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侯爵令嬢、天敵を警戒する

「シエナ様、また陛下からお花が届きましたよ。今日はマーガレットです」


 シエナの部屋へとやってきたリリーナからそう言われるのは五度目だ。


 前世でも人気のあった華やかなマーガレットの花束を腕に抱えたリリーナは、きょろきょろと部屋の中を見回す。

 彼女の目線の先、ドレッサーに置かれた一輪ざしの花瓶にも、日当たりのよい白テーブルに置かれたクリスタル製の花瓶にも、ベッド脇の小机にある花器にもすでに鮮やかな花が咲き乱れている。どれもイザクからシエナへ贈られたものだった。


「新しい花瓶をお持ちいたしますね」


 苦笑気味に言うリリーナへ、シエナはため息で返事をした。


「あの日から毎日かかさず送ってこられるなんて、陛下は花がお好きなのでしょうか?」


 リリーナからの質問に、シエナは読んでいた医学書を閉じて答えた。


「……違うわ。陛下は、私が花を好きだと思ってるのよ」


 頭に疑問符を浮かべる侍女に向かって、シエナは言葉を付け加える。


「この間私が、陛下の前で花が好きだと言ったから、その言葉を信じて、毎日謝罪の意味を込めて馬鹿正直に花を送ってきてるのよ」


「ええっ? でもシエナ様が好きなのは花ではなく、どちらかというと魔法薬の調合に使える薬草……というか護身グッズ全般ですよね」


「まあね。でも、陛下はそのことを知らないから」


 まるで母親の機嫌をとろうと必死な子供のようだ。この大国をおさめているからには政治の手腕は見事なものだろうに、人の気をひく方法は分からないというアンバランスさをイザクは持っている。


 あの晩、シエナは自分については語らなかった。だからイザクは、たった一日の思い出から花が好きという情報を見つけ、唯一知っているものに縋ってひたむきに、愚直なまでにシエナに誠意を示そうとしているのだ。


「陛下はまめな方ですね。それに、よっぽどシエナ様のことをお気に召されたのですね」


(というよりは、一度受け入れてくれた相手に、拒絶されるのが怖いのよきっと)


 シエナはそう思ったが、口に出すことはやめておいた。


 頬に影を落とすほど長いまつ毛に縁どられた右目に触れてみる。前世でのシエナは両親が離婚し親の愛には恵まれなかったが、少なくとも嫌われてはいなかった。でもイザクは右目のせいで母からの愛情を失った。彼の父である先王は五年以上前に亡くなっている。


「あんなこっぴどく振らなきゃよかった……」


 そう呟いても後の祭りとは分かっている。それにシエナは危険が何より嫌いなのだ。あんな初対面でナイフを投げつけてくるような輩がいる王宮で側妃として暮らすなんてもってのほかだ。


 それでも。


「同情なのかしら……分からないけど」


 あの悲しい王を嫌いになることはないだろうな、と思うと、厄介な相手に引きあわされたもんだとオルゲートが恨めしいシエナだった。


「もし側妃になったりしたら、大奥みたいな生活が待ってるのかしらね……」


「オオオク? 何処の国の言葉です?」


 ハムスターのような瞳で問うてくるリリーナに、シエナは曖昧な笑みを浮かべた。





 翌日、再びシエナの安心安全長生き計画に支障をきたす出来事が起こった。


「お嬢! やーっと仕事の合間をぬって訪ねることが出来やした。……ここは? 調剤室ですかい?」


「どうぞ帰って今すぐ帰って回れ右してはいどうぞ」


 ロカシアの茎を上機嫌で刻み、大鍋に入れて魔法薬を煎じている途中だったシエナが冷たい口調を浴びせた相手は、今一番会いたくない人物ニフと、その双子の片割れのロアだった。


 二人とも仕事中というだけあって騎士団の白い団服を着用しており、ロアはきっちりと胸元まで金ボタンを留めている。対してニフはボタンを三つも外し、着崩しているせいで鍛え上げられた胸元を晒している。目の毒だ。


 シエナはとりあえず用心のため、護身用の懐刀を抜いた。


「令嬢、臨戦態勢……」


 ぼそっと消え入りそうな声でマイペースにロアが呟くと、ニフは猫目を見開き「えっ!? なんで!?」と慌てた。


「チャラ男め……何しに来たの。もしまた私を襲いに来たのなら返り討ちにしてやるわ! いい? 世の中にはねえ、正当防衛って言葉があるんだから! というかどうして私の館の使用人たちは貴方たちを通したのよ! リリーナ!」


 シエナが責めるように睨むと、調剤室に二人を連れてきたリリーナは目を反らして弁解する。


「オルゲート様がお通ししてよいと仰ったので……」


「もう! あのタヌキおやじ!」


 シエナは歯噛みする。ニフはにんまりと笑った。


「へえ、やっぱりイザク様が気に入るだけあって面白い人ですねぃ。黙ってれば国中の女が束になっても敵わねえくらい綺麗なのに勿体ねえや。ま、それは置いといて、今日は俺ら、お嬢に改めてこの前の非礼を詫びに来たんでさぁ」


「詫びなくていいからお嬢呼びはやめて帰って下さい」


 毛を逆立てた猫のようなシエナの様子を歯牙にもかけず、双子は話を続ける。


「先日はいきなり威嚇したりしてすいやせんでした」


 ニフの言葉に合わせて、何故かロアの方が頭を下げる。シエナは柳眉を逆立てたまま言った。


「私が陛下の眼帯を無理矢理はずしたわけじゃないって誤解が解けたならもういいです。もう二度と私に牙をむかないと誓ってくれるなら水に流すから、どうか帰って」


「イザク様に不敬を働かないならお嬢に剣を向けないと誓いやすけど、まだ帰りやせんぜ、なあロア?」


「用、ある」


 ニフに同意を求められたロアは、たどたどしい口調で言った。


「……貴方たち、謝罪にきたと言いながら大概勝手よね……。いいわ、話は聞きましょう。その前に」


「その前に?」


 さすが双子と思わず拍手したくなるほど声を揃えたニフとロアへ、シエナは述べた。


「凶器になりそうなものは帰るまで没収します。丸腰で話して下さい」


「王の忠臣に対しても警戒を解かないシエナ様……さすがです」


 そう半ば呆れたように囁いたのはリリーナだったが、さすがに好き勝手し放題の双子も呆気に取られた様子で生に貪欲なシエナを見つめた。



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