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抱きしめて・・・  作者: 長谷川るり
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第4話 12時過ぎのシンデレラ

4.12時過ぎのシンデレラ


 彩愛が帰ったその日の夜、当然の如く曽根家の女達が詮索をしてくる。

「昨日の彩愛ちゃん、善之の彼女なの?」

一番上の姉 詩織だ。

「違う違う」

僕が言うより前に、二番目の姉 泉美が答える。それも、ちょっと悔しい。

「じゃ何?本当にただの学校の友達なの?」

「それはどうかなぁ・・・」

思わせぶりな返事を泉美がするから、今度は母も含めた6つの瞳が僕に集まる。こんな時に誰かと目なんか合わせようものなら、大変な事になる。女はすぐに表情で本音を読み取ろうとする。しかし目を合わせないのも、また疑われる。

「あ~、なるほどねぇ」

ほら、この通りだ。

「何が『なるほど』なんだよ」

一応無駄と分かりながら、言い返してもみる。

「善之の片思いでしょ」

あまりにあっさり読み取られていて、僕も戦意喪失だ。そこで、いつもの様に母が助け舟を出す。

「いいじゃないの、なんでも。又、いつでも遊びにいらっしゃいって言っておいてね。良い子だったし」

「ほんと、いい子だった」

泉美がすぐに賛同する。そして続けた。

「でも・・・悩みも深そうだった」

昨日の晩、彼氏からの電話の後二人で話をした時の内容だ。一体どんな内容を聞いたのだろう。僕が前に聞いたお金の事以外にあるのだろうか。そんな僕の心の声が思わず顔に出てしまったみたいだ。視線がチラッと姉の方へ向いてしまったらしい。

「気になるでしょう?」

ちょっと面白がる様に僕の顔を見るから、つい強がってしまった。

「知ってるし」

「へぇ~・・・。じゃ、なんでそのまま見過ごしてるの?」

「見過ごしてる訳じゃないけど・・・」

「一歩間違ったら大事おおごとだよ」

そこに、台所で後片付けをしていた母が布巾片手に近付いてくる。

「何なの?その・・・悩みって」

「・・・・・・」

「あんたは、全部聞いてるの?」

姉が僕に追及する。

「まぁ・・・大体は」

知ってると息巻いてしまった手前、そう言うしかなかった。

「で、どう考えてるわけ?」

そうきたか!姉の質問が予想外の変化球過ぎて、僕はさすがに言葉を失ってしまった。

「器のでかさをアピールする、滅多にないチャンスかもよ~。『いや~ん。意外と曽根君って頼り甲斐あるんだぁ』ってさ」

絶対に面白がっている。本気で応援する気なんかないくせに、ちょっとそれっぽい事を言う辺りが、癪に障る。

「曽根君なんて呼ばれてねぇし・・・」

僕はボソボソっと、口の中で反論した。そんなやりとりを まどろっこしく感じた母が、口を挟んだ。

「で、深刻な悩みって何なのよ」

「まぁ・・・恋愛の事もそうだし・・・家庭内のトラブルっていうか、不和があるのも事実。色んなそういった事が絡み合ってる。ま、悪循環ってヤツだね」

家庭内トラブル・・・?DV?何だろう・・・。家で嫌な事があると飛び出してきて彼氏の所に泣きつくが、そこでも彼氏が不機嫌で辛く当たられたとしたら・・・。でも帰る家もない。だから彼のご機嫌を取って、そこに置いてもらうしかないのか。だとしたら・・・。もし、そうだとしたら・・・。僕の中の妄想が勝手に一人歩きする。


 部屋に入ってから、僕は今朝交換したばかりの彩愛のアドレスへメッセージを送る。

『今日は大丈夫?』

そう送ってからなかなか返信の無いまま、日付が変わる。心配と後悔が僕の心の中で行ったり来たりを繰り返す。その時、彩愛から待ちに待った返信が届く。

『シンデレラは、かぼちゃの馬車もドレスも無くなりました』

それを読んだ僕は、嫌な胸騒ぎと駆り立てられる気持ちを抑えられず、思わず立ち上がる。しかし、何をしたらいいのかは分からない。ただじっと座っていられず、僕は突っ立ったまま、メールを送った。

『今どこにいるの?』

しかし、暫く返事は来ない。質問を変えてみようと頭を抱えていると、彩愛からの返信だ。

『もしかして、聞いたの?』

多分昨夜姉に話した内容の事を言っているのだろう。僕はすぐに返事を返す。

『何も聞いてないよ』

そう送ってから、僕はじっと手に電話を持って返事を待っているが、なかなか受信を知らせてはくれない。もう一度ベッドに仰向けに寝転がる。彩愛の事が気になって、眠れる訳がない。又諦めかけた頃に、ようやく返事が来る。

『今日は星が綺麗に見える』

やっぱり外にいるのだ。そう思って、僕は飛び起きる。すると続けて彩愛からメールが来る。

『星見てると、時間忘れちゃう』

僕は慌てて部屋の窓を開け、夜空を見上げた。

『よっしーは夜空なんか興味ないか』

『そんな事ないよ。今部屋からオリオン座見えてる。ま、それ位しか分かんないんだけど』

『私の所からも見えてる、オリオン座。それから月も』

僕はそれを聞いて部屋を飛び出した。今この時間に、オリオン座も見えて月も見える所。そこに彩愛がいるのだ。僕は夢中で自転車を飛ばした。どこか当てがあった訳じゃない。ただもう勝手に体が動き出して、自転車をこぎながら どこへ向かおうか必死に考えていたのだ。


まず向かったのは、昨日彩愛と来た僕の秘密基地。坂道をもろともせず、僕は自転車をこいだ。丘のてっぺんまで行ったが、やはりそこに彩愛の姿は無かった。しかしがっかりなんかしていられない。もしやと思って念の為来てみただけだ。こんな入り組んだ場所、彩愛が道を覚えている訳がない。乱暴に向きを変えて、自転車で勢いよく坂道を降りる。さっきかいた汗が、風に吹かれて気持ちがいい。束の間の心地良さを味わうと、また僕は必死に足を動かした。彩愛の居そうな所。オリオン座と月が同時に見える場所。・・・・・・そうだ。歩道橋だ。僕は大きな通りに出て、歩道橋がある度に、上を見上げた。それらしい人影はない。このまま学校の近くの、以前一緒に人間ウォッチングをしたあの歩道橋まで行ってしまおうか・・・。それにはかなりの距離がある。しかし、自転車は自分さえこげば どこまでだって行ける。彩愛が一人で孤独に震えているとしたら、と思うと、僕の足はもう動き始めていた。


電車の線路と幹線道路を頼りに、僕は自転車を走らせた。最後に彩愛からのメールを受信してから約一時間が経っていた。ふと我に返って電話をポケットから取り出して見る。ランプの点滅が受信したメールがある事を知らせていた。

『月、雲に隠れてきちゃった』

30分も前に来ていたメールだ。僕は空を見上げたが、そこからは月の姿を確認する事が出来なかった。しかし、家を出る前よりも空に雲が増えていた。

『自転車乗ってて、今メールに気が付いた。ごめんね』

一旦そう書いて送信する。そして続いてもう一通送る。

『今どこ?』

勇気を出して、もう一度聞いてみる事にした。ダメもとだ。きっとすぐに返事なんかある訳がない。だから僕はまた、自転車を走らせた。それからようやく学校の近くの歩道橋に辿り着く。下から見る限りでは、人影はない。しかし僕は念の為、自転車を脇に停めて、歩道橋の階段を上がった。やはりそこには誰も居なかった。真ん中辺りまで行って空を見上げると、雲に隠れかけた三日月とオリオン座が両方頭上に現れていた。どこにいるんだろう。彩愛の居そうな場所の手掛かりも無くなって、僕は急にどっと疲れを感じた。高いフェンスに寄り掛かって、再びポケットから電話を取り出す。やはり返信はない。

『今、前に一緒に来た歩道橋の上に来てる。雲は多いけど、空が良く見えるよ』

返信の来ない電話を握りしめて、僕はその場に座り込んだ。

 彩愛が昨日姉に打ち明けた悩みとは何なのだろう。知ったかぶりなんかせず、ちゃんと聞いておけば良かったと今更ながら後悔する。きっと彼女は又家で嫌な事があったのだ。しかし彼氏の所にも行っていない様だ。それなのに、僕とも会いたがらない。・・・僕は 何も彩愛の力になってやれない自分が悔しくて、地面に落ちていた石ころを蹴飛ばして八つ当たりした。

 するとその時、手に持っていた電話が震えた。

『何か色々、もう疲れちゃった』

何か嫌な予感がした。僕が思っている以上に、もしかしたら深刻な状況なのかもしれない。気持ちばかりが急いて、画面の上で指が迷う。

『今から行くよ。会えないかな?』

さっきから何度も場所を教えてもらえていないのに、これで返事が来るとは思わない。しかし悩んでいる間にも、彩愛がどうにかなってしまいそうで、僕は冷静さを欠いていた。居ても立ってもいられず、僕は立ち上がると、急に下の道路を通る車の音が気になりだす。歩道橋・・・僕は急に心臓がドキドキし始めた。そのまま振り返って、下を眺める。・・・結構な高さだ。彩愛の身を案じる僕は、また次のメールを送った。

『今まだ、空見てる?』

『もう見てない。雲に隠れちゃったから』

僕は頭を抱えた。これはもう高い所には居ないという事なのか。だとしたら・・・。次のメールの文章を考えていると、そこへ一足先に彩愛から届く。

『よっしー、早く家帰りな』

『心配で帰れないよ、見つけるまで』

『大丈夫だってば』

『顔見るまで、その言葉信用できない』

『本当に大丈夫だから。変な事しないから。約束する』

もう一度自転車に乗って探し回るという手もある。しかし、もう何の当てもない。だからと言って、このまま家に帰って何も無かったみたいに眠れる筈がない。

『僕が何か力になれる訳じゃないかもしれないけど、多分今この地球上で、角田の事一番心配してると思う』

僕にしては、かなり思い切った内容だ。これで彩愛が動かなければ、きっと一生脈無しだ。その位の意気込みで送った文章だ。

 少しして、彩愛からの返信が来る。

『ありがとう。凄く嬉しかった。自分がここに存在しててもいいんだって、少し思えたよ』

しかし、その続きがあった。

『でも、今は一人でいたい』

僕はその場でへたり込んだ。そしてそのまま、東の空が朝日の気配を感じて白み始めるのを見届けた頃、僕はようやく歩道橋を降りた。


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