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侯爵令嬢、戸惑う

間が空いてしまいすみません><

 露店を見回っていると、リリーナのお土産にちょうどいいものを見つけた。リボンが結ばれたクリスタルの瓶に入った金平糖だ。


「金平糖……! 懐かしい……!」


 思わず手に取るシエナ。あまりの食いつきように、イザクが「好きなのか?」と訊いてきた。


「……好き、というか。思い入れはあります」


 前世でシエナの両親が離婚する前、父親から最後にもらったプレゼントが金平糖だった。ケンカを繰り返す両親にはらはらして泣いてばかりだったシエナに、父親がくれたのだ。


『ごめんな、父さん。母さんとケンカしてばかりで。でもこれを食べたら、嫌なことなんて忘れるぞ』


 そう言って父親がシエナの口に金平糖を一粒詰めてくれたのが、父親との最後の記憶だ。


 まるでお星さまのような見た目に目を輝かせて、口の中で優しく溶けていく甘さに頬を緩めて、たしかに嫌なことを忘れられた。

 けれど、翌日に父親は家を出て行き、シエナはあの時の父は、自分を忘れてほしかったからあんなことを言ったのではないかと今でも勘ぐっている。甘いのに苦い思い出だ。


 だからこの世界に転生して、オルゲートに沢山の愛を注いでもらって本当に感謝している。その恩に報いるためにイザクに会った。そして今、シエナの隣にはイザクがいる。


(なんか変な感じね)


 思い出に浸ってしみじみとしていたせいか、イザクが口を挟んだ。


「自分の分も買ったらどうだ?」


 買ってくれる気なのか、イザクが財布を出す。


 前世では、金平糖を与えてくれた父はシエナの前から姿を消した。では、現世ではどうなるのだろう。やはりイザクもシエナの前からいなくなったりするのだろうか。


(そしたら今までの生活に戻る……けど……)


「いえ、これはお気持ちだけでいいです」


 何となく、本当に何となくシエナは断り、手にしていた金平糖の瓶を陳列棚に戻した。


 結局、リリーナへの土産には桜の香りがするお香と、陶器の人形のお香立てを買った。


 それから何度も、正体がばれそうになる度シエナはイザクに手を引かれ、人ごみへと姿を消した。それを何度か繰り返し、路地裏へ身を隠すと、だんだん笑いがこみ上げてくる。


「まいたか?」


 息を弾ませ、通りに目を配りながらイザクが言った。


「ええ、多分……っぷ」


 シエナとイザクは目を合わせて笑い合う。逃げながらも、二人はなんだかんだ祭を楽しんでいたからだ。口の中で星の形に弾ける綿あめも食べたし、音楽隊のうっとりするような合唱も聴いた。


 夜空には宝石のような星が散らばり、月明かりが煌々と広場を照らしている。時刻は二十三時半を回り、祭も佳境だ。


「あら? 陛下、あれはなんですか?」


 いつの間にか広場周辺まで戻ってきていたシエナは、広場の人たちが手にしている物を木陰から覗いた。


「スカイランタンだな。そろそろ飛ばす時間か」


 イザクは懐から取り出した銀時計に視線を落として言った。


 何でも、広場の女神像に灯された火をもらってランタンを灯し、零時ちょうどに、さらなる国の発展を願って一斉に空へ放つらしい。


 シエナは話を聞きながら、前世にテレビで見た外国のランタン祭りを思い出す。あれは濃紺の夜空にオレンジのランタンが浮かび上がる、暖かくも幻想的な光景だった。思い出すだけで胸が震える。


「……いいなぁ」


 思わず人々が手にしているランタンを羨ましそうな目で見てしまうシエナ。イザクが「やるか?」と声をかけてくれた。


「ランタンなら広場のあちこちで配っているし、俺たちも飛ばすか」


 しかしシエナは首を縦に振らなかった。


「いえ、見るだけで大丈夫です。あの像から火をもらうと流石に目立ちますから……」


 女神像の前には人が列をなして並んでいる。あの集団の中に入って、もしばれた時を想像するとシエナは尻ごみしてしまう。


(でもせっかくならランタン飛ばしたかったなあ……)


 いじけて小石を蹴ってしまう。シエナがしょげていると、イザクが「何言ってんだ」と怪訝そうに言った。


「お前はあの像から火をもらう必要はないだろ」


「でもマッチもないし、炎がないとランタンが飛ばせな……あ」


 そうだった。あの女神像の火の正体は、イザクの魔法の炎だった。口を閉じたシエナに、イザクはやっと気付いたかと、口の端を歪めて笑う。


「マッチはないが『炎王』はいる。充分だろ?」


「……っ! はい!」


 シエナの表情が夜空を照らしだすほどパアッと明るくなる。イザクが息を止めたなんて露知らず、シエナは心を弾ませた。


 火の心配はいらないと分かれば、せっかくのお祭りだ、飛ばすっきゃない。シエナは嬉々としてランタンをもらいに行った。


 さすがに路地の片隅でランタンを飛ばすのは味気ないので、シエナたちはランタンを一つ手にすると、広場から離れ人気のない運河まで移動する。


 建物の隙間から橙の光が零れているが運河までは届かないので、此処なら正体に気付かれる心配もない。シエナは舞い上がるランタンをよく見るために仮面を外した。


 イザクもそれにならい、仮面を外して眼帯をつけ直す。気温も広場より少し低く、前髪をさらう風が気持ちよかった。


 遠くに聳える時計台を見ると、時刻はまもなく日付を跨ごうとしていた。


「いくぞ」


 イザクの声とともに、彼の右手に炎が灯る。シエナが持つランタンにイザクがそのまま手をかざすと、ランタンに火が灯った。


 温かい色に染まったランタンがシエナの顔をオレンジ色に照らし出す。シエナは喜びを隠しきれず、うっとりと囁いた。


「綺麗……」


「気が早いな」


 イザクが笑った。


「ランタンが一斉に夜空に舞い上がった瞬間が一番綺麗だぜ?」


「そうかもしれませんけど……そうじゃなくて、何て言うか……」


 シエナはランタンに視線を落とす。手のひらにほんのりと温かさが伝わった。


「陛下の炎が……あったかくて、優しい色だなって。私、好きだなぁ、この火……」


「――――…………」


 イザクが静かに息を呑んだ。運河にかかる橋の欄干を握る彼の手に力が入る。しかしたき火のように優しい色をしたランタンに夢中のシエナは気付かない。


「まるで、陛下の心みたいですね」


 暗闇の中煌々と灯る橙の火は、まるでイザクの心そのものを表しているようだ。黒衣の中に隠された、情熱と優しさがこの炎で体現されているようだとシエナは思う。


「……俺は、嫌いだった。俺の右目を焼き、母に気味が悪いと疎まれた魔力だ」


 イザクは目を伏せて言う。


「それでもお前は、俺の炎を好きだと思ってくれるのか?」


「ええ。何処か悲しいくらい優しい炎の色は、陛下が悲しいことを乗り越えてきたからこそ出せる色です」


 橋の中央で、シエナはイザクに微笑みかける。


「そうか」と小さく呟いたイザクの肩越しに、時計台の長針と短針が寄り添うように12の文字で重なったのが見えた。


 街に鐘の音が響き渡る。今だ。


「陛下、今ですよ! 飛ばしましょう」


「――――シエナ」


「陛下? どうし――――ん……っ」


 魔法の炎が閉じ込められた幾千ものランタンがふわふわと舞い上がり夜空を彩る。オレンジの粒が輝き、星の運河のように夜空を照らす。蛍が乱舞しているようにも見える、儚くも温かい情景だ。


 シエナの手からもランタンが離れ、静かに空へと舞い上がっていく。けれどシエナにそれを楽しむ余裕はなかった。


 シエナの視界いっぱいにイザクの整った顔が映る。イザクの前髪越しに、彼の伏せられた長い睫毛の一本一本が見える……。


(あれ……?)


 唇が温かい。炎とは違う、もっと穏やかな温かさだ。


(わた、し……)


 シエナはぎゅっとドレスの裾を掴み、目を閉じた。


(……陛下とキス、してる……の……?)


 やがて鐘が鳴りやむ。広場の歓声が遠くから聞こえてくる。イザクの双眸がうっすら開いたと思うと、呆然とした様子のシエナが映り、自分を見つめ返していた。



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