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侯爵令嬢、邂逅する

「そもそも陛下に気に入られなかったら嫁ぐ心配はないんだし、陛下が女遊びをやめるように進言だけすればいいのよ。不興を買って処刑されない程度に。一晩の辛抱よ私!」


「シエナ様……一晩とおっしゃる割には荷物が多すぎる気がするのですが」


 陛下の元へ訪れる当日、自室で支度を整えているシエナの荷物がトランク七つを超えたところでリリーナは突っこんだ。


 シエナより一つ年下のリリーナは童顔でシマリスのように可愛らしい容姿をしているが、きっちりと結いあげた髪が真面目な性格をよく表している。


「一体何がそんなに必要なんです? 荷物のご用意なら私が致しますのに」


「ふっふっふ。ごらんなさい、リリーナ!」


 シエナは一つ目のトランクを開け、形のよい胸を反らしながら言う。


「まず一つ目は馬鹿から天才まで作れる魔法薬調合キット! これで睡眠薬から劇薬、惚れ薬に変身薬までばっちり作れるわよ! この世界の植物には魔法が宿ってるから面白いわー。二つ目のトランクは銃火器セットね。三つ目は防具を揃えてみたの。ドラゴンの皮で出来た鎧でしょ? それからユニコーンの角がついた兜に……」


「間違いなく門前で没収されるからやめましょうね、シエナ様」


 リリーナは取りつく島もない様子で切り捨てた。シエナは鼻息荒く憤慨する。


「えーっ! どうしてよ! 私が殺されちゃってもいいの!?」


「むしろその荷物では陛下の御身の方が心配です! シエナ様は陛下を暗殺しに行くおつもりですか!」


「そうね、陛下が私を殺そうとするなら刺し違えることもあるでしょうね」


 大真面目に言ったシエナに、リリーナは頭痛がしてよろめいた。


「荷物は私ども使用人で用意いたしますので、シエナ様は御髪を整えましょう。いいですね?」


「ええー、でも」


「いいですね?」


 有無を言わさぬ口調で言われ、主人のはずなのにシエナは従う他なかった。

 金箔押しのドレッサーの前に座らされ、サイドの髪を編みこんでから白地に金糸の刺繍が入ったリボンで結ばれるまでの間不平を零してみたが、年下の侍女は聞き入れてくれなかった。


「なんて美しいのでしょう……水の精霊ニーファミアのようですわ」


 身支度の整ったシエナの様子を見て、リリーナは感嘆の息を吐いた。


 裾にかけて流れるように広がるオーバースカートは淡い水色、そして中に白いチュールが折り重なっているドレスを身に纏ったシエナは、花の刺繍があしらわれた裾を持ち上げながら、「こんなに裾が長いともしもの時に逃げにくいじゃない……」と口をとがらせた。




「謁見の間に通されることもなく直接陛下の寝所に連れていかれるようなら、デリヘルみたいね」


 宵の刻、王宮から遣わされた馬車に――(といっても引いているのはペガサスなのだが)乗って王都の上空を駆けながら、シエナは嘲った。


「デリ……なんです?」


 向かいに腰掛けたリリーナが不思議そうに問うてくる。


「客の元に接客する従業員を派遣して性的なサービスを提供することよ」


「まあ、下品ですわ」


 眉根を寄せるリリーナに一瞥やってから、シエナは窓の外を見下ろす。ネイフェリア領から王都までは空を駆ければあっという間の距離だが、やはり街の華やかさが違う。


 ガス灯の柔らかい光に照らされた王都は、宝石箱をひっくり返したように美しい。綺麗に区画された街にはバロック建築に似た豪華絢爛な建物が聳え立ち、まるで近世のヨーロッパのようだ。


 そんな絵葉書のような景色が見られるのも、ペガサスという幻想的な生き物が馬車を引いてくれているおかげだろう。そして王の絶大な統治力があってこそ。


(それなのに色狂い? 変な話ね)


「そりゃ王妃も実家に帰るわよねぇ……」


 王妃はたしか小国のハイルフェン王国から嫁いできた身だ。王の女癖の悪さが嫌になって出ていったのだろうか?


「……あら? でも、王が女遊びを始めたのは王妃が出ていった後だってお父様が言ってたわね……」


「どうしました? シエナ様」


 小首を傾げて問うリリーナに、シエナはゆるりと首を振る。


「何でもないわ。それより、この世界では動物や植物に魔力があることが何より素敵ね」


「今からシエナ様がお会いする陛下も、この国で唯一魔法が使えるお方ではありませんか」 


 リリーナは慰めのようにその言葉を放ったのかもしれないが、シエナの心は沈むばかりだった。


「そうだったわ。魔法を使える陛下にどうやって対抗しようかしら……」


「お願いですから陛下を倒すという発想を改めて下さい、シエナ様」





 宮殿は素晴らしかった。観光で来たのなら二、三日かけて心ゆくまで見回りたいほどだ。金色に輝く門を通過すると、妖精が蛍のように飛び交い、噴水の水が七色に光る庭園が茫洋と広がっていた。それを横目に馬車に乗って駆けること十分、やっと王宮が見えてくる。


 フィンベリオーレの絶対的権力を象徴する宮殿は、視界の端から端までにその全容をおさめることが出来ないほど大きく荘厳だった。前世に歴史の教科書で見たヴェルサイユ宮殿を彷彿とさせるその美しさに、シエナも「わあ」と興奮気味の声を上げた。


 馬車を下りると、毎夜のことで慣れた様子の使用人たちに出迎えられた。予想通り謁見の間に通されることもなく、忍ぶように客間へ通される。従順に振る舞うのも癪だったので、シエナは終始扇で顔を隠して歩いた。


「いくら王様だとはいえ、シエナ様をこんなにぞんざいに扱うなんて……シエナ様、隣室にて控えておりますので、何かあればお申し付けください」


 ぎゅっとシエナの手を握ってから、リリーナは退室した。シエナは猫脚のソファに腰掛けてから、ぐるりと部屋を見回す。どうやら陛下のセンスは良いらしい。


 豊饒の神と天使が一面に描かれた天井。そこから吊り下げられたシャンデリアは広い部屋を照らしだし、暖炉の上に飾られた装飾品を輝かせている。シエナは壁に掛けられた絵画や天空儀に目を向けることで、奥の天蓋付きベッドにはなるべく視線をやらぬようにした。


(もし命を奪われそうになったら、壁にかかった剣で応戦しよう……)


 柄に宝石の埋めこまれた剣の位置を確認し、逃走経路を頭でシミュレーションするあたりシエナに少女としての可愛らしさはない。


「一晩で女たちを捨てているという話だけど……どうしようかしら、『ごんぎつね』でも語って情に訴えかけようかしら」


 シエナはいい寝物語はないかと前世の記憶を手繰る。その時、燭台の火が一瞬チリッと音を立てて大きく燃え、消えた。

 その直後に、回廊からコツリと響いてくる足音。ゆったりとした威厳のある足音はやがて部屋の前で止まり、ドアノブが回る。


「……おいでなさったわね」


 一人ごちて、シエナは背筋を正し立ち上がる。扉の向こうから現れたのは、フェンベリオーレ王国の頂点に君臨する、イザク陛下に他ならなかった。


明日も更新する予定です。

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