表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/52

ウゴ族の思い出

 程なくクシマが帰ってきた。すぐに賢者たちは円卓を囲んで報告と今後について話し合った。


 「やあ、遅くなってすまんかった」クシマが言った。

 「コーチャは元気でしたか」ハリマが言った。

 「コーチャは元気じゃったが、残念ながら手組の武器は見つからなんだ。素晴らしい槍だったが、違っておった」

 「それはコーチャもがっかりしたことでしょう」

 「なかなか手組の武器は見つからんよ」


 「そうですか…」ハリマは一つ小さな咳払いをした。短い沈黙の後、チラリとエンユウを見て続けた。「あの、どうなんでしょうか、ウゴ族が滅んでもう五百年。もう見つからないのでは」

 「そうじゃ、もう見つからん」エンユウがハリマの意見に賛成した。「ウゴ族はすばらしい能力を持っておった。しかし、滅んでしまったとなれば仕方あるまい」

 「ハラドに王女が生まれていたとなれば、もはや一刻の猶予もありません」

 「だからこそ、彼らの力が必要なのじゃ」クシマは柔らかな光に照らされた球状の天井を見上げるようにして言った。


 賢者の中でウゴ族を知っている者はクシマとエンユウしかいない。その後ウゴ族は人外の者に滅ぼされたため、ほかの者は話に聞くだけで実際にウゴ族を見たことはなかった。


 「ウゴ族…光の民か。彼らは本当に素晴らしい能力を持っておった。彼らほど個性に満ちた仲間は初めてじゃった」クシマはしみじみと言った。

 「少し光の民のことについて、お聞かせいただけますか」ハリマが言った。クシマは軽くうなずくと静かに話し始めた。


 「ウゴ族は、ほかの種が数十万年かかる進化をたった一世代のうちにとげてしまう特殊な能力を持っておった。しかし、彼らはあえてそうしなかった。つまり、物を作る手組、その検品をする目組、王一族を守る武組などに分かれ、代々それを継ぐことでその道を究めることを生きるよすがとしておった。その能力があまりに高いゆえ彼らを恐れた人外の者により滅ぼされたと言われている。コーチャに見せてもらった槍は確かに逸品と言えるものじゃったが、ウゴ族手組の武器はうまくは言えんが、なにか根本が違っているように思える。


 この先、あと一年もすればトロールどもが出てくるじゃろう。知ってのとおり、奴らの固い皮膚は普通の武器では、まず歯が立たん。それゆえ、アンルーガス(貫くことができない者)と言っている連中もいる。しかし、手組の武器はやすやすとその強靭な皮膚を貫いた。余りの切れ味に斬った手に感覚が残らぬほどじゃった。


 その手組の武器を検品するのが目組じゃ。彼らの目は…あれは特別じゃった。その昔、彼らの検品を見せてもらったことがある。それは余計な装飾こそないが、ひと目見て作り手の腕の確かさがわかる長剣だった。ところが目組の連中は、なぜか機嫌が悪い。話を聞いてビックリした。これほどできの悪い剣は久しぶりだと言う。手組として恥ずかしくないのかと。酷評をされた手組の連中の顔には怒りの表情が浮かんでいた。しかし、最後までひと言も言い返すことはなかった。聞けば、言われてもしようがない、我ながらできの悪い物を作ってしまったと。せめてこれぐらいの物が作れれば、目組の連中の鼻を明かせてやれるのにと言って、ひと振りの剣を渡してくれた。わけもわからず、渡されるまま剣をすらりと抜いた。すかさず、手組の男が満足そうな顔を浮かべて、どうです、これなら文句のつけようもないでしょうと言って来た。何を言っているのか、さっぱりわからんかった。2本の剣の間に彼らが言うような大きな違いがあるとはどうしても思えんかった。ごくごく小さな誤差でも連中にはひどく大きく見えるらしい。目組にはその目の良さを生かして、見張りや斥候としても働いてもらった」


 「こんなこともあったな」横からエンユウが口を挟んだ。「目組の者が敵がやってくるというので、我々はそれを迎え撃つべく着々と準備を進めていた。しかし、待てど暮らせど敵はやってこない。敵がようやくやってきたのは、なんとそれから3日後のことだった。普通の者には決して見えない、遥か彼方の物まで見えてしまうからこそ、起こった珍事じゃ」ハリマは目を丸くしながらクシマとエンユウの話を聞いていた。ゾラはいつものように羊皮紙に忙しく書き込みを始めた。


 「そして武組。彼らは本当に強かった。あの岩のようなトロールをそんじょそこらの武器で、いとも簡単に倒すのは初めて見る光景じゃった。他の者たちとは何か動きが違ったな。一騎当千とはまさに彼らのことをいうのじゃろう」再びクシマが話を継いだ。

 「そこらの武器で?武組は手組の武器を使わなかったのですか」ハリマは目を丸くしている。

 「そうじゃ、彼らには必要なかったからな。本当にすばらしい力を持っておった。光の民は」

 「ウゴ族は光の民ではない」ゾラが言った。

 「そうじゃった、すまん、すまん。うっかりしておった」クシマは鷹揚に言った。エンユウはそんなことはどうでもいいじゃろ、と言う顔をしている。

 「とにかく人外との戦いで武組は手組の武器を一切使わんかった。なにせ、手組の武器はウゴ族が生きていた時でさえ、非常に貴重だったからの。それでも武組はバッタバッタと倒しておった」クシマは続けた。「手組の連中は自分が納得しない武器は、作っても壊してしまう。また手組がよしとしても、今度は目組の厳しい検品が待っている。そこで壊される武器もある。彼らはいい武器を作るためには決して妥協はしなかった。それよりも、納得のいかない武器が出回ることのほうを極端に恐れた。そのため、手組の武器は本当に貴重じゃった。通常時なら武組の連中も手組の武器を持っていたかもしれんが、人外との戦いでは、それを我らに譲ってくれたんじゃろう。こんなウゴ族が滅んだとは信じられんのじゃ」円卓の中央の玉がクシマの顔を弱弱しく照らしている。


 「たしかに、奴らは力を持った一族じゃった」エンユウもその昔に思いをはせるように、焦点の合わない目で玉を眺めながら言った。

 「しかし、ウゴ族が滅ぼされてから、もう五百年」しばらくしてエンユウが付け加えるように言った。そしてクシマをチラリと見て続けた。「お主いつまで手組の武器にこだわるつもりじゃ。そろそろ潮時ではないか」

 「私もそう思います。別の方法を考えたほうがよいかもしれません」ハリマが続けた。クシマは2人の意見を聞いて深くうなずいた。

 「確かにそう考えるのが当然じゃ」

 「ならば別の方法を考えましょう」すかさずハリマが言った。

 「バカなことを言うと思うかもしれんが」クシマが続けた。「ウゴ族は生きている、そう思う、いや、感じるんじゃ」

 「ウゴ族が生きておると?バカなことを言うな」エンユウが呆れたというような表情を浮かべて言った。

 「何か根拠があるのですか」ハリマが言った。

 「はっきりとしたものがあるわけじゃない。ただ、かすかに感じるのじゃ、彼らが生きているということを」クシマの言葉に何か引っかかる物があったのか、エンユウは急に表情を変え、クシマの顔をマジマジと見た。


 「あの、どうなんでしょう。ただ感じるだけというのは。理由として」少し言いづらそうにハリマが言った。

 「そうか」エンユウが言った。そしてクシマをじっと見つめて続けた。「それはお主の願望ではないのか」

 「もちろん、彼らには生きていてほしいと思うが」

 「生きているとお主自身が感じるのじゃな」確認するようにエンユウが言った。

 「うまく言えんが、そうじゃ」

 「そうか…ならもう少し粘ってみたらいいではないか」

 「えっ」エンユウの言葉にハリマもゾラも驚いている。

 「お主、随分と考えが変わったようだな」ゾラが言った。

 「そうです。真逆じゃないですか」ハリマもゾラの意見に賛成した。

 「クシマが感じると言うならしょうがないではないか」

 「ほう」ゾラはまだ何か言い足りなさそうだったが、チラリとクシマを見ただけで何も言わなかった。

 「すまんな、もう少しだけワガママを許してくれんか」クシマがペコリと頭を下げた。そもそも言い出しっぺのエンユウがクシマの意見を全面的に認めたのだから、ハリマもゾラも何も言いようがなかった。


 「それはそうと、このままジュレスまで行くことになりまして」気を取り直して、ハリマが言った。

 「ハラドのことは本当だったのか」クシマの表情が曇った。

 「残念ながら、そのようです」

 「そうか…。なんともタイミングが悪いことじゃ」

 「封印が解けたこの時期ですからね」

 「そうとなれば急がなくてはならんな」

 「さよう、もう鞍の取り付けも終わっておる」エンユウが言った。「ときにバラキを同行させよと強く言い張ったのはアーガじゃったな」

 「そうですが。あのときのアーガはどうしてもこの男を連れて行かねばならんと珍しく強い口調でした」ハリマが言った。

 「バラキは必ず大きな働きをすると言っとったな」クシマが銀色の髭をなでながら言った。

 「あ奴のどこに同行するに値するものがあると言うのじゃ」エンユウの言葉にはトゲがあった。


 「なにかありましたか」ハリマが怪訝そうに聞いた。

 「先程、鞍付けをしている最中にあ奴が岩室に入ってきおった」

 「ま、まさか、だってバラキはグリフォンに乗るための訓練を受けていないじゃありませんか」ハリマが目を丸くして言った。ゾラも書く手を止めて、エンユウに視線を投げた。

 「そのまさかじゃ。だから、大変なことになっておった」

 「それは随分と豪胆じゃな」クシマが言った。

 「豪胆ではない。阿呆なのじゃ」エンユウが冷ややかに言った。

 「それで無事だったのですか」ハリマが言った。

 「危ないところじゃった。わしが行くのがもう少し遅れていたら、ゴシマ、トシ、カインも命がなかったかもしれん。あんなことを起こすような男はこの先同行させるわけには行かんぞ。いらぬ危険を招くだけじゃ」

 「バラキは置いていくということですか」片眉を上げてハリマが言った。

 「当然じゃ」エンユウが鼻の穴を膨らましながら言った。

 「…そうですか」ハリマは何か考え込んでいる。

 「何か問題でもあるのか」

 「今、アーガはおばば殿のところに行っておるのじゃな」クシマがハリマに言った。返事を待たずにクシマが続けた。「どうじゃろう、あれだけバラキを連れて行くことにこだわっていたアーガが戻るまで、保留しては」

 「その必要はあるまい」エンユウの鼻は相変わらず膨らんでいる。

 「アーガは普段はかなりいい加減で会議の際など人の話もろくに聞かず、どんな方向に話が進んでも関係ないと言うところがあるが、まれに自分の意見を押し通そうとすることがある。でも、そんなときに限って不思議とアーガが主張するとおりになっていたということがあったと思うが」クシマが言った。


 「何を言っとる」エンユウが声を張り上げた。「お主、忘れたのか、あのリリス山脈でのことを。あの分かれ道でアーガが強く推した南側の道を通ったばかりにあやうくトロールどもに襲われるところだったろうが」

 「いや、エンユウそれは」ハリマが何か話しかけた。

 「お主は知らんかったか」クシマが言った。

 「何がじゃ」

 「北側の道を通っていたら、我らは残らず土蜘蛛の餌食になっていたことじゃろう」

 「何じゃと」

 「あとでわかった話じゃが、あの日リリス山脈では多くの土蜘蛛が出た。あちこちで被害者が出たらしい。アーガがこだわった南側のルートはあの日土蜘蛛が出なかった数少ない道だったそうじゃ」

 「本当か」エンユウはゾラに尋ねた。ゾラは目をエンユウに向けることなく、ただうなずいて見せた。

 「アーガは理屈では測れんところがある。本人も正確な根拠があって言っているわけではないからな。ただ、わかるのだそうじゃ。円卓史はまったくわかっておらんし、覚える気もないのじゃろう。しかし、身に迫った危険が大きければ大きいほど、アーガは正しく判断ができるのかもしれん」クシマの言葉にハリマもうなずいている。


 エンユウが小さな息を一つ吐いて言った。「わかった。わしはこれまでのことはアーガの山勘がたまたま当たっていたに過ぎないと思っておったが、リリス山脈でのことがワシの勘違いなのであれば、奴の勘とやらもバカにはできまい。お主の言うとおり、バラキの件は保留としよう」

 「それにしても…」エンユウが続けて言った。「アーガの奴はいつの間にそんな芸当を身に付けたんだか。奴は水晶の扱いだけは一流だが、それ以外のことはからきし何もできなかったはずじゃが」

 「確かに…、以前は自分の意見を押し通そうなんてことはありませんでした。しかし、アーガがどうであれ、あまりにバラキの行動が目に余るようならこちらとしても考えなければなりません」ハリマが言った。クシマはニコニコしながらウンウンとうなづいている。


ハリマは小さな咳払いを一つすると「では、明日からはジュレス行きです。各自準備に遺漏がないようお願いいたします」と言った。賢者たちは思い思いに席を立った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ