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侯爵令嬢、遭遇する

「どうしようかなぁ……」


 ネイフェリア領の町を歩きながら、シエナは頭を抱える。衝動的に飛び出してしまった。イザクと会ってからというもの、その時々の感情に振り回されている。


「いった……」


 踵に走る痛みに顔をしかめる。足元を見てみると、ヒールで逃げ出したため、足が靴ずれしてしまっていた。


「よっぽど余裕なかったのね私……」


 そういえば、着の身着のままで出てきてしまった。財布はもちろん、護身用の懐刀もなければ、拳銃もない。護衛もいない……。


 気づいてしまうと、シエナはぶるっと肩を震わせた。寒さではない。恐怖にだ。


(やだなぁ……)


 自分の肩を両手で守るように掻き抱きながら、立ち止まって周囲を見回す。今は昼間だ。通りには人が多いし、父が統括する領地は比較的治安も良い。


 でも、シエナには何もかもが恐ろしく感じた。思えば現世に生まれてから、外をたった一人で出歩いたことはない。怖いのだ。前世で刺殺された記憶がまざまざと蘇って。


 背後から響く足音や、行き交う人々の立てる音にさえ過敏に反応してしまう。誰もいない。一人だ。町には人が溢れていても、自分は一人だ。全てが敵に見える。


 ポケットに手を突っ込んで前から歩いてくる老人は、すれ違い様にナイフを取り出すのではないか。鼻歌まじりに歩いている若者はいきなり拳銃をつきつけてくるのではないか。さっきからずっと自分の後ろを歩いている女性は、自分を尾行しているのではないか。そんな不安がよぎる。


 たまに立ち止まってギュッと目を瞑っては、道行く人たちが自分に手を出さずに通り過ぎるのを見て、シエナは安堵の息を吐き出した。


「…………やっぱり、無理じゃない……」


 こんな自分じゃ、全然だめだ。誰かに心を砕いている余裕がない。


 情けない気持ちになっていると、ふと下から視線を感じた。視線の持ち主に目を向けると、ふくふくした頬の可愛らしい小さな女の子がこちらを見上げていた。


「……あの……?」


 シエナと目が合った瞬間、女の子の、子犬のように黒目勝ちの瞳が零れ落ちそうなほど見開かれる。次の瞬間にはムチムチした指でびしっとさされた。


それから女の子は大きく息を吸い――


「あー! 侯爵令嬢だー!!」


「っ!?」


 通りに響き渡るような声で叫んだ。


(ちょっとーーーーっ!?)


 通行人の目が一斉にシエナへと向く。あちこちで「ほんとだ! シエナ様だ!」と声が飛び騒ぎになった。


 店から顔を出す者や、シエナを指差し何事か囁く者、はては「陛下とはどういう関係ですか」と詰問してくる者までいる。シエナは真っ青になりながら、取り囲まれて身動きが取れなくなる前に逃げ出した。


(冗談じゃないわ……! せっかく人目を避けてたっていうのに、こんなところで動物園のライオンみたいな状態になってたまるもんですか……!)


「いった……!」


 足の速さには自信があるものの、靴ずれした足では思うように走れず、シエナはジクジクした痛みに呻いた。好奇の目を輝かせて追ってくる者たちを振り切るため、細い道を駆け、人通りのない道を選んで進む。


「……ここまでくれば平気かしら……。でも……」


 やっと振り切ったかと前に向き直った瞬間、昼間でも薄暗い路地へ入りこんでしまったことに気付いた。


 飲食店の裏なのか、すえた匂いが充満し、どことなくじめじめしている。前世のドラマではこういうところによく薬物中毒者や酒に溺れた者が壁に背を預けて座りこんでいた。


「……なんか嫌な感じ……」


 表通りに比べて薄ら寒い気がするのは気のせいだろうか。埃っぽく危ない匂いがする。道の向こうには光が見えない。物騒な雰囲気に、シエナはこの道を突っ切るのはやめて引き返そうと思った。戻れば野次馬に囲まれるかもしれないが、身の危険にはかえられない――……。


 そう思ってシエナが踵を返すと、いつの間にかフードを目深に被った男が、表通りの明かりを背に立っていた。


「……っ!?」


 瞬間、シエナの肌がぞわっと粟立つ。気配もなく現れた男に顔が強張った。


(さっきまでは誰もいなかったのに……!)


 人間、自分に危険が迫ると本能で察するものだ。シエナの中で警鐘が鳴った。たしか前世で殺された時も同じようなものを感じた。捕食される小動物の気持ちになったような、大きな手のひらで顔面を覆われるような恐怖を……。


「侯爵令嬢はっけーん」


 フードの男はニタリと嫌な笑みを浮かべる。笑った口から覗く歯は数本欠けており、怪しさが際立っていた。


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