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グリフォンの鞍つけ

 円卓会議の翌日、一行は早朝から着々とジュレスへの出発の準備に取り掛かった。洞窟からさほど遠くない巨大な岩室ではエンユウの指導の元、3人の剣士たち、ゴシマ、トシ、カインがグリフォンへ鞍の取り付け作業を行っていた。3人ともグリフォンには何度か乗っているが、鞍の取り付けは初めてだった。これまではエンユウや専門の世話係が取り付けた鞍に乗っていたが、ハラドに王女が生まれたことで、いつ何時自分たちだけでグリフォンに乗ることになるかもしれないというエンユウの意見から急遽行うことになった。


 岩室の入口は入口というにはあまりに大きかった。まるで山をたてに裂いたような入口の内側は広大で、ところどころ大木が生えている。岩室の天井からはツララのような岩が無数に垂れている。辺りは獣独特のむっとする匂いが漂っている。


 少なくとも百頭のグリフォンがこの岩室を棲家としていた。中には子育て中のつがいもいる。エサとなる大猪などをとらえながら、この岩室で子育てを行っている。エンユウたちが乗るのは子育てが一段落したグリフォンたちで、子育て中のグリフォンに近づくのはとても危険だ。


 入口付近の壁面にはグリフォンの大きさに応じた数種類の鞍がかけられている。一人乗りは馬用の鞍と大して変わらない大きさだが、5人乗りとなると腰掛の部分が縦に5つ並び、横幅も3倍はあるので、ちょっとした絨毯ほどの大きさがあった。重さも数人がかりでないととても運べる代物じゃなかった。


 移動は4頭のグリフォンで行うことになった。一番大きなグリフォンはドラコ。どのグリフォンよりもひと回り以上大きい。絶対的ボスのような存在だ。


 グリフォンは気高い獣で決して自分が認めた相手しか乗せようとはしない。そのため、ドラコを乗りこなせるのは現在エンユウしかいない。ドラコには縦長の5人乗り用の鞍を付ける。それぞれの腰掛には前方に環状の持ち手と鐙が付いていた。次に大きなガーラには3人用の鞍が、一番小さなカルとロンには2つの腰掛のついた鞍が取り付けられる。4頭のグリフォンは鞍を取り付けるために入口のそばで待機している。


 「よし、まずはドラコの鞍じゃ。重いぞ。キツイかも知れんが3人で運ぶのじゃ」エンユウが言った。エンユウは入口付近の岩の上からゴシマたちの様子を見ている。

 3人はエンユウに言われた通り、岩室の入口にかかっている一番大きい鞍を外すとドラコの元へ運んで行った。長い鞍の先頭を一番体の大きいカインが持ち、真ん中がゴシマ、最後は一番小さなトシが持った。グリフォンの羽毛は鋭く、柔らかい皮ではすぐにだめになってしまうため、特に固いルキテリウム(大型サイ)の皮が使われていた。その皮は固く、そのため鞍はほとんどしならない。桁違いに重いのはルキテリウムの皮を使っていることが大きな理由だった。


 先頭のカインは両手を伸ばして鞍を持ち上げた。カインの太い腕は女性の腰ほどの太さがあった。動くたびに大きな筋肉の塊がそれ自体が生き物のように動いた。真ん中のゴシマは胸元で鞍を押えた。カインほどではないにしろ、力には自信のあるゴシマだったが、この鞍の重さは想像以上だった。そのまま一直線になり、一番最後のトシはほとんど下を引きずるような格好になった。


 「カイン、少し下げて」身体を大きく折り曲げて、くるぶしの高さで鞍を持ちながらトシが言った。

 「ごめん、ごめん」そう言うとカインは先頭部分を思い切り下げた。今度はトシが背伸びで万歳するような格好になった。真ん中のゴシマが支点となり、上げられたり下げられたりすると重さが重さだけに調整が大変だ。

 「カイン、下げすぎだ、下げすぎ」ゴシマが言った。まだいくらも経っていないのに、ゴシマはもう汗だくだ。

 「ご、ごめん」今度は少しだけ持ち上げてみた。トシは万歳したまま、ほとんど変わっていない。小柄なトシは精一杯背伸びをして、かなりきつそうだ。

 「す、少し上げて」トシが言った。今度は少し大きく上げてみた。するとまたまた引きずるようになってしまった。ただでさえ重たくて仕方がないのに、これではまともに運べるわけがない。

 「ち、ちゃんとやってくれ」ゴシマが言った。トシもゴシマも重さで手がプルプルと震えている。


 「カイン、何やっとる」業を煮やしてエンユウが声をかけてきた。「す、すみません、難しくて…」それほど難しいとは思えない作業も不器用なカインがやると大変だった。

 「…あの」両手で鞍を持ち上げたまま振り向きながらカインが言った。

 「な、なんだ、早く言え」顔を真っ赤にしながらゴシマが言った。

 「一人で持たせてくれない?」

 「ひ、一人?」ゴシマが素っ頓狂な声を出した。

 「うん」

 「一人じゃ無理だ」ゴシマは肩で息をしている。顎からは滝のような汗が滴っている。

 「大丈夫だよ」

 「ば、ばかなことを言うな、ほら行くぞ」ゴシマは早く運び終わりたくて、カインをせかせた。

 「大丈夫、いいでしょ」そう言うとゴシマの返事も聞かずに、そのまま手をどんどん後ろにずらしてゴシマのいる中央の位置に移動してきた。


 「お、おい、一人じゃ無理だって」ゴシマはカインの大きな背中がすぐ目の前まで寄ってくるのを、イライラしながらにらんでいる。突然ぐんと強い力で鞍が持ち上げられた。その勢いで鞍をきつく握っていたゴシマまで鞍と一緒に持ち上がった。ゴシマは空中で足をぶらぶらさせながら、目を真ん丸くしている。

 「ちょ、ちょっと待ってくれ」ゴシマが両手を放すとそのままドスンと尻もちをついた。トシはカインが持ち上げる直前に両手を放していたので宙づりにならずに済んだ。カインはたくましい両手を伸ばして、まるで薄い板切れでも運ぶかのように楽々と運んで行った。

 「う、うそだろ…、あの重い鞍を一人で運んじまった」息を切らしながらゴシマが言った。トシはその後ろで地面に脚を投げ出しながら呆然と見ている。二人とも頭から水をかぶったような汗をかいている。


 「これは驚いた。カインのバカ力は知っておったが、ここまでとは」エンユウも目を丸くしている。

 カインはやすやすと鞍をドラコの元まで運んで行った。ドラコは鞍をつけやすくするため、おとなしく首を下げて待ってくれている。そして息ひとつ切らすことなく、ドラコの首にそっと鞍を置いた。


 「これでよしっと」両手をポンポンとはたきながらカインが言った。「最初からこうすればよかったね」振り向いたカインはゴシマとトシが口をあんぐりと開けて自分のことを見ているのに気づいた。「どうしたの?」

 「い、いや、なんでもない」多少なりとも自分の腕力に自信を持っていたゴシマは少なからずショックを受けている。


 後は3人で手分けしてベルトでドラコの首に固定するだけだ。巨大なドラコの首にベルトを固定する作業は簡単ではない。それでも肩で息をするほどのことはないため、着々と作業は進んで行った。


 「おい、見ろよ」ゴシマがあごで上の方をしゃくって言った。トシとカインは言われるままに上を見た。壁にいくつもの光の玉が散らばっていた。岩室の隙間を縫って差した光がドラコの上半身の銀色の羽根に反射してできた模様だった。ドラコがちょっと動くたびに水面に反射した光のようにチラチラと微かに揺れるのだった。


 「すごい、きれいだね」カインが言った。

 「すごいな。まるで宝石だ」ゴシマは自分の手の平に反射した光を映しながら言った。ドラコに目を向けると、銀色の羽根がキラキラと光っている。わずかに体を動かしただけで、まばゆいばかりの光が踊った。

 「きれいはいいが、グリフォンの羽毛は刃物のようなものじゃ。気をつけんと手を切るぞ」光の文様に見とれている3人に釘を刺すようにエンユウが言った。

 「なるほど、ただ美しいだけじゃないってわけだ」ゴシマが言った。グリフォンの体は、大弓や弩など大抵の武器を跳ね返してしまう。当然、羽毛も柔らかいわけがないのだ。ドラコはそんな話を聞いてか聞かずか、ただ首を下げて目を閉じている。3人は手を切らないように慎重に3本のベルトを取りつけていった。ドラコの協力(?)もあって、鞍の取り付けはあっという間に終わった。


 次にガーラの鞍の取り付けにかかった。ドラコの鞍と比べたらガーラのは半分くらいなものだ。今回はゴシマとトシは初めからカインに任せることにした。カインは息ひとつ乱すことなくガーラのところまで軽々と運んだ。


 ドラコを見た後ではガーラはとても小さく見えた。人間でいえばまだ青年期でこれからどんどん大きくなる。食欲も旺盛で1日で大鹿一頭をペロリと平らげてしまう。しばらく見ないでいると、その成長ぶりに驚くことがある。


 上半身の色は銀色と言うより、濃い灰色だった。だから、光を受けても特に反射することはない。今は少しくすんだ感じがするが、だんだんと洗練されて、やがてドラコのような見事な銀色になる。


 今でこそ、岩室に入って鞍を付ける作業を行っているがここまで来るのには地道な努力があった。この作業をするためには、グリフォンと信頼関係を築いていく必要があった。グリフォンには並みの怪物をはるかに超える力がある。そのため、信頼関係が出来上がるまでに岩室に入ろうものなら、たちまち鋼鉄のようなくちばしに引き裂かれることになる。実際に何度かそのような事故が起こっていた。


 信頼関係を得るためには、まず、匂いに慣れさせることから始める。そのため、賢者たちに自分が着た衣服を持って岩室に入ってもらう。それを何回か繰り返し、徐々に匂いを覚えてもらってから、初めて賢者たちと一緒に岩室に行く。それも、初めのうちは中に入ることはできない。入口の手前で立ってるだけだ。それでも、転んだりして驚かせれば、また初めからやり直しになる。


 それが終わるとようやく賢者と共に中に入っていく。初めのうちは入ったらすぐ出て行かなくてはならない。そしてグリフォンの様子を見ながら少しずついる時間を増やしていく。それからようやく小型のグリフォンと個別の訓練が始まる。そこでも、初めは賢者がいるところで行い、徐々に賢者がいる時間をへらしていく。小さな階段を一歩一歩上っていくような地道な努力が必要だった。半年近い訓練を経てひと握りの人間を除いたほぼ全員が小さなグリフォンなら操れるようになっていた。大きいグリフォンを操れるのは、剣士ではトシだけで、エンユウに次ぐ乗り手だった。今ではガーラもトシにすっかり慣れて、時折甘えた声を出すようにまでなっていた。

 

 鞍の取り付けは2頭の子供のグリフォンを残すだけになった。エンユウはガーラの鞍の取り付けの途中まで見届けると、安心したように岩室を出て行った。2頭の鞍はドラコやガーラの鞍と比べて小さいため、一人で十分に作業ができた。2頭ともおとなしく首を下ろしてくれている。 


 「前まではカルやロンの前ですら怖くて震えが止まらなかったよ。今じゃドラコの前にもなんとか出られるようになったが。まだまだトシにはかなわんが」ゴシマが言った。

 「そんなことない」トシは少し困ったような表情を浮かべた。その間も手はてきぱきと無駄なく動いている。

 「でも僕はまだドラコは怖いな」カインが言った。

 「僕だって」カルの首にベルトを巻きながらトシが言った。視線は奥にいるドラコに注がれている。「ほかのグリフォンとは違う」


 カルやロンの毛は大人の毛と違ってうすい茶色だった。2頭にはまだあどけなさが残っていた。羽毛もドラコなどに比べ、柔らかそうに見える。

 「この茶色い毛が灰色になり、最後はドラコのような見事な銀色になるんだな」ゴシマはカルの首にベルトを巻きながら言った。


 「大人になるにはどのくらいかかるの」カインがゴシマに聞いた。

 「さあ、よくはわからんが、ほかの動物に比べれば、べらぼうな時間だろうよ」

 「べらぼうって?」

 「われわれ人間とは桁が違うだろうな。百年単位か…もしかすると千年ぐらいかかるかもしれん」

 「へえ、お前は長生きなんだね」カインは右手でロンの背中をなでた。ロンは気持ちよさそうに目を閉じ、クルルルッとのどを鳴らした。

 「気をつけろよ。子供とはいえ、手を切るかもしれんぞ」

 「大丈夫だよ、こんなに柔らかいじゃない」カインはロンの羽毛を右手でつまんだ。羽毛はカインの手の中でゆらゆらと揺らいでいる。

 「ほう、子供のは随分と柔らかいんだな」ゴシマはカインがしているように手でカルの毛をつまんでみた。

 「痛ッ」急いでその手を引っ込めた。見ると指先から血が滴っている。「どこが柔らかいんだ。まるで刃物じゃないか」

 「えっ、ロンの毛は柔らかいよ。見てたでしょ」

 「おお、痛い、すっぱりとやられちゃったよ」言いながら右手の人差し指と親指を交互に吸った。


 「きっと、カルの毛がロンより固いんだよ」カインは恐る恐るカルの羽毛に手を伸ばした。すぐに手をひっこめられるように慎重に…。そしてゆっくりと羽毛に触った。カインの顔が途端に和らいだ。「ゴシマ、ぜんぜん柔らかいじゃない」そしてワシャワシャとカルの羽毛を撫で始めた。

 「お前の手が固いんだ」ゴシマが言った。ゴシマの手も十分ゴツいが、カインの手に比べればかわいいものだ。カインの大きな手は岩のようにゴツゴツしていた。「まねをした俺が馬鹿だったよ」ゴシマが笑った。トシも笑った。


 和やかな雰囲気の中、作業はそろそろ終わりにかかっていた。カルがいきなり首をもたげた。そして入口の方向に視線を向けたまま、固まったように動かなくなった。


 「ビックリした~。いきなり動かないでよ」カインは大きな体を

のけぞらせながら言った。

 「…カル?」ゴシマが声をかけても、カルは動こうとしない。「どうした、もう少しだ。まだ終わってないぞ」

 カルだけではない。ロンも入口に視線を合わせたまま氷のように固まっている。岩室の奥に目をやると、入口をじっと見ているグリフォンは1頭や2頭ではない。


 「どうしたんだ、お前たち、何を見てるんだ」入口に視線を向けても何も見えない。ゴシマにはさっぱりわからなかった。


 「よおっ」声に振り向くと赤毛の男が右手を上げながら、岩室の中に入ってくるのが見えた。ゴシマは目を疑った。男の名前はバラキ。訓練など性に合わないと言ってこれまで一度として岩室に来たことがないただ一人の男だった。


 岩室の様子が一変した。グリフォンが一斉に耳をつんざくような威嚇の声を上げた。あちこちで羽ばたく音が聞こえた。カインはあまりの騒ぎに耳を覆った。岩室の中はビリビリした殺気で漲っている。そんな中、ドラコだけは大きな欠伸をして眠そうに横たわっている。


 「バラキ、帰ってきたのか」トシが言った。

 「ばかやろう、どうして入って来た。何をしているのかわかってるのか」ゴシマが怒鳴った。

 「何って、様子を見に来ただけだよ」バラキはなんでそんなに大騒ぎになっているのか意外だといった顔をしている。カインはいつの間にか、どこかへ行ってしまった。


 「逃げろっ」トシが言った。全身を震わせながらカルが強烈なうなり声をあげている。そしてトシの背後からバラキに飛びかかった。まだ幼いとはいえ、普段、大猪の肉をやすやすと引きちぎっているくちばしだ。人間などひとたまりもない。バラキはかろうじてカルのくちばしをかわした。「なにすんだ、コイツ」かわしたついでにカルの頭を拳骨で殴った。


 カルの後ろからロンも襲ってきた。子供とはいえ、速い。鞭がしなるように次々にくちばしが飛んでくる。「なんなんだ、お前ら。一体俺が何をしたってんだ」バラキはそれをなんとか紙一重でよけている。ロンはバネのような筋肉で、目にもとまらぬ速さで攻撃を続けた。バラキはたまらずバランスを崩して、仰向けに倒れてしまった。


 「まずいぞ」ゴシマが言った。今度はカルがロンに覆いかぶさるように襲ってきた。鋭いくちばしがバラキに向かった。

 「危ないっ」トシが叫んだ。鈍い音がした。カルもバラキも動かない。

 「バ、バラキッ」ゴシマが走り寄った。「おい大丈夫か?」


 カルのくちばしはバラキのすぐ脇の地面に突き刺さっていた。すんでのところで体をひねって難を逃れたのだ。

 ヒュー、バラキが口笛を鳴らした。鋼のようなくちばしは固い地面に深々と突き刺さったまま抜けない。カルは前脚を踏ん張って、首に力を入れ、なんとか抜こうともがいている。その隙にバラキは立ち上がることができたが、目の前にロンが立っていた。「おいおい、またかよ」バラキは小さく肩をすぼめた。


 奥から数頭が威嚇しながら近づいてきた。カルやロンとは違って大人のグリフォンたちだ。

 「おいおい、お前ら、何のつもりだ」バラキは自分が襲われることに全く納得がいっていない。「お前らがそのつもりなら、こっちだって容赦しねえぞ」と言うとスラリと剣を抜いた。逃げるどころかグリフォンに向かってスタスタ歩き始めた。


 「逃げろっ」トシが言った。近づいていくるグリフォンはみな興奮しきっている。仕方なくトシも剣を抜いた。

 「よせ、お前まで殺されるぞ」ゴシマが言った。毛を逆立てたグリフォンたちがじりじりとバラキとトシに向かって隙間を詰めてきた。

 「何をしておる」様子を見に来たエンユウが異変に気づいて駆けつけてきた。トシが剣をグリフォンに向けているのを見るや「剣を収めよ」と大声で叫んだ。そして灰色のローブをまくると、目をつむって地面に向かって両手をかざした。 それからゆっくりと両手を八の字に動かし始めた。


 「なにやってんだ、じいさん」バラキが言った。この状況を引き起こしたことに何も責任を感じていないような言い方にゴシマがジロリとにらんだが、バラキは全く気付いていない。


 興奮しきったグリフォンをすぐ目の前にして丸腰で立つことは非常に危険だが、トシは言われる通り剣を収めた。グリフォンたちはそれ以上前に出てこようとはしなかった。胸をなでおろし、エンユウに目を向けると、まだ不思議な作業を続けていた。トシにはエンユウが何をしているのか、まるで見当もつかなかった。この一大事に涼しい顔をしてゆっくりと手を動かし続けている。その間、グリフォンはじっと動かずにいた。


 (………殺気がうすらいでいく)トシは岩室に漲っていたとげとげしい空気が徐々に消えていくのを感じた。逆立っていたグリフォンの毛はいつの間にか元に戻っていた。もう襲ってくる気配はなかった。それどころか、カルやロンは眠そうにあくびを始めた。そして一頭また一頭とおとなしく元の場所へと戻って行った。


 エンユウは目を開けて静かに言った。「バラキ、今だ。ここを出ていけ」

 「ヘイヘイ」バラキは少しふてくされたかのように言うと岩室を後にした。


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