侯爵令嬢、毒される
「そなた……」
女性にしては低く冷厳な声をかけられ、シエナは緊張を強いられた。紙のように白かった顔色がマシになってくると、コーデリアは礼の一つも述べず、高慢な態度でシエナを見下ろす。
シエナは汗がだらだらと吹きだすのを感じながら、出来るだけ俯いた。断罪の時を待っている罪人の気分だ。正体がばれないことを祈るが、コーデリアの鷹のような目はごまかせなかった。
「世間を騒がせている侯爵令嬢か……?」
問いかけておきながら、確信しているような物言いだった。それもそうだろう。シエナの姿は新聞の一面に載っていたし、侍女がドレスを着て庭園を歩いているはずもない。
コーデリアの整えられた長い爪がくいとシエナの顎にかかる。そのまま顔を上向かされると、シエナはとうとうコーデリアと真正面から目を合わせるはめになった。
イザクと同じ、その場の酸素を奪ってしまいそうなほどの威圧感を放つ瞳。それでもイザクの方が温かみを感じるのは、シエナの欲目だろうか。
シエナは喉が渇くのを感じながら、回らない頭で何とか挨拶を捻りだした。
「お初にお目もじ仕ります……。あの、王太后様……? お加減はいかがでしょうか。顔色がまだ優れないご様子ですし、私、医師を呼んで参りま――……」
医師を呼ぶついでにそのままトンズラしたいというシエナの気持ちが顔に出ていたのか、コーデリアはすげなく「無用じゃ」と言った。
「いつものことだ。先ほど薬を飲んだので、問題はない」
「そ、そうでございましたか……」
(ひーっ、前世の取引先の女より怖いよーっ)
泣きたい気持ちを堪え、必死で平静を取り繕っていると、検分するような目を向けられた。一通りシエナを値踏みしたあとで、コーデリアは鮮やかな紅の引かれた薄い唇を歪めて笑う。
「なるほどのう……輝くばかりの美しさじゃ」
反応に困るシエナに、コーデリアは「そなたはあの者が懸想している相手であろう?」と続ける。あの者がイザクのことを指しているとシエナはすぐに理解した。
「あの者は己の醜さを嫌悪する反動からか、美しいものを好むようじゃな。見目麗しい者を傍に置いたとて、あの者の醜さが消えるわけでもあるまいに……愚かな者よ」
(自分の息子を名前で呼びもしないなんて……)
シエナが嫌な顔をすると、コーデリアは憐れむようにシエナの頬をなでた。
「そなたも不幸な娘よの。あのような化け物に好かれるなど」
「……化け物?」
「ああ、あれは人ではない。化け物じゃ。己の禍々しい魔力によって目玉を焼き、眼窩から飛び出したあの目を憐れんだ先王に切られた時も、そのあとぽっかりと黒い穴を覗かせたがらんどうの眼窩も、もはや異形であった」
「………異形……」
「妖精のように神秘的な美しさのそなたには想像も出来まい……。じゃが、それでよいのじゃ。今もなお醜い傷痕残る化け物の顔を見れば、そなたのように儚い見目の者は気絶してしまうであろうからな」
イザクのことをこんなにもけなすコーデリアに、シエナは絶句する。しかしコーデリアはシエナがイザクに怯えていると思ったのか、慈愛満ちた手つきでシエナの頬をもう一度撫でた。
「そなたは何故ここにいる? あの化け物に命令され寄こされたのか? 気の毒な娘よ。そなたが望むなら、わらわがあの化け物からそなたを解放してやろう――……」
コーデリアが言い終わる前に、シエナはコーデリアの手をやんわりと払いのけた。口をついて出かかっている言葉を本当にコーデリアに向かって吐き出してよいものか一瞬躊躇したが、シエナはここで言わなければ後悔すると腹をくくった。
「化け物か……そうですね、たしかに中二病の頃は心の中に誰しも黒い獣を飼っているものですが……」
「チュウニビョウ……?」
コーデリアは聞き慣れない単語に目をすがめる。シエナは無視して続けた。
「本当の化け物って言うのは、相手を貶める言葉ばかり吐く醜い心だとは思いませんか?」
コーデリアが吊りあがった目を見開く。シエナは構うもんかと思った。
「イザク陛下はとても綺麗な心根をお持ちです。臣下を気づかい、民を気づかい、国を気づかい……その身一つに沢山のものを背負い立っていらっしゃる。そんな方を悪く言う貴女の心根にこそ、醜い獣がすみついているように思います」
シエナが言い終えると同時に、コーデリアが眦を吊り上げ手を振りかぶった。無礼な発言をした自覚はあるので叩かれる覚悟をし、シエナは奥歯を噛みしめる。
ただ怯えたように目を瞑るのは癪だったので、横っ面を張られる瞬間までコーデリアを睨んでやろうと思っていたのだが――……。
「……何をしている、シエナ」
息を切らしたイザクがコーデリアの手を掴み、シエナへ振り下ろそうとするのを阻んだ。




