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侯爵令嬢、お説教する

 シエナは後処理真っただ中のイザクと双子と合流するまでの間、関係者以外立ち入り禁止の舞台裏で悶々と先ほどの出来事を思い返していた。

 思い返すほどに、すんなり自分の『毒殺』発言が信じられたことに疑問が浮かんでくる。


 シエナの発言だからイザクに信じてもらえたのか。それはうぬぼれかもしれない。大体叫んだ瞬間、シエナはまだ仮面を被っていた。


(そういえば陛下……大男と戦っている途中から様子がおかしくなってた……)


 そこまで思い返して、シエナの中でパズルのピースがピタリとはまる。同時に怒りでわなわなと身体が震えだした。


「待たせたな……シエナ?」


 いつもの眼帯をしたイザクが破けた服を着替え、双子を従えてやってくるなり、シエナは噴火した。


「陛下! 貴方って人は、対戦相手の剣に毒が塗られていることに気付きながら戦っていたんですね……!」


 シエナに詰めよられてイザクはのけ反る。しかしシエナの発言にばつが悪そうに目を反らしたので、シエナは確信した。


「どうして黙って試合を続けていたんですか! 毒殺されていたかもしれないんですよ!」


「安心しろ、多少の毒になら耐性があるから慣れている」


「慣れているって……」


(何で王様が毒に耐性があるんだ!)


 自分が侯爵令嬢でありながら毒に詳しいことは棚に上げるシエナ。


「チャラ男、ロア! さっきの様子からして貴方たちも毒に気づいていたんでしょう!? どうして止めないの!」


「本当にやばくなったら止めるつもりでしたぜ。というか俺らも、お嬢が叫ぶまで毒が塗られているって確信はなかったですし」


 ニヤニヤと静観を決めこんでいたニフは、自分たちに矛先が向き、面食らったように言った。いつの間に露店で買ったのか、苺飴を口で転がすロアも頷く。


「主が止めなかったから、ニフも、自分も、主の気持ち、尊重した」


「何が陛下の気持ちを尊重よ! 初対面の私には刃向けたくせにー!!」


 白玉のような頬を紅潮させながらシエナは歯噛みする。とても水の精霊とは言い難い姿にニフは笑い、イザクは眉を下げた。


「心配してくれたのか、シエナ」


「当然です!」


「……そうか」


 息巻くシエナに、表情はクールなもののイザクは背後にパアッと花を散らす。浮かれさせてしまったかもしれないと思い、シエナは言葉を選び直した。


「一国の王に何かあったらどうするんですか!」


「勝てばいいと思っていた。それにせっかく身分を隠し、誰もが対等に戦える決闘だ。民も皆楽しんで見ているのに、止めるのは悪い気がしてな」


「……」


 シエナはムッと口を閉じる。イザクは自分を軽んじすぎだ。自分が嫌いなせいと、自分を慕う民に優しすぎるせいで。


(ああ、やだ……前世で刺された傷が疼くわ……)


 傷一つない珠の肌に生まれ変わっても、シエナの身体はめった刺しにされた時のままのように血を噴いている気がする。


 イザクのことを気の毒に思う。同情し、人柄を好ましいとも思う。けれど彼の、己が傷ついても顧みない態度だけは、前世で無念に散っていったシエナには許しがたかった。


「……勝てばいい? 死ぬかもしれなかったのに……」


 シエナのカナリアのような声が震える。怒りで、だ。俯いてしまったシエナの顔を覗きこもうとイザクが身をかがめた瞬間、シエナはイザクの胸倉を掴み、気の強い瞳で睨んだ。


「あのねえ、人生どこで何がどう転んで死ぬか分かんないのよ! 慢心はやめなさい!」


「シエナ……?」


「ごめんなさいは?」


「は? あの……」


「ごめんなさいって言わない限り、許しません!」


 耳を劈くような大声でシエナが怒鳴る。イザクは心底驚いたような顔をしてから、唖然とした様子で謝った。


「ご、ごめんなさい……」


「もっと自分が大切にされている自覚を持って、自分を大切にしてください。貴方は、この国の民にとってかけがえのない存在なんですよ」


「……」


「……自信がないなら、聞いてみればいいと思います!」


 シエナはイザクを引っ張って歩き、会場の外が見える窓際まで行った。そしてイザクの背中をそっと押す。

 イザクがそこから見下ろすと、陛下を心配し、祭そっちのけで闘技場へ集まる民の姿がごまんといた。市街へ続きそうなほどに長い列をなして。


 イザクの姿を認めると、人々は安心したように声を上げる。イザクが「大丈夫だ。祭を続けるぞ」と言うと、割れんばかりの拍手が起こった。


 集まった人たちから見えぬよう壁に身を隠していたシエナは、もう一言添えた。


「傷に囚われて自分をないがしろにするのはやめてください」と。


「……すまなかった」


 町を埋め尽くしそうな群衆に心を打たれたのか、イザクはきまりが悪そうに謝った。


「俺はシエナを怒らせてばかりだな」


「……自覚はあるんですね」


「ああ。立場上命を狙われることには慣れているが、こうやって心配してくれる存在がいることに目をむけてこなかったのは反省している」


 何でもないことのように言うイザクに、シエナはずきりと胸が痛んだ。


(……日頃から命を狙われる生活をしてるっていうの……?)


「でも」


 イザクは窓から離れ、シエナに向き直った。


「またかしこまっていないお前が見られて少し嬉しい」


「う……っ。陛下は私が猫を被っていられないほど危うげだからですよ」


 珍しく嬉しそうに微笑むイザクを見て、今度はシエナの居心地が悪くなる。しかし、会うまでは何を話そうかとあれこれ悩んでいたものの、会ってしまえば会話は自然とわき上がってくるものだと安心した。


「しかしニフたちからお前が会いに来るかもしれないとは聞いていたが……まさか、あんな登場の仕方をするとは思わなかったな」


 シエナは闘技場の舞台へ飛び降りたことを思い出し、もんどり打ちたい気分になった。


「こっちもビックリ、した」


 ロアが相槌を打つと、ニフが思い出したのか笑い転げる。


「あれは不可抗力です。あのような登場をするつもりはありませんでした! 大体、チャラ男たちがどうやって私と陛下を会わせるつもりか事前に教えてくれないのが悪いのであって……!」


 シエナが頬を朱に染めて訴えると、イザクは楽しげに喉で笑いを転がした。


「冗談だ。許せ」


「知りません」


 シエナがむくれると、イザクは愛しそうに目を細め、シエナを引き寄せた。たたらを踏んだシエナはイザクの厚い胸板に頬を預け、逞しい腕にすっぽりと収まってしまう。


「へい……」


「闘技場で助けてくれて、本当に嬉しかったんだ。ありがとうな」


 心地よいテノールで耳に流し込むように囁かれ、シエナの心拍数が小鳥のように速くなる。ついでに抱き心地を楽しまれている気がして、シエナは真っ赤になりながらイザクから離れようともがいた。


「へ、陛下! 離れて下さい! なんですぐ抱きしめてくるんですか!」


「? お前を見てると、なんか抱きしめたくなるんだから仕方ないだろ」


「っはい!?」


 当然のように言われ、シエナの顔は熟れた林檎よりも赤くなる。


(なんでこの王様は女嫌いなのに天然のたらしなのよ……!)


「なるほど、お嬢は正攻法に弱いと」


 二人のやりとりを見てニフが企むように笑ったので、シエナはニフに拳骨を落としておいた。


「それでっ!? 捕えた男は何か吐いたのですか?」


 無理矢理話題を変えると、男三人は途端に厳しい顔で首を振った。


「誰かに陛下を貶めるよう金で雇われたと言い張ってますが、その人物とは面識がないというんじゃ信憑性に欠けまさぁ」


 ニフがそう言うと、ロアも同調する。


「権力者を暗殺したいと考える輩、何処にでもいる……」


「そんな……」


 睫毛を伏せるシエナの頭を、イザクがぽんぽんと叩く。この王は触れ合いが好きなようだ。


「シエナが気にすることじゃない。それに、本当に存在してるのか分からない存在に怯えていては王なんて務まらないからな」


「いざとなったら俺らが暗殺者を殺……いや、命に代えてもイザク様をお守りするんで心配いりやせん。それよりお嬢はもっと他に気に病むことがありますぜ」


 腕を組みながら、ニフは今にも腹を抱えて笑い出したいのを我慢している様子で言った。


「? 何」


「もう忘れちまったんですかい? 顔を五万人に晒しちまったこと」


「…………きゃーっっ!!」


 鈴を転がしたように綺麗だと形容されるシエナの声が、悲鳴になって闘技場内に轟いた。



次回はデート回になりそうです。

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