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闇に生きる獣

 青い空が目の前に無限に広がっている。空ばかり見上げていると景色が全く変わらないので、進んでいるのかどうかすら、わからなくなってくる。でも下に目を向けると、さっきまでいた地上がだんだん小さくなっているのがわかる。上空は北から南東への風が強く吹いている。一行にとって絶好の追い風だ。


 「出かけるには最高の陽気じゃな。この服だと暑いぐらいじゃ」厚手の服をつまんでクシマが言った。短い白髪がかすかな向かい風に揺らいでいる。強烈な追い風とグリフォンの受ける向かい風が相殺して、空の上ではあまり風の影響は受けなかった。


 すぐ下を広大なケト湖が横たわっている。キトナ山脈の広い部分を覆うように位置するケト湖は太陽の光を受けて水面がキラキラと輝いている。西にはキトナ山脈を縫うように南北の交通の大動脈ラバス街道が走っている。馬に乗った人、荷車を引いた人、大きな隊商や荷物を抱えた人が点々と見える。一行が目指すジュレスはこの街道のずっとずっと先にあった。


 あっという間にキトナ山脈を抜けると広大な荒野が広がった。ところどころに小さな集落が見える。豆粒のような家が規則正しく並んでいる。ガーラはカルやロンに合わせて飛んでいるため、かなり力を押さえているが、グリフォンの飛ぶ速さは並みじゃなかった。小高い丘、こんもりとした森、青い筋のような川、深い青を湛えた湖、飛ぶように景色が流れて行った。


 飛び始めて30分が経過した。少し雲が出てきた。まだエンユウたちは追いついて来ない。

 「遅いですね、エンユウたちは。何をやっているんでしょう」ハリマが前を向いたまま、後ろのクシマに話しかけた。

 「そういえばそうじゃな、かれこれ30分は経つかの。このペースであれば、とっくに追いついてもいいころじゃが」後ろを振り返りながら、クシマが言った。巨大なユングが周りを睥睨するように聳えているほかは何も見えない。


 「先ほどの件ですが、たしかにアーガの勘にはこれまで幾度か助けられたこともあったかと思いますが、バラキの場合はどうなんでしょう」

 「どうなんでしょうとは」

 「いや、いくら優れた剣士であっても所詮は人間です。その人間に期待し過ぎるのはいかがなものでしょう」

 「どういう意味かな」眼下に広がる景色を眺めながらクシマが言った。

 「ただの人間ではどうしても力の点で劣ります」

 「多くの人間はそうじゃろうな。だが、そう決めつけたものでもない」

 「でも襲われたら人間なぞひとたまりもありませんよ」

 「そうかもしれん、じゃが、そうじゃないかもしれん」

 「どういうことですか」少し間を置いてから小さく首をかしげてハリマが言った。

 「ワシが以前、赤龍にあったときの話は聞かせたかな」赤龍とは青龍、黄龍とともにテュポンとならび、この世に棲む怪物の中でも特に力を持った怪物だ。青龍、黄龍と合わせて三龍と呼ばれている。

 「…いえ、詳しくは」

 「赤龍、別に隻眼の龍という。その片目をつぶしたのは誰だか知っておるか」

 「いや想像も付きません。あの怪物に怪我を負わせることができるとなると相当な怪物かと」

 「意外や意外、人間の男だそうだ」

 「まさか」ハリマは苦笑いを浮かべた。

 「テュポンを倒した剣士ゴルゴンも人間ではないか」

 「炎の剣士ですか。しかし、あれは神話でしょう」

 「そんなことを言っておるとゾラに叱られるぞ」クシマは笑いながら言った。

 「確かに巻の一は載ってますけれど…」

 「普通、どんな怪物でも三龍ににらまれたら恐怖で身動き一つとれん。つまり戦う前から勝敗は決まっておる。動くことができないのじゃから。しかし、その男は赤龍がにらみつけても、全く意に介さずただただ赤龍を倒すという不屈の意思だけで向かってきた。赤龍も初めのうちはせせら笑っておった。赤龍に比べたら、人間など虫のようなものじゃ。いや、虫ほどにも感じておらんかったんだろう。しかし、男は意志の塊じゃった。全身に気を漲らせ、向かってくる姿はさながら闘神ジスラのようだったと言う。近づいて来るにつれ、その男が何万倍にも大きくなって見えてきたそうじゃ。ついにはあの赤龍が恐ろしくて逃げ出したということじゃ」

 「いくらなんでも赤龍が人間を恐れるなんてことが…」

 「わしもそう思った。そのとき、赤龍に怒られたよ。お主たちは人間の力を見くびり過ぎているとな」

 「…はあ」

 「その顔、信じておらんな」クシマはいたずら好きの少年のようなまなざしでハリマの後頭部に向かって言った。

 「い、いや、そんなことは」顔が見えないはずのクシマに言われたことに驚いたのか、ハリマは思わず口ごもった。

 クシマは「まあ、信じられぬのも無理はない。あの赤龍がただの人間を見て逃げ出したと言うのじゃからな。信じろと言う方が無理じゃ」と言うと満足そうに笑った。


 「その話とバラキのことは関係ないかも知れんが、恐れを知らぬあの男を見ているといつも赤龍の話を思い出す。何か大きな可能性を秘めている感じが拭えんのじゃ。すまんが、バラキはもう少し長い目で見てくれんか」

 「…わかりました」不承不承ハリマが言った。「まあ、あなたがそう言うのなら仕方ありません。もう少し長い目で見させてもらいます」


 雲が濃くなってきた。顔に当たる向かい風も少し強く冷たくなってきた。地上の景色もところどころ雲に隠れるようになった。


 「雲が出てきました。雨が降ると厄介です」ハリマが手の平を天にさらして言った。

 「その前にエンユウとは合流したいの。すれ違うと面倒じゃ」

 「後の2頭が遅れてます」トシが肩越しに言った。

 「何?」ハリマは大きく後ろを振り返った。ユングを背景にいくつかの雲の塊が流れている。2頭のグリフォンはどこにも見あたらない。「トシ、スピードを落としてくれませんか」


 トシはすぐさまスピードを落とした。途端に顔に当たる風が弱くなる。雲が出てきたせいで視界は大分悪くなっている。3人はゆっくりと過ぎ去っていく雲の隙間に目を凝らした。ほかにも上空、眼下、左右とぐるりと視線を向けたが、それらしい姿は見えない。


 「もう少しスピードを落としてください」ハリマの声にさらにスピードを落とした。雲はいつの間にか地表を隠すように一面に広がっている。ハリマもトシも首を大きく右にひねって注意深く背後の様子をうかがっている。時には首を大きく動かし、ちょっとした変化も見逃すまいとしている。


 クシマは首を右に少しだけ傾けていた。目を凝らすでもなく、瞠るでもなく、ただただ右手に顔を傾けている。存在感のある雲がいくつも重なって後ろに流れていく。視界はどんどん悪くなっていく。ハリマもトシもだんだんと表情が険しくなってきた。


 「トシ、いたぞ。右斜め後ろじゃ」クシマが言った。他の2人が慌てて視線を後ろに流す。


 さらにスピードを落とすと気だるい色をした雲の隙間からカルとロンが交互に見え隠れしているのが見えた。大きな雲の塊のなかにあってカルとロンは小さな茶色のシミに過ぎなかった。


 「はぐれないでよかったです。エンユウも見つからないうえ、面倒なことになるところでした」ハリマが胸をなでおろしたのもつかの間「2匹の様子が」トシが叫んだ。クシマも異変に気づいているのか、ずっと後ろを振り返ったままだ。雲の合間からわずかに見えるカルとロンは、どんどんスピードを上げている。ようやくカルに乗っているゴシマの顔が垣間見えた。追い詰められたような表情を浮かべ、手綱を握っている。カルも時折首を後ろにぐるりと向けて、後ろに向かって口を開け、何者かを威嚇している。


 「後ろから何か来るのじゃろうか」クシマが言った。ふとハリマたちの視線に気づいたゴシマがこちらに向かって叫びだした。大きな口を開け何かを懸命に訴えようとしている。

 「ゴシマが何か叫んでいます」ハリマが肩越しにクシマに言った。

 「何かただ事ではないようだが」

ゴシマの様子には危機迫るものがある。しかし何を言っているのかはまるで分らなかった。そうこうするうちまた2頭は雲の中へ入ってしまった。

 「何て言ってたんでしょう」ハリマがトシに言った。トシはハリマの方を振り返ると「後ろに巨大な怪物のようなものが…」と言った。

 「怪物?」ハリマは再び2頭のグリフォンが隠れた雲の塊に目を向けた。雲の切れ間からグリフォンの翼が見えた。しかし、すぐに黒々とした厚い雲が隠すように覆ってしまい、トシの言うような怪物の姿は見えなかった。

 「どんな怪物だったんですか」ハリマがトシに聞いた。

 「長い首で」チラリと後ろを見ながらトシが言った。

 「長い首?」クシマは首をかしげた。ハリマはふんふんとうなずくと続けて「ほかには何か」と言った。

 トシは少し考えた後「大こうもりのような翼が」と言った。

 「ワシも見た」クシマが言った。そして少し間を置いて「見間違いでなければ、あれはワイバーンだ」ど言った。

 「ワイバーン?それならあれほどあわてる必要はないはずです。カルもロンも幼いながらグリフォンです。ワイバーンごときに襲われるはずはないのでは」ハリマの言うとおり、ワイバーンは子供のグリフォンよりもすっと小さいため、襲ってくるということは考えづらい。

 「確かにそうじゃが、少し気になってな。見間違いであれば良いのだ」

 「ええ、ワイバーンは考えづらいと思います」ハリマが言った。言いながらも視線は絶え間なく後ろに注がれている。


 強い風が前方から吹いた。一瞬後ろの雲が途切れた。雲の切れ端をまといながら雲の塊から大きな影が見えた。影は次第に雲を散らし、その姿をあらわにした。現れたのは巨大な黒い怪物だった。湿ったような鱗に全身を覆われ、首から背中にかけて、鋭利な角状の突起が一列に並んでいる。頭部には金色の角が2本生え、口は角のすぐ下まで割れている。2本の強靭な脚の先にはどんな獲物でもやすやすと引き裂いてしまいそうな鋭い爪が付いている。

 怪物は長い首をくねらせ、今にもロンに襲いかかろうとしている。ロンに乗っているカインはほとんどベソをかいている。

 「あれがワイバーンですか?」ハリマが驚きの声を上げた。龍のような長い首と大こうもりのような翼は確かにワイバーンのように見える。しかし、その大きさはこれまで見たどのワイバーンよりはるかに大きかった。ロンどころかガーラ並みの大きさがあった。ロンは逃げようと必死になっているが、ワイバーンはすごい勢いで近づいている。トシはすぐにガーラをロンの元に向かわせた。


 「こんなこと以前もあったのですか」ハリマが言った。

 「わしの記憶では、ない。ロンほどの大きさのワイバーンですら見たことがあったかどうか」

 「ならばなぜ」

 「わからん、しかし奴らは闇に生きる獣、この禍々しい気がなんらかの影響を与えても不思議はない」不安定に揺れるガーラに合わせてバランスを取りながらクシマが続けた。「いずれにしても後でゾラに確認してみよう」


 トシはガーラを旋回させてロンの元へと向かった。凄まじい風圧がトシたちを襲う。ハリマもクシマも持ち手をしっかりと握りしめながら体を低くした。怪物はもうほとんどロンに追いついている。ロンを助けるためにはガーラは2頭の僅かな隙間に入らなくてはならない。トシは巧みにガーラの手綱を捌いた。そして少しだけロンとワイバーンの距離が開いた瞬間を見計らって、あっという間にそのわずかなすき間に入った。


 「もう大丈夫」ハリマが言うと、カインははぐれた子がようやく親と再会した時のように顔中を涙や鼻水でベチャベチャにしながら、すぐにワイバーンから離れて行った。


 ガーラが現れてもワイバーンはまったくひるむ様子がなかった。それどころかしきりに攻撃を仕掛けてきた。トシはワイバーンの動きを見ながら、手綱を捌いた。しかし、思った以上に動きが速い。

ワイバーンがガーラの右後ろ脚に噛みついてきた。ガーラは寸前に右脚をひっこめ、かろうじて鋭い牙をよけた。そのまま少しスピードを落としてワイバーンの左に並んだ。ワイバーンは長い首をぐにゃりと曲げ、蛇のような音を立て大きく口を開けながら、ガーラを盛んに威嚇している。威嚇のたびに真っ赤な口が不気味に開かれ、中から長くて青黒い舌と鋭い牙が見えた。ハリマとクシマは懐から杖を取り出そうとしているが、ガーラが大きく揺れるのでうまく取り出せずにいる。


 トシはすかさず、ガーラの右後ろ脚でワイバーンに攻撃を仕掛けた。しかし、小さな叫び声をあげたのはガーラのほうだった。ワイバーンはガーラの攻撃を素早くかわし、逆に再びガーラの脚に噛みついてきた。一瞬だった。今度はよけられなかった。ガーラの右後ろ脚から鮮血が飛び散った。トシはすぐに左に旋回し少し距離を保った。「トシ、無理をしてはいけません。奴はこれまでのワイバーンとは大きさも強さも違います」ハリマが言った。


 すぐに後を追ってくると思いきや、ワイバーンはガーラとは逆の方へと旋回した。そのままワイバーンは分厚い雲の中に隠れてしまった。

 「どうしました」ハリマが言った。雲の中に隠れたままワイバーンは現れない。トシは少しずつ首を動かしながら、雲に目を凝らした後、「…わかりません」と言った。


 怪物が潜んだ重たい雲は強い風に飛ばされることもなく、いつまでも黒々とわだかまっていた。時折怒りをあらわにするように、小さな稲光りが走っている。遠くに見える母なるユングだけが素知らぬ顔でそびえている。


 「ロン!」トシが叫んだ。雲の隙間からカインがロンにまたがり、のんびりと飛んでいるのが見えた。危険が迫っているとは全く思っていないのだろう。なぜかニコニコしている。「カイン、お前は何をやっているんです」ハリマが叫んだ。


 トシは再度ロンのいる方向にガーラを向かわせた。ガーラは毛を逆立て低い唸り声を上げている。ガーラの右脚から流れている血は止まることなく、灰色の空に散っていった。


 「ヒイッ、また来た」ようやくカインは怪物が迫っていることに気づいた。顔をひきつらせながら、急いで手綱を繰った。ロンの小さな翼が激しく動いた。しかし、ロンとはスピードそのものが違ううえ、カインはグリフォンの扱いが下手だった。黒い影はだんだんと近づいて来る。時折開く真っ赤な口がロンを切り裂きたくてうずうずしているかのように見える。


 「カイン」ゴシマがカルを操ってロンとの間に入ろうとした。「ゴシマ、カルでは無理だ。トシにまかせろ」ゾラがゴシマを制した。

 「し、しかし」あくまでカルで助けに行こうとするゴシマの腕をとってゾラが続けた。「足手まといになるだけだ」

 「わ、わかりました」ゴシマはしぶしぶカルを向かわせるのをあきらめた。


 羽ばたくごとにグングンとワイバーンはロンに近づいている。ゴシマは祈るような視線をトシに送った。

 (間に合うか?)トシは急いだ。ハリマやクシマもなるべく風の抵抗を受けないように前傾姿勢を取った。そして強引にロンとの間に割り込んだ瞬間、ワイバーンは急に頭を巡らし、ガーラの翼に噛みついてきた。するどい牙がガーラの右の翼を掠めた。大空に血煙が舞った。ガーラは大きくバランスを崩した。


 「うおっ」ハリマ、クシマはあやうく鞍からずり落ちそうになったが、かろうじて鞍の金具にフックをつないでいたおかげで落下を免れた。ワイバーンがここぞとばかりにガーラの後を追ってきた。その目は炯炯と金色に光っている。獲物にとどめを刺そうとする猛獣の目だ。

 「クシマ、ハリマ」ゴシマは反射的に助けに行こうと手綱を繰ったが、今度はカルがおびえて言うことを聞かなかった。何とかしてガーラの元へと飛ばそうとしているがどうにもならない。その体はガチガチに固まっていた。「カル」ゴシマはカルの小さな後頭部に視線を落とした。


 「くっ」トシは懸命に体勢を立て直したが、後ろにワイバーンが迫っていた。翼に傷を負ったガーラにいつものスピードはない。ワイバーンはどんどん距離を縮めてくる。そしてガーラの後ろ脚に噛みつこうとたわめた長い首を一気に伸ばし、真っ赤な口を開けた。

そのときだった。黒い雲を割って、巨大な物体がガーラのすぐ後ろをよぎった。ものすごい風圧で、再びガーラはバランスを崩した。トシの手綱を握る拳に力が入る。その瞬間トシは短い悲鳴を聞いた気がした。ロンがやられたのかもしれない。でも、確認する余裕はない。湿った風がトシのほほをなでた。追いつかれないようスピードを落とさずに、しかもガーラに無理のないように気を配りながら、なんとか体勢を元に戻した。そしてワイバーンを迎え撃つべく、すぐに上空を見上げた。しかしそこにはその姿は見当たらなかった。代わりに上半身を銀色に輝かす巨大なグリフォンが見えた。


 「ドラコ!」ハリマが叫んだ。ドラコはほとんど羽ばたくこともなく悠然と大空を泳いでいる。改めてみるとその大きさが際立っていることに気付く。空に小さな島が浮かんでいるようにも見える。

ワイバーンはドラコの通りすがりの一撃で撃墜されていた。(なるほど、さっきのはワイバーンの悲鳴か…)トシはほっと胸をなでおろすとともに、ドラコのケタ違いの強さを思い知った。ガーラもかなり大きく強い方だ。そのガーラが歯が立たなかったワイバーンをドラコはなんなく撃破してしまった。


 濃い灰色の雲から現れた銀色の怪物はすぐにワイバーンに襲いかかった。前脚を持ち上げ、そのまま振り下ろすように攻撃を仕掛けた。しかしその攻撃はまともに当たらなかった。それでもワイバーンは撃墜された。断末魔の短い悲鳴を残して。


 ドラコはぐるりと大きく弧を描いて、ガーラたちに並んだその大きな首にちょこんと5人がまたがっている。エンユウを先頭に細い影が2人、その後ろにはクリス、最後にバラキが見えた。細い2人は灰色と茶色の混じったような厚手のマントを羽織りフードを目深にかぶっている。


 「ドラコが間に合ってよかったですな」ゴシマが言った。その声には心からの安堵が込められていた。言い終わってすぐ、後ろに乗っているのがゾラだと思い出した。ゆったりとした気持ちがキュッとなった。

 「エンユウの後ろにいるのはどなたでしょう」返事がないので、続けて話しかけた。さっきのような緊急時はともかく、改めてゾラに話しかけるのは、ゴシマにとって緊張することだった。ゾラがジロリとゴシマを見た。


 「エレナ殿とエイレン殿だ」機嫌が悪いのかとかんぐりたくなるほど、愛想のない言い方だ。ゾラのつりあがった目で見られるとゴシマは身がすくむ思いがした。

 「エレナ殿ですか?」厚手のマントを羽織っていたため女性だとは気付かなかった。ゾラの返事はなかった。なにか考え事をしているように見えた。しばらく待ったがゾラは考え事をやめようとはしない。「いやあ、気づきませんでした」沈黙に耐えられず、ゴシマが言った。ゾラにそんな気はなくても、ゴシマは何か責められているように感じた。

 「変装だ」今度はひと言返ってきた。

 「なるほど…」ゴシマはなんとなく気詰まりに感じてそれ以上話を続けることができなかった。


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