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シュノンの市場へ

 一行はすぐにシュノンへと出発した。シュノンまではおよそ2時間で到着する。ドラコが退治してくれたとは言え、ワイバーンの一件は始まったばかりのジュレスへの道のりの行く末が案じられる不吉な出来事だった。ゴシマたちは何とも言えない不安を感じていた。救いだったのはエレナたちが乗っていたのがドラコだったことだ。一瞬でドラコが退治をしてしまったため、カインたちのような恐怖は味わうことはなかった。しかし、ワイバーンを倒したドラコはもうここにはいない。


 山の脇を通り急な下り坂に出た。丈の短い草が所々に生え、この辺りに貴重な緑を提供していた。斜面は大きく弧を描くように下っているため、途中から先が見えなくなっている。坂の向こうにうねって見えるのがラバス街道だ。


 後ろの山を除けば、身を隠すところはどこにもなかった。トシとゴシマは先頭としんがりに分かれ、敵が現れないか常に気を配りながら歩いている。列の真ん中にエレナとエイレンが来るように注意しながら。臆病なカインはいつもエレナたちのすぐそばを歩いた。カインの大きな体がそばにあるとただでさえ華奢な2人がより華奢に見えた。カインはロンに乗せていた大きな麻の袋を背負っている。その大きな体にも不釣り合いなほど袋は大きかった。力には自信のあるカインだったが、時折フラフラとふらついている。


 「欲張りすぎなんじゃ、お主は。そんなに持ってくるなと言ったのに言うことを聞かんからじゃ。ふらついておるではないか」カインのすぐ後ろを歩いていたエンユウが言った。

 「重くはないんですが、お腹がすいて」情けない声でカインが言った。見るとその頬にはポロポロ涙が伝っている。

 「いい加減になさい。子供じゃあるまいし、お腹がすいただけで泣きますか、普通」ハリマが言った。


 「どうかな、ハリマ。まあ、こんどはいつ食事らしい食事ができるかわからんから、少し遅くなったが、シュノンの市場で買い物ついでに腹ごしらえでもしては」クシマが笑いながら言った。ハリマは大きくため息をついた。

 「そうですね。エレナ殿たちもお疲れでしょうから、おいしい物でも食べて元気をつけていただきますか」そう言うとハリマはエレナの方を見た。ハリマの視線に気づいたエレナは笑顔を浮かべたが、慣れない空の旅の疲れからか、どことなくぎこちない笑顔だった。


 「本当ですか」グイッと涙を拭いて、カインはがぜんやる気を起こした。人外の者が襲ってくるかもしれないということも忘れて、ずんずん歩くスピードを速めて行った。「この先を下っていけばいいんですよね」満面の笑みを浮かべてカインが言った。

 「何をしにはるばる来たんだか。…カインにも困ったものです」ハリマがクシマに言った。カインは一行のペースに構うことなくどんどん先に進んでいく。


 「なに、これからつらい旅路が続く。何か楽しみがなければ続かんよ」カインの後ろ姿を眺めながらクシマが言った。カインは後ろを振り返ることなくますますスピードを速めていき、とうとうクシマの視界から消えてしまった。「…それにしてもカインは少々極端じゃな」


 しばらく行くと右手に細い道が見えてきた。道はそのままララバス街道につながっている。一行は道に沿って歩き出した。青い空が表れてくると景色はみずみずしさを取り戻し、道端のわずかな草が目にも鮮やかに見えた。この辺りにも雨が降っていたのか、草の先には雫が光っている。

 はるか先にはシトンのなだらかな山々の連なりが見える。右手にはラジルの山々がその向こうには母なるユングが聳えている。


 道沿いに集落が見えてきた。木造の小さな家がひしめく中、ところどころに石造りの大きな邸宅が点在していた。早い夕食の準備かそのうちのいくつかの煙突からは細い煙がたなびいている。集落の中央には、教会がひときわ高くそびえている。


 「シンゾの村じゃ。この村が見えてくれば、ほどなくラバス街道に入るはずじゃ」エンユウが視線を村に向けながら言った。

 ゴシマは一番最後を歩いていた。エレナとエイレンは質素な男物の衣服を着ているため、後ろから一見しただけでは女性がいるようには見えない。しかし、ハリマを初め、賢者たちは皆子供ほどの背丈もない。同じような背丈の大人がゾロゾロいたのではどうしたって目立つ。人外の者でなくとも、目を引くことは間違いない。エレナたちがばれなくても、賢者たちでばれてしまう。今はまだいいが、今後人外の者が次々に出てくれば、エレナたちを守ることは難しくなる。


 「あの…」ゴシマがハリマに話しかけた。

 「なんです」

 「エレナ殿たちが変装するのは分かるのですが、失礼ながらハリマたちのような小柄な方たちが多くいたのでは、いずれにしても追手にばれてしまうのでは」

 「アーグたちに私たちが見つかる心配はありません」

 「と言うと」

 「もともとアーグというのは…」

 「論より証拠じゃ。シュノンに着いたら見せてやろう」エンユウが割って入った。

 「ということらしいです」ハリマが言った。「しかし人の会話に横から強引に入ってくるのはあまり感心しませんね」眉を上げてハリマが言った。

 「また始まった、細かいことをチクチクと」口をモゴモゴさせてエンユウが言った。

 「何かおっしゃいましたか」エンユウの目をじっと見ながらハリマが言った。

 「いや、シュノンの市場も久方ぶりじゃと思ってな」ハリマの視線を逃れるように目をそらしてエンユウが言った。

 「エンユウ、あなたごまかす気ですね」雲行きが怪しくなってきたのを感じたのか、ゴシマはすっとその場からいなくなった。


 まもなく一行はラバス街道に入った。シュノンの市場はラバス街道沿いにある。街道に入るとすぐにさまざまな国の人たちが目に付いた。青い目と大きな体の北国のナミ人、浅黒い肌と濃い髭を蓄えた南国のトルカ人、細い目と小柄な体の東国のジラン人と、まさに世界各地から集まったという感がある。白い衣装に身を包んだトルカ人は山ほどの荷物を積んだ荷車を何頭ものラクダやラバに引かせている。他にも数台の荷馬車を連ねて行く大規模な隊商の姿も見えた。途中、痩せた体に鋭い目つきばかりが目立つ西国のラジル人の視線を嫌と言うほど浴びながら、一行は市場への道を急いだ。


 市場が近くなるにつれ、街道はますます活気を帯びてきた。人並みはずれた体の大きさと余りあるほどの大きな荷物を背負ったカインは人一倍通行人の注目を集めたが、本人はまったくお構いなく、どんどん先に進んで行った。

 「おい、カイン。そんなに急ぐな。市場に入る前にはぐれてしまうぞ」ゴシマが前を歩いているカインに向かって声を張り上げた。

 「そうだよね」カインははやる気持ちを抑え、みんなが追いつくのを今か今かと待った。早いところ食堂に入ってお腹いっぱい食べたいのはやまやまだが、はぐれて食べられなくなっては大変だ。よほど待ち遠しいのか待っている間も足踏みをやめなかった。


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