけには行くまい」と言うとジョッキを傾け、おいしそうにのどを鳴らした。エンユウの前には空いたジョッキがいくつも並んでいる。ゾラはその横で真っ赤な顔をしてうなだれている。


 「ご苦労じゃったな、首尾はどうじゃ」エンユウはゆっくりとパイプを吹かしながら、目の前に腰をかけたハリマに話しかけた。

 「困ったことになりました」眉間にしわを寄せてハリマが答えた。

 「なにかあったのか」大きな鼻から煙を勢いよく吐き出して、エンユウが言った。

 「馬が手に入りません」

 「どういうことじゃ。ラセルの店に行ったのではないのか」

 「そうなんですが、全部売れてしまったらしいのです」

 「売れた?全部か?」

 「うかつでした。ラセルの店ですべての馬が売れてしまったというのはこれまでなかったことですが…、ラジル馬はおろか、ストラ馬やラビス産の馬すら売れてしまったらしいのです。今ラジルにも買い付けに行っているらしいのですが、少なくとも後10日はかかるということです」

 「10日?ずいぶんと大きなロスじゃな」エンユウが言った。

 「ラセルの店ならいつでもラジル馬が手に入ると思っていたものですから…一応、馬が入るまでラセルの家にとめてもらうよう、お願いしたんですが…」


 「まあ、馬なしで行くわけにもいかんだろうから、しかたあるまいな。ちなみにラジル馬でなければもう少し早く手に入るのか」

 「時間はかかってもラジル馬がいいでしょう」

 「そうじゃな、値は張るがラビスの馬はもちろんのこと、ストラ馬とも比べ物にならんからな」

 「どう比べ物にならないんだ?」テーブルの隅で食事をしていたバラキが口を挟んだ。

 「ラジル馬はすごいぞ。足の速さ、どんな状況でも順応できるタフさ、肝の据わり方がまったく違う。ほかの馬ではおびえて通ることができない急峻な山道でもラジル馬ならおびえることもない」クリスがエンユウに代わって言った。


 「クリス、お前乗ったことがあるのか」

 「父上の馬を何度か借りたことがある。初めはあんな大きな馬が速く走れるとは思わなかった。しかし、すぐにそれが間違いであることに気づいた。あの力強さ、あの加速、風になったようなあの感じ、今でもはっきりと覚えている。あれは馬じゃないよ。まったく違う代物だ。あの馬に慣れちまったらほかの馬には乗れないんじゃないか」クリスは右手をジョッキに添えたまま、珍しく熱く語っている。

 「ほう、そりゃ、たいしたもんだ、値段は?」骨付きの豚肉にかぶりつきながらバラキが言った。

 「まあ、値段もたいしたものだがな。ラジル馬一頭でストラ馬なら5頭、ラビス産なら20頭は買えるな」クリスは言い終わるとジョッキのビールをグッと飲みほした。

 「ほおう、そりゃすげえや」適当な相槌を打って、バラキはまた豚肉を口に運んだ。


 バラキたちの話にはまったく興味を示そうとせず、カインはもくもくと食べ続けている。その食欲はものすごかった。椅子を2つ使って人一倍大きな体を窮屈そうにかがめて、皿の上の食べ物を次々に口に運んでいった。口の中は絶えず食べ物でいっぱいなため、鼻をフガフガ鳴らしながら休むことなく食べ続けた。なまじエンユウが「これからはちゃんと食えんことも多かろう。好きなだけ食え」と言ったばかりに、カインの席は積み上げられた皿が高々と並ぶはめになった。


 「よくお召し上がりになりますね」フードを目深にかぶったエレナが言った。

 「そうお?」とりあえずの返事をして、またカインは大きな肉の塊を口に放り込んだ。

 「召し上がるって感じじゃねえな、こりゃ、豚だ豚」口をクチャクチャしながらバラキが言った。聞こえていないのかカインはかまわず忙しそうに食べ物を口に運んでいる。テーブルの上の食べ物が吸い込まれるようにカインの口に消えて行った。


 巨大な体を支える椅子は2つでもギシギシと悲鳴のような音を立てている。岩のような手で持つとどんな皿もオモチャのように見えた。熱したラクレス製の皿もカインの厚い手の皮にはまったく熱く感じないものか、平気で持ち上げて料理を平らげた。皿の山はどんどん高くなっていった。いつの間にか、ほかの客たちもカインの凄まじい食欲に気づいてあちこちでヒソヒソ話を始めていた。


 ようやく、カインの目の前の食べ物がすべてなくなった。食べも食べたり、カインの前にはほかの人たちの皿を合わせたよりもずっと多い数の皿が山になっている。エレナとエイレンはあまりの食べっぷりにいささかげんなりしている。

 「また、食べたもんだのう」クシマが言った。その口調はあきれているというより、むしろ感心している。

 「いったい何皿食ったんだ」バラキが皿の数を数え始めたとき、カインは信じられないことを口走った。「まだだよ」そしてメニューをめくりながら「次は…えっと何にしようかな…」と言った。


 「まだ食べるのか。腹も身の内じゃぞ」クシマがたまらず言った。

 「もう、少しだけ」カインはまだまだ食べる気十分だ。

 「いい加減にしなさい。周りの視線に気が付きませんか」ハリマが言った。

 「えっ」カインは食べるのに夢中でまったく気が付かなかったが、広い食堂を見渡すと多くの客が食事もそっちのけで、驚きの表情を浮かべながら自分の方を見ている人たちが大勢いるのに気が付いた。おかげで食堂は妙にしんとしている。

 「じゃあ、最後に一品だけ…」

 「もう、やめんか。見ているこっちが気持ち悪くなってくるわ」エンユウがピシャリと言った。

 「…はい」さすがにカインもあきらめた。大きな体をこれ以上なく小さくしている。


 「だいたい、お主はじゃな、日ごろから腹減った腹減ったと何かと言うと食べることばかり、そのくせ、人外が出るといつもほかの連中にばかり闘わせて最後まで闘おうとせんのは一体どうしたことじゃ」エンユウの長い説教が始まった。この大男がもうこれ以上頼まないとわかると、他の客も安心たように自分の食事を食べ始め、食堂はいつものにぎやかさを取り戻した。


 「ハリマ」クシマが小さな声でハリマに話しかけた。

 「後ろの男たちはどうも人外のことを話しているようじゃ」ハリマは後ろの男2人にチラリと視線を投げた。とれた作物を市場に売りに来たのだろう。2人の農夫が、声をひそめて話し合っていた。

 「岩みたいな怪物で弓でも槍でも効かない?馬鹿なことを言うな。そんな奴いるわけがないだろう」

 「いや、それがいるらしい。図体もかなり大きいって話だ」

 「他人事じゃないぜ。ジロンと言ったら目と鼻の先だ」

 「村長が何か知っているかもしれんな」

 「とにかく、早く帰ることだな」

 「そうだ、帰って村長に相談だ」そう言うと、残った料理を口に搔きこみ、2人は食堂を後にした。


 「どう思う」クシマが聞いた。「話を聞く限りトロールのように思えるが…」

 「トロール!いくらなんでもそんなこと。封印が解かれてから、まだ4ヵ月です」

 「これまででは、考えられん。先の大戦では、トロールがでてくるまでに1年半かかったからな。しかし…安心はできん」クシマの眉間に深いしわが立った。


 「しかもジロンというのは…」

 「そう、浅からぬ因縁でな。あの村がなければワシはこの世におらんかったろう」

 「いずれにしても確認する必要がありそうですね…後でエンユウたちに相談しましょう」エンユウに目を向けるとまだ説教を続けている。カインはそのすぐ目の前で大きな体を小さくしてうなだれている。


 しばらくして、ゴシマとトシが食堂に入ってきた。ゴシマは汗で頭の先までびっしょりと濡れている。

 「ゴシマ、トシ、暑い中ご苦労様」ハリマが声をかけた。「すみません、私たちはもう済ませてしまいました。お前たちも好きなものを頼みなさい」


 「ゴシマ、ちょうどいい」長い説教を終えたエンユウはゴシマに気づくとゆっくりと席を立った。

 「さっきの話じゃが、ちょうどいいからここで見せてやろう」

 「さっきの話?」ゴシマはエンユウがなんのことを言っているのかがすぐにはわからず、首をかしげている。エンユウはニヤリと笑うとゴシマの脇をすり抜け、すぐ横で黒ビールを楽しんでいる3人の男たちのテーブルに近づいて行った。男たちの目の前には空いたジョッキがいくつも並んでいる。背もたれに脂肪のついた背中を預け、かなりご機嫌な様子だ。ゴシマをはじめ、トシやクリスやバラキたちもエンユウが何をするつもりなのか見当も付かない。その様子をハリマやクシマはニコニコしながら眺めている。


 エンユウは1人の男の目の前に立つと相手の顔に自分の顔を近づけていった。そして男の鼻と自分の鼻がつきそうな距離でピタリと止まった。3センチと離れていない。男は完全に酔っ払っている。あんな酔っ払いにそんなことをしては、からまれるに決まっている。ゴシマは気が気じゃなかった。するとエンユウは男のすぐ目の前で手を振り始めた。


 「おい、おめぇ、何だ」男が凄みを利かせて言った。とうとう堪忍袋の緒が切れたらしい。ゴシマは思わず目を伏せた。からまれて当然だ。どう考えてもエンユウが悪い。ところが次に酔っ払いの口をついて出たのは想像もしないひと言だった。「なあに見てんだ、でかい兄ちゃんよぉ」酔っ払いが文句を言っていたのはエンユウにではなく、ゴシマにだった。


 「僕か」驚いてゴシマが言った。

 「僕ってツラか。ほかに誰がいるってんだ」どうやら男はエンユウの存在に気付いてすらいない。その様子をじいっと見ていたゴシマが、ずっと自分のことをにらんでいたように見えたらしい。

 「そうだ、何か文句あんのか」同じテーブルについていた2人もゴシマに文句を言っている。「文句あんなら外に出ろ」ベルトをだらしなく垂れ下がった腹で隠している男たちは、とうてい強そうには見えないが、酔っているだけにたちが悪い。

 「いや、気分を害されたならば謝る、この通りだ」ゴシマは素直に頭を下げた。しかし、気が大きくなっている男たちはなかなか承知しない。


 「兄ちゃんよぉ~」男がよろよろと立ち上がった。そのまま覚束ない足取りで近づいてくると、ふうーっとゴシマの顔に息を吹きかけてきた。腐った卵ようなにおいがした。「誤ればいいってもんじゃねえのよ、わかる?」目が完全に座っている。


 「何とか、機嫌を直してくれんか」

 「おめえよお、謝ればなんでも許してもらえるってえのが甘めんだよ、なあ」ゴシマが低姿勢でいるのを幸いに、男は他の2人のほうを振り返りながらまくし立てた。他の2人もゴシマの謝る様子をにやけながら眺めている。

 「まあ、そう言わずに」ゴシマはそう言うと後ろを向いている男にグイと体を寄せた。

 「な、なんでえ」これまで威勢の良かった男は急に後ずさりをするように体をそらせた。そしてゴシマが男の手を取ると「な、なにすんでえ」と誰もが振り返るような大声を上げた。


 「そう興奮せずに」ゴシマはそっと男の手に一枚の銀貨を握らせた。ビールがたっぷりあと10杯は飲める金額だ。

 「わかりゃいいんだ、今後気を付けるんだな」銀貨に気付いた男は途端に態度をコロリと変えた。そして何事もなかったかのように席に戻って再びビールをあおり始めた。結局男たちは最後までエンユウの存在には気付かなかった。


 「すまんな、散財させて」エンユウが言った。

 「あの…今のはどういう」

 「見ての通りじゃ、こやつらはワシに気付いてもおらん。視界に入っても認識することができんのじゃ。アーグごときではワシらを見つけることはできんよ。こちらが奴らに対して何かをしない限りはな」


 「はあ~、さすがは賢者様だ、たいしたもんでさ」ゴシマのすぐ後ろでナーガは腕を組み、盛んに首を振りながら、しきりに感心している。その後ろでラーガもウンウンとうなずいている。

 「その2人はだれじゃ」エンユウがゴシマの後ろを覗くようにして聞いた。

 「この2人は市場で武具屋を開いている兄弟なのですが、ウゴ族に関して少し気になることを申しておりまして、ここは賢者様たちに御判断いただこうかと連れてまいりました」ゴシマが事の次第を話した。


 「……ウゴ族をご存知で?」ハリマがナーガに聞いた。

 「ウゴ族に関することとはどんなことじゃな。お話しいただけますかな」クシマが穏やかな口調で聞いた。

 「これは大クシマとお見受けします。私はナーガといいまして、このシュノンで商いをしています」ナーガは手早く身だしなみを整えると丁寧に挨拶した。店での態度と極端に違う態度にゴシマは少しだけイラッとした。


 「それで、ウゴ族の情報とはどんなことですかな」

 「正直言って飛び切りの情報でして…本当ならこんなに簡単にお教えするようなことはできないんですが…まあ、賢者様たちと初めてお会いするわけですんで、特別にお教えできないこともないんですが…」ナーガは勿体つけてなかなか話し出さない。


 「早く言わんか」初対面にもかかわらずエンユウが厳しく言った。

 「ウォホン。では…」軽く咳払いをしてから、ナーガが話し出した。「ウゴ族は生き残ってまさ」ナーガの言葉が皆の中にすとんと落ちるまで少し時間がかかった。


 「光の民が生きておるだと。お主の言うとびきりの情報とはそんなことか」途端にエンユウが片方の眉を吊り上げて言った。信用していないのはすぐにわかった。


 「いや、光の民ではなくウゴ族でさ」

 「同じことじゃろうが」

 「えっ、違いまさ」

 「お主もゾラのようなことを言うのか」エンユウはうんざりした口調で言った。ゾラは相変わらずエンユウの横でうなだれている。目の前には3分の1ほど少なくなったビールのジョッキが置かれている。

 「見どころあるぞ、気付くとは、違いに、お主」いきなりゾラが立ち上がってナーガを指差した。しかし、それだけ言うとまたテーブルに突っ伏した。普段、必要なこと以外(場合によっては必要なことすら)話さないゾラの豹変にゴシマたちは驚いている。賢者たちは、また始まったとばかりに白けた視線を投げている。


 「…まあ、いいわい。ウゴ族が生きている?ばかなことを言うな。ウゴ族は先の大戦で全滅したのだ。生きているなら、どこにおると言うのだ」


 「いや、それはわかりませんが、見た者がいまさ」

 「人からのまた聞きなど、あてにできるものではない。第一、どうしてウゴ族だとわかった。見た目は少し細いが普通の人間と左程変わらないじゃろうが」

 「カルルを身につけていたんでさ」

 「カルル?」エンユウが聞いた。「それは何じゃ」

 「へ?」ナーガは気の抜けたような声を上げた。「カルルをご存じないんで?はあ、そうですか」少しあきれたような口調でナーガが続けた。

 「いいからなんじゃ」

 「なら教えて差し上げましょう」ナーガはもう一度咳払いをすると、自慢げに声を張り上げた。「カルルとはウゴ族の衣装でさ」

 「兄ちゃん、兄ちゃん」ラーガが背中をつついてきた。ナーガはうるさそうにその手を払いのけた。しかたなくラーガは「カルルじゃないよ、あれはウカルだよ」と言った。

 「えっ、ウカル?」ナーガはチラリとエンユウを見た。エンユウは湿った視線をナーガに浴びせている。


 「まあいいわい。そのウカルを身に着けた者を見たと言うのか」

 「そうでさ。しかも、その場にいたトロールたちをあっという間に倒してしまったとか」トロールという言葉を聞いて、ゴシマやトシの体がピクリと動いた。

 「トロールたち?何匹も出たというのか。この時期に?バカを申せ」エンユウはせせら笑うように言った。


 「それにしても……」ハリマが割り込むように言った。「よく御存じですね、いろいろなことを。ウゴ族のことを知っているだけでもたいしたものですが、まさかウゴ族の衣装ウカルのことまで知っておられるとは。それにトロールのことにしても、もう数百年も出ていないはずですが…」

 「いや、親父が大昔に話してくれたんでさ。話を聞いただけですが、ウカルにしてもトロールにしてもすぐにわかりました」

 「お父上はどこかのお国の修史に携われていたのですか」

 「いや、大工をしてたんで」

 「ほう、大工を…」

 「寝る前によく枕元でいろんな話を聞かせてくれました。ほとんど忘れちまいましたが…。コイツのほうがたくさん覚えているんじゃないかな」そう言うと少年を自分の前に出した。


 「コイツは弟でラーガと言いまさ。10歳になりまさ。以後、お見知りおきを」ラーガは少し緊張した面持ちでペコリと頭を下げた。ハリマとクシマとエレナたちがそれに応えるように頭を下げた。

 「貴重な情報をありがとう。また何かあったら教えてくれますか」と言うとハリマはどこからか飴玉を取り出しラーガに差し出した。必要以上に子ども扱いされたラーガは受け取るのを渋っていたが、結局恥ずかしそうに受け取ると素早くそれを口の中に放り込んだ。


 「ハリマ、実は…その、この者たちは我々と同行したいと申しておるのですが…」ゴシマが少し言いづらそうに言った。

 「同行じゃと、何を言っとる」エンユウが眉根を寄せた。


 「すみませんが、私たちの旅路は遊びではありません」ハリマが言った。

 「覚悟はできてまさ」ナーガが言った。

 「お主の覚悟などどうでもいい。われらは遊びに行くのではないのだ。物見遊山の者を連れて行くことはできん」エンユウが言った。

 「物見遊山じゃあありません。お役に立ちたいんでさ」

 「あなた達を連れて行くことはできません」ハリマが言った。二の句をつげさせない厳しい口調だ。


 「第一役に立ちたいはいいが、お主に何ができるというのだ」エンユウが続けて言った。

 「オイラは商人。皆さんが持ってない情報もたくさん持ってまさ」

 「私たちがほしい情報は一商人が簡単に手に入れられるような情報ではないのです」ハリマが言った。


 「ちょっと待て」エンユウがニンマリと笑った。「こやつが商人だというのならちょうどよいではないか」

 「何がです」

 「馬じゃよ」

 「馬?」

 「お主が商人というのなら、馬がほしいのだ。しかも、ラジル馬が」エンユウはナーガの目を見据えて言った。

 「ラジル馬?」

 「そうじゃ、ラジル馬じゃ。できれば人数分ほしいが、まあ無理は言わん。だが少なくとも5頭はほしい。手に入るか」

 「お安い御用でさ。少し時間がかかりますが」

 「少々なら構わぬが、少なくとも今日中には手に入れたいのだ」

 「それができましたら、お仲間に加えてもらえますか」

 「もちろんじゃ」エンユウは即座に答えた。

 「ちょっ…」ハリマが口を挟もうとしたが、エンユウが手で制した。


 「わかりました。4時間ほどで戻れると思うんで」そう言うとラーガを伴ってそそくさと店を出て行った。

 「どういうつもりですか」しばらくしてハリマが聞いた。その声には多分に非難の色が混じっている。

 「何も心配することはなかろう。ラセルのところで手に入れられないと言っておるのだ。あやつに手に入れられるわけはあるまい。万が一、ラジル馬を今日中に持ってこられたら、それはそれでよいではないか。まあ、そんなことはあるまいが…」

 「どこの馬の骨ともわからぬ者を同行させるのですか」ハリマが言うと、ゴシマはなんとも申し訳なさそうな顔をした。

 「だからあやつには手に入れられんと言っとるじゃろうが」

 「初めから同行させるつもりがないなら、はっきりと断るべきでしょう。不誠実です」

 「そう杓子定規に考えるな。もっとこう、柔軟に考えられんか」

 「そういうのをいい加減と言うんです」


 「わかった、もし奴がラジル馬を持ってくればわしが最後まで責任を持つワイ」

 「責任?責任とはどのような」

 「どうようなと言っても…責任を持つと言っておる」

 「具体的に話してください」

 「具体的?…」エンユウが考え込んでいるのをハリマはビールを飲みながらゆっくりと待った。ゾラはその横でうつろな目でエンユウを見ている。


 「わかった、わかった。もし、今後、あの兄弟が何かしでかした場合は例えどのようなことであっても、わしが責任を持って後始末を行う」

 「本当ですね」ハリマは疑り深そうなまなざしでエンユウを見た。

 「本当じゃ、本当じゃ」面倒くさそうにエンユウが答えた。

 「ゾラ、すみませんが、円卓史に記載をお願いしますね」

 「了解しゃした」いつもと違う口調でゾラが言った。充血した目をチロリとハリマに向けると、カバンから羊皮紙を取り出し、なにやら記載を始めた。酔っているせいか、字が大きくくねっている。


 「円卓史?このような些細なことまで記載するつもりか」

 「あまり簡単にいろいろなことまで請け負われてもかないませんからね」ハリマが言った。ゾラは定まらない目でエンユウを見ると、そのままペンを走らせた。

 「まあ、何とでも書くがいい。どのみちあの兄弟がラジル馬を買ってくることなどありえん」

 「それにしても…」エンユウが続けた。「お安い御用ですとぬかしおった。ラセルにも手に入らんものを…」エンユウは吐き捨てるように言った。ゴシマはテーブルの脇に立ったまま青い顔をしている。


 「さて、問題は馬をどうやって手に入れるかだな…何かいい手はないものか」エンユウが言った。

 「さっきの兄弟は待たないんですか」ハリマが言った。

 「待って何の意味がある。持ってこられる訳があるまい」

 「それでは約束が違います。そんなことはできません」

 「待ってもいいが、ラセルにも無理なものを無理に決まっておる」

 「わからんぞ、絶対に手に入れると顔に書いてあった」鷹揚な笑みを浮かべてクシマが言った。

 「お主、本気で言っておるのか」エンユウは乾いた視線をクシマに投げた。

 「もちろん」クシマは子供のように答えた。


 「いずれにしても、ラセルのところに行けばいいじゃろう。お主も言ったように、馬はやはりラジル馬がいいじゃろう。となると、現実問題として、時間はかかってもラセルに任せるしかあるまい。まあ、お主たちがあの兄弟を待つというなら、店主にでも言付けてからラセルのところへ行ったらどうじゃ。ラセルより前に用意できたのであれば、兄弟から買えばいいではないか。それでどうじゃ」エンユウがクシマをチラリと見て言った。クシマは相変わらずニコニコと満足そうな笑みを浮かべている。


 「まあ、いいでしょう…」ハリマもしぶしぶ了解した。「おや、クリスはどうしました?」

 「クリスなら、なんかイソイソと出て行ったぜ」ようやく食事を終えたバラキが言った。

 「なんです、どこに行くか言いもしないで」

 「どこか、店でも見て回ってるのじゃろ。ではラセルのところへ行くとするか。どうせ今夜からラセルのところに厄介になるのだから。店主に言付ければ問題はあるまい」エンユウが言った。


 「そのラセルっていう商人の家ってのはどこにあるんだい」バラキが言った。

 「ほれ、ついさっき市場に来る前に通ったじゃろう、あの小さな村のひときわ大きな邸宅じゃ」エンユウが言った。

 「へぇ、すごいお金持ちなんですね」なぜかカインがうれしそうに言った。

 「あまり迷惑をかけてもいかん。泊めてもらうにしてもそれだけにしよう」エンユウが言った。

 「えっ、それはどういう」カインが言った。眉間にシワを寄せてさも大事件が起こったかのような顔をしている。

 「食事は各自済ませてから行こうということじゃ」

 「で、でも、それはかえって失礼なんでは」

 「お前はそんなこと気にすることはありません」ハリマが言った。「何ですか、お前は食べることばかり。いざという時、働きもしないで」今度はハリマの長い説教が始まった。


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