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第1話

エピローグ





今にも降りだしそうな曇り空の下、瓦礫だらけの街を一台の重戦車が進む。人の気配を全く感じないが、何かに怯えるかのようにその速度は遅い。車内では、煤や泥で汚れた薄汚い男たちが装甲にはめてある防弾ガラス越しに、唯一白いままの眼をギラつかせつかせながら周囲を警戒していた。


制帽をかぶった車長は突然、自分の首についたチョーカーのような喉頭マイクを押さえて怒鳴る。


「停車!! 敵戦車11時の方向!距離1500! ローダー(装填手)、弾種APHE、装填!!」


とたんに、車内が忙しくなる。車体前方左側に座る操縦手がブレーキをかける。決して操縦手や装填手が憎くて怒鳴ったのではない。戦闘中の戦車内では普段の声量では絶対に会話できない。エンジンの騒音や履帯とサスペンションの軋む音などに全て掻き消されてしまう。


急制動で車体が停止すると同時に「了解!!」と、装填手も怒鳴り返し、ひっぱりだしたAPHE(徹甲榴弾)を素早く砲身に押し込んで尾栓を閉めた。


「装填よし!!」


「敵はこちらに気づいていない! ガナー(砲手)、任意で撃て!!」珍しく車長が声を荒らげる。


「了解」聞こえたかも分からない声で返す。言われるまでもなく、砲の左側に座る砲手は砲塔を左に旋回させながら、照準眼鏡に目を押し当てて、目標を目盛りの中心に合わせようと努力していた。この数ヶ月、何百回と繰り返してきた動作だ。 右手は既に握把を握っている。


照準の中心に敵戦車が入る直前、敵はこちらに気づいたようで、急制動をかけて後退を始めた。排気で視界が濁る。同時にこちらに砲身をむけ即座に発砲した。しかし砲弾は地面に当たり跳ね返って、上方に逸れた。



逃がすか。



砲手が心の中で唱えながら引き金をひくと、砲身から光の矢のような砲弾がものすごい速さで発射され、その音と衝撃で一瞬感覚が麻痺する。砲弾はいとも簡単に敵戦車の装甲を食い破り内部で自身の炸薬を爆発させた。


「敵戦車、沈黙。」


「了解、周囲に敵戦車はいない模様。」 と、車長はいつもと変わらない落ち着いた様子に戻っていた。車長が自身の真上にあるコマンダーハッチを押し上げると、車内に光が射し込んで仲間たちの表情が見えてきた。砲を挟んで隣にいる装填手はとりわけ疲れた表情をしていた。


「…斥候ですかね。それにしても単騎で斥候というのもおかしいですが。」戦闘の興奮を抑えながら、操縦手が喋る。


「わからん。けれども、明らかに敵戦車と遭遇する頻度が多くなっている。敵の大規模部隊が迫っているとみて間違いないとおもう。」


「そうですね。」と装填手。

「弾薬も半分を切りました…。全弾命中していればこんなに消費しなくて済んだんですけど。」


砲手は装填手の視線を感じていた。弾薬は装薬と砲弾が一体となっていて、連射するとなれば装填手はかなりの重労働を強いられる。戦闘中はそんな暇もないが、緊張が解けると愚痴も言いたくなるだろう。


「すみませんでしたね。」と単調な声で答える。

無駄話をしながらも、皆、周囲の索敵は怠らない。



この街の防衛を命ぜられて10日が過ぎたが、なんとか持ちこたえている。2日前には敵機甲部隊と歩兵部隊による大規模な攻勢があったが、事前に情報を入手していたことと、敵の航空支援が皆無だったこともあり、なんとか撃退することが出来た。


しかし、こちらの損害も少なくはなく、歩兵部隊は60%、機甲部隊は50%まで戦力が反撃している。後方に位置する砲兵部隊も度重なる敵の空襲によって壊滅しつつある。既に味方の航空部隊は戦力温存のため撤退しており、数機の地上攻撃機が残るののみである。こちらにも撤退命令は下されているが、燃料不足が深刻であり、後方まで撤退できる車輛はほとんどない。補給を望むにも、ただでさえ戦争末期で燃料が枯渇しているうえ、補給線も維持できておらず、ここ数ヶ月は満足のいく補給を受けれることはなかった。その状態で戦闘を続けた結果、部隊の物資はほぼ底をついた。


他の車輛の乗員の間では、自分達は見捨てられたと言って自暴自棄になる者もいた。


もう限界だ、と誰もが思っていた。このままではあと数日で弾薬や燃料が底をつき、戦闘を継続できなくなる。となると、投降するしか道はなくなる。



いや、投降できればまだ幸運なのかもしれない。


この地で散っていった戦友たちと同じ運命を辿ることはないと、言いきれるのだろうか。


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