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シュノンのインチキ武具屋

 「しかし、50ヒコサとは恐れ入ったな」ゴシマは腰に下げた巾着袋を右手でポンポンと叩いた。ハリマから渡された木の実はなんと50ヒコサにもなった。4人家族が普通に暮らしたって2年は暮らせる金額だ。ハリマに指示された薬問屋に入っていって、木の実を差し出すと、店主はたいそう驚いた。そして「これは珍しいものを…」を連発してから、木の実をさもありがたそうに頭上に押し頂き、大量の金貨で買い取ったのだった。


 「しかし、あの木の実は何だったのかな」ゴシマが言った。

 「…さあ」トシが答えた。

 「話によると覇者の実なんてのもあるらしい」

 「覇者の実?」ハリマはおうむ返しに繰り返した。

 「ソイツを飲めば、この世界を制覇できるのかもしれん」ゴシマが言った。トシは少し首を斜めに傾げた。

 「さっきの実も、とても価値のある物なんだろうな」

 「うん」


 ハリマから預かった木の実はゴシマもトシも初めて見る物だった。ハリマたちの共をするようになってからゴシマやトシにはたまにこのようなことがあった。さっきのクシマもどう考えてもすり抜けたとしか思えなかったし、とんでもない怪物だと思っていたグリフォンが賢者たちの仲間だったり、今の木の実も何でそんなに高価なのかさっぱりわからなかった。わからないことがあっても賢者たちに気軽に質問するのはためらわれた。ゴシマはこれまでのことを思い出して改めて賢者たちの底知れなさを感じていた。


 「さて、そろそろ帰るとするか」ゴシマがトシに話しかけた時、トシは一人のサモ人に声をかけられていた。

 「どうだい、ダンナ、ちょっと見ていかないかい。今となってはまず見ることが出来ない幻の剣がそろってるよ。サモの名工カイドの剣はもちろん、北の小国ルカの名工スマリまで揃えているのはうちだけだよ。そこらの物とはレベルが違う代物だ。オイラは誰にでも声をかけているわけじゃない。ダンナには剣を見る目があると信じて声をかけてるんだ。ここで見ていかない法はないぜ」口の周りに薄汚い髭を生やし、よく動く口でペラペラと自慢げにしゃべるサモ人にトシは圧倒されている。ただでさえ、人と話すのが得意でないトシは、困ってただ口を尖らせている。


 「すまんな、少々急いでいるのだ」ゴシマがトシの前に割り込んで言った。

 「いや、そんなにお時間は取らせませんよ」小柄なサモ人は見上げるようにゴシマに言った。

 ゴシマが無視していこうとしたとき、サモ人がつぶやいた。「後悔しますよ。正直言って、そこらの武具屋とはわけが違うんだ」

 「ほう、どう違うんだ」ゴシマが切り返した。


 「たとえば…ダンナたちゃ、ウゴ族っていうのを知ってるかい」

 「知らん、知らん。悪いがもう行くぞ」ゴシマがさっさと立ち去ろうとトシの手を引いたとき、逆にトシがその手をほどいた。

 「どうした?トシ」

 「今、ウゴ族って」

 「何だそのウゴ族ってのは」

 「クシマが探していた」

 「あ、ああ、そういやそうだった」ゴシマは自信なさげにうなづいた。そしてサモ人に向かって言った。「ウゴ族を知っているのか」


 ウゴ族手組の武器をクシマはずっと探している。ウゴ族は東の大国ラビスのヨアル山脈を超えた東のはずれに暮らし、五百年前には滅ぼされたとされているため、ウゴ族の存在を知っている人は今ではほとんどいなかった。


 「知っておりますとも。そこに手組ってのがいたんだが、その武器も扱ってるんだ。でも他人に言ったらダメですよ。なにせ、ウゴ族はその能力を恐れた人外に滅亡させられたとされる悲劇の民だ。そのとき、手組の武器も破壊された。もし、オイラに手組の武器があるとわかったら、人外の奴らが襲いかかってくるかもしれねえ」サモ人は少し大げさに身震いをして見せた。


 「こやつの言っていることは本当か?」声を潜めてゴシマがトシに聞いた。

 トシは腕を組み右手を下あごに付けて時間をかけて考えた末「わからない…」と答えた。「でもウゴ族を知ってるなんて…」

 「そうだな。それにクシマも探しているというなら…少し入ってみるか」ゴシマが答えるが早いか、サモ人は「ありがとうございます」と言って、みずからとっとと店内に入って行った。


 ちっぽけな店の中は薄暗く、お世辞にもきれいとは言えなかった。さまざまな武器がでたらめに並んでいる。剣や槍、弓などがまるでガラクタを束ねるように麻の紐でひとくくりにされ、ほこりをかぶっている。隣には盾が山積みになっていた。どうみてもたいした品じゃない。武器のひどさもさることながら、とても真面目に売ろうと考えている陳列じゃない。多少整理されたごみ置き場のようだ。


 「随分ときれいな店だな」ゴシマが皮肉を込めて言った。

 「いや、それほどでもないですが」サモ人の言い草は皮肉とわかっているのか、それとも本当にきれいだと思って謙遜しているのかよくわからなかった。

 (…この店がきれいなわけがあるまい)苦々しい顔でゴシマが言った。「さっそく手組の武器とやらを見せてくれないか」

 「おやすい御用でさ」というと店の奥に引っ込んでいった。ゴソゴソと何かを探す音がしたかと思うと、ひと振りの剣を持ってきた。さすがに紐でくくられてはいない。鞘と柄に大粒の宝石をいくつもつけた、きらびやかなひと振りがゴシマに手渡された。


 「抜いてみてもよいか」

 「どうぞどうぞ。ウゴ族の剣は正直言ってそこらの剣とはわけが違うんだ。ウゴ族手組による武器はすべて破壊されたと言われてるが、まれに人外の者の目をかいくぐって存在する武器もある。これはその世にもまれなるひと振りでさ」サモ人はにやけた顔でペラペラとしゃべった。何か真面目に聞くのが嫌になるようなしゃべり方だ。


 ゴシマは剣を抜いた。剣身が姿を現した。そして目の高さに掲げると、いろいろな角度から剣を眺め始めた。

 「ふむ、なるほど。言われてみると名剣という感じもするが…」そう言うと自信なさげにトシをチラッと見た。そして剣を鞘に収めると、トシに渡した。トシは剣をゆっくり抜くと目の前で翻してみせた。


 「どうだ、トシ」ゴシマはトシの「見る目」を信じている。

 「よくない」剣を収めてたったひと言トシが答えた。サモ人はトシの言ったことには気付かず、2人の後ろでニヤニヤと笑っている。

 「そうか…よくもまあ、ぬけぬけと」自分が名剣と言ったことも忘れて怒りのこもった目でサモ人をにらんだ。

 「どうかしたんで?」にやけた顔でサモ人が話しかけた。

 「他の剣を見せてくれ」苛立ちを隠してゴシマが言った。

 「なかなかどうして。やはりちゃんと見る目を持ってますな」そう言うとサモ人はいそいそと店の奥に消えていった。暫くしてさもうやうやしそうに白い包みを持ってきた。


 「こいつは特別でさ。ウゴ族手組の中の手組と言われたガンケという名工を知ってますかい。これは正真正銘のガンケの手によるものでさ。ガンケのレベルになるともうそれは芸術でさ。実際絵でも彫刻でもなんでもやったそうでさ。ガンケの作品にはいろんな逸話があるのを知ってますかい。ドラゴンの彫刻が一夜のうちに生命を宿し、空高く飛んでったとか、ライオンの彫刻が突然動きだし、人に噛みついたとか。ほかにも、書き損じた餅の絵を燃やしたらプクーと膨らんできたとか、正直言ってその辺のところは怪しいところだが、それほど、優れた作品を作ったということですな。こいつがその剣でさ」頼んでもいないのに余計な講釈をつけて、サモ人は白い包みを解き始めた。包みからはさっきの剣以上にごてごてした飾りをつけた剣が現われた。サモ人はゴシマたちの前でうやうやしく剣を翻して見せた。そしていかにも厳かなふうを装って、鞘から白刃を抜いてみせた。これ見よがしに2人の目の前に白刃をちらつかせ、さも満足げな笑顔を浮かべた。「今なら、…そうですな、特別に50ヒコサで譲りましょう」


 「50ヒコサだと…」サモ人が提示した金額が偶然にもハリマから渡された木の実を売った金額と一緒だったのも、なぜか無性にゴシマの癪に障った。こうなると申し訳程度に生えている離れた眉毛も開いてるんだか閉じてるんだかわからないような小さな目も、穴ばかりが目立つペシャンコな鼻も何もかもが気に食わなく思えてきた。


 「ちょっと失礼」ゴシマはサモ人からいささか乱暴に剣を取り上げるとそのままトシに渡した。トシはひと目剣をみるとすぐさまゴシマに返した。さっきの剣よりもあっと言う間だ。


 「今度はどうだ」トシは言葉の代わりに首を二、三度横に振った。あまりの酷さに立ちくらみがしたのか、その場にしゃがみ込んだ。

「どうした」ゴシマが顔を寄せてきた。「波打ってる」トシが言ったので、ゴシマは再び剣を抜いてみた。あまりよくわからなかったが、剣を収めるとひと言「…確かに」と言った。


 「どうかしたんで?」サモ人が寄ってきた。眉間にしわを寄せて、さも心配そうな顔をしている。しかし、次に口から出た言葉にゴシマは怒りを通り越してあきれてしまった。「さては名剣の持つ独特の雰囲気にやられちまいましたか。たまにいるんでさ、こんなお客さんが。まあ、これだけの名剣を前にすると、緊張するのもわかりますが。へっへっへ」


 「ほう、名剣の雰囲気にやられる客がいるのか」努めて冷静にゴシマが聞いた。でも、体は怒りでプルプル震えている。

 「へへ、さようで」

 「ところで店主はお主か」

 「店主は私ですが」少し誇らしげにサモ人が答えた。

 「そうか、お主が店主か」そういうとゴシマはサモ人のすぐ前に立ちはだかった。体の大きなゴシマが目の前に立つとサモ人の前に壁ができたかのようだ。


 「おい、店主。おまえこのインチキどこから仕入れてきた」

 「は?」ゴシマの予想外の言葉にサモ人はキョトンとしている。

 「シラを切るつもりか。これはどこから仕入れたと聞いている」

 「何が言いたいんで?」態度をガラリと変えて、さも面倒くさそうにサモ人が答えた。

 「お主、開き直るつもりか」

 「言いがかりはやめてくんな。何を証拠にそんなこと言うんで?」店主は慌てる様子もなく、たんたんと言い返してきた。その態度がゴシマをますます腹立たせた。


 「ここの品があまりにひどいからだ」店主は何を言われても落ち着き払っている。真っ赤になって興奮しているゴシマとは対照的だ。

 「さっき、アンタ自身が名剣と言ってたろうが」

 「えっ」

 「聞いてたぜ」

 「そ、そんなことは言ってない」目利きに自信のないゴシマは痛いところを突かれて、たちまちしどろもどろになってしまった。

 「しらばっくれてもだめだ。確かに言ってたぜ」店主は伸びをしてゴシマの顔に自分の顔を近づけた。

 「言っていないよな、な…トシ」ゴシマは目をそらし、トシに話を振った。正直なトシは目の前でゴシマが言ったのを聞いていたので、何も言えず困っている。


 「少しは見る目があるかと思ってたが、残念だな」

 「くっ…」くやしいが、何も言い返せない。

 「もういいよ。正直言って、見る目のない奴に何を言ってもしかたがねえ。もう少し見る目を養ってから来るんだな」そう言うと再びゴシマの前に自分の顔を近づけて、ふふんと鼻で笑った。


 「き、貴様」ゴシマは真っ赤になって怒っているが、何を言っても言い返されそうで、何も言えない。店主の顔は人を馬鹿にしきった顔をしている。「行くぞ、トシ」すごい勢いでゴシマが言った。

 「ウゴ族は?」トシは店主がなぜウゴ族のことを知っているのかが気になっている。「わかった。一応、ハリマとクシマには報告しよう」ゴシマはトシの様子を察して言った。


 「えっ」店主が言った。「ハリマとクシマだって?」ゴシマは、(…しまった)と口を押えた。店主は急に何やら考え始めた。その隙に2人はそっと店を出て行こうと入口の方へと足を運んだ。

 「ダンナ、話がある」店主が真剣な面持ちで言った。さっきまでのゴシマを馬鹿にしきった男とは別人のようだ。


 「オイラたちも賢者様のところへ連れて行ってくれないか」

 「け、賢者とは何のことだ」

 「ごまかしたってだめだ。今さっき、アンタの口からハリマ、クシマって言ってたろ。ハリマは第1の賢者、クシマはあの大クシマのことだろ」

 「そ、それはだな…そんなこと言ったかな…」ゴシマにはやはりうまくごまかすことができない。トシはあきれて顔を抑えている。


 「たのむ、一緒に連れて行ってくれ」

 「どの口がそんなことを言う。恐れ多くも五賢者様だぞ。おまえのようなインチキ商人連れて行けるか」

 「いや、こう見えてもオイラは情報屋だ。商人としてはインチキだが、持っている情報はきっと役にたつ」

 「信用できるか」

 「ウゴ族に関してはもっと大事なことも知ってるんだ」

 「なんだ、それは?」

 「ここじゃ言えねえよ。そんな安い情報じゃないんだ。正直言ってとびきりの情報でさ」


 「とびきりの情報?」いくら考えてもさっぱり見当のつかないゴシマはトシに尋ねた。「どう思う?」

 トシは腕を組んで長いこと考えてから「決めてもらおう、ハリマたちに」と言った。ウゴ族はクシマがずっと探していただけに無下にもできない。

 「ありがたい」


 「さて、思った以上に時間をつぶしてしまった。そろそろ行くとするか」帰ろうとしたとき、トシが言った。「さっき、オイラたちと言っていた…」

 「なんのことだ」

 「たちと言っていた。ほかにもいるのかも」

 「なに?」ゴシマは店主に視線を投げた。「だれかほかにもおるのか」

 「その子かな」トシが店の奥のほうを指差した。指されたほうを見てみると、盾がぶら下がった店の太い柱の陰からじっとこちらを見ている少年がいる。


 「弟のラーガでさ。ほれ、挨拶をしろ」

 「こんにちは」そばかすだらけの小柄な10歳ぐらいの少年が出てきて、ペコっと頭を下げた。目がクリッとした賢そうな感じの少年で兄とは全く似ていない。

 「いい子だ。兄に似ず、礼儀正しい子だな」ゴシマが言った。

 「そうなんで。コイツはオイラに似ないで、本当にできた弟で…。あっ、ちなみにオイラの名前はナーガって言うんで」ナーガは自分が悪く言われたことより弟がほめられたことに満足している。

 「では、そろそろ戻るとするか。お主たちも付いてくるがいい」


 「あっ、そうそう」そう言うとナーガは再び店の奥に入って行った。

 「ほら、もう行くぞ」

 「これ、お近づきの印に」ナーガはひと振りの剣を差し出した。緑の柄の剣は余計な装飾を施していない見たところ何の変哲もない剣だ。

 「いらん、どうせインチキだろう」ゴシマはあっさり言った。そもそもさっき散々馬鹿にされた相手から贈り物などもらう気がしなかった。

 「いや、そんなことはないんで。高級品というわけでもないけどそこそこいい剣でさ」

 「そこそこいい?随分と正直な物言いだな。でも遠慮しておこう」

 「そう言わずに」

 「いや、いいよ。もらっても使う当てがないのだ」ゴシマは露骨に迷惑そうな顔をしている。ナーガの顔を見るたび、さっきの小憎らしい顔が浮かんで、とても受け取る気になれない。

 「いやせっかくですから」

 「お前もしつこいな」

 「せっかくお近づきになれたのですから」ゴシマがどれだけ固辞しても、ナーガはなかなか引き下がらない。

 「…そうか、そこまで言うのなら」とうとう面倒くさくなってしぶしぶ受け取った。「では賢者様のところへ戻るぞ」ゴシマを先頭に4人は食堂へと向かった。


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