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侯爵令嬢、観戦する

「点心がいっぱい……! わー和菓子もある……!」


 露店の蒸籠にはぷりぷりとした海老が載ったシュウマイやとろけるほど柔らかそうな角煮まん、噛んだらじゅわっと肉汁が溢れそうな小籠包がほこほこと湯気を立てて並んでいた。

 一つ一つが花のように美しい饅頭やたっぷりとタレのかかったみたらし団子、グリーンティーに、前世の記憶が刺激される。


「東洋の食べ物だね。リリーナは詳しいんだな」


「ほ、本で見たことがあるから」


(危ない……一瞬素で楽しんでしまったわ……)


 まさか前世で似たような国に住んでいましたとは口が裂けても言えず、シエナはエドが買ってくれたワッフルをかじりながら棒読みで言った。


「それよりエド?」


「何だい?」


「食べづらいんだけど……」


 エドの手はシエナの細い腰に回っている。紳士的にエスコートしてくれているのだろうが、途中でばっくれようとしているシエナにとっては邪魔で仕方なかった。


「だって自慢したいじゃないか。せっかく綺麗な女性を連れているんだから」


「だから、私は別に綺麗じゃないってば」


「信じられないな。じゃあ仮面を外して素顔を見せてくれるかい?」


「それは却下」


 陛下の求婚を断ったことは新聞でも大々的に報じられてしまっているのだ。こんな公衆の面前で顔を晒せるわけがない。


(……というか)


 このエドというどこか食えない男の方が美形なのではとシエナは訝る。その証拠に、仮面を被っていたとてエドから放たれる良い男オーラを女たちは敏感にキャッチしているらしい。先ほどから羨ましそうな視線を向けられて落ち着かない。


 それでもシエナがキャーキャーはしゃいだりしないのは、ここ数日イザクを始めとする無駄に顔面偏差値の高い男たちを相手にしてきたせいだろう。


 ただ気になるのは、洗練された身のこなしと剣ダコ、纏っている衣装からして、エドがかなり高貴な身分の可能性が高いということだ。


(公爵家の御子息……もしくは伯爵くらいかしら。エドなんて愛称の殿方、居たかしらね)


「リリーナ? 雑貨屋の前で難しい顔をしてどうしたんだい?」


「ああ、いえ」


 思ったより考えこんでしまっていたらしい。シエナは磨き上げられた天然石のネックレスや真珠のピアスが並ぶ店先で足を止めてしまっていた。


「買ってあげようか?」


 シエナが立ち止まったのを宝石に見惚れていたと勘違いしたエドが、悪戯っぽく尋ねた。シエナは首を横に振る。


「いいわ。買ってもらう理由がないもの」


 日本円でいうところの300円のワッフルならお言葉に甘えるが、アクセサリー、しかも異国の物となると値が張る。そんな高価なものを初対面の男に買ってもらう理由なんて一つも浮かばないのでシエナは断ったが、エドは愉しそうに口の端を上げた。


 そんな仕草に、シエナの中にまた既視感が浮かぶ。


(何でこの人を見ているとイザク陛下を思い出すんだろう……口調は全然似てないのに)


「いいね。リリーナは面白いな。ねえ、じゃあお金のかからない決闘なら、一緒に見てくれるかい?」


「へ?」


 目を丸くするシエナに微笑みかけながら、エドは円形の闘技場を指さした。





 うねるような熱気が会場内を包みこみ、国民の興奮は最高潮に達しているようだった。エドに連れられたシエナは通路側の前席に腰掛けながら、闘技場の舞台を見下ろした。


 シエナたちが観戦しにきたのは、聖火祭一番の見世物、仮面をつけた剣士たちによる一対一の決闘だ。


 先に剣を弾かれた者、膝をついた者が負け、殺生は禁止という簡単なルールで、優勝者には賞金が与えられるため、一般の参加者も多く盛り上がる。


「去年の優勝者はニフ・リードラントだった。噂では今年は、イザク陛下も参加するようだよ」


 予選を見物しながらエドが言う。シエナは『ニフ』という名前に蕁麻疹が出そうになるのを堪えた。


(リードラントって……剣術の名家じゃない。あの二人、お坊ちゃんだったのね)


「エドは参加しないの?」


「残念ながら参加者は前日の内に締め切っているらしいよ」


「そう」


 エドをまくチャンスかもしれないと思ったシエナはがっくりと肩を落とした。


(でも陛下が決闘に参加しているなら、急いでエドをまく必要もないか……。こんな広い闘技場なら陛下が私に気付くこともないでしょうし)


 対してシエナが参加者の中からイザクを見つけるのは簡単だった。なにせ、登場した瞬間割れんばかりの歓声だ。


 先ほどの装いとは変わり深い紫のシャツに黒いベスト、足元はブーツという動きやすそうな格好をし、仮面で顔を隠してはいるが、威厳や華やかなオーラまでは隠せておらず、美青年剣士としてイザクは会場中の熱い視線を一身に受けていた。


「あれ? あの黒衣の剣士が付けている仮面、リリーナのつけている仮面と似ているね」


「へ?」


 ちょうどイザクを見ていたエドが言ったので、シエナも身を乗り出してイザクを見てみる。シエナの小さい口がポカンと開いた。


(陛下の仮面と私の仮面、まったく一緒じゃない……!)


 思わず双子から届いた仮面を床に叩きつけそうになる。


(だから陛下はさっき、広場で自分と同じ仮面をつけた人間がいることに驚いて見ていたのね……! ニフとロアの奴……! 私の試作品の下剤飲ませてやるから覚えてなさい……!)


 当のニフとロアはというと、シエナに物騒なことを企まれているとは露知らず、呑気に観客たちへ手を振っていた。二人ともピエロのように派手な衣装を纏いマスクで目元を隠してはいたが、やはり存在感は消せておらず、観客から大人気だった。


 予選が終わり、本戦に進んでもイザクは順当に勝ち進んでいた。というか、相手を瞬殺していた。シエナはイザクが魔法に頼らずとも剣術だけで異国に脅威を与えるに足るのではと思った。


(すごい綺麗で無駄のない剣さばき……相当な鍛錬を積んでいるんでしょうね……)


 シエナも護身のために剣術をかじっているので、すごさがよく分かる。悔しいがニフとロアの強さもよく分かった。しかし二人は、準々決勝で当たると、お互い一歩も譲らず、結局引きわけてしまった。


 決勝に進んだのは、イザクと筋骨隆々の戦士だった。イザクも身長が百八十以上あるため十分に大きいが、相手の男は二メートル近い岩のような巨漢で、剣よりも斧の方がよく似合う。


「大柄な剣士の方はさっきの試合で刃こぼれしたみたいだね。剣を別の物に変えるみたいだ」


「ええ……」


 エドの言葉に、シエナはイザクを見つめたまま上の空で頷く。


(棘の刺さった手は包帯もしてないし、完治したみたいね……よかった)


 存分に剣をふるっているイザクを見てシエナは安心した。


「随分熱っぽい視線を送っているね。妬けるなぁ」


 エドがからかうように笑った。


「リリーナは黒衣の剣士を応援しているのかな?」


「え? そうね。私だけじゃなく、会場中がそうなんじゃないかしら?」


 圧倒的な強さで決勝まで上りつめたイザクに会場中は釘づけだ。正体に気付いている者たちからは「陛下」とコールが上がっているくらいだ。


「そうだね、あの人は『面白いもの』を見せてくれるよ、きっと」


「……? そうね。良い試合を見せてくれると思うわ」


 エドの含みのある発言に引っかかりつつも、シエナは戦いに目を向ける。身軽でスピードのあるイザクが押しているようだった。


 イザクは一足飛びで相手の間合いへと入りこみ、目にもとまらぬ速さで剣技を繰り出す。キインと金属の交差する音が断続的に響き、鍔迫り合いで火花が散る。相手が自慢の剛腕で強く押すと、イザクは身体を斜めにして軸を外し、側面に回りこんだ。


「上手い!」


 観客の誰かが唸る。シエナは流れるようなイザクの動きに瞬きを忘れた。意外にあっさり勝てるかも――……そう思った。


 しかし、大柄の剣士は黒衣の戦士の正体がイザクと知っているのか、執拗にイザクの死角である右側ばかりを狙ってきた。嫌らしいことに、特に右目を。


 身を翻して剣をよけ、イザクは下から大男を突きあげる。それでも男は剣を手から落とさず、空中からイザクへ剣を振り下ろした。剣で攻撃を受け止めたイザクの足元のリングが割れる。


「あんな大柄の猛者、フィンベリオーレに居たかねぇ。リードラント家の双子が最強だと思っていたが」


 観客の老人が腕組みしながら言う。


 シエナはイザクの動きが試合開始直後より慎重になってきたことが気になった。大男の一閃がイザクのベストの右側を掠める。裂けた服の切り口に目を凝らすと、シエナの中に恐ろしい予感が過ぎった。


「……エド、あの大柄の剣士が持っている剣、毒が塗られてない……?」


 シエナが声をひそめて尋ねると、エドは不思議そうに笑った。


「ええ? そんなまさか。僕には普通の剣に見えるよ」


「メルガルトって植物の毒は触れた物を溶かし、陽の光に当てるとほんの僅かだけど輝くのよ。金属にだけは塗っても溶けないから、暗殺には重宝されるわ」


 常人には陽の光を受けて剣が反射しているようにしか見えないだろうが、シエナにはその違いが分かる。その証拠にイザクの切られたベストは布がわずかに溶けている。


「……大変だわ、この決闘を止めなきゃ」


 顔を青くして立ち上がるシエナの細腕を、エドが掴んだ。


「リリーナ、どうやら想像力が豊かなようだけど、君の思いすごしさ。勘違いで祭を台無しにする気かい?」


 そう言いながら、エドはシエナに会場中の盛り上がりを聞かせた。空を突きぬけるような絶叫と興奮。もし勘違いなら、この熱戦に水をさし、観客たちを失望させることになる。


(私の勘違いで試合を止めれば、陛下にも迷惑がかかる……。でも……)


「こちとらメルガルトで毒殺を謀られた時に備えて色々と実験済みなのよ……! 明らかに剣に毒が塗られていることくらい分かるっつーの!!」


 シエナはエドの手を振り払い、近くにいる警備の兵へ駆けよる。同じタイミングで観客が総立ちになった。


「押せ、陛下!」


「黒衣の騎士が相手に膝をつかせるぞ!」


 シエナが見下ろすと、イザクの振り下ろした剣を大男が受け、今にも膝をつこうとしていた。


 しかし大男は獣のように吠えると、渾身の力を振り絞ってイザクをなぎ払い、そのまま、イザクの仮面へ剣を突き刺した。決闘で対戦相手の目を突き刺そうとする卑怯な手に、会場中から悲鳴と非難の声が飛ぶ。


 シエナはイザクが串刺しにされたかと心臓が止まりそうになった。


 間一髪――――イザクは優れた瞬発力で何とか交わした。が、剣がかすった仮面は外れ、ひび割れたそれは力なく地面に落ちた。


「陛下……!!」


 観客が悲鳴じみた声を上げる。


 ――――……約五万人を収容する円形闘技場の中心で、眼帯を身につけていないイザクの顔が晒される。大男がニタリと口に笑みを貼りつけた。


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