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悪魔の棲む城

 ここはハラドとラビスの国境付近にあるシェラード城。疾うの昔に廃墟となったこの城はそれ以来数百年間も人一人入り込んだことがない。長いこと人の手が入っていない城は荒れ放題に荒れていた。石垣は苔むして崩れ、太い柱や城壁には巨大な樹木の根が血管のようにうねっている。野犬の棲家となっていたはずのこの廃墟は、今や野犬はおろか、鳥すらも近寄ろうとはしなかった。かつてラビスの繁栄の象徴だったシェラード城には、人知れず悪しき魂が息づいていた。


 大広間の入口から奥に向かって金色の敷物が敷かれている。敷物はさらに階段、奥の一段高くなったところへと続いていた。城を取り囲むように漂っている妖気はこの広間でどんよりと澱のように淀んでいた。一段高い場所をいくつかの燭台がほのかに照らしている。闇の中で黒い3つの玉座がわずかな光に浮かんでいる。背もたれにはいずれも巨大な龍のような怪物の彫刻が施されている。


 右側の玉座には黒い甲冑をまとった男が脚を組んで座っている。兜から僅かにのぞく目は闇の中で不自然なほど輝いて見えた。玉座に施された龍の目と男の目だけが闇の中で光っている。


 左側の玉座の前には白い鬼のような顔をした男が立っていた。その顔は闇の中ではぼうっとくすみ、宙に浮かんでいるようだった。茶の甲冑から鋼のような筋肉が露わになっている。くっきりとせり出した筋肉はそれ自体が鎧のように見えた。腰には黒い剣を佩いている。闇の中にあって、その剣は異様に黒かった。一切の光を丹念に排除し、闇をいくつも重ね合わせたような黒だった。柄には龍の顔の右半分が彫られていた。


 左側の玉座のすぐ後ろには右肩に包帯を巻いた男がつき従うように立っていた。瞬きひとつすることもなく表情も全く変えない薄気味の悪い印象の男だ。


 玉座の台の下には白い男に報告をしている屈強な男がいる。体の大きさは白い男をはるかに凌いだが、明らかに白い男に怯えている。白い男はその男を怒鳴り散らしては台の上を落ち着きなく歩き回った。しじまの中に靴音だけが響いた。黒い甲冑の男は肘掛けに肘をつき、頬杖を突きながら、その様子を静かに見つめていた。


 「まだ、王女は見つからんのか」白い男が言った。右目から右耳の下に大きな傷が走っていて、右目はつぶれていた。頭部からは2本の角が生えている。耳は大きく天を突くようにとがっている。「貴様らアーグはこんなときぐらいしか役に立たんのだからとっとと見つけんか」

 「はっ、間もなく見つかるとは思うのですが…」アーグと呼ばれた男は滝のような汗を流しながら答えた。大きな体をこれ以上なく小さくしている。

 「思うではない、必ず見つけて我が前に引きずり出してまいれ」

 「はっ」アーグは深々と頭を下げた。


 「グージの話によると」白い男は左の玉座に控えている男を振り返った。男は表情を変えることなく、胸に手を当てて、軽く頭を下げた。「王女の代わりの女はゴゾの実を使って王女に化けていたということだ。となれば、奴らはクシマたちを頼ったことは間違いない。そのあたりはどう考えておる」ゴゾの実というところで後ろの男の体がピクッと反応した。


 「はっ、クシマたちを頼ったことは間違いないと思うのですが…」

 「では、奴らの場所はもう突き止めたのだな」

 「はっ、それはまだでございますが…ただ、今四方に追っ手を走らせておりますれば…」

 「なにを悠長なことを言っておる。クシマたちはグリフォンで移動するのだぞ。グリフォンを使われてはどう場所を突き止めると言うのだ」アーグは何も答えることができず、ただうつむくばかりだった。


 「何を焦っている、ジー。もともとお主が蒔いた種であろうが。アーグらに当たっても始まらん」黒い甲冑の男が言った。白い男とは正反対と言っていいほど感情の起伏のない声だ。

 「そんなことはわかっておるわ」ジーと呼ばれた男は今にもかみつきそうな目で黒い鎧の男をにらみつけた。鎧の男はまったく気にする様子も見せずに続けた。「さっさと捕まえてしまえばいいものを、わざわざハラドの王宮に出向いて国王どもをいたずらにあおり、挙句の果てに逃げられるとは、あきれて物が言えぬ」

 「だからこそ、こうして必死になって王女を探して居るのだ」

 「当たり前だ。王女が見つからなかったときは貴様の命ひとつでは償えんぞ」黒い甲冑の男は刺さるような視線をジーに向けた。

 「だから必死に探しておろうが」猛獣のように牙をむいてジーが言った。


 「貴様、なぜ我らの準備も整っていないこの段階でそんなことをしたのだ。まだ、ソドンも出てきておらんのだぞ」黒い甲冑の男は空いている真ん中の玉座をチラリと見た。

 「…なぜだと」ジーはゆっくりと踵を返し、黒い甲冑の男の前までやって来ると目の前で叫んだ。「いいか。奴等はのん気に王女の成人を祝う宴を催しておったのだ。我らがもう滅びたとものと決めつけてな。貴様は何とも思わんのか」

 「だから何だ」黒い甲冑の男は脚を組んだままジーをジロリと見上げた。「貴様のその下らぬプライドのために、千載一遇の好機を逃すかもしれんのだぞ」


 「下らぬプライドとはどういうことだ」ジーは剣に手をかけた。剣に漂う妖気がジーの右腕にまとわりついてくる。黒い鎧の男は静かにその様子をじっと見ている。

 「まあ、いい」黒い鎧の男は玉座から立ち上がった。そしてそのままジーのところへ近づいて行った。そして脇を通り過ぎる際にジーを横目で見据えて言った。「どちらにしても、これでもし餌に逃げられるようなことがあれば、この俺がただでは置かぬ」そのまま黒い鎧の男は広間から出て行った。

 「千載一遇の好機だからこそ、動く必要があるのだ。貴様のように動かないでじっとしているだけでは何も始まらんわ」ジーははき捨てるように言った。


 「グージ!」ジーが叫んだ。肩に包帯を巻いた男が軽く頭を下げた。「もはや、一刻の猶予もならん。ゴドラを使え」ジーが言い終わるやグージと呼ばれた男はニヤリと笑い、広間を出て行った。


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