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侯爵令嬢、出陣する

 そして、その日はやってきた。


「私の眼球に価値を見いだす変態が一定数いるって前に通り魔が言ってたんだもの! 鎮魂の儀でも多少の武装くらい許されると思わない?」


「だからって甲冑を身につけて参列する貴族令嬢がどこにいるんでい」


 鎮魂の儀当日、空を駆ける馬車に乗り王宮へ馳せ参じたシエナは、迎えに来たニフの冷たい視線に負けじと叫んだ。ニフは容赦なくシエナから甲冑をはいでいく。


「何すんのよ変態! ああ、ちょっと、やめなさい! どこに手突っこんでるの! 陛下に言いつけるわよ!」


「俺もイザク様に言いつけやすぜ。イザク様の愛するお嬢が、ワンピースの下に手榴弾仕込んでたって」


「別に密輸したわけじゃないわよ! ちゃんと私のお手製なんだから文句ないでしょ!」


 噛みつくシエナに、今日はいつもの着崩した格好ではなく、騎士団の黒い制服を身につけたニフが「なお悪いでさあ」と零した。


 そもそも、ニフは側近のくせに何故イザクの傍ではなく各国からの弔問客でごたつく王宮の門前にいるのだろうか。シエナが目で訴えると、ニフは若草色の目を細めて答えた。


「イザク様に、お嬢についているよう頼まれやした。盾くらいにはなれると思いやすぜ」


「陛下が? まあ、盾としてなら心おきなく使えそうだけど……ロアの方がよかったのに」


 そうぼやいたシエナの格好も、しっとりとした漆黒のレースのワンピースである。裾の広がりすぎないワンピースは、それでも動きやすいように膝上のものだった。


「ロアならイザク様についてますが……聞き捨てならねえな。俺のがロアよりいい男だってのに」


「同じ顔でしょ」


「そこは全然違うって言うとこですぜお嬢!」


「はあ? あいにく少女漫画のヒロインじゃないから、あんた達の顔だけじゃ判断つかないわよ」


「しょう……何ですかい?」


 そういえば少女漫画はこちらの世界にはないのだと、シエナは口を噤んだ。ニフとロアは鏡で映したように瓜二つだ。ロアのハリネズミのような短髪と、ニフの耳が隠れる長髪くらいでしか、外見では二人を判断しえない。


 それでも、シエナは寡黙なロアの方が傍に置くならマシだと思っていた。


「さあ、ワガママ言ってねぇでこっちでさあ」


 シエナの腕を掴んだニフが顎で指したのは、王宮の一角にある聖堂だ。ドーム型になった聖堂は鮮やかなステンドグラスが張り巡らされ大きな宝石箱のようにシエナの目には映ったが、同時にライオンのいる檻のようにも感じた。


「あんたがいると、悪目立ちするじゃない」


「目立った方が、陛下がお嬢を守りやすいでしょう」


 緊張を和らげるため口にした軽口の、なんとぎこちないことか。これでは緊張がニフに伝わってしまうかもしれないと危惧したが、意外にもニフは突っこんでこなかった。それどころか珍しくニフの甘い横顔は強張っており、シエナはますます無事に帰れるのだろうかと気が重くなった。


「ああでもやっぱり、アンタは陛下のそばにいてほしかったわ」


「まだ言いやすか……」


 呆れ顔を見せるニフに、シエナはそうじゃなくて、と首を横に振った。


「陛下の御身に何かあったら、アンタにはいの一番に陛下を守ってほしいもの……何よ、その顔は」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするニフを睨みつけると、ニフはこれ以上ないくらい嬉しそうに笑った。


「いや、あのお嬢からそんな言葉が聞けるなんて感激しちまって……。これは二人の結婚はすぐですねい」


「馬鹿なこと言ってないでいくわよ。あ、ちょっとヤダ。髪飾りに仕込んだ針金見えてない?」


 照れ隠しをしながら、シエナは聖堂へ向かった。




 友好関係にある国々の首脳が一堂に会する様は、壮観でもあった。


 天井に描かれた天使が見下ろす中、各々の国の正装に身を包んだ者たちが席にかけている。イザクをはじめ、国のトップに立つ者というのは、どうしてこうも膝を折りたくなるようなオーラを有しているのだろうか。


 出来るだけ小さくなろうと心掛けていたシエナは、シエナ自体が綺麗に結い上げられた銀髪といい、天井に描かれた天使よりも冴えわたる美貌といい、各国の重鎮の目を引いていることに気付かなかった。


 しかし列席する人々の目が、肌をジリジリと焼くような熱気を感じたことで一斉に奥へと向く。台座に置かれた金の燭台に瞬く間に火が灯り、身体に火を纏うようにして、黒衣を身につけたイザクが姿を現したのだ。離れた席に座りながらも、シエナはあらためてイザクが他国を圧倒するほどの力の持ち主なのだと痛いほどに感じた。


 黒衣の上からでもしっかりと感じ取れる頑健な肉体、そして甘さの欠片もない鋭角的な風貌の中、一際目を引く眼帯。その立ち姿は神話から飛び出した黒い龍のようだ。


 シエナが唾を飲みこむと、ふとイザクの視線がこちらを向いた。驚いたシエナが、ピンと背筋を伸ばす。と、イザクが皮肉屋っぽい唇を微かに綻ばせた。


 言葉を交わしたわけでもないのに、『大丈夫だ、守る』と言われた気がして、シエナは奥歯がむず痒くなる。しかし、浮き立つような気持ちを存分に味わうことは出来なかった。


 辺りがまたしてもざわつく。祭壇の中央へ現れたのは、コーデリアだった。トレーンのように後ろへ流れる黒いドレスが、彼女の闇色の髪に溶け込んでいる。相変わらず美しい烏のような女だ。聖堂を埋め尽くすほどの人を前にしても、気後れ一つ感じさせない。


「炎王を生んだ女だけはあるな」


 二列前に座った他国の重鎮が、隣の席の男に耳打ちした。


「炎王も、以前よりも凄みを増しておられる。何とかして取り入り恩恵を受けたいものだ……」


「第二王子のフェリエドも中々の策士らしいが、やはり炎王の前ではかすむ」


 鎮魂の儀はフィンベリオーレの者にとっては先王の死を悼むものだが、他国にとっては政治の場なのだろう。シエナは他国の目がある中で事件が起きないことを切に願った。


 そんなシエナの願いが通じたのか――――鎮魂の儀は、つつがなく進行した。イザクの挨拶に始まり、祭壇に飾られた先王の遺影へ列席者により花が飾られ、コーデリアによる祈りの時間となった。そして、再びイザクからの挨拶。


 そのすべてが終わった時、シエナは思わず安堵の息を零していた。隣に掛けていたニフもまた、自身の明るい前髪にフーッと息を吹きかけていた。


「流石の鬼女も、愛する旦那を悼む席では問題を起こさねぇか」


「まったくね、そんなことしようもんなら先王が泣くわよ」


「そんなお方ではなかったですけどねぃ」


 ニフは先王の人柄を思い出しているのか、遠い目をして言った。


「さて、出ましょうぜお嬢。お次は……」


「シエナ」


 イザクによく似た――――けれど本人よりも甘さを含んだ声がかかってシエナは肩を強張らせた。


「フェリエド……様……」


 暗褐色のシャツを着たフェリエドが、出口へ向かうシエナの背後にいつの間にか立っていた。


 人好きしそうな顔の中で、眉が寂しげに下がっている。


「悲しいな。もうエドと呼んでくれないの? それとも……先日の件で、兄上にひどく叱られたのかな? 可哀相なシエナ……」


 フェリエドの厚い手が、シエナの青ざめた頬へと伸びる。何故かその仕草が蜘蛛の巣に絡めとられる様に似ている気がして、シエナは一瞬反応が遅れた。が、ニフにぐい、と後ろに肩を引かれ、フェリエドの手はシエナに触れることなく宙をさまよった。


「何のつもりだ?」


 紅蓮の色を宿したフェリエドの冷眼が、ニフを切りつけた。これが彼の本性なのだろうと、シエナは叩きつけられた気がした。


「失礼いたしやした。お嬢……シエナ様を回廊へお連れするよう陛下から仰せつかっていやすんで、これで」


「し――失礼します……」


 ニフに半ば引きずられるようにして、シエナはフェリエドの前から去る。ニフがいてよかったと、シエナは初めて思った。


「お嬢……震えてます?」


「武者震いに決まってんでしょ」


 シエナはフェリエドに屈したわけでない。ただ、シエナはコーデリアには感じない何か嫌なものをフェリエドから感じていた。背筋を這い上がるような薄ら寒さを感じ、シエナはフェリエドの視線から逃げるように回廊へと向かった。


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