侯爵令嬢、そして
イザクの暗殺未遂、そして王位をかけた決闘から数日、イザクがコーデリアとフェリエドに言い渡した刑は、『二人を元いた城へ幽閉し、フェリエドについては王位継承権を剥奪する』というものだった。
王族同士とはいえ親族の殺人未遂は死罪に値するフィンベリオーレでは、異例の刑の軽さであった。
二人に加担したものは一人残らず捕らえられ、今は冷たい牢の中だ。王宮から流刑地へと赴くフェリエドたちを惜しむ者は一人もいない。
空飛ぶ黒い馬車に押しこめられたフェリエドはコーデリアと向かい合って座ったが、行きとは違い手狭な馬車の中では、見張りの兵が隣に腰掛けフェリエドを睨んでいた。
髪を整えることもなく、顎にざらつき始めた薄い髭もそのままに、フェリエドは手枷のはまった手首を見下ろす。シエナの邪魔さえ入らなければ、今頃自分はこんなに座り心地の悪い馬車の椅子ではなく金の装飾が施された王座に座っていたに違いない。
彼女の出現によって、イザクは息を吹き返しフェリエドを倒してみせたのだ。しかしその彼女を手に入れたいと、母を利用して鎮魂の儀におびき寄せたのも自分だった。
「結局、僕の手におえる女じゃなかったな……」
閉じこめた部屋から逃げ出し、解毒薬まで完成させるなんて。
薄く笑ったフェリエドを、コーデリアは気が触れたのかと心配そうに見つめる。鬼女と呼ばれた母親は、イザクの前で本心を晒してから以前のような凄みをなくしていた。ピンと伸びた背筋や頑なな漆黒の長髪は若く溌剌としているが、それでも化粧っけのない今は年相応の老いを感じる。
いや、憑き物が落ちたせいか、とフェリエドは思った。
呪いのようにコーデリアの両肩にのしかかっていた苦悩や憎しみが、あの暗殺未遂事件でなくなったのだ。だから母親は鬼女からただの母親に戻ったのだ。
フェリエドは刑を言い渡された時のことを思い返した。後ろ手に拘束されたフェリエドへ、イザクは静かに刑を告げた。当然死罪だと思っていたフェリエドは怒り狂った。
情けをかけられるくらいならこの場で舌を噛み切ってやるとさえ思った。しかし……。
『俺はお前がずっと憎かった。母上の寵愛を一身に受け誰からも愛されて育った日向のようなお前が羨ましかった。だから、お前が俺の代わりに母上から過剰な期待を受けるはめになって、周囲にどれだけ愛されても王にだけはなれない自分にもがき苦しんでいるなんて思いもしなかったんだ』
イザクだけが、フェリエドの苦悩に気づいた。心に深い傷を持つイザクだからこそ、気づいたのだ。
茫然とするフェリエドへ、イザクは王として言った。
『それでもお前を許すわけにはいかない』と。
『お前はシエナを危険にさらし、母上と共に魔犬を放ってネイフェリア領の民を陥れた。お前を憎い気持ちも……消えない。だから、もう二度とお前の望みが叶うことはないよう、王位継承権の剥奪と、元いた城への幽閉を科す。生きている間にお前が王都の土を踏むことはもうないと思え』
断罪を下す兄の低い声が、耳の奥で蘇る。
憎いという気持ちばかりが先走って、王としての兄を見ようとはしてこなかった。あれが王か。多方面から冷静に物事を見極め、自らが判断を下す。私情でフィンベリオーレを混沌に陥れようとしたフェリエドには、玉座は最初から相応しくなかったのだと、嫌でも思い知らされた。
「すまなかった、フェリエド」
棘が抜け落ちた声で、コーデリアが言った。
王宮での煌びやかな衣装から一転、刺繍の一つもない簡素な暗色のドレスを身にまとったコーデリアはなお美しく見える。毒々しい紅をさしていないコーデリアは年相応の顔をしていたが、ついと顎を上げ前を向いたかくしゃくとした雰囲気が、一層王族らしい気高さを放っていた。
「呪いはイザクの身に宿ったのではなく、わらわが生んだものじゃった。弱いわらわの言葉こそが、呪詛となりイザクとフェリエド、そなたたち二人の呪いとなってしまった。愛する息子二人に決闘などさせず、わらわが死ぬべきであった……」
「母上」
「毒草であるネフィリカスを自室に置いていたのは、解毒剤の材料にするためだけではない。もしイザクが死んだなら、わらわもネフィリカスの毒で死ぬつもりであった。それなのに……」
「あの侯爵令嬢め、先手を打ちおった」
見た目だけは妖精のように美しいシエナを思い出し、コーデリアは一杯食わされたような顔をした。
『陛下が自身の命を軽視しないために、母親に愛されているっていう事実は大事かなって思うんです』
修練場でシエナがコーデリアに放った台詞だ。そう言われてしまえば、責任を感じて空飛ぶ馬車の上から身を投げることもできない。
自身の罪が消えることは決してない。この罪を背負いながら、イザクのためにも生きていかなければならないと、コーデリアはこれからの人生の歩み方を決めたのだ。
「もうすぐ王都を出ます」
見張りの兵が二人に声をかける。もう二度と踏みしめることのない地の姿を目に焼き付けておこうと、フェリエドとコーデリアは窓から眼下を見下ろした。
そこに広がるのは、王宮を中心として放射状に広がる美しい街並みだった。綿あめのような雲の切れ間から覗く王都は活気に満ち、背の高い時計台から澄んだ鐘の音が聞こえてくる。
整備された石畳の道には馬車が行きかい、砂糖菓子のように可愛らしい住宅街の煙突からは煙が上がり生活の息吹を感じる。街のいたる場所に並ぶガス灯にはイザクによってともされた炎が踊り、大きな集合住宅やブティックの間を縫うように伸びた木々が風に吹かれてサワサワと音を立てていた。
「これがイザクの治める国か……」
これまでは何の感慨もなかった景色だ。しかし、陽の光をたっぷりと浴びて輝く王都は、コーデリアが涙の膜が張った目にずっと焼きつけておきたいと思うほど美しかった。
「……美しいな」
朝日がまぶしいと言わんばかりに目を細めてフェリエドが言う。
王都が米粒のように小さくなるまでずっと、二人は窓の外を眺め続けていた。
次回で最終回となります。




