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侯爵令嬢、デートする

「シエナ……大丈夫か? 世を儚んで飛び降りたりはするなよ」


 気遣わしげなイザクに、シエナは弱弱しく微笑んで見せた。


「ご心配なく陛下……誰よりも長生きしたい私が闘技場のてっぺんから飛び降りたりするわけありませんから……」


 ただでさえ求婚を突っぱねたことで有名になってしまったのに、先ほどの闘技場での一件でまたマスメディアになんて書かれることか。シエナはぞっとする。


(頭の隅に追いやっていたわ……よっぽど忘れたかったのね私……)


 しかし、目下の問題は……。


「こんなに目立ってしまっては、帰るどころか、リリーナへのお土産が買えない……」


「リリーナ?」


 首を傾げるイザクに、シエナは「私の侍女です」と説明した。


「ああ、王宮に付き添ってきていた侍女か。土産を買っていくなんて仲がいいんだな」


「姉妹みたいなものですから」


「姉妹、か……」


 そう呟いたイザクの瞳は虚空を見つめている。そういえばイザクにも兄弟がいたな、とシエナは思い出した。なんとなく、イザクにとって兄弟というものは、あまり愛しい存在ではないのかもしれないとシエナは思った。


 再びシエナと視線を合わせたイザクは「まだ露店を見る気はあるのか?」と尋ねてきた。


「……時間はあるので見たいですけど、でも……」


「なら行くぞ」


 ぐいっと大きな手に腕を引かれ、シエナは慌てて制止の声をかける。


「ま、待ってください陛下! どこに行く気ですか!」


「祭だが?」


「な……っ。注目の的じゃないですか!」


「でも侍女への土産を探したいんだろう?」


「そうですけど、顔も服装もばれちゃったのに……!」


「服装か……」


 イザクはシエナの頭の先から、砂埃を被った爪先まで眺めて言った。


「用意する。ニフ、ロア。裏口から出る。周囲に人が居ないか見張れ」


「御意」


 従順に声を揃えた双子。対してシエナの方は泡を食ってばかりだ。


「え……!? 用意するってどういう……ちょっと!?」


 あれよあれよという間に衣装がすっぽり隠せるローブを着せられる。シエナは闘技場の外へ連れ出されると、露店が立ち並ぶ大通りではなく裏道を抜け、喧騒が遠い洒落た通りに出た。


「……陛下、よくこんな道知ってますね」


「民の暮らしを見るために城下にはよく下りてきているからな」


 イザクはニヤッと笑ってから通い慣れた様子で道を進む。イザクにはこういうちょっと悪そうな表情がよく似合うし、たまらなくカッコイイと思う。世の女性なら卒倒してしまうほど。


 しかしシエナはどこに連れていかれるのかと、そっちに気が向いてしまっていた。


 やがて二人は大理石の階段を上り、瀟洒な洋装店の戸を開いた。オレンジの照明が柔らかな店内へ入ると、感じの良い女性店員に出迎えられる。


「これはこれは……陛下、ようこそいらっしゃいました」


「今日は店を閉めていたか?」


「つい先ほど。ですが陛下が足を運んで下さったのですもの、喜んで接客させていただきます」


「すまないな。彼女に似合う服を一着頼む。あと仮面も」


 イザクが困惑気味のシエナを指すと、店員は一瞬目を丸め、それから恭しく礼をした。


「かしこまりました。では採寸から……」


「今から着ていくつもりだ。今日は既製品で頼む」


「さようでございますか。ではお嬢様、こちらへ」


「え……っあの、陛下……」


 店員に誘われるも、状況がよく飲み込めず、シエナは助けを求めるようにイザクへ視線を向ける。しかしイザクはシエナの戸惑いに気付いていないのか、はたまたあえて無視しているのか――――革張りのソファにくつろいだ様子でかけていた。


「服を着替えれば問題ないだろう。これで祭を見て回れる」


 さらりと言ってのけたイザクは、サービスで出てきた酒を呷りながら、トルソーに着せられたシャンパン色のドレスも試着するようにと言った。


(それなら服装が隠れるローブを貸してくれただけで十分なんですけど……!!)


 そんなシエナの心の叫びはイザクに届くことはなかった。


 どうしてこうなった。鮮やかな布の海に溺れそうだ。八畳ほどもある試着室で、シエナは着せ替え人形のように次々とドレスを着せられていた。


 襟元にレースの刺繍がふんだんにあしらわれた濃紺のワンピース、人魚の鱗のようにきらきらしたビジューが光を放つミディドレス、大胆なスリッドの入った、ベルベットの燃えるような赤のロングドレス。淡いシフォンのスカートに蝶の模様が飛ぶミニのワンピース……。


 どれも水のように滑らかな触り心地で、最高級の布地が使われていることが容易に分かる。着替える度に店員は「お似合いですよ」と感嘆の声をかけてくれるのだが、試着室から出る度にイザクが満足げに笑うのが気恥ずかしかった。


「真珠のように白い肌でいらっしゃいますから、どれもお似合いになりますね」


 たった今試着室から出てきたシエナは、ざっくりと背中の開いた淡いブルーのミニドレスを着ている。無防備な背中を守るように花柄の刺繍が裾まで施され、腰にはリボンがついており、動くたび蝶のようにはためいている。


「ああ。でも、やっぱりお前には青が似合うな」


 シエナの毛先が水色のせいだろう。イザクは一つ頷くと、「これを貰う」と言った。


 さらには支払いを済ませようとするので、シエナは焦り、イザクの腕を掴んで止めた。


「ちょ、ちょっと待ってください陛下! だめです」


「なんでだ」


 イザクは訝しそうに眉をひそめた。


「着替えなければ侍女の土産を探しにいけないんだろう? ならそのドレスを着て回ればいい」


「そ、そうですが――い、いただけません! お金なら私が払います。リリーナにお土産を買うのは私の用事なんだし……陛下にドレスを買っていただく理由がありません」


 シエナは試着室で店員の目を盗みこっそり値札を見たのだ。ゼロの数の多いこと、王であるイザクにとってはパン一斤を買うような感覚かもしれないが――シエナは理由もなくプレゼントしてもらうことに抵抗があった。


「――――理由ならある」


 黙ってシエナの言うことを聞いていたイザクが、シエナの手を取りおもむろに言った。


「俺が、お前と祭を見て回りたいからだ」


「……っ」


 シエナは明るい空色の瞳を零れ落ちそうなほど見開いた。心臓が跳ねる。


「綺麗に着飾ったお前を連れて、祭を楽しみたい。俺のワガママが理由だ。だからお前にプレゼントを贈りたい……だめか?」


 シエナの頬に手を当てて伺いを立ててくるイザクは、本当に女嫌いなのだろうか。シエナは疑わしく思う。もしくは、自分が男慣れしていないのか――……。


(……なんでドキドキしてるの私……!)


 シエナが黙っているのを了承と受け取ったイザクは子供のように笑う。怜悧冷徹と噂される王とは程遠いその無邪気な姿にシエナは調子を崩された。


 ついでに店員に崩れかけていた化粧も直され、髪型も直される。仮面をするから別にいいと断ったのに押し切られ、大きな鏡の中で、戸惑った様子のシエナの髪が編み込まれ花の形にしてサイドで纏められる。


 仕上げのところで、鏡の中に映りこんだイザクによってアクアマリンがはめ込まれた金のバレッタを留められた。


 弾かれたように鏡越しにイザクを見つめると、口の端だけを上げる不敵な笑みを向けられた。


「これも貰おう」


「かしこまりました」


 店員が承るのを横に、シエナは「陛下!」と声を上げた。しかし


「似合ってる」


 の一言でかわされてしまう。


「それとも気に入らなかったか?」


 店を出てからイザクに問われ、シエナはバレッタを一撫でしながら口ごもった。


「いえ……とても綺麗で……。大切にします」


 珍しくしおらしいシエナに、店の外で待っていたニフとロアは顔を見合わせた。


 シエナは照れを隠すように、グロスの引かれた下唇をキュッと噛む。


 シエナだって館に仕立て屋を呼び、服を仕立ててもらうことはよくある。前世での貧困女子の感覚が消えず毎回高い値に目を回すシエナだがオルゲートは娘を着飾るのが好きらしく、新しく出来あがったドレスを着てみせるといつも破顔してくれた。


(でも、家族以外の異性に服をプレゼントしてもらうなんて……前世の記憶を合わせても初めてだわ……)


 しかも服だけではなく、服に合う靴まで揃えてもらった。


 自分の足を縁どる、かかと部分に大きなストライプのリボンがついたエナメルのパンプスを見下ろし、靴屋での出来事を振り返るシエナ。服屋の店員同様、教育が行き届いているのか、話題の侯爵令嬢を見ても特に態度を変えることなく、深入りすることもなかった。


 あえてイザクがそういう店を選んでくれたのかもしれない。


(お姫様にでもなった気分……)


 祭の気にあてられ、少し浮かれてしまいそうだ。シエナは自分も女子なのだなと再認識した。



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