第2話 僕にできる事
2.僕にできる事
アルバイト先のコンビニで、僕は今日もレジを打つ。
「いらっしゃいませ」
駅前のコンビニだから、時間に関係なく 割合ひっきりなしに客足がある。もうすぐバイトが終わる9時近くなって、僕の気持ちもホッとし始める。アイスとスナック菓子を買い求める客にお釣りを渡して、いつもの台詞を言う。
「ありがとうございました」
お客の顔等見ない。研修の時は『一人一人の目を見て、元気に明るく挨拶』と教わったが、最近はすっかり慣れてしまってやっていない。店長や本部の人が来ていればやるが、今の時間帯は 良く知っているバイトの先輩だけだ。
すると、今買い物を済ませた筈の客がレジ前から動かない。
「あの~」
一瞬僕は、『しまった!覆面調査員だったんだ!』と慌てる。時々僕等アルバイトや従業員の勤務態度や店の調査の為に、抜き打ちで本部から覆面調査員がやってくる。ヒヤッとした思いをひた隠しに前を向くと、そこには彩愛が立っていた。
「あっ・・・どうしたの?」
「この前の話・・・先生とかにチクんないでね」
「あ・・・うん。もちろん」
「・・・それだけだから」
「え?・・・で、わざわざ?」
「そ」
彩愛は自動ドアを抜けて、出て行った。ドアチャイムがピンポーンと鳴るのを遠くでぼんやり聞きながら、僕は彼女の後ろ姿を見送った。近所でもないのに、こんな時間に電車に乗ってわざわざ あれを言う為にだけ来たのか?それほど僕が、口が軽そうに見えたのか?いや、きっと正義感丸出しで先生にチクりそうな奴に見えたんだ。でも、それなら学校で言えばいいのに。こんな時間に電車に乗って来る彩愛の行動に、僕は心配の色を濃くした。
「もう、上がっていいよ」
そんな先輩の声で、僕は『お疲れ様です』と挨拶をしてバイト先を出ると、もしかしてまだ近くに居るかもしれないと、走って駅まで行ってみる。走りながら僕は思い出す。アイスを買っていたんだ。だから、きっとどこか近くで食べている筈だ。駅までの道もキョロキョロしながら走り、駅前のベンチも確認した。外からホームのベンチだって出来る限り見た。でも、彩愛の姿は無かった。
次の日学校に行くと、彩愛は欠席だった。担任が聞いた。
「何か聞いてる人いるか~?」
誰も理由を知っている者はいない。僕は昨日の夜の彼女の様子が気になって仕方がなかった。
次の日になると、いつも通り彩愛は学校に顔を出した。友達には、
「昨日さぼり~?」
とからかわれている。皆と戯れている時の彩愛は、今までと何も変わらず明るく元気な様子だ。しかし、僕はやはり何か胸に引っ掛かっていて、気になるのだった。
学校の帰り、僕は駅をそのまま通り過ぎ、先日彩愛に案内された歩道橋へと来てみる。『落ち込んだ時に来る』と言っていた彼女が、もしかしたら居るかもしれないとの一抹の期待を胸に抱いて。
階段を昇りきって上に着くと、そこにはじーっと下を眺めている彩愛が立っていた。何て声を掛けて近付いたらいいのか迷いながら、僕が少し遠慮がちに距離を縮めると、彩愛がその気配に気が付いて顔を上げた。
「ここに居るんじゃないかなって思って・・・」
僕がそう言うと、不機嫌そうな顔で また彼女は歩道橋の下に視線を戻した。僕は黙って隣に並んで、同じ様に下を眺める。何かを考えているのか、それとも人間ウォッチングしているのか、彩愛の頭の中は分からない。暫く黙ったままで過ごしたが、僕は思い切って声を掛けてみる事にした。
「昨日・・・具合でも悪かったの?」
「・・・どうして?」
「学校・・・珍しく休んだから」
「・・・ただのサボリ」
「・・・珍しい・・・よね」
少し大きく息を吸った彩愛が一気に言葉を吐き出した。
「前の日、家帰んなかったから」
前の日・・・。僕のバイト先に来た日だ。あの後、どこに行ったのだろう。そしてどうして家に帰らなかったのだろう。色々な疑問と心配が僕の中で膨れ上がる。心配そうな僕の顔を見て、彩愛が大きな声で笑った。
「彼氏んち、泊まったから。家帰んなきゃ、制服無かったし」
「・・・そうだったんだ・・・」
僕の中で、今度は別の疑問が湧き起こる。彼氏は学校に行けと言わないのか?平気で学校をサボらせる様な奴なんだと、やはり僕の中の偏見が頭をもたげてくる。しかし、今彼女にそんな事を言おうものなら、正義感を振りかざす優等生というレッテルを貼られて、心を閉ざしてしまわれそうだ。だから、それ以上何も言う事は出来なかった。
暫く二人は、また無言で道行く人を観察する。彩愛が急に元気な声を上げて、一人の人を指さしている。
「あの人!あの人、何考えてると思う?」
「う~ん・・・今日の夕飯何食べようかなって事かな・・・」
あははははと彩愛は大きな口を開けて笑った。僕は少し嬉しくなって、聞いた。
「じゃ、角田は?どう見えた?」
「私はね・・・あの歩き方から、もう色んな事我慢してるのに疲れて、これからパッとカラオケでも行って歌いまくろうかなって思ってる気がした」
角田の笑顔のその奥に、きっとそんな鬱積した感情があるのかもしれないと思うと、僕は一体何をしてあげられるんだろうと思う。
「ねぇねぇ。じゃ、あの人は?」
彩愛の指さす先を見る。今度は50代の働き盛りのサラリーマン風の男の人だ。
「う~ん・・・。多分今日は奥さんの誕生日で、仕事が終わったらケーキを買って帰るんだけど、どこのケーキ屋さんにしようか、何のケーキを買おうか考えてる・・・とか」
そう言ってみた僕の横顔を彩愛が見ながら言った。
「やっぱよっしーって、ほのぼのだわ~」
「え~?そうかなぁ」
「そうだよぉ。私なんか、ぜ~んぜん違う事考えちゃってたし」
「何?どんな?」
「嫌だ。無理無理。私のひねくれ加減がバレるから、言わな~い」
明るく笑い飛ばす彩愛が、歩道橋の反対側の下を覗く。僕もそれに続いた。そして彩愛が斜め前方を指さした。
「あ!たこ焼きの屋台だ。食べた~い」
「お腹減ったもんね」
一昨日コンビニに来た時の彩愛とは別人の様に無邪気な言い方に、僕の頬も自然にほころぶ。
「行こっか?」
やはり決断するのも彩愛だ。前にこの歩道橋まで僕を案内した時の様に、急に走り出す。
屋台の前まで来て値札を見て、彩愛が少しがっかりした声を出す。
「600円かぁ・・・」
それを聞いたたこ焼きを焼いている兄ちゃんが、言った。
「大っきいタコ入ってるよぉ」
そして僕が提案した。
「二人で半分こしようか?」
歩きながらたこ焼きをフウフウ言いながら、頬張る。
「あちっ」
「よっしー、猫舌~?」
「違うけど、・・・あっ、火傷したかも」
「慌てて一口で入れるからだよぉ」
こんな光景はまるで彼氏彼女みたいだ。そんな風に僕が勝手に思って、舞い上がりそうな自分にブレーキを掛けるのに必死だ。
「私、食べ歩きって好き」
その一言で、前に幸也と一緒に商店街で見掛けた光景を思い出す。彼氏に腕を絡ませながら、あの時も彩愛はアイスを食べていた。
「あっ!」
モグモグしていた彩愛が、急に大きな声を出して立ち止まった。
「どうしたの?」
「これ、タコ2つ入ってた!」
「え~?!ツイてるね」
「しかも大きいの2個」
「良い事あるよ、きっと」
彩愛の顔が急に真顔になる。さっきまで笑っていた顔が 急に変わったから、僕はまずい事言っちゃったかなと一瞬ドキッとする。
「そうかなぁ~」
「絶対いい事あるよ」
「よっしーに言われると、そんな気してくる」
絶対良い事があります様にって気持ちを込めた分が伝わってくれたら嬉しい。
再び歩きながら駅に向かう。たこ焼きはあと一個、彩愛の分だ。僕はどうしてもこの間から気になっている事がある。それは・・・もう彼氏にお金を渡してしまったのかという事だ。でも聞けない。せっかく楽しく話してくれているのに、この空気を壊すのも嫌だ。だから僕は、やんわりと遠回しな言い方で質問する。
「彼氏ってさ・・・いくつ?」
「24」
「随分・・・年上だね」
「うん。でも一緒に居ると、あんま そんな事気にならない」
僕は『へぇ~』と適当に相槌を打つと、次の質問に踏み込む。
「学校休むって言ったら・・・何か言われないの?」
「・・・・・・」
急に黙ってしまった彩愛を見て、僕はやっぱり言わないでおけば良かったと後悔する。『変な意味じゃないよ』等と僕が言い訳をしようとしたところで、彩愛がボソッと言った。
「・・・あの日、家で嫌な事あって・・・飛び出してきちゃったから」
一昨日の晩だ。やっぱりあの時、どうしても様子が気になった僕の勘は 間違ってなかったんだと気が付く。
「あの日・・・バイト先に来てくれた日、様子が気になって、あの後駅まで探したんだけど見つけられなくて・・・」
最後のたこ焼きをごくりと飲み込んでから、彩愛が言った。
「よっしーだったら、学校行けって言ってた?」
どうだろう。もし彼女が家を飛び出して僕に泣きついて来たら、何が出来たのだろう。学校に行くには制服を取りに家に帰らなければならないのだ。簡単に行けとは言えない。でも『休んじゃえよ』とも言えたかどうかは疑問だ。きっとどうやって慰めていいかも分からないんだから、本当に頼りない男だ。チャラ男だろうが何だろうが、社会に出て自分で稼いで、自分に責任を持って生きている大人が きっと彩愛には魅力なのだろう。絶対的な安心感や包容力を感じるのかもしれない。
家で食卓を囲んで、母と姉二人の盛んに行き交う会話を聞いている いつもの光景だ。今年の春から専門学校に通う19歳の姉 泉美が、いつもの様に学校での友達との話題を切り取って話す。そしてそれに積極的に意見を挟んで来るのが、一番上の姉 詩織だ。23歳で会社勤めをしている。その会話を聞きながら、母は僕のおかわりのお茶碗にご飯をよそう。サラリーマンの父は、平日はこの時間には不在だ。一緒に食卓に着くのは土日だけだ。
「その友達の彼氏がさ、実はめっちゃDV男でさ」
二番目の姉 泉美が話す。良くまあ あれだけ喋りながらご飯も進むものだと、僕は変な所に感心してしまう。
「私達の前ではめっちゃ優しそうなのに、友達から話聞くとね、二人の時は超自己中で傲慢で、自分の思い通りにしないと物投げたり叩いたりすんだって」
上の姉 詩織も加わる。
「そういう子ってさ、周りはそんなのと別れちゃえばいいのにって思っても、意外になかなか別れないんだよねぇ」
「そうなの!それでも、優しい時の彼が好きだとか何だとか言って、結局別れないの」
「外面はいいってのが、怖くない?裏表があるっていうかさぁ」
僕はただ聞きながら、少し彩愛と重なってしまう。姉達の会話は続く。
「そういう男はさ、別れ話に納得しないとストーカーみたいになって殺したりするじゃない?それが怖くて別れる事も出来ないんじゃない?」
そこで母が言葉を挟む。
「そういうニュースみたいな事、日常的に周りにある話なのよねぇ」
そこで急に話の矛先が僕に向く。
「善之は大丈夫でしょうね?」
「え?僕?」
突然三人に注目を浴び、ご飯を乗せたまま箸が止まる。
「女の子に手上げたり、無理強いしたりしてない?」
「してないよ。する訳ないでしょ」
「そうやって、する訳ないと思ってる子が意外に豹変したりするんだって」
すると母が僕を弁護する。
「善之はそういう心配より、ちゃんと好きな子に好きだって言えるかどうかの方が心配よ」
「あ~、ま 確かにね」
姉達の反応は同じだ。女三人に頼りない目で見られ、情けなくなった僕は つい強がってみせる。
「僕だって、その位出来るよ」
「え~、そうなの?好きな子に告白とかした事あるの?」
特に姉二人の野次馬の様な視線が気になる。
「・・・そういう訳じゃないけど・・・」
「な~んだ」
がっかりする顔と、やっぱりねという顔の両方に少し口を尖らせて、僕はご飯をめいっぱいかきこんだ。どうせ僕は家族から見ても、同年代の女子から見ても頼りないんだ。癒し系男子なんていう括りに満足しそうになるところだった。でも、僕だってその気になれば告白くらい出来る。言うのをビビッてる訳じゃない。果たして言う事が、彩愛の力になれる事なのかを考えているのだ。
こういう悩んだり迷った時は、僕は決まって幸也に相談する。いつもの帰り道、もう4時近いというのに強い日差しがじりじりと肌を刺激する。
「好きな子に告白した事・・・ある?」
「え?!どうしたの?急に」
「まぁちょっと、何となく」
「もしかして角田に言おうとしてる?」
「まだ決めてはいないけど」
「・・・だって、彼氏・・・見たよね?」
「うん・・・そうだけど・・・」
やっぱり、そう言われるだろうと予想していた言葉が返ってくる。僕も段々、昨日姉ちゃん達に言われた時の様な勢いも衰えてくる。
「彼氏いるって分かってるのに?何の為に?」
何の為か聞かれると困る。確かにそうだ。幸也の言う通りだ。家族に『好きな子に気持ちも伝えられない様な腰抜け』というレッテルを貼られまいとムキになって告白しても、所詮自己満足だ。そんなの彩愛だって困る。しかも僕に正直な気持ちを打ち明けていたのに、それも出来なくなったら 彼女が可哀想だ。そんな、一見都合の良い言い訳みたいな理由に落ち着くと、やはり僕は安心する。昨日はあんな事を言われ ついその気になってみたりしたが、正直どこかムズムズ 不安定な椅子に座っているみたいな気分だったのだ。しかし幸也に言われ、そりゃあ そうだと正気に戻った様な気持ちだ。
もうすぐ学校は夏休みを迎える。しかしその前にテストだ。学期末試験の最終日は、皆の帰りの『じゃあね』が 一際明るく開放的に聞こえる。
「彩愛、帰ろう!」
いつも一緒に帰るメンツが彼女に声を掛ける。
「ごめん。私この後、数学の山ちゃんに呼び出されてんだわ」
そう誘いを断る。山ちゃんとは、山田元雄という数学の教師だ。
「え~?もう赤点決定?」
「違うよ。この前のワーク出してないから」
そう言って、鞄からかったるそうにワークを取り出して椅子に座る。
今度は幸也が教室に入ってくる。
「よっしー、もう帰れる?」
「うん。あ・・・でも図書室にこれ、返してから」
そう言いながら、本を何冊か見せる。
「俺さ、今日バイトで、ちょっと急いでんだ」
「あ、じゃぁいいよ、先帰って」
幸也は教室を出る時、皆が帰りかけている中 席に座りワークを広げた彩愛をチラッと見る。
テスト最終日の皆のはけ方は実に早い。あっという間に僕と彩愛だけだ。ワークとにらめっこの彩愛を残して帰るのに気が引けて、僕はちょっと迷っていた。声を掛けるべきか、それとも普通に『じゃあね』と挨拶だけして帰るか・・・。すると、そんなもたつく僕を見て 急に彩愛が言った。
「ねえ、よっしーってさ、数学得意?」
得意ではない。しかし苦手という程でもない。彩愛にそう聞かれ、彼女に近付くきっかけを貰う。
「な~んか、全然わかんなくってさぁ」
初めは彩愛の隣に立って教えていた僕だが、意外にも彩愛が全然理解していないから、隣の席に座り ノートの端を使って書きながら説明した。最初は『え?何でそうなるの?』を連呼していた彩愛も、段々に頷く回数が増え、最後には笑顔さえ浮かべた。
「なるほどね。こういう風に言われれば分かる。よっしー、上手いね教え方」
そんな風に褒められた事のない僕は、思わずにやけてしまいそうになる頬を必死で堪え、真顔を保つ。
「そんな事ないよ」
と謙遜もしてみたりする。
「よっしー、この後急いでる?」
僕の胸がドキンと一回大きく音を鳴らした。
「いや・・・別に」
「お昼食べて帰んない?」
その後彩愛は職員室に数学のワークを提出しに行き、僕は図書室に本を返しに行った。そして昇降口での待ち合わせに、彩愛が一足遅く現れる。
「山ちゃんにさ、ここ分かったか?って聞かれて、よっしーに教えてもらわなかったら、居残りになるとこだった」
ようやく彩愛もやれやれという開放的な顔つきになる。それにしても、昇降口で待ち合わせて一緒に帰るなんて、ちょっと気持ちがいい。彩愛にそんな気が全くないのは分かってるけど、嬉しい。これで僕がもし彩愛に告白でもしようものなら、きっとこんな事も無くなってしまうだろう。やっぱり今の関係が最高にいい。現状に甘んじるのが得意な僕の中で、勝手にそう結論づいていった。
「どこ行く?」
「私ね、行きたい所あったの」
そう話す彼女は、大きな悩みもなさそうな年相応の女子高生に見える。
「ピザの食べ放題のお店。商店街の端に出来たんだよ」
彩愛の目指す店に真っ直ぐ向かうと、昼時とあって店内には待っている人がいる。
「混んでるね・・・」
「こういう時、よっしー待つ派?」
「うん・・・別に待てるけど、角田は?」
「回転が速そうな店なら、待つ・・・かな。でもあまりの行列なら並ばない」
彩愛の言うニュアンスも分かる。だから僕は頷いた。すると彩愛が言った。
「これって片思いに似てるよね」
僕はまたドキッとした。
「叶わない片思いでも、思い続けられる?」
そんな事を彩愛が言うから、僕はどう答えていいか分からなくなった。だってまるで今の僕の事を言われている様だったから。店の外に並びながら、僕は彩愛の方を見ずに答えた。
「好きになったら、そんな簡単に気持ち変わらないから・・・」
ちょっと声が小さかったからか、商店街を通るバイクの音に掻き消されそうな僕の言葉を、彩愛は必死に拾った。
「へぇ~。よっしーって一途なんだぁ」
思わず顔が赤くなってしまいそうだ。軽く告白をした様な恥ずかしさに包まれた僕は、話題を変えようと必死になった。
「角田は?」
「私はねぇ・・・好きになるのも のめり込むのも早いけど、フラれても好きでい続けられる程強くない」
「強いのかな・・・?」
「だってフラれるって拒絶されたって事でしょ。その相手をまだ想えるって、メンタル強くないと出来なくない?」
僕はそんなに深く考えた事がなかったから、ちょっと答えに困ってしまう。ただ好きだっていう気持ちは、自分で始めるものでも終わりに出来るものでもないから。彩愛が話す恋愛観に引けを取らない様な受け答えも、僕には出来ない。それほど恋愛経験がある訳じゃない。ついこの間まで、幸也とか そういう男友達と馬鹿やって好きな事やってる方が楽しいと感じていた様な僕なんだから。だから、こういう話をすると 彩愛がやけに大人に感じる。言い方を変えれば、自分が凄く幼稚にも感じてしまう。しかしそれを悟られまいと必死の僕がいる。
そのうち店から一組出てきて、列が前に進む。僕等も列を詰めようと店内に入ると、そこには学校の奴らがいて こっちを見てニヤニヤしている。すると、彩愛が言った。
「混んでるから、やめよ。他行こ」
彩愛が勢いよく出て行く その後を僕はついて行った。
「じゃあ、どこにしようか?よっしー、何食べたい?」
きっと、彩愛は僕と二人でいる所を見られたのが嫌だったのだ。僕との関係を勘違いされるのが。胸が急に苦しくなって、思わずお昼ご飯の事なんか 僕の頭から一瞬にして吹き飛んだ。
「・・・ごめんね」
気が付いたら、そう言葉が漏れていた。
「なんでよっしーが謝んの?混んでたから、待ってらんなかっただけ」
「うん・・・」
どこに行こうかと言いながら、彩愛の歩調が速い。だから僕は、勇気を出して言った。
「・・・帰ろうか」
「え?!」
「多分、どこも混んでるよ。皆、テスト終わったばっかだし」
僕はさっきよりも彩愛との距離を気にしながら歩いた。そして さっきよりも会話も少ない。
僕と彩愛は空腹のまま駅に着くと、バスと電車にそれぞれ揺られ 帰って行った。