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侯爵令嬢、挑む

遅くなりましたがあけましておめでとうございます。

心機一転タイトルを変更しました。

「私が出席!?」


 虚を突かれ、シエナはオルゲートを振り返った。椅子にかけたまま、オルゲートは「そうなるね」と依然厳しい表情を保ったまま言った。


「ネイフェリア候が、討伐の同行に踏みきれないの、令嬢のため……」


 ロアが言う。

 シエナは口元に手をやり、頭の中で情報を整理した。


(お父様が討伐に向かえば、お父様の代わりに私が鎮魂の儀へ出席する羽目になる。その事態を避けるためお父様は討伐に向かえないってこと……?)


「ちょっと待って……タイミングが良すぎない……?」


 シエナは勘ぐった。普段は平和な森に魔犬が突如現れたことからして不審な上に、鎮魂の儀への参列要請が来たタイミングで、魔犬の討伐依頼が舞い込むなんて。そしてその勘は当たっているのだろう。シエナはオルゲートや双子の顔を見て確信した。三人も同じことを考えているに違いないと。


 コーデリアはオルゲートが討伐に出ることを見越した上で参列要請をかけてきたのだ。森に魔犬が現れたのもコーデリアの息がかかった者による仕業かもしれないな、とシエナは思った。


 それもこれも、オルゲートの代わりに、シエナを鎮魂の儀へ出席させるためだろう。


「私を鎮魂の儀に引きずり出そうとする王太后の目的は何かしらね?」


「もちろん、盛大な嫌がらせじゃねえですか?」


 ニフは肩を竦めて言った。それまで黙って主人たちの会話を聞いていたリリーナは、憤慨して声を荒げる。


「嫌がらせなんて……度が過ぎていますわ! シエナ様はここ数日、何度もコーデリア様に殺されかけたというのに!」


「へえ? そいつはイザク様に報告しとかなきゃいけねえな」


 ニフが目を細め一段低い声で言ったのを見て、シエナは内心舌を打った。イザクにあまり心配はかけたくなかったためだ。


「……心配しないでリリーナ。王太后は暇を持て余しておられるのよ。もしくは、ここ一カ月城にこもっているせいで鬱屈としているから、憂さ晴らしでもしたいんじゃない。王より長生きすると大変ね……」


 気を揉むリリーナの意識をなんとか軽くしようと、シエナは軽口を叩いた。


 しかし、たしかに鎮魂の儀というのは大変そうだ。自分はもちろん誰よりも長生きしたいから、イザクにもなるべく長生きしてもらわなくては。そこまで考えて、シエナはハッとした。


(……私ってば、陛下の妃になるつもり?)

 

 ああ、でも、もう認めるしかない。自分はイザクが好きだと。


 きっとこの先誰か別の貴族の元に嫁ぐことになったとして、一体誰が自分の心を揺らすというのか。過去を受け入れてくれるのか。


「鎮魂の儀が終わったら、プロポーズの返事をしようかしらね……」


 ふと零した独り言に、リリーナは「まあ」と喜色めいた声を上げて過剰に反応する。どうやら、シエナの意図せぬことでリリーナの気を反らせたようだ。しかし、やはり主人に忠実なリリーナはシエナのアイスブルーの瞳を見つめ、心配そうに言った。


「シエナ様……鎮魂の儀に、出席されるおつもりですか……?」


「ええ」


「リリーナは反対ですわ。大人しく鎮魂の儀が終わるのを待ちましょう? そうしたら来年まではきっと安全です……」


「…………」


 今までの嫌がらせがシエナに通じなかったから、コーデリアは直々に鎮魂の儀への招待状を送ってきたのだろうか。だとしたら、そこで何かを仕掛けてくる可能性は高い。聡明な侍女は、そう察したのだろう。


「だーから、法で定められている以上、王太后の招待を断るなんて出来ないって」


 ニフが呆れたように言った。しかしリリーナは真っ赤な顔をして食い下がる。


「何か理由をつければよいのです!」


「万が一今回はそれで回避出来たとして、きっと来年も招待されるわよ。私、コーデリア様の不興を買ったんだもの。来年も何かしらお父様が出席出来ないようにして、私に出席するよう仕向けてくるはずよ」


「ら、来年も断ればよいのです……!」


「苦しいわね」


 ムキになるリリーナに、シエナは苦笑いした。


「ねえ、そうして来年のこの時期になったらまた、怯える生活を送るの? そんなのごめんだわ。私の命を狙っているかもしれない相手を野放しにしておくのも嫌」


 シエナは招待状の入った封筒をぐしゃりと握りつぶした。


「それに……本当に命が危ないのは、私じゃない気がする……」


 何の因果かは知らないが、イザクのことは以前から、伊達政宗に似ていると思っていた。コーデリアとの関係性も伊達政宗と、生母の義姫との関係にそっくりだ。母親が弟ばかりを可愛がっていることも。


 歴史には明るくないシエナだが、それでもドラマやマンガで知っていることがある。伊達政宗はたしか、実母に毒を盛られたという逸話があった。シエナは、何の運命の悪戯か知らないが伊達政宗に雰囲気の似ているイザクが、いつか同じ目に遭う気がしてならないのだ。伊達政宗が本当にそんな目にあったのか真偽は定かでない。しかし……。


(私は転生してこの世界に新たな生を受けた。なら、歴史上の人物がこの世界に転生していてもおかしくなはいでしょ……)


 突飛なことを考え、シエナは恐ろしくなった。


(冗談じゃないわ。死なないでよ陛下。貴方、私を守ってくれるんでしょ。守ってくれるなら、死なないで)


 もしコーデリアの狙いがイザクではなくシエナの方だったとしても、シエナの推測が当たっているなら、ひたすら逃げてじりじりといつ命を狙われるか分からない恐怖に苛まれるより、それが罠だと分かっていても迎え撃ち一回の勝負でケリがついた方がいい。


 それに、鎮魂の儀で何か企まれていると分かっていれば、こちらも対策の取りようがある。


「シエナ様、相手は鬼女と呼ばれるお方です。恥をかかされるだけならいいですが、もしかしたら事故を装って酷い目に遭わされるかもしれません。そんなことになったらリリーナは、リリーナは……!」


 大きな瞳を歪め、リリーナはシエナに縋りつく。シエナはリリーナの頭を撫でてやりながら、幼子を諭すように言った。


「リリーナ、私は誰よりも長生きしたいのよ。いつ誰に命を狙われてるかとハラハラして眠れない生活を送るなんて嫌。ケリをつけられる事柄なら、さっさとケリをつけたいの。そして安寧を貪りたい」


 自分でも不思議に思うほど、シエナの心は凪いでいた。下手を打てば命を狙われる危険があることは重々承知している。しかし、以前のように死にひたすら怯えることはなくなっていた。


 前世や、以前街で襲われた時のように、日常生活から急に奈落へ突き落とされる心配がないせいだろうか。しっかりと踏み固められた道だと思っていたら急に足元が崩れるよりも、切り立った崖に面する細い道でも、困難が待ち受けているとはっきり分かってその上で立ち向かっていくのでは、心に抱える恐怖の量は全然違った。






 翌日、オルゲートは領民をつれて森へと魔犬を討伐に向かった。


 あのおちゃらけた父親が出発の際シエナへ何度も振り向き、水のように滑らかな髪を名残惜しそうに撫でていったので、シエナはオルゲートなりに娘のことを深く心配してくれているのだろうと心が温かくなった。


 そして、シエナが名代として鎮魂の儀に出席する旨が王宮に知れ渡ると、ピタリとコーデリアからの嫌がらせが止んだ。それはまるで、とびきりの嫌がらせが鎮魂の儀で待っていると予告しているかのようだった。

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