第8話 噂
8.噂
夏休みが明け、またいつも通りの学校生活が始まった。夏休みに入る前の彩愛より、同じ教室で見る彼女が少し違って見えるのは 気のせいだろうか。告白をしたつもりだけど、全然彼女には伝わっていなかったのには驚きだったが、お陰で無残にフラれる事もなく、気まずくなる事もなく今に至っている。ある意味奇跡だと、僕は後で思った位だ。何かのタイミングで目が合うと、彩愛の方からにっこり笑ってきたりする。確実に距離が縮まっている。放課後、教室から皆がはけていく様子をぼんやり見ている僕を、彩愛はいつも 優しい眼差しで見つめてから『よっしー、バイバイ』と声を掛けてくれる。実はそれが何より嬉しくて、最近ではそれを言われたいが為に教室に残っている様なところもある。自分の事を“せこい男だな”とも思うが、学校で自分から声を掛けるのはやはり相当の勇気がいるのだ。
そんなゆるい幸せを味わっていた数日間に、突然のピリオドが訪れた。僕の親友の幸也と一緒に帰っていた時だ。
「よっしー、角田と夏休み中に何かあったの?」
「何かって・・・?」
「ま・・・進展とか・・・」
「別に進展はないけど・・・一緒に出掛けたりとか、そういう程度だけど・・・」
そう言いながら、僕の頬がどうしても緩むのを抑えきれず、幸也はそれを目ざとく見つけた。
「それ以上の事はないの?」
僕の頭に真っ先に秘密基地でのキスが思い浮かぶ。しかし、あれは事故だ。だから幸也に報告する程の事ではない。僕は少し後ろめたい気持ちを隠して、首を横に振った。
「ふ~ん・・・」
その幸也の言い方がどうも引っ掛かって、僕は聞いた。
「なんで?」
「角田とお前、噂になってるよ」
「えっ?!」
「俺もさ、今日聞いたんだけど・・・どうも夏休み中に一緒にいるところ、目撃されてるらしいよ」
「え・・・」
僕は、テスト最終日にピザ食べ放題の店で彩愛と一緒にいるところを見られてコソコソ言われた光景を思い出す。同時に、そこから急に立ち去った彩愛の姿も。
「でも・・・それだけで?」
「まぁ・・・ね。そりゃ、そうなんだけど」
幸也の口が重たそうな様子が気に掛かる。
「で?なんて噂されてんの?」
「まぁ・・・それは・・・所詮噂だから」
言おうとしない幸也の様子に、僕は嫌な予感が膨れ上がる。
「だから、何て言われてんの?」
幸也は渋々口を開いた。
「・・・角田は彼氏がいるの皆知ってんじゃん?だから余計に・・・良からぬ噂話が飛び交うんだと思うんだけど・・・」
「・・・で?」
その内容を聞くのが怖い。でも真実を知らないと、彩愛をもっと傷つける事になるかもしれないと、密かに腹に力を込めて 僕は次の言葉を催促した。
「・・・まぁ・・・尻軽的な・・・」
幸也もそれを言うのに相当の勇気が要ったのだと思う。声の音量は途端に小さくなった。しかし大きな声ではっきり聞こうが、ボソボソ聞こうが同じだ。僕は頭の上から大きな石が落ちてきたみたいな衝撃を受けた。
「角田も・・・知ってんのかな?その事」
「さぁ・・・」
幸也は首を傾げたが、また続けた。
「二人の写真が・・・拡散されてるらしい・・・」
「写真?!」
「俺は見てないけど、二人のツーショットが何枚か載ってるらしくて・・・うちのクラスじゃ、暇な奴らのトップニュースみたいになってた」
「・・・・・・」
「でもさ、角田って そういうの気にするタイプ?言いたい奴には言わせておけって感じじゃないの?」
僕は首を傾げた。
「どうかな・・・。相手が僕じゃ・・・ね。やっぱ嫌でしょ」
きっと僕が凄く悲しい顔をしたのだろう。幸也が慌てて言葉を繋いだ。
「なんでよ。二人で一緒に出掛ける位仲の良い友達なんだから、そんな嫌がんないでしょ。そりゃ、事実と違う事は嫌かもしんないけど」
「さぁ・・・」
その晩僕は、彩愛が例の噂を知っているのか確認したい一心で、メールを迷っていた。しかし、結局送る事のないまま次の日を迎えたのだった。だって実際『噂されてるの知ってる?』なんて聞ける訳がない。かといって『二人で出掛けた時の写真、拡散されてるらしいよ』もおかしい。『僕と噂になっちゃって、ごめんね』って言うのも卑屈っぽい。そんな事を延々と考えていたら、結局上手い言葉が見つからず時間切れとなった感じだ。きっとあの幸也がわざわざ僕に確認してくる位だから、きっと相当な話題なのだろう。だから僕は、明日からは学校で 極力彩愛との接点を持たないように、心を決めた。
校門を入る時も学校の廊下で人とすれ違う時も、僕は皆がチラッと見てからコソコソ喋っている様な気がしてならなかった。
「おはよう」
教室の席に着いて 下を向いて鞄の中身を出していると、傍を通った彩愛の声が聞こえてきた。僕は下を向いて顔を合わせないままボソッと返事を返した。彩愛の上履きが僕の前を通り過ぎていくのを見ながら、僕の胸はぎゅっと痛んだ。
そして帰りも、僕はいつもの様に最後まで残らず、真っ先に教室を出て行った。何も悪い事もしていないのに、何だか自分のペースが全く崩されている様で、居心地が悪い。あんまり周りの噂話など気にしない僕だが、彩愛の周りの友達は一体どう思っているのだろうと、今回は柄にもなく凄く気になってしまう。足早に教室を出て、一直線に校門を飛び出した。隣のクラスに顔を出せず、幸也に何も言わず先に帰ってきてしまった事を、僕は申し訳なく思っていた。後でメールで謝っておけばいいと自分に言い聞かせながら、僕はまだ学生の少ない電車に揺られて その街を離れた。
こうして僕は何日も何日も影を潜める様に下を向いて登校し、終わると真っ先に下校する日々が続いた。『人の噂も75日』と自分に言い聞かせながら。
そんな鬱々とした日のバイトを終えて店を出ると、いつかの様に彩愛が待っていた。
「お疲れ」
暗闇から急に姿を現して、僕は驚いて一瞬後ずさりしてしまう。
「あのさ・・・」
彩愛がそう話を始めようとしたところで、僕が慌てて辺りをきょろきょろ見回すと、彼女は笑った。
「あ、また写真に撮られるんじゃないかって思ったの?」
「え・・・いや・・・」
恥ずかしい気持ちをごまかす様に僕は俯いて、口の中で言葉にならない言葉をまごつかせた。
「な~んかさ、私達、芸能人にでもなった気分」
そう言って、彩愛は夜空を仰ぎ見てケタケタと笑った。
「私達、良いお友達ですって記者会見開く?」
僕は笑っている彩愛を見ながら、改めて思った。彼女の方が数段大人なんだなと。あんな変な噂をされ、本当なら一番傷ついてる筈の彩愛が、それを笑い飛ばしているのだ。やっぱり僕は頼りなくて、子供で、ダメな男だなぁと痛感する。
彩愛の笑い声が虚しく二人の空間から消えると、再び静寂がよぎる。僕が何も喋らないと、彼女は急に悲しそうな顔をして言った。
「ごめんね」
それはこっちの台詞だと言おうと僕は顔を彼女に向けたが、彩愛の瞳がとても物悲し気で声を詰まらせてしまった。
「変な噂に巻き込んじゃって、ごめんね」
「いや、それはこっちの・・・」
「滅多に怒ったりしない穏やかなよっしーの日常を、私のせいで奪っちゃって・・・本当にごめんなさい」
彩愛は俯き気味でそう言ったが、わずかに店の外灯に照らされて彩愛の瞳に反射した。僕も『ごめんね』とか『大丈夫?』とか言いたかったのに、彩愛の涙の気配を感じただけで、もうどうしていいか分からなくなってしまったのだ。
「それだけ、言いに来た。学校じゃ・・・よっしー、話せそうもなかったから」
「・・・わざわざ・・・ごめん」
こんな変な事ばかり、口からこぼれてしまう。
「色々、今までありがとね」
何だか別れの挨拶みたいだ。僕の心がそれを聞いて、急に焦りだす。・・・が、何からどう話していいのかはわからない。彩愛も僕からの言葉を待っていたのだと思う。でも、僕の口が凍り付いてしまっている様で、空っぽの空間に彩愛が覚悟を決めた。
「じゃあね」
情けない気持ちを胸いっぱいに抱え、僕はただ口をもごもごするだけだ。そんな僕に諦めて、彩愛は駅の方へ姿を消した。
次の日学校に行くと、彩愛は欠席をしていた。担任も歯切れが悪い。
「角田は・・・家の都合で欠席だ」
“家の都合”今までそんな理由で休んだ事はない。僕は昨日の後悔と共に、あの後どこに行ったのだろうと心配が膨らむ。彼氏の所に泊まったのか。それとも又一晩中外を歩いていたのか。それとも・・・。僕は益々気持ちが落ち着かなくなってきて、学校が終わると真っ先に校門を飛び出した。
『今どこにいるの?』
そうメールを送信する。しかし、すぐにそれはエラーとして戻ってきた。着信拒否されている様だ。愕然とした僕は、もう一度送ってみる。しかし結果は同じだった。成す術がなく、僕は肩を落として電車に揺られた。
次の日も彩愛は欠席だった。担任も相変わらず“家の都合”等と言う。また次の日も、そのまた次の日も欠席だった。あの晩、何も言えなかった後悔だけが、僕の胸を占領する。もし彩愛に何かあったとしたら、僕はこの後悔を一生抱えていくのだと思うと、余計に事の重大さを感じる。あの晩、またきっと彩愛と話す機会があると、心のどこかで簡単に僕は思っていたのだ。だからあの瞬間に精一杯の自分を絞り出さなかったのだと思うと、更に自分を嫌いになった。
彩愛の欠席から一週間が経って、ようやく噂も視線も感じなくなった頃、彩愛が学校に姿を現した。マスクをしていて、髪の毛も下しているから、あまり表情は読み取れない。久々の彩愛の周りに友達が集まる。
「風邪ひいちゃっててさぁ。参ったぁ」
彩愛の明るくケタケタと笑う声が、輪の中から漏れてくる。僕の耳には悲しく響くが、やはりどこかホッとしているのも事実だ。
放課後、僕は真っ先に教室を出ず、今まで通り皆の帰っていく姿をぼんやり眺めながら鞄に教科書を詰めた。
「彩愛!この前から言ってた新発売のアイス、今日食べて帰ろうよ」
「オッケー!」
そう友達と明るく教室を後にする時、僕の机の横を通り過ぎたが、何も言わず、まるで僕なんか居ないみたいにすり抜けていった。
今日はバイトのない僕は、図書室に寄ってから学校を出る。思ったよりも時間が経っている事に少し驚いている自分もいる。校門を出て駅に向かうが、どうしても真っ直ぐ帰る気になれず、ふと思い立って、彩愛と行った歩道橋まで足を延ばした。少しの期待を胸に階段を上がるが、上まで着いてやっぱりと肩を落とす。居る訳ないと思う心と、がっかりする心が半々、僕の体の中心でうごめいていた。
以前二人で来た時と同じ様に、下の歩道を行き交う人を眺めてみる。三人横並びに楽し気に歩くリュック姿の学生、電話をしながら歩くサラリーマン風の男性、買い物袋を提げた主婦、小さい子供と手を繋いで歩く若いお母さん、足早に歩くOLさん。そんな人達を眺めて、彩愛ならどんな事を思うのだろう。今は僕の心が穏やかではないから、やはり勝手に想像する街行く人の心の中も、皆悲しみや悩みを抱えている様に映る。皆それぞれに日々起こる色々な事を抱えて、暮らしているのだと。
夕日を背中に感じて、反対側の下を覗き込む。あの時と同じたこ焼きの屋台が出ている。二人で半分ずつ食べた淡い思い出が蘇る。確かあの日僕は舌を火傷したんだった。
信号が赤と青を何度か繰り返す。その度に車が一斉に止まったり走り出したりする光景を、僕はぼんやりと眺めていた。そしてふと気が付くと、近付く足音と共にふんわりと風に乗ってソースのかぐわしい香りが、僕の鼻に届く。振り向くとそこには、たこ焼きを片手に持った彩愛が立っていた。
「ここに居たんだ」
彩愛が少し気まずそうにそう言った。そして僕は、もうあの晩の様な後悔はしないと、背筋を伸ばした。
「居るかなと思って」
「・・・え?私?」
「うん」
「・・・どうして?」
僕は何から言えばいいのか、頭の中がごちゃ混ぜになっていた。しかしもう、思いついた事から口に出してみる事にした。
「まず・・・着信拒否、してるでしょ?」
「あぁ・・・」
「学校休んでた時、連絡取れなくて心配した」
少し神妙な顔をした彩愛だったが、すぐにはははと笑った。
「心配してくれたんだぁ。嬉しいな、なんか」
笑ってごまかす彩愛に、僕は真顔でもう一言言った。
「笑い事じゃないよ。本当にすっごい心配したんだから」
「・・・ごめん」
「着信拒否って・・・結構へこんだし」
「だって・・・」
「『だって』って、何よ?なんで急に拒否られるわけ?」
「よっしーだって、学校で挨拶もしてくんなかったじゃん」
「それは・・・変な噂されて、角田に迷惑かけたくなかったから」
「私だって、よっしー巻き込みたくなかった。私は色々言われたってへっちゃらだけど、よっしーの事は変な風に言われたくなかったから」
「だからって拒否る事ないでしょ?皆のいる所なら分かるけど」
「だからぁ、・・・もうよっしーとは会うのやめようって思ってたの。甘え過ぎてたし。だから学校で会うだけのクラスメイトに戻ろうって思ったの」
「・・・・・・」
さっきまでポンポンと言い合ってきたが、彩愛のその思いを聞いて、僕は急に言葉を詰まらせた。すると、彩愛が言った。
「ねえ、これって・・・喧嘩?」
僕は少し考えてから、首を傾げた。
「喧嘩じゃ・・・ないよね?!」
「そっか・・・」
彩愛はそう答えてから、何故か少し嬉しそうに微笑んだ。その理由が分からず僕がキョトンとしていると、彩愛が満足げな笑みを浮かべながら説明した。
「私ね、彼氏にガーッて言われても、今まで言い返せなかったの。ただ黙っちゃったり、ごめんって言うだけで。でも今よっしーに、思った事正直に話せた。ちょっと・・・嬉しい」
僕は複雑な気持ちだった。それは彼女が僕を好きじゃないからな訳で、嫌われたくないという強い防衛本能が働かない相手だからだ。
僕が黙ってしまうと、彩愛が思い出した様にたこ焼きを差し出した。
「半分食べる?」
僕はとっさに首を横に振っていた。
「どうして?一緒に食べようよ」
彩愛は更にたこ焼きを僕の方へ押し付ける。僕がなかなか受け取らないでいると、彩愛はハッとした顔をして、急に手招きをしてしゃがんだ。
「こうすれば周りから見えないから。ね?はい、どうぞ」
二人でしゃがんで、隠れる様にしてたこ焼きをつつき合っているこの時間が、永遠に続けばいいのにと思ってしまう僕だった。
たこ焼きを平らげると、彩愛がふうっと大きく息を吐いた。
「やっぱ、よっしーと居ると楽しいわぁ」
やはり僕は単純に嬉しくなる。
「ブロック、解除してくれる?」
彩愛は笑顔で大きく頷いた。
「何て言われてたか見た?」
「いや、幸也にちょっと聞いただけ」
そう伝えると、納得した様子の彩愛。
「知らない方がいいかもね」
「・・・角田の事、酷い言い方だったもんね」
すると彩愛が目を見開いた。
「私なんかまだいいけど、よっしーの方が・・・凄い言われ方してたから・・・」
僕はそれを聞いて、正直ちょっとひるんだ。彩愛の『尻軽女』以上に酷い言われ方とは・・・?一体僕は何て噂されていたのだろう。幸也があえて言わなかった僕等の悪口の正体を勝手に想像し、次第にそいつに心の中を乗っ取られていった。
「ねぇ、何て言われてたの?僕」
次の日の学校帰りに、周りに生徒がいない事を確認してから 僕は幸也に聞いた。しかし幸也は口が重たい。
「もう終わった話だよ。気にする事ないよ」
「分かってるけどさ、一応確認」
あの手この手で聞き出そうとしてもなかなか言わない幸也の様子から、僕は相当覚悟しなければいけない内容である事を確信した。
そしてとうとう渋々幸也が口を割った。
「曽根も見かけによらず、意外に好きもんだって」
頭の上から大きな石が落ちて来た様な衝撃だ。と同時に、僕の顔が真っ赤になって熱く火照る。でも、精一杯の強がりで目いっぱい平静を装ってみせる。
「へぇ~」
「ま、所詮暇な奴らの低俗な噂話だよ」
「だよな」
「それに、もう皆忘れてるし」
「だね」
当時この内容を聞かなくて正解だったと思う。知っていたら、恥ずかしい様な腹立たしい様な気持ちで、まともに学校に来られていたか分からない。彩愛が自分よりも僕を案じる気持ちも分からなくもない。それ程のパンチ力があった。
「ちなみにさ、写真ってどんな写真だった?」
幸也が僕をいぶかし気に見てから言った。
「今頃気にしてんの?」
「一応どんなのだったのか、知っておいた方がいいかなと思って。・・・角田にも迷惑掛けちゃった訳だし」
幸也はゆっくりと携帯を取り出して、当時の拡散された写真を探し出す。
「自分で見る?」
そう言われ、躊躇する気持ちが僕の手を重たくした。なかなか出せない手を察して、幸也が携帯を自分の方に向けた。
「ボートに乗ってる写真と・・・芝生の上で二人で寝転がってる写真」
画面から視線を外して、幸也は続けた。
「まぁボートはね、皆で行っても二人組で乗る事あるしさ。ただもう一個の方のは・・・これでただの友達ですって言っても、なかなか信じてはもらえないだろうね・・・」
「あの日は朝が早かったし、お弁当食べたら腹いっぱいになって眠たくなったから、ちょっと横になって休んだだけだよ」
すると幸也は携帯をしまいながら言った。
「俺に言い訳するなよ」
「あ・・・」
自分の一言で僕の口を封じた事を気にしたのか、幸也は言葉を続けた。
「まぁ撮り方なんだろうけどさ・・・。寄り添って寝てるみたいに見えんだよ」
確かに眠ってしまっていた間の事など知る訳がない。どんな寝相をしていたのかも。しかも僕はあの時、浮かれた自分を必死に隠す為に、帽子を顔に乗せていた筈だ。だから尚更、彩愛がどれくらいの距離で横に寝ていたのか、見えてはいなかったのだ。僕の中に迷いはあったが、勇気を出して手を差し出した。
「貸して。見てみる」
躊躇しながらも、幸也はゆっくりと携帯を取り出した。再び問題の画像を表示させると、無言で僕の方へ差し出した。見てはいけないものを見る前の様な、そんな心臓の破裂しそうな緊張を必死に抑え、僕は思い切ってそれを手に取った。幸也の言う『寄り添って寝ている』とか『これでただの友達ですって言っても信じてもらえない』と例えた代物は、確実に言い得ていた。隣で横になった彩愛は、僕の方へ体を向けていて、僕が自分の腕を頭の後ろにして枕代わりにしているのが、まるで腕枕でもしているみたいに遠目に映っている。僕自身もドキッとしてしまう映像だ。しかし、いくら僕が異性とは思えなくたって、こんな事するものだろうか?男女の仲を超えた関係だとしても、女の子の方から あんな傍で寄り添って寝られるものなのか?それだけ僕が中性的というか、間違いが決して起きない 危険性の極めて少ない男だと思われているという事なのかもしれない。
画像を見たまま固まっている僕を、幸也の声が溶かした。
「・・・ま、個人的には嬉しい画像だよね?」
「・・・嬉しくないよ」
僕はそう言って、携帯を突き返した。
「なんで?!」
「角田は僕の事好きじゃないんだよ。それなのにこんなに近くで寝られるなんてさ・・・」
僕は少し怒った口調でそう言ったからか、幸也の顔は急速に曇っていった。
「よっしーも皆が言ってたみたいに・・・ゆるい女だって思ったんだ?」
「そんな風に思ってないよ!」
思わず僕は声を荒げた。幸也は突然の僕の気迫に驚いて、ちょっと後ずさりした。口もぽかーんと開いている。僕は一度深呼吸をした。
「・・・ごめん」
「いや・・・。なんか・・・本気だね、かなり」
その言葉に、僕は急に頬を赤らめた。
「そういう風に思ったんじゃなくて、それだけ脈無しって事でしょって・・・」
幸也は僕の言葉を聞いた後で、もう一度画像を表示させて見る。暫く黙ったままの幸也が首を傾げながら言った。
「本当に・・・脈無し?」
僕は何度も首を縦に振って頷いた。
「だって、お父さんみたいって言われたんだよ。よっしーと居ると安心するとか、男と女を超えた関係だとか・・・」
その言葉を聞きながら、幸也は画像を見て もう一度ゆっくりと頷いた。
「確かに安心しきってる感じだよな・・・」
「・・・うん」
幸也が、急に思いついた様に携帯をしまいながら言った。
「そこから恋に発展って手も有りかもよ」
ニコニコする幸也とは対照的に、僕は諦め顔で首を何度も振った。